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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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狂想曲は、業都に響く――響奏・劣勢——

「ああ、クッソッ!?」


 思わずそんな愚痴を吐きながら、必死で迫りくる刃を避ける。その左側スレスレを斧槍が高速で通り過ぎる。何とか避けることは出来たが、気は一瞬も抜けない事をワタシは先程から身をもって体験していた。

 斧槍は地面に当たることなく、勢いを減じさせぬまま鋭角に跳ね上がり、ワタシを猛追する。ギリギリで張った結界がそれを防ぐが、止められるのは精々数瞬のみ。結界に当たり轟音を響かせる斧槍は纏う暴風の勢いを増し、結界に罅が入っていき、すぐに破られる。だが結界が破られる僅かな間に転移を発動し、斧槍は空を斬る。


「フゥ......」


 闘技場内部、黒騎士から離れた場所で何とかその一撃を避けたワタシは、乱れるはずの無い息を整えるようかのように空気を吐き出す。だが、決して気は抜けない。一瞬でも油断しようものなら、あの必殺の刃がワタシに襲い来るのだから。


『————』


 黒騎士は攻撃を避けられたことを気にする素振りも見せず、斧槍を構え直す。その視覚外から闇魔法の槍を奇襲させるが、どれもが黒騎士の斧槍に一蹴される。


「......まったく、どうしたものかしら」


 戦闘が始まってからまだ十分程しか経っていないが、ワタシは劣勢に立たされていた。


 知っての通り死霊系統の魔物が生まれる経緯は大まかに言うと二つに分かれる。死した霊体が怨念から自ら魔物に変じるものと、死霊術によって生まれたもの。ワタシは......どちらとも言えない特殊な例かも知れないけど、まあ今は置いておく。

 この二種の死霊系魔物だけど、一般的により危険視されるのは死霊術によって生み出された個体になる。無論個体差は一定とは言えないが、何よりも大きな違いは死霊術によって生まれた魔物は生前の記憶や経験、そしてなによりも能力を受け継いでいる場合が多いから。優秀な死霊術師が生み出す魔物は特にそう言った面が顕著と言える。


 

 さて本題。今相手にしている黒騎士——正式にはデスナイトと呼称される魔物。スケルトンナイトなどの進化した姿で、一般的には中位の魔物に分けられる。だがこいつの実力はそんな範疇には無い。恐らく、いや確実に死霊術によって生み出された存在で、しかも生前の能力が十全に反映されている可能性が高い。

 そんなこいつの鑑定結果がこちら。




 名:番外検体(■■■) 種族:デスナイト 年齢:57

 スキル:斧槍術、体術、剣術、大剣術、魔法(風)、魔闘法、魔力精密制御、魔力精密感知、気配精密感知、気配遮断、高速思考、軍団指揮、先見

 適性:風、死霊




 スキルとしては少なく見えるけど、問題はその質。

 今までの感じから武術には相当長けている。魔闘法とは魔力により肉体性能を上昇させる技術で、ワタシほどではないにしろ長けた魔力制御能力によってその出力を更に引き上げている。感知能力も優れているから魔法にもすぐ対処されるし、こちらが気を抜くと認識外から気配遮断された攻撃が飛んでくる。

 厄介なのが先見——いわゆる未来視に近い、経験則から相手の動きを先読みする能力。戦いが長引く程それの精度は増していくため、相手へと戦況が更に傾いていくことになる。それと風魔法。肉体に纏う疾風と魔闘法によりその動きは捉えるのが難しく、その刃に纏った暴風の破壊力は圧巻の一言に尽きる。


 加えて、魔物としての強さもそうだが黒騎士が纏う鎧と斧槍がヤバイ。放っている気配、それにワタシの魔法で傷一つ付かない事からしても恐らくは相当の業物。これのせいでこいつの強さが攻防共により引き上げられている。


