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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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狂想曲は、業都に響く――前奏・毒霧——

 未だ暴動が続く——いや益々その勢いを増すガズ。その中でも他とは荒れ方が違う場所がある。


 ——ガズ西区域、そこにある治療院。通常時でも多くの怪我人が毎日運び込まれるその場所だが、この状況下では騒動の起きている各所とはまた別の戦場と化していた。


「おい、薬はまだかっ!?」


「怪我人こっちに運んで!ここが開いてるわっ!」


「しっかりしろ!大丈夫だ、これくらいなら治せるぞ!」


 普段とは比べ物にならない人がひしめき合う治療院。怪我人が次々に運び込まれ、薬を抱えた者や魔術師達が駆け回る。


 彼らは都市のあちこちで起こる暴動に巻き込まれた者達だ。解放された大勢の奴隷達は、彼らが捕らえられていた区画にて暴れている為、騒動の中心となっているのはアウルーズを除く四商会が統治していた区画である。

 だが、その余波はそこだけに留まらず、都市全域に伝播していく。事前に起きることを知っていたアウルーズの治める北の区画では暴動はほぼ起きてはいないものの、奴隷達を匿い、逃がすために動いているために他とはまた違う喧騒に包まれていた。


 そして中枢区画と中央の大通り近辺、港湾区画も無論、暴動の被害を受けることとなる。中枢区画は貴族の連れていた奴隷が暴れ出し、衛兵や貴族の護衛達との戦闘が勃発する。中央の大通りでは各区域から暴れる者、特に犯罪奴隷であった者達が流れ込み、手当たり次第に襲い掛かる。港湾区画ではガズの外に逃げるために人々が砂丘船に群がり、混沌とした状況になっている。

 アウルーズ商会やその傘下の商会、そしてレジスタンスの面々が動いているものの、それでも騒動全てを制御するのは到底不可能。


 そして、その被害を受けたものが向かった先、それは西区画にある治療院であった。


 治療院付近は暴動がほぼ起きていない——状況を予測し、付近の不穏な種を摘むためにアウルーズが動いていたことで、人々は逃げ場を求めて治療院に集う。治療院も次々とやってくる怪我人の対処にてんてこ舞いになるが、元より騒動が多い都市の為、避難場所の広さや薬の備蓄、治癒を行える魔術師の人数は十分に揃っている。更にアウルーズ商会から緊急での物資や人手の支援もあったことで、慌ただしくも少し余裕も出てきていた。

 だが、治療院の者達から不安が無くなることは無い。暴動が納まらない以上それも当然だが、何よりも彼らの不安を煽るのは。


 ——治療院の窓から見える、彼らの最大の支援者でもあるルニル商会の本邸が、()()()()()に覆われていることだろう。





「一体何なんだ、この霧はっ!?」


「俺が知る訳ないだろうっ!」


 男達の言い争う声が部屋に響く。部屋の中では幾つかの調度品が床に落ちて破損しているが、彼らにはそんなことを気にしている余裕は無かった。


 彼ら——ルニル商会の幹部たちは現在、屋敷の中に閉じ込められるという状況に陥っていた。

 騒動が勃発したことで、無論の事彼らもそれの対応に追われることとなった。治療院での受け入れ態勢の整えなど、各種指示を受けた商会の者達が街に飛び出し、司令部として上層部のみが屋敷に残る形になった。


 その時だった。突如として屋敷を紫の毒々しい霧が覆い、屋敷の内外を隔絶したのは。

 上層部も最初は驚いたものの、これぐらいどうにでもなると高を括っていた。一人の者がその霧に触れ——その腕が触れたところから瞬時に溶解し、死に至るのを見るまでは。

 あらゆる方法、それこそ彼らの()()()も使用して霧の解除を試みたが、どれも失敗に終わった。幸い霧は屋敷に触れてはいない為、建物内部にいる限り被害を受けることは無かったものの、秘密の脱出路にも霧が満ちており外に出る事は不可能となっていた。


 また彼らは知る由も無いが、霧で覆われた場所の外部には結界も張られており、屋敷を脱出するのはほぼ不可能な状態に陥っていた。


「外への通信も繋がらない。完全に閉じ込められたぞ、これは......」


「ええぃ、何とかならないか!?」


 彼らはこの状況をどうにかするために意見を交わすが、有効な策は一切出てこなかった。


「こうなったら、会長が何とかしてくれるのを待つしか......」


「馬鹿野郎!この状況で会長が下手に動けるわけが無いだろう!」 


 彼らの言う会長——現ルニル商会会長であるモック・ルニルは、この場に不在であった。否、彼は会長でありながらこの屋敷に表から来ることは一切無い。何故なら彼の存在こそ、いや歴代の会長と商会幹部の正体こそが、ルニル最大の秘密だからだ。

 彼らの知るモック・ルニルであれば、この状況をどうにか出来る可能性はあった。だが、今暴動が起きているこのガズで、そして霧に覆われたことで目立つ状況となっているルニル商会で下手な動きを取ることは出来ない。万が一にも、彼らの正体がバレる事は許されない。それだけは絶対に避けなくてはいけないのだ。


 ——彼らに課せられた〈使命〉を果たすためにも。


「......とにかく、この状況を打破しないとどうにもならない。ここは秘蔵している()()を使うしかないだろう」


「「なっ!?」」


 幹部の一人が発した言葉に、他の者は驚愕する。


「何を言っている!?アレは今後の()()()()だぞ!こんなところで無駄遣いするわけには......」


「なら他にどうしろと!?ここで指をくわえて見ていろと言うのか!」


「っ......」


 男の言葉の気迫に、反対の声を上げた者も押し黙ってしまう。


「それに、こうなってしまっては計画も大きく変更しないといけないだろう。だからこそ、それを果たすためにも俺達が無駄死にすることは許されない」


 黙って話に聴き入る他の幹部の姿を目にし、男はもうひと押しと、声量をあげる。


「無断で使用した責任なら俺が取る。だから......」


 その時、男の視界の端で何かが――黒いナニカが横切った。


「「「............」」」


 場が沈黙に支配される。男も他の幹部も、全員の口が突然閉じられ、誰も一言も発さない。そして沈黙が降りてから数秒後。



 ――彼らの首が、一斉に転がり落ちた。



「――悪いわね。あなた達相手じゃ、遊んでもいられないのよ」 



 全ての命が途絶え、静寂に満ちた空間に響いた声。それを聞いた者は、誰一人としていなかった。



次回より、通常の投稿頻度に戻させていただきます。次回投稿は10月31日になります。

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