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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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狂想曲は、業都に響く――伴奏――

あの男の結末になります。短めの話です。

「お、おお......。まさか、これは......」


 地下闘技場の観客席。先程まで響いていた戦闘音はもう止んでいた。辺りに散らばるのは砕かれた無数の骨や武器の数々、そして護衛二人の亡骸。奮戦した彼らではあったが、数の暴力には敵わず命を落とすこととなった。


 そして彼らの雇い主であるオールヴも、もはや死に体であった。体には何本もの剣を突き立てられ、血は止めどなく流れ続けてる。未だに死んでいないのは彼のローブに治癒機能があるのと、護衛達によって一時的にではあるが周囲に死霊達がいないからであった。

 とはいえ致命傷を負っていることには違いないし、まだ残っていた死霊も彼の元にゆっくりと迫りつつあった。もう助かる道は無く、ここでオールヴの人生が途絶える結末は変わらない。


 ——だがそんな状態であろうと、狂っていようと、彼の性根は何処までも研究者であった。今彼の目は死霊でもなく、死んだ護衛でもなく、ましてや自分自身でもなく、闘技場中央の一点にのみ注がれていた。


 そこで行われているのは、アリスによるフューリの蘇生、否魔物としての再誕の儀。その一連の工程が行われるのをオールヴは一挙手一投足見逃さなかった。

 やがて全てを見届けた彼は、しばらくしてから大きく息を吐いた。その光景に、呼吸をすることすら忘れていた。


「——あり得ない」


 口から零れ出たのはたったの一言、だがその一言に彼の思いの全てが込められていた。


 魔物を生み出す、そう言われた時に真っ先に思い浮かぶのは死霊術だろう。アレは死者の魂に干渉し、魔力を与えることでそのものを魔物としてこの世に留めるもの。また生前の肉体などを使用すればより性能を引き上げることも出来るし、アリスがとある宿で生み出したように複数の死霊を掛け合わせて強力な一体を作り出すことも出来る。

 だが死霊術を一言で表すなら、それは『死者の使役』と呼ぶのが正しい。肉体を生み出そうが、魂を掛け合わせようが、その本質は霊を配下に置き使役することにある。死霊術によって自らを魔物に変じさせるものであっても、結局のところは『自らの死した肉体と魂を死霊術で使役し、生前以上の性能を引き出す』ということ。死したことで生物としての枷を外し、それを自分自身で操る、それが人工的に死霊と化した者の正体といえるだろう。


 他には、オールヴが行った改造なども魔物を生み出すという行為に当たる。優れた魔物の一部を上付けしたり、異種間での交配により新種を生み出したりする。カオスビーストもそうして生まれた魔物である。



 ——だが、今目の前で行われたソレは、それらとは全く違った。



 まず、生きた魂に繋がりがあるとは言え他の魂を融合させ、一つにするのは無理がある。死霊の魂を掛け合わせることが出来るのは、そもそも彼らが怨念によって自我を失いつつあるからだ。その死霊であっても、似たような怨念を持つ相手で無ければ魂の掛け合わせは難しい。ましてや死霊でない魂に他の魂を掛け合わせれば、いくら性質が近しかろうが掛け合わせるのが残滓に近いものであろうが、拒絶反応を起こすのが当然なのだ。彼は知り得ないが、イヴの身に起きたのがまさしくそれである。

 それを、彼女はあっさりやってのけた。本人からしたらそうでは無かったとしても、少なくともオールヴの目にはそう映っていた。


 体にしても異常であった。いくら本人の首を埋め込んでいようとアレの元は魔石であり、生物では決してないのだ。それを肉体の代わりとして魂と融合させるなど、とてもでは無いが正気とは思えない。元がその魔石に近しい体を持つ魔物などであるならともかく、人の魂がその体をどうやったら受け入れられるというのか。

 彼とて粘性体を元としたカオスビーストに彼女を組み込みはしたが、少なくともアレは動物の因子も有した生物だった。首を含むとは言え魔石という結晶体では話がまるで違う。


 しかもアリスは、その際に呪詛によって体と魂を侵食し、馴染みやすいように調整を施していた。今にも砕けそうな魔石とギリギリ繋がっているだけの魂に対しそれだけの処置を施すなど、一体どうしたら出来るのかオールヴには想像も付かなかった。



 ——アレは、人に許される業ではない。



 死霊術や改造とは概念が違う。アレはまさしく、新たな魔物を創造するという行為に他ならない。

 そしてそれは、オールヴの研究の最果てに位置するもの。彼の目的とする御業の一端、生涯を掛けて追い求めた者への階がそこにはあった。


「ああ、口惜しいのう......」


 オールヴの目から涙が零れる。それは求め続けたものをこの目で見られたことへの歓喜の涙であり、それと同時にその御業がそこにあるのに自身では届かない事への悲嘆でもあった。彼が求め続けた秘奥が目の前にあるのに、彼自身は届くことは出来なかったのだ。

 ならば、せめて少しでも長くそれを目に焼き付けたい。そう願い、オールヴはさらに一歩前へと身を乗り出し......。


「ガフッ......」


 彼の元に辿り着いた死霊によって、背後から剣で貫かれた。それは寸分の狂いも無く心臓を穿ち、彼に止めを刺した。それでも必死に前に進もうとしたオールヴだったが、それも叶わず力無く大地に倒れ伏す。


「......そうか。あれは......」


 命の灯火が消えようとしているオールヴ。それでも最後まであの光景に想い馳せる彼の脳裏に、ふととある考えがよぎる。アリスがやったのは、新たな魔物の創造とでも言うべきこと。それを為せる存在とは、一体何なのか。


 それこそ、彼自身がその研究にのめり込むきっかけとなった————。


「————」



 そこで、彼の意識は永遠に途絶えた。



次回は12月11日12時投稿予定になります。

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