 ——けど何よりワタシがヤバい、と思ったのは軍団指揮。今は黒騎士単体だけのためその能力は真価を発揮していないけど、問題はこいつがその能力を持っている事実。

 指揮という能力は名前の通り、指揮能力の高さを示すスキル。どれだけの者を的確に率いる事を出来るかを表すわけだけど、逆にそのスキルからその者の地位がどれくらいなのかを知ることも可能だったりする。


 ......そしてこいつの持つ軍団指揮、それを持ちえるのは数千、数万の兵を従えてきた者——つまりは国でいるなら将軍クラスの者だけ。

 それが示すのはこいつがかつてはそれだけの地位にいたという事。つまりは生前にそれだけの実績と力を有していたことに他ならない。

 

 この点から総合して黒騎士の強さは上位の魔物——その中でも上のものにすら匹敵しかねない。



 見事にワタシの天敵とも言える相手なのだけど、鑑定結果には気になる点もある。

 それはこいつの年齢。何百年も生きるものもザラにいる魔物としては短く感じるけど、オールヴが生み出した魔物というには違和感が拭えない。鑑定したところオールヴの年齢は八十過ぎ。いくらあの爺が優秀とはいえ、こいつを約六十年前——二十歳の頃に死霊術で生み出すのは無理があるだろう。

 それの証拠として。名前がおかしな形で表記されているのは呪詛で上書きされているからだ。つまり、オールヴはこいつをどこかで見つけ出し、隷属することに成功した可能性が高い。


 これをよく隷属させられたものだな、と感心すら覚えてしまう。推測ではあるけど、黒騎士は魔物として生まれた時から相応の力は有していてもおかしくは無い。それを呪詛で隷属させるなんて、運が良いものだ。

 でも呪詛で縛られているなら先程と同じように呪詛で打ち消せばいい——そう上手くいく話ならどれだけ良かったことか。


『————!!』


 再び迫りくる攻撃の嵐を全力で避けながら、呪詛を解呪するために声を上げる。が、それらは効果を発揮することなく霧散するのみ。


「チィッ!?」


 さっきから何回も試しているのだけど、効果は無し。ワタシの呪詛が一切効かず、弾かれてしまう。




 名:アリス 種族:グラッジドール 年齢:0

 スキル:魔法(闇、呪詛、死霊、空間)、魔力緻密制御、魔力緻密感知、魔力回復、並列思考、高速思考、体術、分離、獣化、再生、浮遊、鑑定、凍の魔眼、衣替え

 固有スキル:呪歌詠唱、死霊の愛し子

 適性:闇、呪詛、死霊、氷、空間 




 ワタシの今のステータスはこんな感じ。種族はカースドールから進化したグラッジドールという、デスナイトと同じ中位の魔物。屋敷の宝物庫で進化したのだけど、あれから一カ月以上経った今も次の進化には至ってはいない。まあ種族の進化なんて早々起きるものじゃないから当然だけど。スキルもほどんど変わってはいなく、魔力制御と感知が上がって衣替えが増えたくらい。

 けど進化してからも鍛錬は重ねてきたし、黒騎士と同じようにステータス以上の力を有していると自覚している。自惚れかもしれないけど、上位の魔物にも劣ることは無い。


 そのワタシの呪詛が全く効かないのは、いくら何でもおかしい。攻撃を避け切って再び転移で逃れ、闇魔法の連撃を浴びせながらワタシはそれを見極めるために黒騎士を——その身を縛る術式を調べる。

 術式は確かにある。......けど、なにこれ。術式が何か別の物と混ざり合って、まるで違う様相へと変じている。むしろ、その別の物こそ黒騎士を縛る主体と言ってもいいかもしれない。

 これは一体何?魔術じゃない。これは魔術ではなく、でもそれとよく似たもの。それに、これは後付けされたものじゃない。黒騎士の在り方、その根本に付随しているように見える。

 黒騎士、死霊系の魔物、死霊術、......いや違う。死霊——()()


