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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
第三章 劫火の内で騎士は吼える
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騎士の国ヒダルフィウス

 ——騎士の国ヒダルフィウス。今は亡国となった地は、かつてそう呼ばれていた。


 その地は元々ビレスト国の領土であり、王国内では最も危険な場所と言われていた。ギラール山脈から下りてくる魔物、それが一堂に会する地であったからだ。

 ギラール山脈が魔境と化しているのは知っての通りだが、そこに生息する魔物達とて山脈のどこからでも下りてくるわけでは無い。中には麓が数百mはある断崖絶壁になっている場所などもあるからだ。そして反対にある種の獣道のようなものが続いて下りやすくなっている場所もある。そういった獣道が一点に集中する場所、それがビレスト北西に当たるのだ。


 故にその地は魔物の被害が甚大で、ビレスト王国にとって大きな悩みの種となっていた。イザールとの国境でもあったので教会に援助を求めることで対処していたが、それの対価だって楽に用意できるものでは無く、徐々に王国の財政を圧迫していった。

 だが数百年前、当時その地のすぐ近くに領地を持つ王国貴族の一家が、かの地に強固な砦を建設することを王家に奏上した。王国上層部はそんな資金は無いとその提案を渋った。だがその貴族にとって領地を護る為には砦の建設は必須であると考えていたため諦めるという選択肢は無かった。結局資金の大半をその貴族が負担するという条件で王国は建設を認め、その貴族は砦の建設に賛同する者達と共に事業に着手し始めた。


 魔物が常に下りてくる地での建設事業は極めて難航した。貴族の家にだって出せる資金には限界があるし、人手だって足りていなかった。それでもその砦を建てることが需要だと考える他の貴族や騎士達から徐々に協力を得られるようになっていった。またその地の領民達も砦の建設に力を貸し、貴族、騎士、民が一丸となって砦の建設に力を注ぎ、十年以上経ってようやくその地に砦が——魔物に対抗するための要塞が完成することとなる。


 ——では、何故それが国となったのか。


 事の発端は王国にある。砦が出来たことで彼らは教会の援助が必要では無くなった。さらに、砦で倒した魔物の素材を王国に献上させることで新たな資金源を確保した。それらの要因により王国の財政難は一気に解決することとなる。

 だが話はそこで終わらない。それに得た利益を王国上層部は独占し始めたのだ。......砦の建設に尽力し、魔物を倒す為に奮闘する貴族や騎士達には最低限の見返りしか渡さずに、その領地に還元する事も無く。


 それに対して騎士達や領地の民が怒りを抱くのは当然の事。砦の建設には資金を渋っておきながら、利益となると分かればそれを搾取しようとする王国上層部のやり方は到底認められることでは無い。その不満は溜まりに溜まっていき、いつ爆発してもおかしくは無かった。

 それでもそれが爆発しなかったのは例の貴族が彼らを抑えていたからに他ならない。無論その貴族とて彼らと同じようには思っていたが、それでも王国に混乱を齎すのは避けたいと考えていた。騎士達や領民もかの貴族の意志を汲み、最後の一線を越える事だけはしなかった。

 とはいえそれもいつまでも抑えられているわけでは無い。砦の維持とてタダではないし、領民にも生活がある。ヒダルフィウス家は何度も王国上層部に命を懸ける騎士達に相応しいだけの報酬を、身を粉にして協力してくれた領民達の生活が安定するだけの援助を願い出るが、それが聞き届けられることは無かった。


 それでも諦めずに繰り返し奏上する貴族に対し、王国は愚かな行動に出た。その貴族から領地と砦の指揮官という立場を取り上げ、彼らの息が掛かった別の者へと変えようとしたのだ。しかもその貴族を元の領地よりも辺境の地に左遷させようとすら考えていた。あわよくば再びかの地のように、うまい汁が吸えるようになるかもしれない、と悪巧みすらしていたらしい。


 これにより騎士や領民達の怒りは爆発する。今まで彼らが不満を抱えつつも耐えていたのは、例の貴族による取り成しがあったからだ。騎士や領民達以上に身を粉にして、彼らの生活を護る為に力を尽くしたその貴族の姿を見ていたから、彼らは怒りを呑んでいたのだ。だがそれに対して王国が行おうとした仕打ちはあまりにひどく、遂に彼らの堪忍袋の緒が切れた。

 そしてかの貴族も同じであった。彼らの怒り、そして王国への失望。それは貴族に決断をさせるのには十分すぎる理由だった。


 砦が出来てから数年後、王国北西の地は王国からの独立を宣言した。かの貴族の家名から名を取り、ヒダルフィウス国と名を改めて。


 王国からすればそれは到底受け入れられることでは無い。だが、彼らはその国に手出しすることは出来なかった。もし手を出そうものなら、最悪の場合ギラール山脈から迫りくる魔物への護りを再び失う事になるからだ。そうなるぐらいなら、新たな資金源を失うとしてもギラール山脈からの護りを維持できた方がまだましだと、王国上層部は決断した。


