狂想曲は、業都に響く――狂奏・再誕――
死霊系の魔物。死ぬはずであった存在が魔物へと変じて現世に留まったもの。死後に自然に魔物に変じた者や死霊術により魔物へと再誕したものなど、それらが生まれる経緯は複数あるけれど、共通する点が一つ存在する。
——それは、怨念を宿す魂で無ければ魔物とはなり得ないという事。
一度魔物へと変じた後であれば、何かしらの場合で怨念が消えたとしても存在を保つことに問題は無い。ただ、その誕生においては怨念を持たない魂は死霊とはならない。死霊術を使ったとしてもそれに変わりは無い。
ワタシは無論の事、あの黒騎士や今この場にいる死霊達だってそれは同じ。だからこそあの叫びでここまでの数が生まれるという事実が、ガズには怨念を宿した霊がそれだけいたという証拠であり、ガズの業そのものと言ってもいいのかも知れない。
さて本題。先程から述べているように、怨念が無くてはその魂は死霊とはなり得ない。そしてもう一つの前提として、そもそも死者で無ければ死霊術は意味を為さない。
そしてその二点において——フューリはどちらも満たしていない。
......うん、あんな姿でも生きていることは分かっていたけど。生きたまま魔物に組み込まれるなんて目に遭っているのに、怨念が無いのは流石におかしくない?
...いや、そうじゃないか。彼女の場合は、怨念が無いのではなく消えたのだろう。あの場でワタシと出会ったことで、今の彼女にはオールヴへの憎悪などどうでもよくなったのだ。そしてワタシが彼女を助け出すことに成功することを、心から信じてくれているのだ。
——なら、絶対にそれに応えないと。
死霊魔法による魔物への変生は使えない。だけど、死霊魔法そのものが意味を為さないわけではない。完全に死んではいなくても、魂にまったく干渉できないわけではないから。
まずはフューリの魂をワタシの魔力で保護する。......分かっていたことではあるけれど、状態は決して良くない。あの精神世界であそこまで会話出来たのは、核に使われていた影響であの空間における位が上位に位置していたからだろう。けど、魔物の一部に生きたまま組み込まれるなんて所業、魂に負荷が掛からないわけが無い。既にその魂は摩耗し、ガタが来ている。
このままでは魔物に変生させるのはとてもでは無いが不可能。
「——なら」
その魂を他の魂を使って補強すればいい。無論魂なら何でもいいわけではない。自我が強烈であったり強い怨念を宿しているものを無理に融合させようとすれば、あの時のイヴの様になってしまうからだ。付け加えるなら、魂にも相性というべきものが存在し、それを無視した干渉は大きなリスクを孕む。だから、この場に未だ多くいる死霊達では意味がない。
だが、彼女の場合はその点に関しては問題無い。今この周囲には他にも無数の魂が——彼女と同じようにカオスビーストに取り込まれていた者達の魂が漂っているから。同じ一個体に押し込められていた彼らであれば、相性や波長とでもいうべきものが近しく、融合の負担が少なくて済む。
無論、彼らの魂も万全な状態ではない。むしろ彼女の魂以上に摩耗しているものがほとんど。中には残滓としか言えない程に弱まっているものもある。だけど、今回だけはそちらの方が都合がいい。それだけ弱っていれば彼女の魂と融合させた際の反発がより少なくてすむから。それに、カオスビーストから解放されたことで怨念が霧散したらしいものも多く見られるし。
周囲に漂う魂達に干渉し、選別していく。フューリと融合させても出来るだけ問題無いもの、特に相性がいいであろうものを選び、無理のない形で慎重に融合させていく。僅かではあるけどワタシが生まれた経緯、それとイヴの時に行った経験が、ここで役立つとは思っていなかった。
当然簡単ではない。融合といっても、ただ掛け合わせて一つの魂にすればいいわけじゃない。ワタシの時みたいに二つの魂が同格として混じりあうのではなく、あくまでフューリの魂を主体として、それを補強していく形へと誘導し、ゆっくりと。
周囲はイオが警戒してくれているし、オールヴの護衛達も数の暴力に押されて大分劣勢だから、邪魔を心配する必要は無い。ああでも、念の為に死霊達には離れていて貰わないと。なにかしらの影響が出ないとは限らないし。
その作業と並行して、彼女の体の用意に入る。とは言っても、体の代用になるものなんて一つしかないけど。そう、彼女の首の収まった例の魔石を利用する。そこらに転がるカオスビーストの残骸も少しはあるけれど、アレを使う気には到底なれない。
