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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
第三章 劫火の内で騎士は吼える
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先に待つ者達

()()()()?目的地はヒダル......なんちゃらだろ?」


「......あんた、任務先の情報ぐらい覚えておきなさいよ」


 任務の内容すら朧げにしか覚えていない晃に対し、呆れた声を上げる京香。それでも溜息をつくだけで済ませるのは彼がそういう性格だと昔から知っているから。


「もう一度説明するからしっかり聞いてなさい」


「......へいへい」


 京香の口調に『お前は俺の母親か』とでも返したい晃だが、悪いのは忘れている彼自身だと分かっているので、ここで口を挟んでも勝ち目が無いと考えおとなしく話を聞く姿勢に入る。


(完全に尻に敷いてるね、京香)


(......まさにかかあ天下)


 その様子に思わず呟いてしまう拓馬と綾。その声が聞こえたのか、少し顔を赤くした京香が二人をギロリと睨みつける。二人は悪い悪い、と手振りで謝りつつ、話の続きを促す。......晃だけは、何が起きたのか分からずにポカンとしていたが、それはさておき。

 コホンッと一つ咳ばらいをしてから、京香は話を戻す。





 骸王はヒダルフィウスの砦を壊滅させた後、その手をヒダルフィウス国土全域へと広げた。国の防衛の要であり、かつ国内最強の騎士達が為すすべなく敗れた以上、騎士の国に勝ち目は無かった。

 そうして国を滅ぼした骸王だったが、それ以上侵略を進めることは無かった。元人間である彼は知っていた。ビレストはともかく、聖教国、ひいては聖人を相手にするには力が足りないことを。


 ゆえに骸王は時間を稼ぎ、周辺諸国からの反撃を防ぐための手を取った。

 まずは砦を再建し、かの要塞をギラール山脈への侵攻を防ぐための門とした。さらに骸王はヒダルフィウスの国土全土を数日の間に()へと変え、砦にすら辿り着けないようにした。

 森、とは言うが無論ただの森ではない。そもそも死霊魔法に特化した骸王にそんな短時間で森を生み出す術など使えるはずが無い。だが、自身が出来なくとも彼には無数の配下がいた。

 森を生み出せる死霊を操り、森そのものを創造する。そこに多数の死霊達によって無数の呪詛を植え付け、晴れぬ霧を森全体に纏わせた。入るものを惑わせ呪う、恐ろしき森として。


 これの厄介な点は、霧を生成し呪詛を蔓延させる死霊の数が多すぎる故に倒しきれない事。その上森自体は死霊が生み出したものとはいえ既に存在しているため、伐採しない限り消えることは無い。仮に死霊の相手をしながら森の一部の伐採に成功したとしても、森を生み出せる死霊がいる限りすぐに再生してしまう。

 実際過去に聖典教会が攻略に乗り出した時も、再生する森と無限に湧き出てくる死霊に対し手が足りなくなってしまった。教会が扱う聖魔術は確かに死霊や呪いに対して非常に有効だが、森は呪詛で生み出されているわけでは無いからだ。


 森の広さが国土そのものに等しいというのも、彼らを阻む要因となった。()西()()()()()()()()()場所もあるくらいなのだ、いくら聖人がいても手が足りはしない。聖痕の中には広範囲の浄化能力に特化したものもあるのだが、骸王は()()が教会の元に無い事を知っていた。だからこそヒダルフィウスを滅ぼし、大胆にも森を生み出したともいえるのだけど。


 結果として、騎士の国が滅ぼされてから57年経った今でも森を攻略出来た者はいない。いつからか骸王の森はこう呼ばれるようになっていった。霧に惑わせ、迷いに誘う——迷霧樹海と。






 ——そして彼ら四人及びその護衛でもあるビレスト兵達が遂行する任務は、まさにこの森を攻略するためのもの。これをどうにかしなければ骸王の住まうギラール山脈にも、そもそもその前に聳える要塞にすら届かないのだから。


