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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
第三章 劫火の内で騎士は吼える
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王国の対応

「......報告は以上になります」


 京香達四人が話していたのと同時刻。宿の別室には王国騎士達が集まっていた。目的は彼女達の予想通り、王国上層部への報告であり、彼らの輪の中央に置かれた机には通信の魔術具が置かれていた。

 今回の遠征に際して、本来王国騎士達が報告を行う相手は彼らの上司である王国騎士団長である。遠征先は魔物蠢く地である以上、報告を通し指示を受けるべきなのは現場——戦場に慣れている者なのは当然だろう。


 だが、今回彼らが使用した通信具は騎士団長へと繋がる物ではない。それは異世界人が召喚されて以降、関わる者達に用意された緊急連絡用の物。召喚者達には秘匿されている、ある人物へのパイプライン。召喚者達が()()()()()——王国の戦力としての活動から外れた、或いはそれに準じる行動をした際にそれを逐一報告するための回線。


『......そうですか、来栖が』


 そこから響く声の主は、召喚者達も良く知る人物——ビレスト王国宰相の筆頭補佐官トム。宰相に召喚者達の補佐——否、()()()()()()()()()()()を任されている、現在王国で最も忙しいと言っても過言ではない人物。

 召喚者達と話す際と口調は変わらないが、その声は冷え切っている。通信具越しで顔も合わせていないというのに、騎士達は背筋が寒くなる。単純な実力で言うなら、騎士である彼らと文官のトムでは話にならない。

 だが、アルミッガ大陸有数の大国にて、宰相の筆頭補佐官という文官の頂点に近い地位にまで至っている彼の声には、それだけの箔があった。


「......それで、いかがいたしますか?今回の行動は、流石に独断が過ぎるかと」


 一通り報告を騎士達は、改めて京香の処遇に関して問う。彼らは既に、王国の意に沿わない行動を取る京香をこのままにしておいてもロクなことは無いと確信していた。そして何を企んでいるにしろ、早めに手を打つべきだという事も理解していた。彼らは召喚者達の実力と、その成長速度を知っている。時間を掛けてしまえばさらに力をつけてしまい、対処しきれなくなるだろう、と。

 そして上層部も同じ考えであると信じており、許可を得次第今夜にでも身柄を拘束するつもりでいた。


『——構いません。このまま教会と協力して作戦を継続してください』


「「「っ!?」」」


 だからこそ、トムの言葉に全員が驚愕し、息を呑んだ。


「......失礼を承知でお伺いしますが、よろしいのですか?」


 それでも取り乱さなかったのは、流石は騎士と言うべきか。声を荒げそうになるのを何とか抑え、騎士の内一人が聞き返す。他の騎士達も同様に感情を抑えながら、話の邪魔をしないように口を閉ざして待つ。


『言いたいことは分かります。来栖京香は明らかに我々とは違う意図で動いています。いや、もう叛意を抱いているといっても過言ではないでしょう。教会と話を付けた狙いも、恐らくは亡命を見越しての人脈作り。話に加わってはいなかったようですが、他の三人も同様の可能性すらありますか。少なくとも、宇野晃は間違いなく彼女に賛同するでしょうね』


 そしてトムは、京香の狙いをほぼ見抜いていた。今回の一件に加え、彼は監視の為に普段から召喚者の周りには根を張り巡らせている。その情報を整合し、彼は京香の目的をそう結論づけていた。

 恐るべきはその洞察力だが、彼はそれを誇りはしない。その分野における頂点は、()()()()()()()()()()()()のだから。


「っ、ならば猶更身柄を抑えるべきでは無いですか!?このまま他国に行かれてしまい、それを切っ掛けに他の者達まで離反しようものなら......」


 騎士達は京香の真意までは読めていなかったが、だからこそトムの考えが理解できなかった。遂には一人の騎士が感情を抑えられなくなり、声を荒げかけた。


()()()()()ですか?』


 それを、トムの一言がばっさり切り捨てた。


「......それは、えっと」


 そう問われた騎士はすぐにその方法を考え始め、トムの言いたいことを理解した。


『確かに、抑えるなら今しかないでしょう。来栖も、我々が警戒こそしていても亡命まで想定しているとまでは考えていないでしょう。既に実力では王国騎士を超えてはいるでしょうが、打つ手が無いわけではありません』

