表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
78/124

狂想曲は、業都に響く――転調・白蛇——

 ——時は少し遡る。南東のスィアーチ商会の治めていた区域、その一角にあるイング商会の地下。そこは今、レジスタンスの手によって解放されている最中であった。


「ぐわっ!?いったい何、がががががががっ!」


「こいつ、止まれ、れ、rrrr......」


 イング商会の制圧に回された人手は他と比べると相当少ない。対してイング商会の戦力は大商会と比べれば少ないものの、レジスタンスとは比べ物にならない。しかし、イング商会の戦力はとある者によって次々に無効化されていた。


 彼らの先頭を走る青年、リッキーによって。


「何なんだこいつはっ!?」


「どんな手段を使ってやがる!?訳が分かんねぇっ!?」


 彼が進むたびに、立ちふさがる者達が倒れていく。ある者は体が麻痺し、ある者は眠りに落ちる。ある者は苦しみながら倒れ、またある者は糸が切れたように倒れ伏す。


「おいリッキー、いつの間にそんな技身に着けたんだよ!?」


「やるじゃねえか!これなら制圧もすぐに終わる!」


「英雄だ!俺達の英雄、リッキーの誕生だぁ!」


 リッキーの後ろに続く者は、その背に光を、希望を見た。いつしか彼らは彼を英雄と称え、その名を高らかに呼び始めた。


 ——本人を置き去りにして。


(......どうしてこうなった!?)


 表向きには何とか平静を保っているが、内心では汗ダラダラ。悪寒が治まらないし、体の震えも止まらない。


(キュ~)


 そんな彼や響き渡るリッキーコールを気にする様子もなく、その懐にいたもの——イオが静かに鳴いた。

 無論の事、リッキーの内に眠る力が覚醒したという訳ではない。事を為しているのは全てイオが密かに、的確に放っている毒になる。イオの毒は只強力なだけでなく、その種類も多彩。今回は殺すよりも制圧が第一なので、麻痺毒や睡眠毒などを優先している。

 ただ、流石にイオの姿を見せる訳には行かないので、結果としてそれはイオを隠しているリッキーの行動と取られ、誤解される結果となっていた。


 何故、イオがリッキーに同行しているのか。それはリッキーとアリスが交わした契約にある。




 ——あの日、教会を訪れたアリスが路地裏でリッキーと会った時の事。


「——いいでしょう。契約成立よ。さあ言ってみなさい。あなたが、一体何を果たしたいのかを」


 アリスと契約を為したリッキー。一先ず契約が成立したことに安堵し、ほっと一息つく。それから覚悟を決めたように彼は願いを口にした。


「......ある人物を助けたい。俺にとって、家族同様の人を」


 そうしてリッキーは彼の事情を話し始めた。かつて彼には姉のように慕う人物がいたが、数年前に故郷が盗賊に襲われ、その際に攫われてしまったこと。彼女の行方を追って、ガズまで来たこと。彼女を見つける為に奔走したが、彼女の元に辿り着いた時には既に盗賊の主——アルヴィン・スィアーチによって物言わぬ無惨な姿に成り果てていたこと。

 その後、彼はレジスタンスの存在を知り、所属することにした。彼らの理念に共感したのもそうだが、何よりも姉同然だった人——そして初恋の人でもあった人の仇を取るために。


 その頃のリッキーは復讐に憑かれていた。それしか目に映っていないかのように。他のレジスタンスから見ても心配になる程にやつれ、周りからの忠告も耳に入りはしなかった。ガルジの静止が無ければもっと危険な行動を取っていた可能性も十分にあり得ただろう。

 そんなリッキーの日々は、あることを切っ掛けに変化が起きる。あまりに周りから心配された彼は、休息も兼ねて一度故郷に帰るように言われていた。仇は取れていないが、女性の遺骨を持ち帰るのにちょうどいいと考えた彼は説得を受け入れて故郷に足を運んだ。


 ——その時に、女性の妹まで攫われたと知ることになるとは思いもしていなかったが。


 すぐに彼はガズへと引き返した。そしてその子の足取りを掴み、再びレジスタンスとしての活動を始めた。復讐の為でなく、今度こそ家族を助け出す為に。


「......つまりはその妹さんを助ける為に、力を貸してほしいという事かしら?」


「ああ、そうだ。計画上違法奴隷となった者を助け出す事にはなっているけど、念には念を入れたい。......仲間に聞かれたら自分の家族を優先するなんて、とか言われるかもしれないけどな」