「......私、責任重大だよね」


 そう呟く綾の顔には緊張が見られる。無理もない。彼女こそが今回の()()()()なのだから。

 彼女の持つある固有スキル、その能力を知った王国上層部は歓喜した。この能力さえあれば、あの忌々しい森を攻略するのも容易いと。

 だが綾本人は不安を抱いていた。目的地である森は普通では無い。そんな場所に対して自分の能力がどこまで通用するか、自身が持てないでいたのだ。彼女自身はあまり戦闘能力が高くない事もそれに拍車をかけていた。


「気負い過ぎよ、今回のはあくまで偵察任務なんだから」


 そんな綾を安心させるように京香がそっとその背を撫でる。彼女の言う通り、今回の任務はあくまで偵察。綾の能力が通じるかを判断し、砦への道を作れるかを確認するだけのものでしかない。あえて冬を選んだのも大々的な戦闘を起こすつもりが無く、さらにこんな時期に王国が兵を寄越す筈が無いと、骸王に知性がある故にその裏を突く形で動く為。だから召喚者の数も必要最低限で、兵士の数も少なめなのだ。むしろ兵士はこの数でも目立ちそうなものだが、王国からすれば貴重な能力を有する召喚者に護りをつけないわけにもいかないのだ。


「いざという時は俺が何とかしてやるから安心しろ!」


「だからあんたは緊急時の要員だって言ってるでしょうがっ!」


 ニヤリと笑いながら、自信満々で高らかに声を上げる晃。だが彼の能力を知っている綾からすればむしろ不安しかない。京香が突っ込んでいるように、彼は()()()()()()()()()()であって、出来れば切りたくない手でもある。

 それでも連れてきたのは、彼の手札が強力だからに他ならない。単純な攻撃力とその余波を含めた攻撃範囲でいえば、彼は間違いなく召喚者の中でも上位に位置する。

 それに、これから向かう先が迷霧樹海と言う霧に覆われた地。ここでならば、冬場とは言え彼の能力の()()()()も抑えられるから、というのも彼をこの作戦に参加させた理由でもあった。


「晃の事は置いておいても、偵察要員としては京香もいる。護りに関しては俺や兵士達に任せろ」


 晃のフォローをするように拓馬が続ける。彼の言う通り、今回の任務に参加する人数は少なくともその人員は厳選されている。偵察要員としては綾とは方向性は違えども高い能力を有する京香に、攻撃に置いて召喚者の中でも最上位に位置する神楽坂冬弥の猛攻を凌ぐ事も可能な防御能力を持つ拓馬。王国兵達も見た目こそ地味だが、誰もが優秀な兵士や騎士である。晃だって、不安要素はあれど切り札であることに変わりは無い。


「......うん、ありがとう」


 京香や拓馬の励ましの言葉に、沈んでいた気分を奮い立たせる。それを見ていた三人は笑顔を浮かべ、馬車内の雰囲気が明るくなる。


 ——それでも。顔に出しはしなかったが、綾は不安を拭いきれないでいた。





 それは王都を出発する直前、彼女の友人から受けた忠告が原因だった。


 召喚者達の持つ固有スキルは多岐にわたる。近接戦闘に向いたものから遠距離型、味方を護るものや後方での支援に特化したものまで、実に様々。

 その中でも彼女の友人の持つ能力は特殊かつ希少なものだった。それはこの世界では聖痕の一つ、()()()()()()()()しか持ちえないはずの力。


 未来を知ることの出来る——いわゆる未来視の能力を。


 話に聞く聖痕のそれとは違って彼女の場合はイメージという形になり、しかもまだその能力を扱いきれてはおらず曖昧な断片しか出てこない。だがそれを差し引いても未来視の能力は有用であり、王国にも重宝されていた。


