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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
閑話 振り払えぬ死影
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閑話 振り払えぬ死影〈後〉

閑話後編になります。

「はぁ、はぁ、はぁ......」


「ふぅ、ふぅ......、クハハハハハッ」


 暫く後。訓練場で俺達は倒れ伏していた。全力、とまでは行かないが本気でぶつかり合い、お互いもう疲労困憊状態。流石は神楽坂、俺達の中でも最上位の実力者。聖痕っていうチート級能力を持っているのに引き分けがやっとだった。


 ......まあ、俺がそもそもその聖痕をまだ全然使いこなせていないのもあるだろうけど。倒れた状態で足に現れているそれ——聖痕に目を向ける。

 伝承などから聞く限り、こいつに秘められた力は強大なんてもんじゃない。この世界で最強だった——恐らく過去現在未来全てにおいて超える者はいないだろう魔物の始祖にして頂点たる魔王、それを殺した者達が持っていた力なのだから。


 けど、今の俺じゃそれを全く使いこなせていない。基本となる聖属性の能力は使えるようになったけど、各聖痕が有する固有能力に関しては今は戦闘で全く使えてやしない。俺の固有スキルは聖痕だけだから、他の皆と比べれば能力が半減していると言っても過言ではない。それでもこうして神楽坂と渡り合えているのは、聖痕そのものの出力とでもいうべきものが桁違いだからに過ぎない。

 要はスペック便りの戦闘方法。聖属性という魔物の天敵ともいえる能力だからこそ、魔物を相手するのには今はこれでも十分すぎる。けどこうして人と戦う時にはその相性差も無い。聖痕というメッキが剥がれれば、俺の戦闘能力は下がる。

 ......もっと強くならないと。奈緒や皆を護る為にも。


「いや、やっぱ強い奴との戦いは悪くねぇ。たとえ能力だよりだとしても、俺達の中じゃお前が最強だからな」


 そう言いながらクククッ、と喉を鳴らす神楽坂。どうやら満足のいく戦いではあったらしい。まったく、この戦闘狂が。......その合間にチクリと言ってくるいやみには、事実と分かっていても眉をしかめてしまうのだけど。


 神楽坂冬弥を一言で表すなら、生粋の戦闘狂だ。元の世界ではなんかの道場に通っていたらしいけど、彼の求めるものは戦いであり、それは武道で掲げられる理念とは逸れる。そういうところが肌に合わなかったみたいで道場を止め、それからは地元で喧嘩に明け暮れるようになった。

 幸いと言うべきか、神楽坂が求めているのは暴力では無く戦い。弱いものに力を振るうのではなく、強い相手との戦いを愉しみたいというものだ。喧嘩ばかりしているから学校からの覚えは悪かったが、意外と授業には出ていたし、一般生徒に手を出すことも無い。そんな姿に憧れるものも少なくなく、こいつの周りにはいつだって人が集まっていた。......本人は相手にしていないので、取り巻きなんて呼ばれてしまっているけど。

 この前の会議でトムさんに反対したのも、弱い魔物よりも強い奴と戦いたいという欲求からのもの。理由を聞いた後では納得していたし、弱者との戦闘でも相手が魔物である以上何かしら得るものはあるかもしれないと、考えを改めたらしく会議後にトムさんに謝罪している姿も見た。......ただ望月とはどういう訳か、とことん馬が合わないらしい。


 ともかく、そういった下地を持つからこそ、神楽坂は俺とは違う。こいつの固有スキルも強力だが、決してそれだけに頼り切ってはいない。ステータス上に表記されるスキルの数も人一倍多い。この世界におけるスキルは本人の持ちうる技能を表す以上、その事実が示すのは神楽坂がそれだけの技量を持つということ。

 だから神楽坂は、そして同じように積み重ねがある奴らは強い。俺達の多くが力を持て余している中で、そいつら数人だけは強さの「質」が違うから。俺達だってこの世界に来てから身に着けてきた技術はあるけれど、未だに彼らには及ばない。俺がこの中でトップにいられるのは、聖痕のお陰でしかない。

 それを神楽坂も分かっているからあんないやみ、いや忠告をしてきたのだろう。このままじゃ駄目なのだ、と。......こいつの場合、もっと強くなった俺と戦いたいだけかも知れないけど。


 ......そうだ、嫌味で思い出した。


「神楽坂、さっきの呼び方はなんだよ?あんな呼び方される心当たりが無いけど」


 何か色事だとかどうとか、どういう意図かまでは分からなかったけどいい意味ではない事だけは伝わってきた呼び方について聞くと、神楽坂は口の端を歪めた。


「分かりにくかったか?色ボケ勇者、の方が正しかったかもな。心当たりが無い、とは言わせねぇぜ?」


「......話って言うのはそれか」


 声が冷たくなっているのが自分でも分かる。流石にここまで言われれば、何より先日の雨宮さんとの話も相まって、何を伝えようとしているかは明白だった。


「......お前も、奈緒を疑っているのか?」


 ——神楽坂も、奈緒の話を信じてない一人なのだと。


 体を起こしながら、神楽坂を睨みつける。どういう意図でそう言っているのか、問いただす為に。眉間に皺がより、拳に力が入っているのを自覚するけど、感情を抑えるつもりは無かった。