 無論、騎士達の言いたいことはトムも理解している。それでも、強引な手段に出ない理由は。


『......彼女の()()()()()。アレを使われた場合、一度逃がしてしまえば我々に打つ手はありません』


 ——固有スキル。召喚者達の持つ能力の中でも、最も強大にして特異な力。


 その中で京香のスキルは様々な面で優れた能力と言える。だがその最大の強みは、()()でこそ真価を発揮する。一度でも京香にそれを使用されてしまえば、王国が彼女を捕らえることはほぼ不可能と言っていい程に。


『その上、宇野もいます。戦闘で彼を抑えるのは、来栖以上の難題でしょう。隙を突こうにも、今回の遠征には三塚や城之内もいます。あの二人が逃げるとは考えづらいですが、それでも二人の拘束を許すとは思えません』


「「「............」」」


 トムの説明に、誰もが反論できなかった。聞けば聞くほど、彼らが京香を拘束できると思えなくなっていた。今回の遠征に際して、彼らは召喚者達の能力を把握している。そして把握しているからこそ、彼らはそれを攻略する糸口を見つけられなかった。


『今回の任務、性格面の相性も踏まえ、少人数であらゆる面に対応できる構成を組んだのですが、それが裏目に出ましたか。少なくとも、この遠征では彼女らをどうこうすることは出来ません。それに万が一成功したとしても、他の召喚者達に悪い心証を持たれるのは避けられないでしょう。奴らの時のようには上手く行きませんよ』


 トムの決定に、王国騎士達は顔を悔しそうに歪める。王国に不利益を齎すと理解しているのに、それを防げない事に騎士達は消沈する。中には苛立ちを隠せず、顔を真っ赤に染めて歯ぎしりする者もいる。


『——ですが、やれることは幾らでもあります』


 その淀んだ空気を、再びトムの声が切り裂いた。


『まずは監視の強化を。察知されても構いません、むしろ気付かせて動きを制限させるのも手でしょう。ただし、逃亡の可能性に思い至っていることは悟られないようにしてください。こちらでも、残っている者達に対する手を幾つか打つとしましょう』


 冷静なトムの指示に、騎士達の顔色が明るくなる。


『それと折角教会の手を得られたのですから、任務を成功させることも忘れずに。失敗は許されませんので』


 その言葉で、場に緊張が走る。京香達の動きに気を取られていたが、そもそも彼らがここに来たのは骸王攻略の為の任務によるもの。本来の目的をおろそかにするわけにはいかないと、騎士達は気を引き締めた。


『......それと、念の為にですが。聖騎士達には失礼の無いように』


「「「......?」」」


 意外な言葉に、騎士達に疑問が生じる。一聖騎士、それも改革派という弱小派閥に属する者達に気を遣う理由が分からなかったから。だがそれを訪ねてもトムは再度念押しするだけで、その理由を口にはしなかった。




 

 

 ビレスト王国王都、王城の一室。通信が途絶えて静まり返った部屋の中央で、トムは一人考えに耽っていた。


「......まったく、上手く行かないものですね」


 思いかえされるのは、春の勇者召喚から始まった一連の出来事。


 聖痕を宿した勇者の召喚に際し、数十人もが付随して喚ばれる事態は王国としては予想外ではありつつも、喜ばしい事であった。実戦経験は無くとも、全員が固有スキルを持つ集団。その価値は、ここ半年で召喚者達だけでなく王国の国力そのものを引き上げたことからも明らかだ。

 しかし、彼らが最初から使い物になったかと言えばそうではない。幸いと言うべきか、彼らの世界では召喚された存在が活躍する御伽噺のようなものが流行っているらしく、状況を受け入れる者が多かった。だが、突然見知らぬ世界に連れてこられて、戦いを強いられることに誰も彼もが喜びを見出すわけも無く。元の世界に帰せという者や王国に不信感を抱く者は何人もいた。また表面上は普通に見えても、多くの者は内心で不安を抱えていただろうことは容易に想像がついた。


 このままではいけないと、王国は幾つかの策を講じた。彼らの待遇をより良いものにし、王国への印象を改善する。彼らに伝える情報を王国に都合のいいものに制限し、国を離れるという考えを起こさせないようにする。


 ——そして、呪詛の能力を宿した少女を排除するついでに、召喚者の不安をぶつける捌け口とした。


「そこまでは、順調すぎるくらいに上手くいったんですがねぇ......」


 いくら強力な能力を有していていようと、所詮は子供。彼らの思考を誘導するのは実に簡単だった。数カ月もしない内に彼らの殆どは王国を信頼し、その関係性は良い——王国にとって都合の良いものへと変化していった。

