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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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狂想曲は、業都に響く――狂奏・連理――

『————!?』 


 意識が覚醒すると、ワタシは虹色の粘性体の中に漂っていた。すぐに呼吸をしよと考え、自分が今は人形であり、それが必要で無いと思い出し、何とか口を開くのを止める。

 あ、危なかった......。もし口を開いていたらこの粘性体——オールヴの人造魔物の体の一部を躰内に取り込んでしまうところだった。何が起こるかは分からないが、ロクでもない事になる可能性もある以上慎重を期す必要がある。......躰のあちこちに罅が入ってる現状では、あまり関係ないかもだけど。


 分かってはいたことだけど、意識が覚醒したところで躰の拘束が解かれるわけではない。幸いこいつはワタシを吸収しようとはせず拘束に留まっているから、動けない以上の問題は無い。そこはオールヴの研究者としての性によって助かったと言うべきかも。もしワタシが同じ立場なら、危険を排除するために吸収させるという手段を取っただろうしね。


 だからと言って、現状このままでいいとは言えない。まずはここから脱出しないと。本来なら体内から攻撃は効果があるものだから今の状況は大打撃を与えるチャンスでもあるのだけど、、こいつの体ではどっちからだろうと変わりは無いと思う。ならここから抜け出すことを優先すべき。

 それに、ダメージが大きいから少しでも回復しておきたい。再生によって少しは躰も修復しているけど万全とは言い難いし、先程の暴走で魔力量も随分心許ない。正直、今のままではこいつに勝つのは難しい。

 だけど脱出しようにもこいつの拘束は強い。回復するために外に出たいのに、それを破るには回復するしかない。まさに堂々巡り状態。


 なら、他の者に拘束を破ってもらうのが一番、なんだけど。

 起きてから気付いたのだけど、今闘技場には死霊系の魔物が集結しており、オールヴへと襲い掛かっている。まあ虹の怪物——先程の鑑定でカオスビーストと名が表示されたこいつに蹂躙されているのだけど。

 先程の絶叫——怒りに呑まれて放った固有スキルによって、これだけの死霊系魔物を生み出しているとは思ってもみなかった。あの時は暴走して感情に身を任せていたから、こんな事を仕出かしたことに気付いていなかったし。幸い無意識化で制御していたというか、あのクソオールヴへの怒りからかここに集まっているみたいだけど。

 ......街への被害が無いといいのだけど。少なくとも避難に影響は絶対出ているよね。

 エイル、怒っているだろうな。後で謝らないと。


 ともかく、この粘性体の外に戦力はいる以上、彼らに拘束を破って貰うのが一番。......なのだけどそうは上手くいかないみたい。カオスビーストの体内という影響下にあるからか、命令が上手く伝わらない。それは隷属の呪詛も同じようで、上にいるはずの魔物にも命令が届かない。あくまでここは奴の体内、つまりはこいつの支配下にあるという事なのだろう。空間収納すら上手く開けない。


 ......マズいかも。打つ手がない。ああ黒騎士、の反応は無いというか外の気配が多すぎて分からない。もしかしたら逃げたか、あいつ。

 さて、どうしようかと思案していると。すぐ近くに覚えのある気配を感じ、——次の瞬間。


「うっ、ぐぇっ!?」


 ——躰に激しい衝撃が襲い掛かり、ワタシは粘性体の外に弾き出された。


 ワタシの躰が宙を舞う。突然拘束が解かれたことに反応が遅れるが、何とか浮遊を発動して空中に留まる。すぐに反撃できるように態勢を整え、それから周囲の確認に入る。


 ワタシが滞空しているのは地下闘技場の天井付近。眼下に見えるのは原形が分からないほどに荒れた闘技場。かろうじて残る観客席にはオールヴと護衛二人の姿があり、遠目で分かりにくいけど驚愕の表情を浮かべている。

 闘技場の通路入り口からは今も無数の死霊系魔物達が続々と入り込んできており、カオスビーストの攻撃を受けて吹き飛ばされている。オールヴの方に一体も抜けていないあたりあの怪物がいかに奴に忠実なのかが分かる。