 一方、俺の反応を予測していたのか神楽坂に動揺は見られない。むしろ戦闘狂とは思えない程静けさを湛えたその瞳に、俺の方がたじろいでしまう。


「疑っている、というよりはそもそも信じてねぇからな。——少なくとも、あの時呪詛が使われたって話については」


 神楽坂は静かに、彼の考えを語りだした。


「別に何か証拠があるとか、そういう訳じゃない。——だけどな、あの日の事を思い出してみろ」


「思い出せって、一体何を......」


 あの日、というのは間違いなくあの初演習の日だろう。ほとんどがパニックに陥り、まともな戦闘にすらならなかった。戦えていたのは神楽坂を始めとした数人だけ。俺も必死だったからかあまり内容は思い出せない。

 後でそれがあの女の仕業だと知った時には驚きもしたが、同時に得心もいっていた。そうでなければ、あれほど無様な事態になるはずが無いのだと。

 だけど、神楽坂はそうじゃないらしく、俺の答えを聞いて呆れたようにため息を一つ吐く。そんな態度につい頭に血が昇り、どういうつもりか問い詰めようとして。


「分からないか。あの話が本当なら、アレは呪詛だ。日々ボロボロにされて、まともに能力を鍛えてもいない女の呪詛。——そんなものが効くほど、お前の聖痕は弱いのか?」


「......あ」


 ——言葉を失った。神楽坂の言葉は雨宮さんとは違う方向からのもので、それでいて今までで一番否定できなかったから。


 聖痕がチート級の能力であることは、誰よりも俺が一番実感している。強力な聖属性による攻撃は魔物を薙ぎ払い、それによる護りは鉄壁そのもの。特に呪詛は聖属性と致命的に相性が悪いみたいで、今までまともに効いたことが無い。

 ......だからこそ、その力を日々実感している身だからこそ分かる。確かに、あの女が扱う呪詛程度で、この護りを破れるはずが無いのだと。


「それに、あの場面で呪いなんて使ってみろ。お前の女じゃなくても誰かしらが気付くに決まってる。魔物も弱かったし、騒動を起こしても騎士がいる以上死人が出る程までにはならない。その後に全てがバレれば、意味がねえだろ」


 その意見に、俺は反論できなかった。確かにその通りなのだ。初の実戦だからこそ、相手の魔物は弱かったし騎士の護衛も多数いた。そんな状況で行動を起こすのは、確かにリスクでしかない。

 けど、俺はそれを認める訳には行かない。だって、それは奈緒を疑う事に他ならないのだから。


「......ヤケになった可能性もあるだろ?自分の現状に絶望して、何もかもどうでも良くなった、とか」


 なんとかこじ付けのような意見を上げるが、それに対して神楽坂が浮かべたのは呆れ顔。


「それなら自分がやったって認めるだろうが。......それによ、それが本当ならそこまで追い詰める原因となった俺達が言っていい事かね、それ」


「っ......」

 

 咄嗟に反論しようとするが、声が出てこなかった。......神楽坂の言い分は、決して間違ってないと思ってしまったから。

 だがそこで、神楽坂の顔つきが変わる。呆れを浮かべていたものから、何かを思案する顔に。


「......でもまぁ、絶望したってのはあり得る話か。あの地元から抜け出したのにまた同じような目に遭ってるわけだ、そう考えたっておかしくは無い、かもな」


 俺は唖然とする。今の奴の言葉、それがとある事を連想させるものだったから。


「......お前、橘と知り合いだったのか?」


 あまりにも意外な話だった。二人に接点があったなど、聞いたことが無かったから。


「地元が一緒なだけだ。学年も違うし、向こうは俺を知らないだろ。まあ、あいつは有名人だったからな」


 そうして語られるあの女の過去に、俺は絶句してしまった。あの女に掛ける情など無いはずなのに、つい同情心を抱いてしまう程に。


「......そんな、過去が」


「ああいった田舎じゃ良くある話だ。下らねえから俺は関わってこなかったし、引っ越した後はどうなったか知らなかったしな。まさか高校で一年後輩として会う事になるとは思っても見なかったが」


 知りもしなかった重い過去に、声が出ない。学年は違ったので学校では接点がほぼ無かったが、見かけたことくらいはある。だけど、その頃のあの女は普通の女子高生そのものに見えた。とてもでは無いが、そのような過去があるようにはとても見えなかった。

 そして、先程の神楽坂の言葉の真意も分かった。地元から抜け出し、ようやく手に入れた幸福。だがそれは、この世界に召喚されたことで失われた。......他でもない俺達と、王国の手によって。

