犠牲——sacrifice
更新がしばらく止まってしまい、申し訳ありません。本日より更新を再開致します。
また、以前から行っていた改稿が一先ず終了しました。全体の流れは変わっておりませんが、変化が大きい話もありますので、よろしければ読み直していただけると幸いです。
「それで?なんであんな事したんだ?」
その日の夜。教会の陣から帰ってきた王国勢は、既に街に戻ってきていた。今は夕食を済ませ、宿の一室——男子二人の部屋に四人だけで集まっていた。
集合した理由はもちろん、先程の京香の行動について。彼女の取った独断専行、その真意を聞く為だった。
あの後、陣を出た後で王国騎士達は京香に対して怒りを露わにしていた。王国に仕える彼らからすれば、上の判断を仰がずに教会と手を組むなどあってはならない。教会、そしてその本山たる聖教国とは同盟関係にあるものの、それを加味しても無許可で派兵してきた件もある。本来ならあの場では決めず、一度話を持ち帰り王国政府に報告するべき話だ。
京香はそれを全て無視して、独断で教会と手を組んだ。それも、教会内での立場が弱い改革派の人物と。今回の作戦において教会の戦力を借りられるのは確かに大きなメリットはあれど、それと同じくらいのデメリットもある。極端な話、教会の内部抗争に王国が巻き込まれる可能性だってないとは言えないのだから。
とはいえ、他に方法が無かったのもまた事実。最悪の場合、迷霧樹海に入る事すら出来なかったかもしれないのだ。王国騎士達もそれは理解しているからこそ、あの場ではそれ以上口を挟むことはしなかったし、出来なかったのだから。
故に、彼らも態度に出しつつも面向かって京香に怒鳴りつけたりはしなかった。街に帰るまでの間で散々小言を零してはいたし、当の京香も自身の行動に非があった事を理解していたため、素直にそれを受け入れ謝罪もした。
その殊勝な態度に、騎士達はまだ不満はあったが一先ずその怒りの鋒を収める事にした。そして完全とまではいかずとも、召喚者と王国騎士達との間に出来た不穏な空気は収まりを見せる事となった。
——あくまで表向きには、だが。
あの場にいた誰だって、それこそほとんど寝ていた晃だって気付いていた。召喚者、特に京香と王国騎士達との間に、明らかな亀裂が入った事に。
いくら事情があったとはいえ、騎士達からしたらあの場における最善の選択は一旦話を持ち帰り、王国上層部に判断を仰ぐ事。それを一切無視して勝手な行動を取った京香に対し、不信感を抱くのは当然の事。きっと今頃、上層部に通信で今回の顛末を報告しているだろうことは四人だって察している。
「今まで俺達召喚者は、王国の指示にほぼ素直に従ってきた。だからこそ、今回の行動に関して警戒を抱かれてもおかしくない。......前例だってあるからな」
「「「............」」」
拓馬の零したその前例が何なのか、それはこの場の全員が分かっていた。
——迫害された末に呪いを振りまき殺された少女と、それを救おうとして処刑された少女の事だと。
「......その前例があるからこそ、こうして行動に移したのよ」
「「「っ!?」」」
影の落ちた場に響いた京香の言葉に、三人が一斉に顔を上げた。その視線を受けながら、彼女は自身の真意を話し始めた。
「思えば、私達は色々とおかしかったのよ。召喚されてからあの時——二人の処刑が行われるまでの間ね」
京香が話し出したのは、彼らが召喚されてからの話だった。
「突然見知らぬ世界に呼び出され、怪物と戦えと言われる。たとえいくら力があったとしても、たとえそれが物語で憧れるシチュエーションであっても、誰だって不安や恐怖を抱えていた筈」
それは当然の事。いくらその手の物語が広がろうとも、それはあくまで空想であり現実では無い。それが現実となった際、一切負の感情を抱かない方がおかしいだろう。不安に駆られて泣き叫び、元の世界に返せと喚き立てたとしてもそれを誰が責められようか。
しかし、彼らの中からそういった者が現れる事はほぼ無かった。数人はそういう状態に陥った者もいたが、数日の内には他の者達の様にこの世界での生活に適応していった。
——それは何故か。
「......その負の感情を一身に受けた人がいた、から?」
綾がぼそりと呟いたその一言に、京香はゆっくりと頷く。
彼女の言う通り。彼ら召喚者には、その捌け口がいた。呪術の才を持っていた、それを理由に王国から酷い扱いを受けることになった同窓の少女——橘有栖が。
召喚者の内、何人が気付いていただろうか。——彼女が、彼らの負の感情を一身に受けていたことに。暴力を振るう者達は、内なる感情をその手足に乗せていたことに。関わらず遠巻きに眺めていた者達は、その嘲笑の下に安堵が隠れていたことに。
——彼らより〈下〉がいることで、心の平穏を保っていたことに。
「あの時私達が頼れる先は、王国しか無かった。その国が定めた落伍者に対し、私達はその餌に一斉に喰いついた。......ついさっきまで、同じ学校に通っていたというのにね」
それと同時に、召喚者達は知らず知らずのうちに王国への依存を深めていった。元の世界では未成年だった彼らにとって、頼れる大人という存在は何よりも大きかった。......自分達が一人の少女に行っていた行為が、どれだけ残酷な行為かも気付かない、いや目を反らしたまま。
「......そして、あの事件が起きた」
初の外部演習での惨事。幸い重傷者や死者は出なかったが、あの一件は彼らに大きな衝撃を与えた。初めて向けられた殺意、初めての戦場、初めて武器を振るい生命を殺す行為、それらは彼らが内に抱えていたモノを露わにし、その結果は散々なものとなった。