 そうして、ヒダルフィウスは国として成立した。山脈から迫りくる魔物から南方の国々を護る関所として、『騎士の国』という名を得て。


 ——57年前に、骸王により滅亡するまでは。




「ワタシの知る亡国の知識はこれくらいね」


 夜の森を進みながら、ワタシ達はこれから向かう国について話していた。魔物であるワタシ達にとっては夜に進む方が安全。黒騎士の鎧も夜闇の方が目立たないし。

 休みなく進めるか、というとそうでは無いのだけど。死霊であるワタシや黒騎士はともかく、フューリは寄生しているとはいえ肉体を持っている以上、食事や睡眠が必要だから。まあ人程必要では無いのは幸いだけど。イオ?懐で休んでいるから問題無し。


 既にイザール聖教国の国土に入っている以上、今まで以上に慎重に行かないといけない。奴らに見つかれば面倒なことになるのは分かりきっているから。教会の戦力、教会騎士の上に立つエリートである聖騎士の実力は確かめておきたいけど、危険は犯せない。


『大方間違ってはいないな。強いてあげるなら、ビレストのやり方はもっと悪辣であったと祖国では伝わっていたがな』


『一説には、ヒダルフィウス家に適当な罪を着せて一家郎党を処刑しようとした、なんて話もありますし』


「......まったく、相変わらずクソな国ね」


 黒騎士とフューリの言葉に、思わず舌打ちが零れる。分かってはいたけど、ビレスト上層部がクソなのは昔かららしい。そんなワタシの反応に、黒騎士は首を傾げている。まあ、ワタシとビレストの繋がりを知らなければ当然なんだけど。

 黒騎士に対してワタシに関しては半分——アリス・クラウガンダルヴであったことや魔物としてやってきた事、後はフューリとの関係などについては説明してある。召喚者でもあった事やイオに関しては、今のところ関わっていないから話す必要は無いし。まあ、何かあるとは感づいているかもしれないけど。


 ......ビレスト王国。橘有栖が召喚され、死んだ国。まさかあの国とこんなに早く関わることになるなんて。本当ならあの国近郊に足を運ぶのはもっと後の予定だったし。

 それでもワタシは、あの日黒騎士に協力することにした。




『——あの日、俺は唯一人生き残ってしまった』


 ガズの騒動後、タナク砂漠で黒騎士はそう独白した。


『生き残った、は正しくないか。奴の、骸王の呪縛から逃れた。......あの方を、犠牲にしながら、おめおめと』


 あの方というのが誰かは分からない。けど、その人の助けがあったから、黒騎士はこうしてここにいるのだろう。

 死霊魔法で蘇った者は基本的に術者の支配権に縛られる。だが黒騎士の場合、縛られる前に骸王の魔法範囲内から逃げることに成功したのだと考えられる。そしてその後オールヴに見つかり、空白の支配権を埋めるように彼の配下とされ、五十年もの間奴にこき使われ続けた。オールヴが黒騎士を配下に置けたのも、祖国を失ったことに加え魔物となってしまったことによる精神的ショックがあったからだろう。でなければ奴に彼を隷属で来たとは思えないし。

 そして彼はようやく自由の身になった。——ワタシによって、オールヴから解放されることで。


『あの狂老の支配から解き放たれた。遅くなってしまったが、やっと祖国を解放するために動き出すことが出来る。だが......』


「戦力が足りてないわね。骸王はアルミッガに生息する数少ない災位、災害級の一角だもの」


 死霊魔法に特化した災害。無数の死群を操り、国一つを滅ぼす事すら可能な存在。到底勝ち目はないことは黒騎士だって理解しているはず。


『......奴の軍隊の恐ろしさは身をもって知っている。それに恐らく奴の軍は当時の上をいく。時間も経っているのもそうだが、......配下には、祖国の者達もいるのだから』


「加えて言うなら、そもそも今のあなたが骸王の前に行ったらそのまま支配権を奪われて終わりじゃないの」


 故に勝機は彼一人では万に一つもなく。だからワタシに協力を彼は頼んだのだ。


『死霊に精通し、俺の支配権を書き換える事すら可能な腕前。貴公のような者に会える機会はそう訪れるものでは無い。だからどうか、力を貸してほしい』


「確かに、ワタシは骸王の軍相手でも何とか対応は出来るかも知れないけど......」


 彼の期待はともかく、ワタシからしても骸王は格上。長い年月を生きてきた死霊の王。魔物の格からして魔力量なんかが叶う訳もなく死霊魔法の腕だって数段は劣るだろう。つまり、ワタシは骸王からすれば下位互換な存在。

 祖国の解放が目的とかいうけれど、要は骸王に敵対することに変わりない。そうなれば、ワタシは何処まで戦力になるかは怪しいところ。こちらとしても黒騎士には恩があるから力は貸したいのだけど......。

 ワタシが迷っているのを感じ取って、黒騎士の姿勢がさらに深くなる。


『......骸王と直接戦ってほしいわけでは無い。だが、せめて民や部下たちを縛りから解き放ちたいのだ。それであれば、可能ではないだろうか?』


 ......その言葉こそが、黒騎士の本音だと思えた。骸王を討つ以上にその魔の手から仲間達を、そして恐らくは彼の言っていた『あの方』を助け出したい。それこそが一番の願いなのだと。

