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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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狂想曲は、業都に響く――響奏・制圧——

「フムフム、中々やりおるのぅ...」


 観覧席から観察していたオールヴは、目の前の光景を見ながらそう一言漏らした。彼の眼下に映るのは、劣勢ながらも彼の手駒と戦うアリスの姿。


「......どちらも化け物だな」


「あんなの相手にしなくって良かったじゃんよ、ホント......」


 護衛達も彼の横でその様子を見ているが、その顔には冷や汗が浮かんでいる。彼らからすればあの猛威を振るう黒騎士も、それに抗うアリスも怪物としか言えなかった。仮にあの戦闘に巻き込まれれば暴力に細切れにされるか、或いは呪詛に蝕まれ闇に呑まれるか。どちらにしろ、間違いなく即死するだろう。その事実をまざまざと見せつけられていた。

 護衛の二人にとって幸いだったのは、黒騎士という手駒がオールヴの元にいたことであろう。そうでなければ今頃二人はアリスとあの場で戦う事となっていたかもしれず、つまりはあの魔法の猛威の前に為すすべも無く蹂躙されていたに違いないのだから。

 確かに彼らはガズの中でも優秀な人材だが、アリスのような攻撃搦め手併せ持つ、多彩な魔法を扱う相手とは相性が悪い。彼らには黒騎士程の武術も身体能力も無く、高性能の武具も持たないのだ。もしかしたらあり得たかも知れない未来に体を震わせつつ、そうならなかったことに彼らは心の内で安堵していた。


 戦慄する二人をよそに、オールヴは愉快そうに観察を続ける。研究の為に鑑定の魔術具を有しているオールヴには、アリスの能力が見えている。その目に映る彼女のステータスだけでは、黒騎士の強さを知る彼からすれば蹂躙される未来しか見えない。

 だが、現実はそうなっていない。それが示すのは黒騎士と同様、アリスもステータスで見える以上の力を有していることに他ならない。


 黒騎士は数十年前、とある地で偶然遭遇した個体。何の奇跡か主も無く彷徨っていたそいつを、多大な犠牲を払って手中に収めた。下手に手を出せば隷属がおかしくなる可能性があるので、研究が出来なかったのは残念だった。が、彼の手持ちの中でも特に強力な切り札として、彼の道を開いてきた。

 捕らえた場所や他に集めた情報で、黒騎士を生み出した術師——魔物に関してもおおよその目測は付いていた。まあそれは()()()()()()()()であり、黒騎士を失いたくは無かったので接触しないように慎重に動く必要に迫られたが。


 その個体に抗える、優秀な魔物であるアリス。これを手に入れないなどという選択肢は彼にはない。事前に黒騎士には殺さないようにだけは命令してあるため、貴重な個体が死ぬことだけは無い。戦況が終始優勢である以上、アリスの確保はすぐに叶うだろう。彼の目的が叶うのも時間の問題であった。


「フェフェフェ、楽しみだのう......」


 そう言いながら悦に浸るオールヴに、護衛は呆れた視線を向ける。契約主ではあるが、彼らからしてもオールヴはどうやっても尊敬は出来ない相手であった。

 だが同時に二人は信用もしている。雇い主の腕と、その狡猾さに関しては。故に事態が悪化することは無いだろうと楽観視していた。無論、それを理由に護衛の任をおろそかにすることは無いが、それでも直に片が付くことに内心安堵していた。自分達の出番が訪れなかったことに。


「......ム?」


 すると、ここでアリスの動きが変わる。今まで距離を取っていた彼女だったが、騎士の拘束が解けたと同時に突撃をかましたのだ。急な動きの変化に、オールヴの口から疑念が零れる。


「まさか......、諦めたわけではあるまいの?」


 それでは面白くない、ついそう考えてしまうオールヴだが、アリスの目は死んではいなかった。突撃した彼女は刃を躱しながら黒騎士に接近する。その速さは今までとは一線を画し、あっという間に黒騎士の懐へと潜り込んだ。

 ——が、それはあまりにも無謀であった。黒騎士であれば、それを捉えるのは苦でもない。黒騎士の足が跳ね上がり、アリスに迫る。ギリギリでそれを避けるアリスだが、そのせいで勢いは死に、もはや格好の的でしか無かった。そこに斧槍が横凪ぎに振るわれ、——アリスの腰を両断した。


