息子でも娘でも、我が子
人は落ち着こうと思うと、訳のわからない事を考え始めるものだ。
俺もその内の一人で、冷静を保つ為脳内でボクシングのスパーリングをしている。
ヘッドスリップをしながら相手の様子を伺う。
ワン・ツーを躱して懐に飛び込むと、目の前にはタワワがフタツ。
驚いて相手の顔を見た瞬間、渾身の右ストレートでノックダウンした。
カウントが聞こえる。
聞き覚えのあるような、ないような声。
女のレフェリーってのも珍しいな。
!───ん!!───さん!!
「父さん!! ねぇ、大丈夫?」
元妻(イケメンと駆け落ち不倫して出ていった)に似た、可愛らしい女の子が目の前で俺を心配してくれている。
俺の記憶が正しければこの家には男しかいない筈だが。
「父さん?」
「あ、あぁ……大丈夫……です」
思わず敬語になってしまったが、この息子に似ている女の子は誰だろう。
いや、今の会話で答えは出ている。
“父さん”
メモリ不足な脳味噌で導き出される答えは1つ、俺の息子が娘になったという事だ。
…………いやいや!!?
どこからツッコんでいいのやら。
「ヒカリ……だよな?」
「他に誰がいるの?」
クスクスと笑われる。
微笑んだその顔に、俺の中の煩悩がシャドーボクシングをし始めた。
息子のヒカリは中性的な顔立ちだったが、誰が見ても女性といえる顔になっている。
柔らかい顔立ち、髪の毛は肩よりも伸びていて目が以前よりもパッチリとしているのは、まつ毛が長いからだろか。
「父さん、ジロジロ見過ぎ」
「わ、悪い悪い。その……なんでそんなに落ち着いていられるんだ?」
「……可愛いし、別に良いかなって」
そんな簡単に受け入れられるモノなのだろうか。
それとも、俺が歳をとって変化に弱くなったから?
「可愛いって……役所に何て言えば良いんだ? 学校……会社……これから先ヒカリが生きていく上で── 」
現実的な話をしていると、軽く頬をつままれ睨まれた。
異性の香りがふんわりと駆け抜けていく。
「父さん固すぎ。可愛い娘が出来たんだよ?嬉しくないの?」
「……元々、ヒカリは俺の可愛い子供だよ」
ヒカリが3歳になる頃、妻は出ていった。
後日離婚届が届いて、俺はそれに判を押した。
俺に引き留める程の魅力が無かったのも原因の1つだろうから、ヒカリの前では元妻を責める事は一言も言った事はない。
この子には二人分の愛情が必要だと理解していたから、足りないモノを補う様にありったけの愛情を注いでいる。
中学生になった今でも一緒に風呂に入り、夜は寂しくないように手を繋いで寝ている……俺の可愛い可愛い息子。
「へへっ、分かってる」
照れ笑い。
確かに、この笑顔はヒカリの笑顔だ。
俺がおどおどしていても仕方が無い。
父親として、この子の為に出来ることを全力でする。
「とりあえず今日は日曜日だからな……明日どこか病院にでも─── 」
どうにもこうにも、服の突起が気になってしまい集中出来ない。
俺だって男だ。これはサガである。
「父さんどこ見てるの? あ、もしかして…………えっち」
どこで覚えたのか、胸を隠すような仕草をしていたずらっぽく舌を出している。
本気で女の子を楽しんでいるヒカリを見て、少しだけホッとした。
「朝飯まだだったよな。父さん作ってくるよ」
「今日は俺が当番でしょ? 父さんはゆっくりしてて」
◇
台所に立つ姿が、元妻を彷彿させる……筈は無かった。
料理は全部俺が作っていたし、掃除洗濯も俺がやっていた。
ただ、美味しそうに食べてくれる元妻の顔が好きだった。
「余り物で作ったから……父さん程美味しくは出来ないけど、どうぞ」
ワンプレートに色々と乗せてくれたロコモコ丼。
中2でチャチャッとこれだけ作れるのは、大したものである。
「うん、美味い!」
「へへっ。あ、米粒ついてるよ?」
「ん? どこだ……?」
スマホのインカメで見ようとした時、ヒカリが向かいの席から前屈みになって米粒を取ってくれた。
少しだけ余裕のあるシャツの下から、俺の理性を壊してくる丘2つ。
サーモンピンクかコーラルピンクか。
思わず上に目を逸らすと、ヒカリと目があった。
「……えっち♪」
笑顔諸々にTKO。
その顔は、可愛すぎるでしょう……