 自嘲した笑みを浮かべるリッキーに対し、アリスはクスっと微笑んだ。


「大事な人を優先したいと考えるのは当然の事でしょう?」


 その言葉に彼は思い出す。彼女も、大事な人を探していたことを。


(......だからこそ、俺達に協力してくれているのかもな)


 ふとそんな考えが脳裏を過ぎる。彼女の浮かべる表情——悲嘆、後悔、怒り、そういった感情がごちゃ混ぜになりながらそれを内に押し込めているであろうそれが、自分や仲間が浮かべるものと同じだったから。


「いいわ、その願い叶えてあげるわ。それで、助けたい人は何処にいるのかしら?」


「っ、あ、ああそれは......」


 彼女の問いに意識を引き戻され、リッキーがその人物に関して述べる。その際アリスが困惑した表情を浮かべていたのが彼には妙に印象的だったが。




 イング商会地下。違法奴隷達が囚われていた牢獄は既に大半が制圧され、解放された者達は自由に沸き立っていた。

 その牢屋の中でも中央に位置する場所。そこにいた少女——アリスが砂丘船で出会った少女は、入ってきたリッキーの姿に目を見開いた。

 リッキーはその縁を知りようも無いが、実は彼女こそが彼の探していた人物であったのだ。その事を知ったアリスは、偶然ってあるものなのね、と驚いたものだった。


「リッキー!?何でここに!?」


「っ......」


 少女は現れた彼の姿に思わず声を上げる。その姿を見たリッキーは彼女へと駆け寄り、その体を思いっきり抱きしめた。


「ぐぇっ、ちょっとリッキー、痛いって......!?」


「良かった、無事で、本当に......」


 今度こそ家族を助けられたことに、心から安堵する。ついつい抱きしめる力が強まり、少女は色んな意味で顔が赤面していく。解放されたこと、家族同然の人と再会できた喜びもあるが、それ以上に緊張から体が硬直し、抱擁を振りほどけない。


「キュ、キュキュッ!?」


「っおわ!わ、悪いっ!?」


「ふーっ、ふー......。た、助かった......」


 それを止めたのは、懐にいたせいで潰されていたイオ。二人の体の隙間から何とか抜け出して、抗議の声を上げる彼女に、正気に戻ったリッキーは咄嗟に謝罪する。少女の方は抱擁が解かれ、跳ね上がっていた呼吸を何とか整える。


「キュキュ!」


「......何この子、可愛い!」


「ってお前、さっきまでの立場が分かって......」


 そんな少女に擦り寄るイオの可愛さに、少女は先程までの抱擁や、自分が囚われていた事さえ忘れて魅了される。リッキーの方はそれに対し呆れつつも、イオの強さを知っているために少しの不安を抱えながら彼女を落ち着かせようとし......。


『———————!!??』


 ——叫声が響き渡った。


「!?!?何、これっ......」


「っ!?今のは、まさかっ......」


 突如響いた叫声と、それに伴って全身を襲う激しい悪寒と内から湧き上がる得体のしれない恐怖。少女はそれに耐えきれず、その場に力無く座り込んでしまう。リッキーの方は何とかそれに耐えてはいたが、膝の震えが止まらない。

 そして彼は断片的ではあれど分かっていた。これはアリスの声であり、......恐らく何か想定外の事態が起きてしまったという事に。


「......キュ」


「あ......」


 その時、少女に抱擁されていたイオがそこから這い出て地面に降りる。彼女の目は音の聞こえてきたであろう方向——アリスがいるであろう方へと向いていた。


「......行くんだな?」


 アリスとリッキーの契約は、少女を助け出すまでの援助。速やかに制圧するためにイオの手を貸すことや、彼女が巻き込まれないように事前に不可視の結界や認識阻害の呪詛等で保護を施しておくことなどがそれに当たり、そして彼女を救出出来た以上、契約は既に履行されている。

 とはいえまだ脱出は済んでいない為、本当ならもう少しイオが協力する手筈になっているのだが。

 

「......後は大丈夫だ。行ってこい——大事な家族を助けるために」


 リッキーは、イオを止めはしなかった。彼女の気持ちが、彼には痛い程良く分かるものだったから。


「......キュ」


 イオは礼を述べるように頭を下げ、その場から姿を消した。大切な人の元へと駆けつける為に。


「えっと、あの子はいったい......」


「......いいからいくぞ」


 リッキーはその後ろ姿を見届けてから、未だに戸惑う少女を連れて脱出に移る。彼とて状況は気になるが、今は少女を守るのが第一だと頭を切り替える。



 アリスとイオの助けを、決して無駄にしないためにも。



次回は11月28日12時投稿予定になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