狂想曲は、業都に響く――終奏・後――
砂丘船は様々な機能を有している。砂をかき分けて進む船としての機能や、魔物を寄せ付けない効果を持つ結界。食糧を長期かつ大量に保存するために魔術的工夫が施された食糧庫に、砂漠の変化に合わせた航路を示す地図。
他にも色々な機能を有している船だが、砂漠に対応したとある機能もある。それは、気温を保つ効果。昼は熱く、夜は冷え込む寒暖差の非常に激しい砂漠において、これは必須ともいえる機能である。しかもこの世界の砂漠は魔境と化している。昼に5、60℃を超えるのはざらで、夜には氷点下を下回るのも当たり前。
ガズやトロキの都市を覆う結界にもこれは必要不可避であり、砂丘船や水を生み出す魔術具に次ぐタナク砂漠で生きていくための生命線の一つと言ってもいい。
——さて、突然どうしてそんな話をしたのかと言えば。
「......やっぱり、砂丘船って楽よね」
『......それは、まあそうでしょう』
今ワタシ達がそんな夜の砂漠を、砂丘船無しで進んでいるからに他ならない。
いや、砂丘船に乗っている時はそんなに気にならなかったけどやはり魔境なだけはある。こういう面でも砂丘船が必須と言われるのが良く分かる。
今はとりあえず結界を貼って冷気を防いでいる。傷も少しずつ回復しているし、戦闘行為にならなければ問題は無い。......砂漠に住まう魔物には、中央大陸には僅かしかいない災位の内の一体もいるから、そいつと出会わないようにも気をつけないと。基本は砂漠南部——海洋国家と隣接する辺りに生息しているらしいからここら辺に現れる可能性は低いけどね。
「......キュ」
ちなみに一番冷気にやられているのはイオ。どうやらこの世界でも爬虫類は寒さに弱いみたいで、今はワタシの懐の中で包まって出てこない。ああ、でも進化したらそういう面にも耐性が出来るだろうから、いずれ問題は無くなると思う。
『ああ、心地いいですね。先程までの茹だるような暑さが嘘のようです』
反対に、一番元気なのはフューリ。元々魔術適性に氷があったせいか、それとも凍の魔眼を核に使ったからか、彼女は冷気への順応性が高いみたい。イオとはまるで反対に、そして久々の自由に喜ぶように、楽し気に地を駆けている。
「その体、調子はどう?」
『悪くは無いですね。でも同調には少し時間が掛かりそうです』
今ワタシはとある魔物の背に乗っている。夜の砂漠を駆けていくのは体長が4mはある砂色の毛を持つ狼。デザートウルフという魔物で、タナク砂漠ではよく見る魔物でもある。
だがそれは通常の個体とは違う特徴を持っている。体には蒼い線が走り、その胸元と額には蒼い宝石が埋まっている。——フューリの体とよく似た、結晶体が。
そう、実はこれがフューリなのだ。
今の彼女は『パラサイトコア』という魔物。スキルなどから考察すると、どうやらこの魔物は他に寄生してその特徴を捕食し取り込む、というあのカオスビーストから受け継いだような性質を持つ。という訳で試してみた結果がこれ。
手順としてはこう。まずは対象を弱体化させ、その核に寄生し体を乗っ取る。さらにそこから時間を掛けて同調し、その魔物を自身の一部として吸収することでその魔物に変身することが出来るようになるのだ。しかも、対象の能力も受け継いで。ちなみに寄生が完了した時点で本来の体の持ち主は死亡し、その魂は体から離れてしまうため、魂が混ざる心配はない。
中々にえげつない能力だけど、注意点は幾つもある。死体には寄生できないし、酷い損傷がある場合では生きていても取り付けない。
そして、寄生できる対象には偏りがある。実はこの能力は魔物だけでなく人にすら寄生できるらしい。取り込む核に関しては魔物であれば魔石、人であれば脳になるわけだ。
フューリが寄生できるのは、魔物あれば獣の——犬や狼のような特徴を持つもの。人であれば女性のみ、というように。恐らく彼女との相性があるのだと思う。狼に関しては、これもカオスビースト繋がりだと思う。アレも見た目は一応狼だったし。
他にも、今は氷や冷気に適性を持つ者と相性がいいみたいだけど、それはこれから捕食を重ねることで幅は広がると思う。
......ちなみに、この能力で一番やばいと個人的に思うのは捕食時の見た目。まさか魔石を取り込む時にあっちの世界のクリオネよろしくバッカルコーンになるとは思ってなかった。いや、そういう能力を持つからクリオネみたいになったのかもしれないけど。
ともかく、それがフューリの能力。これのお陰で今ワタシ達は砂漠をある程度楽に進めている。いやぁ、せっかくだからと試して正解だった。流石に見つかること前提で魔境の空は飛んで行きたく無かったし、かといって歩いていくのはかなり辛いし。行きは砂丘船に乗ったから分かりにくいけど、この砂漠の面積相当広いしね。なにせ砂漠中央のガズに船で行くのに三日かかるのだから。
『......やはり、きてますね』
そんな風に進んでいると、突然そう呟きながらフューリが足を止める。まあ理由は分かっているけど。ワタシだって気がついていたし、調子の悪いイオも反応を示していた。なら人間時代の能力に加え、狼という高い索敵能力を誇る体を持つフューリが気付かない訳がない。
向こうもワタシ達に気付かれているのは想定の内だったのか、特に慌てることも無くその姿を現した。
「さっきの助力には感謝するわ。姿が見えなかったけど、無事逃げ出せたようね」
『――ああ、お陰様でな。こちらこそ、貴公には感謝している。こうして自由の身に成れたのでな』
そう言いながらこちらをつけてきた者――黒騎士は頭を下げてくる。言葉も流暢になっているし、どうやらオールヴの隷属は完全に解除されたらしい。
「それで何のようかしら?礼を述べたいだけ、じゃなさそうだけど」
『......やはり、気付くか』
ワタシの問いに、参ったとばかりに兜を掻く黒騎士。何だか隷属が解けたら随分と人臭い感じになった。あの時とは偉い違いだ。
『......実は、貴公に頼みがある』
武器を降ろし、真剣な趣きでそう語る黒騎士。罠の様子は無く、本気でワタシに何かをお願いしたいようだけど......、そうね。少し核心を突くとしましょうか。
「――それは、あなたの祖国である亡国と関係あることかしら?」
『っ!?何故それをっ!?』
黒騎士の驚きようからして、どうやらワタシの予想は当たっていたみたい。
「あなたの歳――魔物になってからの年数に覚えがあったもの」
そう、57年前。その年には聞き覚えがある。人類の支配するアルミッガ大陸で起きた、近年最大の事変。
——とある災害級の魔物により、一国が滅びた年として。
『——ああ、その通りだ』
目的を見抜かれた事を理解した黒騎士は、砂漠の真ん中で膝を突き、こちらに深々と頭を下げる土下座の姿勢に入る。
『どうか、祖国を解放するために力を貸してほしい。——悪夢と謳われし者よ』
これにて第二章は完結となります。閑話を挟んだ後、第三章へと入っていきます。
これからも『Nightmare Alice』をよろしくお願い致します。
次回は12月15日12時投稿予定になります。