 ただし、想定外の事態もあった。その最たるものが、橘有栖の一件。初の遠征における事態の真相を、王国は正確に把握していた。あれは有栖の仕業では無く、戦場に慣れていない者達が混乱に陥っただけなのだと。そもそも、王国はまだ有栖をあそこで切り捨てるつもりは無かった。いつ死んでもおかしくない状態ではあったが、それでもまだ使えると判断していたから。


 だが、古倉奈緒の告発がそれを大きく変えてしまった。その言葉によって橘有栖が祭り上げられたことで、召喚者達の負の感情は今まで以上に彼女へと向いた。そして、王国に彼女の断罪を要求し始めた。

 そして王国は、これを呑むしか無かった。元々王国側が焚きつけたから、有栖はあのような扱いを受ける事となったのだ。そこで仮に温情を掛けてしまえば、今まで積み上げてきた信頼に罅が入る可能性もありえた。


 ゆえに、王国は橘有栖の処刑を決めた。それを助けようとした梶取伊織にも同様。二人の断罪を勇者である五十嵐武人が願い出たのは想定外だったが、王国への心証を悪くされても困るので許可した。


「けど、少し早計でしたね、あれは」


 だが、その結果は決して良いとは呼べるものでは無かった。一度しか戦場に出ていない彼らにとって、『知り合いの死』という出来事は心に重く圧し掛かった。しかも、それには彼ら自身が関わっている。それを何事も無いように受け入れられる程、彼らは経験を積んではいなかった。

 あれから、召喚者達の間には見えない罅が入っている。仲が悪いわけでは無い、だが一枚岩とは到底言えない。その中には、王国への不信感を再び抱き始めた者だっている。


 そして、そんな中での来栖京香の独断専行。


「......ここが、踏ん張りどころですか。ここから忙しくなりますね」


 ここを上手く乗り越えなくては、最悪の場合召喚者達が次々に国を離れていきかねない。幸い彼らのリーダー格にして勇者たる五十嵐武人には、他の要素も相まって王国を離れる様子はトムが調べた限りでは見られない。彼が居る以上多くが離反することは無いだろうが、要注意人物は来栖の他にも何人かいる。

 問題は、離反する可能性がありそうな者達が揃いも揃って実力者である事だろう。雨宮桜はまさにその筆頭と言える。神楽坂冬弥に関しても、強敵を求めて帝国に向かうという可能性もあり得る。望月加奈子の考えは読めないが、仮に離反されればその周囲も纏めて去っていくに違いない。今回遠征に出ている四人は言わずもがな。


 もし仮に彼ら全員が王国を離れようものなら、トムの身も無事では済まないだろう。

 そうならないよう、彼も手を打たなくてはいけない。まずは来栖京香や宇野晃の監視強化。その予兆があるとはいえ、彼らに外への繋がりがほぼ無い以上、すぐに動くことは無いだろうことは予想がつく。なので彼らへの本格的な対処は遠征から帰ってきてからの話。


 まずするべきは、現在王国にいる者達を留める為の工作。注意人物達もそうだが、そうでない者も今は王国を離れるつもりが無くとも、考えが変わることだってあり得ない話ではない。なので今は彼らが王国を離れる気を起こさないようにする。仮に来栖たちが離反したとしても、その後に続く者が現れないように。


「......それに、()()もありましたしね」


 そう呟くトムの顔に、微かな笑みが浮かぶ。


 トムは現地の王国騎士達には、監視を強めるようにとだけしか伝えなかった。聖騎士達と縁を結ぶことを阻止するなど、他にも騎士達が出来ることはあったにも関わらず。むしろ、聖騎士達に礼を尽くすよう念押しをしていた程だ。

 それは聖教国との仲の悪化を恐れてのもの——では無い。いくら聖教国であろうと、一部隊にそこまで気を遣う必要性は無い。

 なら改革派との繋がりを持とうとしたもの——これも外れ。改革派などという弱小派閥に興味を持つわけも無し。


 トムが目を付けたのはある人物。報告の際に話に上がった一人の聖騎士——()()()()()()()()()一人の女騎士。


 その人物を彼は知っていた。いや、正しくは調べさせて人物の内一人が彼女だった。まさかこんなところで繋がるとは思っていなかったが、これは王国にとって大きな()となり得る。

 彼は目の前の机の引き出しから、とある資料を取り出す。そこに記されているのは、とある聖騎士に関する情報。




 その人物の名は——()()()()()()()()()()()()




「——()()()()()。折角の繋がり、ここで断つのは惜しいでしょう?」


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