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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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狂想曲は、業都に響く――間奏——

短めの話になります。

 混迷極めるガズにおいて、そこは異様なほどに静寂に包まれていた。

 仄暗く、外の喧騒も届かない場所に無数に並ぶのは空の鉄格子。中に転がるのは縛られる者なき鎖の枷。


 ——一面が赤黒く染まり、血塗れの肉塊が辺りに転がる床と壁。


 そこにどこからか光が差し込み、すぐに途切れるとともに足音がその場に響く。

 入ってきたのは狐目をした小柄な男と、背の高い褐色肌の男の二人。彼らは目の前に散乱する血肉には顔を顰めつつも、惨劇そのものには驚いた様子を見せずにスタスタと奥に進んでいく。


「それにしても、随分と食い散らかしてるな......。上の状況を分かっている訳でもあるまいし......」


「いや、案外分かっているんじゃねぇ?あの妖怪ジジィなら十分あり得るだろ」


 そう軽口を叩きながら奥に進む二人。彼らはイジ―商会に雇われた——否、雇われていた護衛。今も表向きは商会所属だが、今の彼らの契約主は他にいる。

 奥に進む程に、散乱する肉塊と周囲を染め上げる血の量が増えていく。それらによって汚れる裾や靴を気にすることも無く歩を進める彼らの耳に、とある音が聞こえてくる。


 静寂に包まれた空間に響く、悍ましい音。

 

 ——グシャッ。

 

 ——バキリッ、ボリボリッ。

 

 ——ベリベリズルッ、ズゾゾゾゾッ。

 

 肉の潰れる音が、骨がへし折れ噛み砕かれる音が、何かを引き摺り、啜る音が。昏く冷え切った牢獄を血生臭く染めていく。

 

 だが彼らはそれを気にした素振りすら見せず、足を緩めること無く音の発生源へと進む。やがて彼らがその音の主を視認できるところまで来たところで。


「......フンッ!」


「......ハッ!」


 彼らは突然各々の武器を抜き、それらを何も無い空間に振るう。空を切る、と思われたそれらは()()に当たり、ガキンッという金属同士が当たったかのような音が周囲に響く。

 彼らの武器が当たった()()は追撃することなく、そのまま奥に引っ込んでいく。二人はそのまま少しの間武器を構え、更なる攻撃が無い事を確認し、警戒しつつ武器を下げる。


「ったく、アンタの指示で上を見てきたっていうのに、あんまりな扱いじゃねぇか?」


 狐目の男が奥にいる存在へと声を掛ける。いや、正しくはその横にいる者にだが。


「——フェッフェッフェッ......。お主らなら問題ないじゃろうて。一応は標的からは外しておるからのう」


 枯れた声が聞こえてくるとともに、暗闇の奥から姿を現したのは狐目の男以上に小柄な老人。身に纏ったローブから見える手足は枯れ木のようで、頭髪も髭も無い皺だらけの老人の姿は、今にも死にそうにすら見える。ただし、老人の強く妖しい光を宿す双瞳が、その印象をかき消していた。


「......そういう問題じゃない。俺達は護衛だぞ。それを襲うとはどういうつもりだ、という話だ」


 褐色の男が苦言を呈しても、老人は嗤ったまま。


「あまり縛りすぎてはかわいそうじゃろう?それに妖怪ジジィのすることなど一々気にするでないわ」


 聞こえていたのかよ、ぼやく狐目の男と褐色の男は目を見合わせ、溜息を吐く。この老人——雇い主に何を言っても意味が無いのは、彼らとて今までの付き合いの中で分かっていたことだ。......だからと言って文句が減る訳では無いのだが。


「それで?上はどうだったんじゃ?」


 そんな二人の様子を気にする素振りすら見せずにそう聞いてくる老人に対しまた溜息が出そうになるも、彼らは諦めて本題に入ることにした。


「予想通り、地獄と化していたな。まさに混沌としか言いようがない」


「これを仕掛けてきた奴は相当狂ってるな。まさに見境無しだ、ありゃ」


 そして彼らから老人に上の——街の様子が報告される。暴動を起こす奴隷とそれに対処する兵士。裏で動く商会の者達に、暴れる魔物。毒で覆われたルニル商会。巨大な人花が咲くフェニア商会。

 それらの異常な光景を一通り聞いた老人は目を輝かせる。


「フェッフェッフェッ......。そうか、()()()()......」


 何かに気が付いたのか頷く老人に二人は眉をひそめる。するととある事を思い出した狐目の男があっ、と声を上げた。


「そうそう、ガングルの旦那死んでましたよ。奴隷達にめった刺しにされてハリネズミみてぇになってましたわ」


「うむ、そうかそうか......」


 スポンサーだった商会長の死を聞いても、顔色一つ変えない老人。護衛達も軽い口調で話してはいるが、それでも元雇い主に対して最低限の同情心くらいはある。だが老人はそれすら無いのか、ガングルの存在など忘れたかのように考えに耽っている。


「そうじゃな、ここもやり易かったが、そろそろ潮時かのぉ......」


「あ~、やっぱそうなる感じ?」 


 老人がそういう結論——ガズから出ていく考えに至ることは想定内だった。そして、彼らも護衛として老人に同行するつもりであった。老人からの金払いは良く、旨い汁を吸える......という点もあるが、仮に老人から下手に離れた場合、彼ら自身の命が危険に晒されかねないのだ。他でもない、この老人によって。


「それで、どこに行くつもりだ?」


「帝国じゃろうな。儂の研究を受け入れる可能性のある国は他にないじゃろう。何なら、西大陸に行くのも良いかもしれぬの」


 そう言いながら奥の影達を見る老人。護衛二人もそれに異論はない。

 老人の研究内容からして、東の三国——特に聖教国がそれを認めることは絶対に無い。帝国でも受け入れられるかは怪しいが、まだそちらの方が可能性はある。何よりも力を是とするかの国であれば、研究成果があれば有力者に気に入られる事もあるだろうから。


「......そういえば、()()()なんだけど」


 そんな話をしていた時、ふと狐目の男が声を上げる。老人の後ろにいる()()を指さしながら。


「何でそいつに()()、組み込んだのさ?」


「ん、ああそれか?まずは能力じゃな。それはお主らも味わっとるじゃろ?」


 老人の台詞に、二人はああ、と納得の声を上げる。

 それに、と老人が付け加える。




「——()()、は掛けておくべきじゃろう?」




 そう嗤う老人の顔は、どこまでも邪悪に歪んでいたのだった。


次回投稿は11月12日になります。

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