 ともかくそんな能力を持つ友人なのだが、王都出立時に綾が任務に行くのを止めようとしたのだ。確かに向かう先は危険地帯とはいえ少人数での任務はこれが初めてでは無かったし、むしろ普段以上に御付きの兵も多かった。だから大丈夫だと言っても友人は頑なに止めようとした。

 流石におかしいと思い気になって訳を聞いたら、綾達四人に関する不吉な予言を見たのだという。それに怯える彼女に心配はいらない、大丈夫だ、と他の友人にも協力してもらい説得を続け、しばらくして何とか納得してもらえた。それでも不安は拭いきれないようで、友人は躊躇いつつもその内容を彼女に伝えた。少しでも、彼女がその未来を辿らなくてもすむように。


『......見えたの。怨嗟を吐き、呪いを纏った......ううん、呪詛の塊とでも言うべき、銀色の闇。そいつが出てきたら、絶対に逃げてっ......。あれは、死神そのものよ......」


 そう告げる友人の顔色は今まで見たなかでも酷いもので、綾はそれがただの予言——可能性の一つでしかないと断じることは到底出来なかった。





「どうしたの、綾?」


「っ、ううん、何でもない......」


 考え込んでいた綾を気遣うように京香が声を掛けるが、彼女は咄嗟に誤魔化してしまう。いくら彼女が不安を抱いていても予言は予言でしかないし、これから任務に入るというのに敢えて空気を悪くするのも良くないとも思ったのだ。ゆえに綾はその予言を他の三人に伝えることはしなかった。

  

 ——後に、それを後悔することになるとも知らず。






「......ん?」


「あれ、まだ早いよな?」


 しばらく馬車の中で談笑を続けていた四人だったが、突如馬車が停止した。時間を確認するがまだ予定より早いので、何があったのかと四人は互いに顔を見合わせた。


「......確認、した方がよさそうだな」


 外の様子からして魔物に襲われたなどという緊急性は感じないが、何処か困惑した雰囲気が漂っているのが分かる。四人は念の為に武装を整えると、一斉に馬車の外に飛び出した。

 外に出た四人は周囲を確認するが、特に問題があるようには思えず首を傾げる。周囲の兵に話を聞こうとするが、その兵の多くも彼らと同じように戸惑っているようだった。ただ、どうやら向かう先で何かあったのか隊列の前方の方が騒がしい。そちらに話を聞きに行こうとすると、ちょうど部隊の指揮を執る騎士から彼らの方に向かってきた。


「何がありました?」


 代表して拓馬が聞くが、それに対し騎士は困惑の表情を隠さず、どう説明したものかと言うように頬を掻く。


「......見ていただいた方が早いかと」


 そう告げた騎士の先導に従い、四人は隊列の先頭部へと向かう。兵士たちの間を縫って進み、すぐに先頭に辿り着いた彼らはその光景を目にした。





 日が傾きつつある草原を、街道が真っすぐ北に伸びている。その先に見える壁はとある街——王国最北端の街であり彼らの今日の目的地でもある場所の外壁。そしてまだ遠くだが、その遥か奥には黒々とした広大な森——迷霧樹海が既に見えている。まだかなり離れているというのに森は東西の端は視認できず、ここからでもどれだけ広い森なのか想像も付かない。

 

 だが、騎士が言っていたのはそれではない。彼らが注目していたのは街の外壁、その外に並び立つ幾つもの天幕と無数の兵士の姿。


 ——そしてそこに掲げられる()()()()()()()()()()()()——イザール聖教国、ひいては聖典教会の象徴を記した純白の旗を。


「......なんで、王国内に教会兵がこんなにいるんだ?」


 拓馬が零した一言が、皆の心情を表していた。


今年の更新はこれで最後となります。

来年も「Nightmare Alice」をよろしくお願いいたします。

次回は1月2日更新予定になります。また現在、作品全体の改稿を進めております。

それでは皆様、よいお年をお迎えください。

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