 無論、それで奈緒にしたことを許すつもりは毛頭ないし、雨宮さんや神楽坂が何と言おうと俺はあの女こそが騒動の犯人だと信じている。......けど先程こいつが言った通り、こうも思ってしまう。そこまでさせてしまった原因は、確かに俺達にもあったのだろう、と。


「......神楽坂、お前はあの女が元凶とは思って無いんだろう?なら、何故雨宮さんの様に庇ったりしなかった?」

 

 雨宮さんの事を考えていたからか、ふとそんな疑問が浮かぶ。あの話が本当なら、一番古くからあの女を知るのは神楽坂という事になるのだから。

 

「言ったろ?顔を知っていただけだと。触らぬ神に祟りなし、関わりなんて殆どなかったさ。その程度の関係しかない相手を庇って、雨宮のように王国から睨まれるのも面倒だしな」


 俺の問いかけに対し、神楽坂はあっさりそう答えた。それは彼らしい答えであると同時に、聞き逃せない言葉があった。


「雨宮さんが、王国に睨まれている?」


 俺は聞いたことの無い話だった。トムさんがそんなことを漏らしていることだって一度も無かったし。確かに騒動の時にはあの女を庇っていだけど、それが原因なのか。そう思ったのだが、神楽坂は首を横に振った。


「ちげぇよ、その前だ。元から、あの扱いは酷いと王国に抗議してたんだよ。知らなかったのか?」


 突如明らかになった事実に、俺は唖然とする。知らないと返せば、マジか、と呆れた表情を浮かべる神楽坂。だがそれに対して文句を言えるわけもない。そんなことが起きていたのを知らなかったなんて......。


「俺達召喚者に対して、王国は裏から手を回して橘への扱いをより酷くさせていった。そして召喚者達相手に動いていたのが梶取で、あいつに手を出した相手に実力行使していた。橘に余計な負担を掛けたくなかったのか、裏で知られないようにではあったがな。対して、王国そのものに働きかけようとしたのが雨宮だ。結局二人だけだったから流れを変えることは出来なかったようだが、王国からしたら目障りなことに変わりない。今も雨宮は王国から危険視されているだろうな」


「......なんだ、それ」


 信じられない話だった。雨宮さんがそんなことをしていたなんて。なにせ彼女はこの前会った時、確かこう言っていたのだ、『自分は助けようとしなかった』と。あの言葉と今聞いた話では、明らかに矛盾している。


「......助けようとしなかった、ね」


 そのことを伝えると、神楽坂は複雑そうな顔を浮かべた。

 

「雨宮は王国への働きかけを成功させるために、俺達召喚者に睨まれないよう慎重に動いていた。もし動いていると知れたら橘に向く悪意が増えたかも知れないし、雨宮の動きを邪魔されたかもしれない。だがその結果、あいつどころか梶取まで命を落としたんだ。何を裏でしていようと助けられなかった以上自分は何も出来ていない。それが、あいつの言葉の真意じゃねぇのか?」 


「......雨宮さん」


 この前彼女から聞いた言葉が、鮮明に蘇る。必死で振り払おうとしても、ますます重みを増して圧し掛かってくる。——悪夢に見る、黒い水の様に。


「......けど、奈緒は。だって、それなら......、うぐっ!?」


 それでも俺には奈緒が嘘をついているとは思えない。そう考えたところで頭に激痛が走る。頭の中を走る二つの考えに、何かが壊れてしまうかのように。


「......なるほど、そういうことか」


 神楽坂はと言えば、そんな俺を見ながら何かに気付いたかの様に頷いている。どういうことか聞き返そうとするが、そんな俺を無視して神楽坂は立ち上がる。


「まあ、話はこんなところか。そろそろ俺は行くぜ」


「......待て、神楽坂。そもそも、なんでお前そんな話を......」


 頭痛を堪えながら俺も立ち上がり、去ろうとする背中に問い掛ける。最初からずっと疑問だったのだ。雨宮さんならともかく、こいつがこんな話をする理由が分からなかったから。


「そんなの決まってんだろ?お前があいつらの死を引き摺って悩んでるみたいだったから、いっそのこと色々焚きつけてみようと思っただけだ。そんなの抱えたままじゃ、お前が強くなるのが遅くなっちまう。まあ逆効果だったかも知れねぇけどな」


 それは、どこまでも彼らしい解答で。


「......後は顔だけは知った相手と、そいつの為に裏で動いてたヤツ。そいつらへの俺なりの手向けだよ。あいつらからすれば、まったく意味の無い行為だし、むしろふざけてるのかとも言われそうだけどな」


 ——でもそちらの方が真相なのでは無いかと、俺には思えた。


 そうして立ち去っていく神楽坂の背中を見送りながら。




 ——フフッ、フフフッ——




 時折見える影と声が、すぐ傍にいる気がした。


次回の投稿ですが、少し間を開けさせていただいて12月21日水曜日の12時予定とさせていただきます。

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