 そして当の怪物はその一部が吹き飛んでおり、——そこからワタシに向かって、巨大な白蛇が迫ってきていた。


「って、イオ!?」


「キュー!!」


 その白蛇——巨大化したイオはその鼻先が触れる直前でその身を小さなサイズに変化させ、ワタシの首に巻き付く。前はこんなに素早く伸縮自在を発動できたっけ、なんて場違いな事を考えていると。


「っ!?ち、ちょっと!?くすぐったい、くすぐったいわよ、イオ、ってイタタタタッ!?」


 イオが躰に巻き付いたまま、あちこちをまさぐり始めた。正直かなりくすぐったいし、躰にガタが来ているから痛い。この躰は人形とは言え、感覚はあるからね。人形だからこそ、その痛みを無視した稼働なんかも出来るけど。

 というか痛いのはそれだけじゃないかも。時折だけど、痛いけど躰に支障の無い別の痛みが襲ってくる。こう、なんというかお仕置きみたいな痛みが。


 しばらくすると、イオの顔がワタシの顔前に現れた。いつもは可愛い鳴き声を上げるイオだけど、今は何も発さずにじっとこちらを見つめてくる。

 ......うん、何も言わなくても分かる。凄い怒ってる。


「......ごめんなさい。心配かけて」


 ワタシに出来るのは、ただ平謝りすることだけ。今回は十割ワタシが悪い。感情を抑えられなくなって、無茶な暴走をしたあげくに拘束される結果になってしまった。そんなの心配を掛けるに決まっているし、怒るのも当然。


 ——何より、ワタシは諦めかけていた。その行動が、記憶が無いとしても生まれ変わった彼女を、一人にしてしまう事になるものだというのに。本当に、馬鹿としか言いようがない。


「————、キュ」


 しばらく何も発しなかったイオだが、やがて小さく鳴くとその口をパカッと開き。


『————ガブッ!』


「痛った!?」 


 思いっきり鼻先に噛みついてきた。人形の躰であっても鼻は弱点なのか、鋭い痛みがワタシを襲う。けど、ワタシが悪い以上文句を言う資格は無い。その痛みを甘受し、しばらくは許して貰えないかななんて考えていた時だった。


 ——その痛みに変化が訪れたのは。


「えっ!?」


 躰の傷がみるみる内に修復していき、空に近くなっていた魔力が漲る。万全な状態、とまでは言わないけど、戦うには十分な程に。途端に起きた変化にワタシはその下手人であろう者——イオに驚愕の視線を向ける。そのイオはと言えば、もう怒っている様子では無く得意げな表情を浮かべていた。

 思わず彼女を鑑定し、ワタシはそこで初めて気が付いた。彼女のスキルに「百薬生成」というものがいつのまにか加わっていること。


 どういう経緯でそれを習得したかは想像がつく。教会に仕込んだ毒の沼。アレはイオ謹製の仕掛け罠のようなもの。イオの猛毒生成の能力を伸ばす特訓も兼ねて、留守番してもらう間に作ってもらったものだ。その時にだが、彼女の回復用に幾つか薬も置いていっていたのだ。魔物に害はないものを何本かだけ。

 効果はあるもののそこまで貴重なものじゃないし、数だって僅かだけ。それでも、彼女には同じような手段で猛毒生成という能力を手に入れたという実績がある。ならば、この能力を身に着けるのはある意味当然なのかも知れない。


 でも驚きなのは、今イオが生み出した薬はワタシがあの日渡していた物よりも断然効果が高い点。しかも、人形と言う非生物の躰に効く物なんて聞いたことも無い。どうしてこんなことが出来たのか、ワタシには一つしか予測がつかない。

 恐らくイオは百薬生成と猛毒生成を併用して扱い、猛毒を薬となるように効果を反転させ、ワタシに使ったものを生み出したのだ。

 それがどれだけ難しい事か、その能力を持たないワタシには想像もつかない。

 