「お、決まったじゃん!」


 その光景に嬉し気な声を上げる狐目の護衛。魔物であっても、上下に両断されるのは重症に他ならない。褐色肌の護衛もそれに同意するようにほっと息を吐いている。

 そして、それは黒騎士も同じ。歴戦の強者である彼は、アリスの腰を斬っても護衛達のように油断してはいなかった。だが十分に手ごたえがあった事に加え、アリスを殺さぬよう命じられていたことで、斧槍を振るう腕に込めていた力が僅かにではあるが緩んだ。


「——まだじゃっ!」


 だがオールヴだけは気が付いていた。アリスのステータスにある、分離と再生の能力に。だからこそ彼だけは一切気を緩めることなく、警告の声を張り上げた。


 ——しかしアリスにはその一瞬の、僅かな隙があれば十分だった。切り裂かれた彼女の下半身が跳ね上がって黒騎士に飛び蹴りを喰らわせる。至近距離からの予想外の一撃に、流石の黒騎士も体勢を崩した。そして分かたれた上半身は空中に浮遊し、その時間を利用して反撃の一手を打つ為の溜めを終えており——。


『————♪♬』


 ——闘技場に、美しい旋律を響かせた。


「......ほ?」


 突然の行動に、オールヴの口から呆けた声が漏れ出る。まさかここで歌うとは想定の範疇に無かったから。同時に疑問も浮かび上がる。場に響く美しさと悍ましさを兼ね備えた歌声。それが含む呪詛が先程よりも濃密な事には彼とて気付いている。だが、それで黒騎士がどうにか出来るとは到底思えなかったのだ。

 

 ——だが、その考えはすぐにひっくり返ることになる。


『—————?』


 ——僅かではあるが、歌を至近距離で受けた黒騎士の動きが突如として鈍ったことで。


「何じゃと!?」


 予想外の出来事にオールヴは思わず驚愕の声を上げる。アレの隷属の術式は、元からある支配権と混ざり合い変質している。術の一端を担うオールヴですら、それを解くには術者である彼自身が死ぬ以外に方法は無いだろうと思えるほどに。さらにその術式の影響と鎧の性能も相まって、アレには他の呪詛も効きにくい。


 ——その筈、なのに。


『————♪、—————♫』


 何事も無かったかのように躰を繋げて歌い続けるアリス。至近距離で動いている以上彼女も攻撃を受けてはいるものの、その動きに陰りは見えない。その上、今が好機とばかりに闇魔法も放ち始めた。

 反対に、呪詛が効いているせいか黒騎士の動きは徐々に鈍り続けている。魔法を凌ぎつつ攻撃を続けるが、段々と動きが荒くなり隙が増えていく。その隙を突くように放たれる魔法により少しずつダメージを蓄積し、さらに動きが落ちるという悪循環に陥ってしまっている。先程まで一方的だった戦況は、それまでとは真逆の方へと傾きつつあった。


「どう、なっている......」


 ありえない光景に、オールヴは呆然としてそれを見るしか出来なかった。






 ——上手くいった。


 迫りくる無数の刃の嵐を避けながら、ワタシは唄い続け、魔法を放つ。人形の躰の為呼吸を必要としないのが幸いした。おかげで、高速戦闘をしながらでも戦いを続けられている。


『——————』


 歌を聞き続け、少しずつ魔法を喰らっている黒騎士の動きは徐々に鈍っていく。その兜の隙間から漏れる赤い光も時折点滅し、動きが精彩を欠いていく。元より肉体性能以上にその技術が支えていた実力。それを十分に発揮していたのは隷属が完全に近かったからに他ならない。

 それが一度でも揺らいでしまえば、後はその隙を突いていけばいい。狙っていたこととはいえ、ここまで上手く嵌るとは思ってなかった。



 先程必死で打開策を練っている時の事。ふと、とある疑問が脳裏を過ぎった。


 ——死霊の愛し子って、どういう仕組みなの、と。


 死霊の好感度を上げる、効果を上げるならこれに尽きるけど、そもそも好感度の上昇とは一体何なのか。今まで考えてこなかったそれを、思考を全開で回して考察し、その結果ワタシはとある結論に至った。


