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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
第三章 劫火の内で騎士は吼える
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アリスの死霊術講座〈前〉

 この躰になって一番便利だと思うようになったことは何か、それは眠りを必要としなくなった事だろう。正しく言うなら死霊となった時点で眠りや食事は要らなくなったのだけど。

 まあ必要じゃないだけで、眠ろうと思えば眠れなくもない。意識は途絶えていないから、休息という表現のが近いけど。けど別に休息を取らなくても何日だって活動できる、それがこの躰の、というか死霊系と呼ばれる魔物の利点だろう。

 一度死した存在ゆえの、生物としての機能の欠落。けどこれのお陰で、宝物庫であれだけ集中して技を磨くことが出来た。


 ——そして今も、こうして全く疲れずに夜営の見張りが出来る訳だ。


 既に夜も更け、辺りは闇で覆われている。濃霧が立ち込めるこの迷霧樹海でも、昼夜で明るさは変わるので大体の時間は把握できる。

 そしてワタシ達は今、そんな森の中の一角、少し大きめの樹の根元で夜営中。

 ワタシ自身は睡眠を必要とはしなくても、他はそうではない。イオはもちろん、フューリだってきちんと休息は取らないといけないから。......あの子の場合、寄生していない状態だと結晶体のクリオネ擬きだから、どう判断するべきか困るけど。それでも一応は死霊系の魔物では無いらしく、今はイオと一緒に寝ている。


 という訳で、寝なくていいワタシは見張りをしている。二人はワタシに見張りをさせることに躊躇っていたけど、別に気にすることじゃない。そもそも結界を貼っているから余程の相手で無ければどうにも出来ないので、全くと言っていい程負担は無いからね。そう説得して、渋々二人には休息を取ってもらった。


 そして今ワタシが何をしているのかといえば、新しい魔法の——氷魔法の練習中。


 最近まで気付いてなかったのだけど、いつの間にかワタシの魔法属性に氷が増えていた。よくよく思い返すと、ガズの時点で使えるようにはなっていたみたい。

 原因というかきっかけは、今はもう無い「凍の魔眼」が影響した可能性が一番高いかな。アレはフューリの一部になってしまったけど、残った物もあったみたい。


 そんな氷魔法の性質は「凍結」。対象を冷気で凍らせ、或いは氷を生み出して操作することが可能となる。前者は「凍の魔眼」と、後者はガズで戦った護衛の男が使っていた魔術が当てはまるかな。生み出した氷は攻防ともに扱えるし、冷気による妨害・拘束も可能。呪詛魔法とも相性は悪くないので、色々使えそうだ。

 という訳で、今みたいな空いている時間で鍛錬している。今は手元で氷を素早く、かつ細やかな造形を生み出すという事をやっている。大規模に出来ない以上、今は精密な制御を磨くしかない。まあ魔物になってから魔法主体でやってきたこともあって、この手の事は慣れているけど。


 こうして使うと、凍の魔眼との違いがよくわかる。魔眼は発動速度の速さには優れていたけど、出来たのは対象を凍らせることだけ。その効果範囲も広くは無かったし、氷の様に質量で攻撃することも出来なかった。なので、魔眼は失っても色々と出来る幅は広がったと言っていいだろう。何なら、魔法で魔眼を再現することもそんなに難しくは無いだろうし。


 そんな風に今後の使い道を考えながら、鍛錬をしていると。


『......聞きたいことがあるのだが』


 声の主は、無論黒騎士。彼も死霊だからね、ワタシと同じく睡眠を必要としない。今は自身の武器である斧槍を手入れしているところだった。とはいえ、ワタシも黒騎士も警戒は解いていないけど。いくら結界があるとはいえ、ここは既に骸王の領域なのに違いは無いから。

 互いに作業なり鍛錬なりに没頭し、さっきまでは会話一つ交わしていなかった。まあ、各々がやりたいことをしているだけだったから、特に気にするような事も無かった。

 けど、黒騎士には聞きたいことがあったらしい。


「何かしら?」


『昼間の話だ。ここに漂う死霊達と、私との違いについて話していただろう?』


 黒騎士が質問してきたことは、昼間の話の続き。ワタシが疑問を抱いていた、死霊達の違和感についてだろう。


「......そう言われても、昼間の時点でワタシに分かる範囲の事は話したわよ?」


 ただ、ワタシに答えられることはそうは無い。今の段階では情報が足りなくて、あれ以上の答えを出すことが出来ないからね。

 しかし、黒騎士の聞きたいことはどうやらそこではないみたい。


『そもそも、私は貴公とは違い死霊の術や魔法に長けていないのでな。そこのところから改めて聞いてもいいだろうか?』


「......なるほど」


 まずそこか。いや、でもそうよね。死霊属性の適性を持つ人間はそう居ない。ヒダルフィウスのような小国ならなおさらだろう。たとえいたとしても、アルミッガ大陸での忌避具合からしても隠していたと思うしね。