 そこでようやく、ワタシは理解した。この黒騎士が、どうやって生まれたのかを。


『————!!』


 黒騎士が吼え、ワタシの魔法がその斧槍に蹴散らされる。颶風となって襲い来る黒騎士。その速さは今のワタシでは視認することも難しい。......けど、既に準備は終えている。

 黒い風と化した騎士の正面に結界が生じ、一瞬足が止まる。その隙を突くように仕込んでいた闇魔法と空間魔法によって黒騎士を拘束する。とはいえ動きを止められるのはそう長くないだろうけど、今は少しでも時間を稼げればいい。

 黒騎士から意識を外すことなく、こちらを嗤いながら観察しているオールヴに視線を向けた。


「......随分()()が悪いのね?」


 ワタシが問うたのはそれだけ。だがそれでワタシが凡そを理解したのだと分かったらしいオールヴは、驚きに目を見開きながらもおかしそうに哄笑を上げる。


「フェフェッ!?よもや、それに気付きおるとはのう!?流石は公爵家の隠れた怪物、呪われた天才といったところかの?」


「......その呼び方は止めてくれないかしら?」


 嫌な呼び方に思わず眉を顰める。未だ公爵家の者扱いされるのは正直かなりムカつく。けど、奴の反応からしてワタシの考えは間違っていないみたい。


 ——やはり奴は、黒騎士を生み出したのではない。何故ならこいつは死霊魔術でなく()()()()で生み出られた存在だ。つまり黒騎士を生み出したのはそれを使える程の存在——魔物へと変じた死霊魔術師という事になる。

 そして、死霊術や死霊魔法で生まれた存在にはとある特徴が存在する。術や魔法による縛り——隷属の呪詛とも似て非なる、創造主が被造物を支配する()()が。

 あの黒騎士は死霊魔法に長けた存在に生み出され、どういった理由でかは分からないがその支配を逃れた。そしてオールヴは黒騎士に遭遇しどうにかして捕らえ、その支配権——主の指定されていないそれを彼の呪詛によって干渉することで手駒とすることに成功したという訳だ。


 そんな魔物と出会って配下に置くことに成功するとかどんな強運だと思わずに居られないけど、ワタシの術が効かない理由が分かった。黒騎士の存在を構築する要因の一つともいえる死霊魔法。掛けられた呪詛はそれと()()()()()、通常とは桁違いの支配力を有している。それも、今のワタシの能力では解けないほどに。

 ついでに言うなら、こいつを生み出した存在にも心当たりはあるのだけど......、今は置いておこう。


 ともかく。近接戦闘では全く敵わず、魔法はほぼ無効化。呪詛による搦め手も効かず、打つ手なし。目の前の拘束ももはや敗れるのは時間の問題。


 ——さて、どうしよう。余裕は一切なくとも、思考は冷静なまま高速で回転し続ける。


 諦める気は全くない。ここで逃げたら、恐らくもう彼女を助ける機会は無い。死ぬ気も無い。ワタシはまだ目的を何も果たせていない。

 何がある?ワタシには何の手札が残されている?攻撃手段は主に魔法。獣化?使っただけで無駄。体術などもってのほか。凍の魔眼は効果が無いだろう。

 後は死霊の愛し子くらいか。相手が死霊である以上効果が無いとは言わないけど、彼に科せられた縛りはその上を行く。好意を得られやすいだけのこれを生かすことなんて......。


「......待って」


 そこでふと思いついた。まだある、ワタシに打てる一手が。あくまで憶測でしかないけど、もしかしたら、この状況を打破できるかもしれない。


『——————!!!』


 そこで轟音と共に拘束が破れ、黒騎士の姿が現れる。頭の中で考えを整理し、騎士と向き直る。

 ......時間は無い。賭けだけれど、やるしか無いか。



 ワタシはそう覚悟を決めて、——黒騎士へと突撃した。



次回は11月21日12時投稿予定になります。

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