 ——死霊の愛し子、好感度を上げる効果を持つその能力の本質は死霊を限定とした『魅了』——つまりは()()()()()なのだと。


 そう思いついた時、ピタリとピースが嵌ったかのように考えが降りてきた。先程も言った通り、これの本質は死霊術というより対象を限定した呪詛といった方が正しい。

 

 ——ならば、だ。これを『呪歌詠唱』で強化することも可能じゃないか、と。



 黒騎士の斧槍を避けながら、内に宿る力を意識する。今まで無意識に使っていた『死霊の愛し子』、これを呪詛であると意識してその力を引き出す。それを歌に乗せ、『呪歌詠唱』の効果でさらに高める。ここまでして、ようやくワタシの呪詛は黒騎士に届く。


 ——魅了。対象の意識を塗り替え支配する、隷属に近い術。違いを上げるなら隷属と違い魅了はその意識も塗り替える可能性もあり得ると言ったところか。だが本質が似ている以上、これによって隷属の呪詛を塗り替える事も可能。

 事実、これによって黒騎士の動きは鈍りつつある。とはいえ隷属の効果が強いため歌で無ければ効果が薄いし、歌であっても一回では上書きは出来ない。だけど、効いていないわけじゃない。黒騎士の動きは徐々に鈍っていく。


 こうなれば、今まで付け入る隙が無かった黒騎士にも魔法が届くようになる。鎧の性能が高いのだろうが、当たるならばそれは無駄じゃない。塵のようなダメージであれど、積もればそれは十分な効果を発揮する。

 あえて攻撃を受けたのは、少しでも可能性を高めるために最初の一手だけは至近距離で放つ必要があったから。下手すれば死ぬ事もあり得たけど、上手くいって良かった。



 しばらくして、その時が訪れた。攻撃を喰らい、動きが鈍りつつも勢いだけは止まることの無かった黒騎士の猛攻。その動きが遂に止まり、その場へと跪く。


『———♪......フゥ」


 そこでワタシは歌を止める。とはいえ不要には近寄らず、いつでも歌えるように準備は怠らない。やられている演技である可能性も否定できないし。




 名:番□□体(シ■レ)




 念の為に鑑定をした結果、名前もおかしなことになっていた。あくまで予想でしかないけど、隷属の呪詛が解除されかかっていることでこのような変化が起きている可能性が高い。少なくとも、『死霊の愛し子』の効果が全くなかった、ということは無い。

 躰の繋がりを修復しながら僅かに黒騎士に近づく。あの時は手ごたえを感じさせる為にあえて分離は使わなかったので、実のところダメージは大きい。とは言っても魔石に傷がついたわけでもないし、再生を使っていれば、もう少しあれば一先ずの修復は可能だろう。後でゆっくり時間を取る必要はあるだろうけど。

 そんな事を考えていた時だった。


「——オ見事。見タ目カラハ想像ツカナイホド強イノダナ、貴公ハ」


 ......おう、まさか声を発する事が出来るとは思ってなかった。しかも、予想以上に理性を宿しているようにも見える。だがその一方、ワタシの攻撃で傷を負ってはいてもまだ十分に動けるであろう騎士は、その場から動こうとしない。


「少なくとも意識の隷属は解けたようだけど、完全に自由の身では無いようね?」


「ウム、中途半端ニ呪詛ガ解ケテイル様デナ。一時的ニ動ケナイ状態ノヨウダ」


 流石にこの短時間じゃ完全な解除は無理だったか......。でも動きを止められて良かった。恐らくではあるけど、即座にここまで解呪出来ればオールヴとてすぐに上書きし直すのは無理だろうから、黒騎士は放置でいい。動きを止めることは出来ても、ここから彼を殺すのは骨が折れる。それに、黒騎士本人には恨みなんて無いし。


「......なら、その場で待ってなさい。オールヴが死ねば、あなたも自由になれるでしょうから」


「アア、ソウサセテ貰ウトシヨウ。——アア、奴ニハマダ手札ガアル。気ヲ付ケルガ良イ」


 ......なるほど。まだ決着とはいかない、ってわけか。黒騎士に軽く礼を告げ、ワタシは彼に背を向けてオールヴの方へと歩み出す。


「——貴公ナラバ、モシヤ......」


 ——後ろで何事かを呟く黒騎士には、ついぞ気付かぬまま。


次回は11月24日12時投稿予定になります。

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