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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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狂想曲は、業都に響く――響奏・狂転——

「———ヒッヒッ......、ヒャッヒャッヒャッ!!!」


 突如として哄笑が上がる。視界に入るのは、狂ったように笑い続けるオールヴの姿。


「よもや、アレを解くか!?いや、完全に破ってわけではないが、にしても予想外にも程がある!お主、本当に面白いのぅ!!」


 あまりの豹変ぶりに護衛の二人もドン引きしている。しばらくしてからようやくオールヴは嗤いやみ、こちらを凝視してくる。その目はギョロリと動き、人というより爬虫類のそれに見えてくる。......こいつ、本当に人間よね?見た目だけならワタシよりも魔物に見えるんだけど、このクソ爺。


「......それで、次はどうするのかしら?」


 そう問いかけながら、全力で索敵する。あの黒騎士の言葉が正しいなら、まだ奴には切り札があるはずだから。

 奥の通路には複数の魔力反応——恐らくはフューリを含めた捉えられてる奴隷達。特に強力な反応は無いからそっちじゃない。ワタシがやってきた通路から反応は無い。ワタシが進んでいない奥にも何の魔力も感じない。 

 護衛の二人、では無い。あいつらから不穏な気配は一切感じない。かと言え、他から気配は感じない。となれば、そいつは気配を巧妙に隠していることになる。どこにいる......?


 その気配を掴めないでいると、オールヴが口を開いた。——醜悪に歪んだ顔で嗤いながら。


「そうじゃのう......。ここまでやるのじゃ、折角だし相手にして貰うとしようかの」


 そう言いながら、オールヴが指を鳴らした瞬間、ゾワリと背筋に悪寒が走る。咄嗟に魔法の盾を張ると同時に、何かがものすごい勢いでぶつかり、金属がぶつかり合ったような音が響く。


 音のした方向に向き直れば、そこにあるのはワタシがやってきた通路。その闇の奥から奇妙なものが伸びてきていた。形状は触手のよう。その先端には獣の腕が付いている。融合しているそれらは一つでありながら、別の生物の特徴を保っている。それでいながら全体的には色とりどりのペンキをぶちまけた色合いをしていて、うん、実に気持ち悪い。

 しかも、奥からは他にも何本も伸びてきている。植物の蔦に幾つもの爪や牙をつけたようなものや、スライムのように不定形でありながら逆立つ鱗や毛を生やしたもの。どれもこれもが異形なもので、それでいて何故か元は一つに繋がっているみたい。


 何よりも異常なのは、今対峙しているはずなのにこいつの気配を一切感じない事。魔力の気配も、生物の気配すらまったく無いのはおかしすぎる。

 いったいこいつは何?魔物だとしても、あまりにおかしな......。


「どうじゃ、儂の傑作は?」


「......傑作?」


 オールヴは自慢げな表情を浮かべながら滔々と語り始めた。


「儂の研究の成果の一つ、人造魔物じゃよ。複数の魔物と特性を抽出し、掛け合わせ、新たな生物として再誕させたのじゃよ!」


 オールヴの研究。聞いていた話だとイジ―商会の元で魔物の生態調査や、それから弱点などを明らかにして魔物への対抗策を増やす、そう言った研究をしていたはず。だが、こいつはそこからさらに手を伸ばし、生命の創造という研究に傾倒した、といったところかな。

 そりゃあこんな地下を与えられるわけね。こんなもの表に出したら、教会を始めと知った各国に危険視されるどころか討伐対象にされかねない。ああでも、帝国ならまだ受け入れられる可能性もあるかも。あそこは本当に実力主義だって聞くし。


 ......そんなことよりも。こうしている間も何本も伸びる禍々しい触手は襲い掛かってくる。攻撃の威力は黒騎士に劣るけど、数回の攻撃で盾を破壊できるだけの力はある。その上触手の数が多いから、厄介この上ない。先程の戦闘で大分魔力も消費しているから盾を張り直すのは効率が悪すぎるし、今は回避を優先に動くしかない。

 触手を避けながら魔法を打ち込むけど、効果はあまりない。いや、魔法自体は黒騎士と違って攻撃自体は通る。中には一部が消し飛んでいる触手さえある。だけど、どの触手も傷を受けても痛みすら感じていないのか攻勢が止むことは無い。その上再生力もやたらと高く、ものの数十秒で元通りになってしまう。スライムのような粘性体ならともかく、獣の腕が伸びているだけのようなものさえ同じように再生するから始末に負えない。


 観察を続けるうちに分かってくることもある。オールヴの台詞からしても、人造魔物は一体。つまりはこの触手も全て同じ魔物のものになる。......一体どれだけの魔物を掛け合わせたんだか、想像も付かない。獣に植物、粘性体に蟲。そんなのを幾つも、それも見境なく合わせた訳ね。