「魔物になってから、使う事は無かったのかしら?」


 死霊系の魔物は、誕生した時点で死霊魔法への適性を有している。だから、彼も死霊魔法は扱えるはずなんだけど。


『......その内の殆どはオールヴの元で隷属させられていたのでな。奴も私に死霊魔法を使わせようとしたことはなかったからな。奴自身が死霊術を使えるのだから、そこに目を付けはしなかったのだろう』


 確かに、オールヴがわざわざ黒騎士に死霊魔法を使わせはしないか。近接戦闘させた方が圧倒的に強いしね。

 なら、ちょうど時間つぶしにもいいし、説明するとしよう。氷魔法の鍛錬は続けながらだけど。




「なら、まず確認なのだけど、あなたは死霊術をどういう物だと解釈しているの?」


『......死者を使役するもの、だろうか』


 黒騎士はそう答えながらも、声に僅かな戸惑いが見られた。分かりきった事を何故聞くのか、と言いたいのだろう。

 けど、この認識はワタシからすれば少しだけ違う。


「確かにそうね。だけど、死者の魂そのものには、ほとんど何も出来ないと分かっているかしら?」


『?下級の死霊でも魔物であることに変わりは無いだろう。何も出来ないと言うほどでは......』


 そう、まさにそこ。


「——死者の魂と、死霊は()()()でしょう」


 前者は、何らかの理由で前世に留まっている死者の魂。死霊は、怨念を元に魔物へと変じた存在。これらは、似ているようで()()()()


「魂は、本来死したら世界にはとどまらない。輪廻の輪に乗って、記憶も何もかもを失って転生するからね」


 この世界では、魂とはそういうものだとされている。実際にどうなのかは分からないけど、ワタシが生まれる切っ掛けとなった昏い空間はそこに通じる場所だったのだろう。

 そして、死者の霊魂はそれに逆らって現世に残り続けるモノの事を指す。それが後悔なのか、怨念なのか、或いは何かしらの呪いなのかはともかく、輪廻に還らないだけの何かを有することで。

 その中でも死霊系の魔物は、怨念などにより魔物に変じるモノを指す。ワタシの最初の種族である怨霊や、動く骸骨のスケルトン、屍のゾンビなど、種類も多彩。


 ——そう、決して全ての死者の魂が魔物に成れるわけでは無いのだ。


「死者の魂が自力で死霊系魔物へと変じるには、幾つかの条件が重なる必要があるの。恨みつらみといった怨念や、ある程度以上の魔力とかね。そしていずれかが足りなくて魂のまま彷徨うモノ達には、何かできる程の力は無いの」


 ガズの宿での被害者達がまさにそう。彼らは怨念こそあっても、魔物に成るには力が足りなかった。そして彼らに出来たのはそこで彷徨うだけ。魂のままでは、宿の者達に復讐する事も出来なかった。

 出来るのは、精々何かを見聞きする事だけ。でも、それを誰かに伝えることは出来ない。ほとんどの魂は怨念に呑まれて、人格と理性を失っているから。


 だから、死霊術・死霊魔法をより正しく説明するならば、こうなる。


「——死霊術とは、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()なのよ」


 だからこそ、死霊術は禁忌とされているのだ。ただ死者を操るだけでなく、彼らを魔物に変えて従える術だからね。教会が嫌う訳だ。


『......なるほど、魔物の使役、なのか』


 黒騎士も納得してくれたらしい。良かった、まずこれを理解して貰わないと話が進まないからね。

 さて、次はその死霊系魔物について話すとしようか。


「死霊系魔物は主に二つに分類できる。死者の魂より死霊術で生み出された存在と、自然に誕生したのとにね」


 前者はワタシが宿で生み出した子や黒騎士が該当する。後者だとワタシ......は少し違うか。死霊術で生み出された訳じゃないけど、魂が融合して生まれたのは我ながら状況が特殊だと思うし。いや、でもどちらかと言えばやっぱり後者になるのかな。


「さっき言ったように、死者の魂はそれだけでは脆弱な存在なの。だから死霊術の使い手は、彼らに魔物に変じる為の切っ掛けを与える。力が足りないなら魔力を。怨念が弱いなら、同じような魂を束ねて一つの個体として。あるいは、生前の遺骸を素材として扱う場合もあるわね。骸が無くても、魔力で肉体を生み出す事も出来るわね」