 ——そして、言葉にしなくとも伝わってくる。イオが、ワタシの為にこの能力を身に着けてくれたことが。


「......イオ」


 彼女がワタシに向ける視線は、どこまでも誇らしそうで。でも、その目の奥に微かな不満と不安が宿っていた。


 ......勘違いをしていた。今まで、ワタシはイオを庇護対象とみていた。ワタシのせいで、ワタシが原因で、彼女はその命を落とすことになったから。今度は、何としても守らないといけない。ワタシが幸せにしてあげないといけないと、そう思い込んでいた。

 でも、そうじゃない。彼女は一人でも生きていける力を持っている。彼女はワタシごときが揺り籠の中で護る必要なんて、端から無い。

 彼女の目の奥に宿る感情が語っている。ワタシの意に沿わないことをしたかも知れないという不安と、——自身を頼って欲しいという欲求を。


 ......本当に馬鹿か、ワタシは。彼女を庇護下において、その人生を気付かず内に縛って、まるでペットの様に扱いたかったのか?

 違う、そうじゃないだろう。彼女とワタシに、上と下があるものか。ワタシが彼女と共に居たいのは、先程あの場所でフューリに告げたのと同じく。


 ——共に生きていきたいから。今度こそ、一緒に幸せになりたいから。それ以外の、何物でもないというのに。


「——イオ」


 彼女の名前を呼びながら、その頭を撫でる。イオはくすぐったそうにしながら、そちらからも頭を擦りつけてくる。でも彼女の目は未だ不安を宿したまま、こちらをチラチラと盗み見ている。その姿が可愛くて、思わずクスッと笑みが零れるけれど。今は大事なことを伝えないといけない。ワタシの気配が変わったのが分かったのか、イオも真剣な表情へと変わる。


「本当に心配かけたわ。そしてごめん。ワタシは色々と目を曇らせていたみたい」


 イオは何も言わずに、ワタシの言葉を待つ。それに感謝しつつ、ワタシは話を続ける。


「ワタシは、あなたと一緒に生きていきたい。そして、それはあなたとだけじゃないの」


 そう言いながら、下にいる虹の獣に手を向ける。その核に囚われている、彼女の事を指さしながら。


「あそこにいるのは、ワタシの大事な人の一人。彼女を助け出せなければ、ワタシのこの先の未来に意味は無いから」


 そう、ワタシは決めた。魔物らしく、我儘に生きてやろうと。大事なものを全て取り戻し、復讐を全て果たし、その先に幸せを掴むことを。他の誰に何と言われても関係ない、ワタシ自身にワタシは誓いを立てて。今ここにいる。

 そして、ワタシが今それを成す為に出来る事なんて、一つしかない。


「——助けて、イオ。彼女をあそこから助けだす為に、あなたの力を貸してほしいの」


 ワタシは、初めてイオに助けを求めた。

 あの日、城の牢屋の中で、助けに来てくれたのに取ることの出来なかった彼女の手を。


 ——今度こそ掴ませて欲しいと、共に歩んでいきたいのだと。その想いを込めて。


「......キュ」


 イオは、最初ワタシの言葉の意図が分からなかったのか少しきょとんとし。そこから、その顔が嬉しそうに、本当に嬉しそうにほころんで。


「——キュウッ!!」


 その身に戦意を昂らせて、下の獣を睥睨した。


「......ありがとう」


 ワタシも下を見れば、獣は未だ健在で。むしろ、あの死霊達の一部を喰らう事でさらに成長しているのかもしれない。

 けど、恐れはない。迷いもない。それどころか、どこからか力が湧いてくる。躰が万全じゃない、それがどうした。イオがいてくれる、その事実がワタシに力を与えてくれるのだ。


「行くわよ、イオ。フューリを、必ず助け出すわ!」


「キュウ!!」


 そう宣言し、ワタシとイオは獣へと突撃した。



次回は12月6日投稿予定になります。

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