 後、迫りくる触手だが、時折姿がぶれ形が崩れる。崩れ方からして粘性体。つまり、アレはスライム系の魔物を元に多数の魔物を掛け合わせたものの可能性が高い。ならば本質はスライムに近いことになるから、あの再生力にも一応の納得がいく。......物理的に耐性が高くても魔力系の攻撃には弱いはずなのに、魔法を受けても再生する時点で普通とは言えないけど。


 となれば、アレを倒す方法は二つ。粘性体の弱点、というか魔物の弱点である核である魔石を狙う事、もしくは再生力が追い付かない魔法で消し飛ばすしかない。まあ、どちらにしろ本体が出てきてない現状ではどうこう出来ないけど。


 なら、まずは情報を少しでも集めるしかない。そう考え鑑定を行い。




「—————え」




 それを見て、ワタシは言葉を失った。


「ヒャッヒャッヒャッ!!気付いたようじゃの!?」


 オールヴが狂笑を上げる。ワタシにその事実を突きつけるように、ネタバラシを愉しむように。


「儂のこの研究には一つ欠点があっての?魔物を複数使用するからか、隷属の術が効きにくいんじゃよ。それに色々と掛け合わせたせいで暴走しがち、命令もまともに聞かん欠陥品なんじゃよ」


 闇の奥からそれが姿を現す。


「色々改良を加え続けた結果、儂はとある事を思いついた。人造魔物の核、魔石の生成時に魔物とは別に()()()()()()()を使用する、という方法じゃ」


 それの見た目は、一言で表すなら全身が禍々しい虹色をした四足の狼。体長数十mはあるだろうか、闘技場が狭まったようにさえ感じる。


「それによって人造魔物は命令に忠実な兵器へと進化する。しかも、核に取り込まれた人間の有する能力が高まりやすいという特徴も現れるという副産物もあるしの」


 だが、その見た目は異様でしか無かった。体からは幾つも触手を生やし、足の関節なんかも数がおかしい。あちこちからはあらゆる魔物の特徴が現れ、まさに混沌としか言い表せない姿をしていた。


「それで、儂はそのために優秀な人間を集めたのじゃ。そうして集まった者達を選別している最中......、儂はとある噂——悪夢の話を耳にした」



 ——だが、そんなことはどうでもいい。奴の言葉も、ワタシの耳を素通りしていた。ワタシの目に映っていたのは、たった一つだけだった。


「その時思いついたんじゃよ。儂の手元に偶然入った()、これを使えばその悪夢——お主への切り札になるかも知れぬ。上手くいけば、お主も手に入るかも知れん、とな」


 魔物の頭部。溶けかかったように形の少し崩れた狼の頭。虹色で半透明に透けているそこに、その中央に浮いている物がある。


「......ああ、ちゃんとは答えてなかったの?聞いとったじゃろ、あの娘が生きているかどうか、と」


 そこに浮く、黒い結晶の中央。そこに向かってより濃い虹色の血管のようなものが何本も伸びており。


「なあ、教えて欲しいんじゃが......」


 その血管が伸びた先には、一つの物が————。





「——()()は、生きているのか、死んでいるのか、どっちじゃと思うかの、えぇ?」





 ————フューリの頭部が、浮かんでいた。




 ——あ。ああ。ああああ。アア、アアア。




『——あああああああああああああああああアあアあアあアあアあアアああアアああアアああアアああアアああアアああアアああアアああアアああアアアアああああアアアアああああアアアアああああアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!??!!??』




 ——ワタシの中で、何かが壊れる音がした。









 ——太陽が地平線から昇り、昼近くに差し掛かった頃。暴動が起きているガズの街中に、それは突如轟いた。



『————AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!』



 響き渡ったのは、悍ましい叫声。暴動の引き金となった歌と同じ声をしていながら、それよりも遥かに怖ろしく、効いた者が魂を鷲掴みにされたようにさえ錯覚させる程の、強烈な声。地の底から這いあがるように街全土に響き渡ったそれに、誰もが胸を押さえ、その場に蹲った。


「......何、今の」


 誰もがそんな疑念を抱いた時だった。

 再び大地が揺れる。何事か、と人々が構える中で地面に亀裂が走る。そこから這い出てくるのは、骨の腕。それを皮切りに、次々と様々なものが——死霊系の魔物達が出現し始めた。

 地には骨の魔物や動く屍が溢れかえる。宙には無数の悪霊が漂い、中には魔物や獣のような死骸さえ動いている。さらには今回の暴動で死んだはずの人や魔物すら、命を得たかのように動き出したのだ。


 ——アリスが固有スキル『死霊の愛し子』への理解を深めその力を発揮できるようになった事。それが怒れる感情のままに解き放たれたこと。そしてガズという都市が生み出し続けてきた、土地そのものに染みついた決して拭いきれない程の怨念と、死してなお漂う霊の存在という二つの『業』。


 それが彼らを——無数の死霊の軍勢を生み出した。


 暴動の騒動が少しずつではあれど、終息する兆しを見せていたガズ。そこへ叩き込まれたかの軍勢は、再びガズを混沌へと引きずり込んだ。




 ——狂想曲は、未だ止まない。 





次回は11月26日12時投稿予定になります。

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