 ちなみにガズの暴動の際には、あの地に眠る無数の骸を元にあれだけの数を使役していた。ガズの繁栄の裏で、業都と呼ばれる程になっただけの犠牲は払われてきた。スィアーチとシアズのクソ共が作り出したあの場所は確かに特別濃密な怨念を孕んでいたが、ガズの下に眠る遺骸の総数自体はあんなものじゃない。だからこそ、ワタシの暴走であれだけの数の死霊が現れたのだ。

 後、死霊術で依り代となった骸は、大抵の場合解除された際に限界がきて無に還る。魔物だから姿を保てて居ただけで、その大元となる魂が消えれば崩れ去る。元となった骸がよほど新鮮か、或いは上等なモノ、それこそ災位クラスの魔物の骸だったらまた違うかもだけど。

 ......そうじゃなかったら、ガズが死体で溢れる事態になりかねなかっただろう。いや、本当に良かった。


 また考えが横に逸れ始めていると、黒騎士がとある質問をしてきた。


『......そもそもの話、何故死者の魂が死霊となるのに怨念が必要なのだ?魔力は分かるのだが......』


 ああ、それか。確かに、そこは疑問に思うわよね。


「それじゃ、死霊系魔物がどうやって生まれるのか、そこを説明しましょうか」



 まず前提として、死霊系魔物の核となるのは無論死者の魂だ。これが無くては、死霊とは言えないからね。

 彼らが魔物に変じるのに必要な物は幾つかある。まずは魔力。魂から、魔物に変貌するのに必要となる力そのもの。これが足りなくては、魔物に成ることは出来ない。


 そしてもう一つ。彼らの魂が有する怨念——正しくは、その怨念によって保たれる《()()》、それが彼らを現世に繋ぎとめる()となる。


『......自我、と言ってもな。死者の魂の殆どは自分が誰だったかなど分かりはせんだろう?』


「逆よ。誰だったのか分からないんじゃないの、想いに呑まれて誰なのか()()()()()()()の」


 怨念であれば、自身から誰かに対する憎悪などが。後悔であれば、前世で果たせなかったことへの未練が。そういった、自身が抱いていた強烈な想念。それが、彼らを前世に留まらせるもの。

 通常、魂になってしまうとそういった想念に呑まれてしまう。その性で記憶などを失い、自分が誰だったのかも分からなくなる。多くの魂は、そんな想いに呑まれてしまったモノばかり。そして彼らはやがてその残った想いすら何なのか分からなくなり、彷徨う果てに怨念すら完全に消え去って、輪廻へと還る事になる。


 だけど、その想いを()()()()()()。憎悪を滾らせ、後悔に嘆き。いつかそれはやがて、唯一の想念から生まれた《自我》となる。

 自我とは、自身の存在や思想に対する()()()()()。そこに記憶や理性が無くとも、どれだけ正気を失って狂っていようとも。想いさえあれば、それは十分《自我》となり得るのだ。


『......なるほど。だから複数の魂から、新たな死霊を生みだせるわけか』


「そういう訳ね」


 記憶を失っていようとも、いや逆に失っているからこそ、同じ想いを持つ者達が集まって新たな自我を生む。それが、複数の魂を掛け合わせても死霊を生み出す原理。

 魂の相性とは、要は同じ想いを有することで似た性質を持つ魂の事を指す。これがズレた時や、記憶が薄れていない魂同士が合わさる時などに、それらの魂が反発して上手く合わさらない事象が起きる。 


 だからこそ、記憶を保持している死霊は珍しい。そして、彼らにはある特徴、というか似通った生まれ方をしている事が多い。


「死ぬ前の記憶を保持している死霊は、ほとんどが死んだ直後に魔物に成った個体ね。要は、怨念に呑まれる前に魔物に変じた訳。ワタシもそうだし、あなただってそうでしょう?」


『......確かに、言われてみればそうだな』


 けど実は、死んだ直後でも記憶を保持するというのはそう簡単ではない。大抵の者は自身の死を受け入れられず、すぐに理性を失い怨念に呑まれてしまうから。

 それでも記憶を保持できる場合、その理由は幾つかある。怨念に呑まれない程の強い自我を有しているか、すぐに魔物に成る程の魔力を生前から持っていたか、或いは事前に死霊に変じる準備をしていたか。これらの要素が複数合わさって、極まれに記憶を持った死霊が誕生する。ワタシや黒騎士、後はおそらくだけど骸王のような元死霊術師がこれに該当する。


 ワタシの場合は、そこら辺が本当に上手くかみ合った結果と言える。自分で言うのもなんだけど、ここまで綺麗に自意識を保ったままの魂が融合する事例、他に無いと思うし。


 お気付きの方もいるかも知れませんが、イオの転生も実は特殊な例になります。アリスは気付いていませんが。

 そこら辺の話は、三章の閑話にする予定です。

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