魔石からカオスビーストの魔力を除去しつつ、フューリの魔力が消えないように保つ。そして体と魂の融合を速やかに行う為に少しではあるけれどワタシの魔力も流し込んでおく。魔石の状態が悪いため、これも慎重に慎重に。これは魂の方でも行っている。ワタシが一番扱いやすいのはワタシの魔力であるのは当然の事。これから無茶を行う以上、少しでも成功確率を上げる為なら何でも行う。
「......よし」
しばらくして、ようやく体と魂、その両方の準備が整った。ワタシの目の前には、体となる生首の収まった結晶体。手元には、何とか補強の完了したフューリの魂。
ここから先は死霊魔法とは全く違う、未知の領域。魂を取り出しているとはいえ、死霊では無いためその扱いはまるで変わる。しかもそれが入る体は、肉体を使っているとはいえ元は魔石である結晶体。どうなるかなど、想像さえつかない。
......だけど、ここで諦めるという選択肢は無い。彼女に誓ったのだ。必ず助け出してみせると。
「——融合、開始」
覚悟を決め、ワタシは体と魂の融合を始める。
途端に襲い来るのは、無茶の反動。その能力を有していないのに魔物を生み出そうとする行為は、無論の事反動も大きい。用意した体と魂への負担も大きいのは当然。触れた魂と結晶体が、その反動で悲鳴を上げる。このままでは、融合しきる前にどちらかが壊れてしまうのは必至。
「——受け、止めるっ!」
だから、その反動をワタシが肩代わりするしかない。魔力の繋がりを利用して、体と魂が受けるはずのものをワタシの方へと誘導する。
「ぐぅっ!?」
途端に襲い来る衝撃に、ワタシの躰に罅が入ると共に激痛が走る。思わず呻き声が漏れるけど、今は融合に集中する。ここで耐えなければ、失敗するのは目に見えている。ワタシの躰など後回しでいい。
それに、そっちに関しては任せられる頼もしい味方がいるから。
「キュウッ!」
そんな鳴き声と共に、ワタシに薬が降りかかり、罅が修復していく。イオの声からはワタシに言いたいことが山程ある、というのが有り有りと伝わってくるけど、それでも止めないでいてくれる。ワタシの無茶に呆れながらも、応援してくれる。
(......ありがとう)
今は伝える余裕はないけれど、心の内でそう呟く。後でしこたま怒られるだろうけど、まあ大人しく受け入れるとしよう。
イオの助けもあって、徐々に融合が進んでいく。体と魂が重なり、一つのものへと変生していく。
――でも、足りない。
ここまで手を打っても、まだ魔物になるには至らない。今の状態では、ワタシが干渉を辞めた瞬間に融合が保てなくなる。それでは意味がない。
だけど時間もない。魂の方は補強も進み、段々と安定しつつある。けど体の素となる魔石のほうに限界が近づいていた。このままでは、融合が完了する前に砕け散ってしまう。
何が足りないのかは分かっている。核――魔石だ。ワタシの狙いでは元が魔石である体が二役を果たしてくれると踏んでいたのだけど、どうやらそこまで上手くはいかないらしい。つまり、体に変わる新たな魔石が必要になる。
だけど、そんなものここには無い。そこらに落ちている石で代用できるようなものじゃないのだ。死霊達の体内にはあるだろうけど、出来るならワタシの、もしくはフューリの魔力に近しいものが望ましい。
けど、そんなものどこにも——。
「......あ」
——ある。使える物が、一つだけ。賭けではあるけれど、条件は満たしている。それに、あまり使って無かったからちょうどいいかも。
逡巡は一瞬だけ。それを使うと決めたワタシは片手を上げると、——その手と片目へと突き立てた。
「ぐっ、ガアァァァァ!!」
「キュ、キュウッ!?!?」
ワタシの突然の奇行に、イオが驚きの声を上げるけど、それに答える余裕はワタシには無い。激痛に耐えながらそれを――凍の魔眼の力を有した眼宝石を抉り出す。ワタシの躰の一部であるこれならば、核には十分使えると判断して。
視界に異常も見られるけどそんなのどうでもいい。この程度で成功するなら、安いものだ。
抉り出したそれを目の前の融合しつつある場に投げ入れれば、明らかな変化が生じる。それを中心に魔力が渦巻き、光を放ち始める。結晶体が脈を打ち、魂が溶け込んでいく。
――何度、大事なものを失ってきたか。ワタシの力不足で、ワタシのせいで。
......だから、だから今度こそ。
「――届けぇっ!!」
あらん限りの想いを込めて最後の一押しをし——、一際強い光とともに、今まで掛かっていた負荷が消え去った。
結果を確認しようとするが、途端に意識を保てなくなり、躰に力が入らない。どうやら度重なる無茶でワタシにも限界が来ていたみたい。
「――後は、頼んだ、わ......」
とりあえずイオに後を託してワタシはその場に崩れ落ちた。
『――お休みなさいませ、お嬢様』
意識が暗転する直前、どこか懐かしい声が聞こえた気がした。
次回は明日12月9日12時投稿予定になります。