 そして、ワタシにそれが可能なのかと言えば。


「......骸王自身がいなければという条件は付くけど、その隙を突いて魔法を解除するくらいならば出来るかも」


 だが、それだって骸王を敵に回す事に変わりは無い。今のワタシの実力では、どこまで役立てるかは正直自身が無い。

 ......そう考えつつも、ワタシはその手を払う事が出来ずにいた。彼の気持ち、仇を討ちたい、助け出したいという気持ちは嫌というほど分かるものだから。


『私に出来る事なら何でもしよう。どんな対価でも払おう。......貴公がいなければ、私は祖国に帰(・)る(・)事(・)す(・)ら(・)出(・)来(・)な(・)い(・)のだから』


 真摯に願う黒騎士の言葉にどうするべきか思案する——だが、そこで黒騎士の言葉が妙なことに気付く。


「ワタシがいないと、帰れない?」


 それはどういうことだろうか?黒騎士は土下座のまま、少し言いづらそうに口を開く。


『......実は。先程言ったようにオールヴから解き放たれはしたのだが。その......、今その支配権が貴(・)公(・)に(・)移(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)て(・)な?貴公がそちらに向かわない限り、私が祖国に帰るのも不可能となってしまうのだ』


「......うそでしょ?」


 思わぬ言葉に呆然としてしまうが、よくよく確認すると言葉の通りに黒騎士の支配権はワタシの手にある。どうやら隷属状態を解除しようとした時に、いつのまにかワタシの支配下に置いてしまっていたみたい。その性でワタシから一定距離以上には自力で離れられず、祖国に向かう事すら出来なくなっていた。いや何で気付かない、ワタシ。

 予想外の出来事に、思わずポカンとしてしまったのは仕方ないだろう。



 結果から言えば、ワタシは黒騎士に協力することにした。色々考えたけど、彼への恩を返すにはこれが一番だと思ったから。

 対価に関しては、おいおいという事で。

 ちなみに支配権は未だワタシのまま。あえてワタシの配下にあることで死霊魔法の支配に抗う事も出来るかもしれないし。


 そういう訳で今は亡国の地に向かっている訳だけど、ビレストの事を考えると不安がよぎる。今のワタシではまだ奴らを——同郷のクソ野郎どもを相手にするのは早いから。聖痕持ちである勇者もそうだけど、他の奴らだって強力な固有スキルを有しているし、今はどれだけの実力をつけているか分からない。一通り奴らの能力は覚えてはいるけど、それもいつまで役立つか。

 けど、もしかしたら奴らの内の誰かと邂逅する可能性はあるかも。ワタシが奴らの立場なら、力をつけつつ狙う相手としてなら骸王を選ぶ。アルミッガに存在する数少ない災位の一体。王国からしても、奴の存在は目障りだろうし。


 ヒダルフィウスが滅んでから、かの地は骸王の手に堕ちた。それにより、今まで防がれていた被害を王国と聖教国が受けることとなってしまう。だが各国にとって不幸中の幸いなことに、すぐには魔物の侵略が起きなかった。何故ならば、骸王が攻めでなく護りに入ったから。

 ギラールから魔物が下りてくる地。それは言い換えればギラール山脈に攻め入るのに絶好の場所とも言い換えられる。骸王はそうなることを警戒し、亡国の地を人族が入ってこれない地へと変えてしまったのだ。地形そのものを変化させ、難航不落の地に。山を下りようとする魔物を自らの配下へと変え、戦力を蓄え、護りをより強固に。


 そうやって力を蓄えているだろう骸王を、各国は警戒している。すぐに攻め入ってくることは無いだろう。骸王は元は人——死霊術士が魔物へと変化した成れの果てと言われている。ならば人間社会にも詳しく、教会や勇者の恐ろしさは理解している。情報収集用に何かしらを放っている可能性も十分にあり得るだろう。だからこそ、彼らの力押しでは破れない護りを築き上げ、機が来るまで山脈に籠っている。——いつか、各国に攻め入る絶好の機会を待ちながら。


 故に、王国と聖教国にとって骸王の存在は一種の目の上のたんこぶとなっている。もし討てる道が開ければ、すぐにでも攻め入っていたに違いない。

 ......そしてワタシは知っている。王国が召喚した勇者の中に、まさにその鍵となるだろう力を持つ人物がいることを。


「......まあ、大丈夫でしょ」


 とはいえ、まだ会う事は無いだろう。いくら何でも召喚されて一年もしないうちに魔王討伐は無い。それに、これから冬という厳しい季節に入っていく中で戦力を寄越すとも思えないし。だからもし王国が来るとしても春になってからだと予測している。だから、その前に片を付けないと、そう考えながらワタシ達は夜の森を亡国に向かって進んでいった。




 

 ——それがフラグになるなど、この時のワタシには知る由も無かったのだが。






次回は12月29日更新予定になります。

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