そしてとある一言——古倉奈緒の告発により、爆発した感情はまたもや有栖へと向けられることとなった。
「結果として彼女は処刑され、それを助けようとした子も同じ道を辿った訳だけど。その死を見て、何も思わなかった?......私達は、何をしていたんだろうって」
目の前で知り合いが処刑される——否、自分達の手で殺された光景を見て、召喚者達の多くは熱に浮かされた状態から現実へと引き戻された。
有栖が呪いをばら撒いたことは許されない。だけど、それは本当に処刑されないといけない程の事だったか。それまでの彼女が受けてきた仕打ちを考えたら、むしろ当然の行為では無いのか。それを助けようとした伊織だって、殺さなければいけなかったのか。
あの処刑の日、夢から醒めた彼らはその行為を——自分達の手で人を殺したことを自覚した。
そして、再び目を反らした。自分達の行為はおかしくないと。アレは正当防衛で、彼女達の結末は当然のものだったのだと。そして表面上は忘れる事にし、口に出す事さえしなくなった。——アレは、悪夢だったのだと。
「処刑を行った五十嵐先輩は、あの行為に恥ずべきことは無かったと心から信じている。彼女に積極的に手を出していた連中の場合は、五十嵐先輩と同じように口にはしている、......けど本心はどうかな。そして私達みたいに関わらずにいた人は、記憶の片隅に封じ込めることで忘れようとしている。雨宮先輩くらいよね、アレはおかしいと声を上げているのは。まぁ、それはあの二人が生きている頃からそうだったけど」
「......その代わり、王国からの心証は良くないけどな、あの先輩」
晃が呟いたその一言に、京香は大きく頷く。
「まさにそれが、私が勝手に動いた理由よ」
「「「......?」」」
そう言われてもまだピンと来ていない三人に対し、京香は自らの考えを口にする。
「今の私達は、王国の庇護の元に動いている、いや庇護の元でしか動けていない。それも当然よね、だって他に頼れる相手もいなかったから」
そしてそれは、彼ら召喚者が王国の良いように使われているということでもある。
王国の都合で、突如見知らぬ世界に連れてこられる——悪く言うなら拉致されてきた召喚者達。そんな彼らが頼れるのは、その拉致した王国しか無い。
幸い王国は彼らを丁重に庇護下に置き、そのおかげで安定した生活を送れているが、それも王国の戦力として働くことを前提としたもの。仮に庇護主である王国の機嫌を損ねたら、どうなるか分かったものでは無い。
「あの一件が、何よりの証拠よ」
呪術——禁忌とされる術への適性を持つというだけで迫害された橘有栖が、それを助けようとして処刑された梶取伊織がそうだったように。雨宮桜の場合はその戦力故に悪い扱いは受けていないが、それもいつまで続くかは分からない。
「私達がこの世界に来て半年以上経つ。皆その間で着実に力をつけてきたし、こっちの知識なんかも十分に得た。——いつまでも、王国の庇護下にいる必要は無い」
ここで、三人はようやく京香の真意を理解した。——彼女は、王国を離れるつもりなのだと。
「......じゃあ、聖教国に所属を移すの?」
そう問うてきた綾に対し、京香は首を横に振った。
「まだ決めた訳じゃない。デュリィって聖騎士は良い人そうだけど、教会の主流派はそうじゃないのは分かったしね。それでも、ここで繋がりを作っておくことに損は無いでしょ?」
「「............」」
京香の話を聞き終えた拓馬と綾は黙り込んでしまう。彼女の考えは理解した、その上で二人はどうするべきか答えを出すことが出来ずにいた。
確かに王国にいることが必ずしも安全とは限らない。けど、ならば離れたいという結論になるかとそういう訳でもない。デュリィの話から、召喚者が教会の教義派からは嫌われているとも聞いており、その他の場所であれど今より良い生活を受けられると決まった訳では無い。
何より、彼らには他にも仲間がいる。今は王国各地で同じように動いている、同郷の者達。全員と仲が良いわけでも無いが、その中には友人と呼べる人だっている。彼らに相談せずに答えを出すことは、二人には出来なかった。
考えに没頭しそうになる二人だったが、部屋に響いた軽やかな音によって現実に引き戻された。顔を上げれば、手を叩いた京香が二人を見ながら苦笑していた。
「ごめんごめん。何もすぐ答えを出す必要無いって。ただ、今日の行動にはこういう意図があっただけ、って話。もしこれで王国に皆が睨まれる事になったら悪いけど、それでも今回の機は逃したくなかったし」
「......京香」
その言葉に、綾は京香の意志を感じ取った。——彼女の決意は固く、たとえ仲間に迷惑を掛けるものだとしても、それよりも自身の選択を優先つもりなのだという事を。
「でも、これだけは言っておく。私達は今一度、この世界でどう生きていくか、それを考えないといけない。......王国の手引きと私達の浅慮、それの犠牲になった彼女達。それから、学ばないといけないって」
京香はそう話を締めくくった。
その後、明日も早いという事で四人は解散。胸中にそれぞれ抱えながら、就寝についたのだった。
「......そういや晃、アンタはどうするのよ?」
「あ?んなの京香と一緒に行くに決まってんだろ。何言ってんだ?」
「............そ」
なお、先に部屋に戻っていた綾は、帰ってきた京香の顔が真っ赤に染まっていたことに首を傾げたという。
——だが京香は、果たして理解しているのだろうか。
————彼女の言う犠牲、その言葉の意味を。




