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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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狂想曲は、業都に響く――前奏・葬送——

「——、————!!??」


 アルヴィン・スィアーチは、自らに課せられた拘束を破ろうと躍起になっていた。

 あの場から転移で飛ばされた先で、彼はすぐにその場にいた者達に拘束されてしまった。手足には枷をつけられ、目も口も塞がれたまま。そのままどこかに連れていくつもりなのか、首の枷の鎖を引っ張られ、体を引き摺られる。抵抗したり足をもつれさせて倒れたりすれば後ろから鞭で打たれる為、何とか歩くしかない。


(こいつら、この俺に散々やってくれやがって......、後で覚悟しておけ)


 そう内心で考えてはいるが、今まで受けたことの無い経験に足が震えていることに彼自身は気が付いてなかった。今受けている仕打ちが、今まで自分が散々他者にしてきた仕打ちである事にも。


 しばらく歩いた後、ふと何かの臭いが彼の鼻腔をくすぐる。嗅いでいるだけで気分の悪くなる、それでいてガズでは嗅ぎなれたものを濃縮したような臭い。鼻を塞ぎたいが手を拘束されているためにそれも出来ず、仕方なくそれに耐えながら進むしかない。

 一歩一歩進むたびに濃くなるその臭いを嗅ぐうちに鼻が麻痺しつつ、徐々にここがどこなのか当たりがつく。このガズで、彼が知る限りここまでこの臭いが——死臭が濃い場所は他に思い当たらなかったから。


 やがて目的の場所についたのか、首の鎖を引っ張る力が弱まる。上から頭を押さえられ、正座の姿勢を強制させられる。そこまでしてようやく、彼は目隠しを外された。

 目隠しを外されたアルヴィンの視界に映ったのは、予想通りの場所であり、それでいて予想外の光景であった。


 ——シアズ商会のある地下空間。そこから繋がっている、さらに地下に降りた所。進み続けた通路は、その先にある空間の中ほどの高さの場所に繋がっている。彼らがいるのはその通路と空間の境目。

 そして眼前に広がる空間に積まれているのは、——無数の骨とその上に転がる幾つもの死体。


 スィアーチ商会及びその傘下の、奴隷達が死後に送られる——いや、捨(・)て(・)ら(・)れ(・)る(・)場所。百年以上の間、彼らの犠牲となり死んでいった大勢の奴隷達の、墓場と呼べさえもしない、彼らを死後も冒涜し続ける廃棄場。

 定期的にシアズ商会の手で聖水——聖術により加工された水——による浄化が行われてもなお、悍ましい気配を放ち続け、抑えることの出来ない怨念の漂う地。もし浄化が行われていなければ間違いなくとんでもない、それこそアリスよりも危険な魔物が生まれていてもおかしくは無かっただろう。


 周囲にいるのはシアズの奴隷であった者や、レジスタンスに所属している者達。彼らが憎悪の籠った目で睨みつけるのはアルヴィンともう一人——彼の横で同じように拘束されているニール・シアズだ。

 アルヴィンもここがシアズであるとは予想がついていたが、ニールが捕まっているのは想定外だった。ニールの方も彼が捕まっていることが驚きだったのか、目を見開いてこちらを凝視している。

 そんな彼らの前に一人の男が進み出てきた。


「......これが、見えるな?」


 そう言って男が指差すのは、眼前に積もった無数の骨。


「お前達の欲望の生贄となり、お前達が稼ぎ、贅を尽くすほどに増えていった犠牲者達の亡骸。——お前達の業そのものだよ」


 そう告げる男の目も、他の者と同じように憎悪で染まっている。


「——、———!!」


「————!?」


 状況を打開しようと、二人は猿轡を嵌められていても懸命に声を上げようとする。しかし、彼らがどうにか音を出したところでその頭を地面に叩きつけられ、足で踏みつけられる。


「何を言おうとした?言い訳か、命乞いか、はたまた罵声か?どちらにしろ、お前達の言葉など聞く価値も無い」


 男は冷たくそう告げ、とある物を取り出した。

 それはどこか不穏な気配を放つ漆黒の杭。取り出したそれを男は積み重なる骨の前に、まるで墓標のように突き立てる。

 次に取り出したのは同じく漆黒の色合いをした楔が二つ。それを持ったまま男は二人に近づき、頭を引っ張り起こされた二人の額に当てる。すると楔は音もなく額に沈み、そのまま呑まれていった。


「「——、————!?」」


 二人は自身に起きた現象を理解できず混乱するが、再び後ろから殴られ、声を殺すしかなくなる。

 楔を二人に埋め込んだ男は杭の元に戻り、それに手を当てながら説明を始めた。


「これはと(・)あ(・)る(・)方(・)からいただいた物でな。死霊術と呪術を組み合わせた代物なんだと」


 それは一種の浄化装置にして、復讐の道具。指定した範囲から呪いを吸収し、それを返すべき相応しい相手に呪い返しの如く送りつける。杭は収拾機にして送信機、楔が受信機の役割を果たす。先に杭を立てることで呪いの集積を開始し、楔は集積した呪いを返すに相応しい相手の体に触れた場合のみ、その体内に吸収されるという特性を持っている。

 つまりは呪詛を吸収することでその地を浄化し、かつ相応しい相手に送ることでその無念を晴らす。そういう仕組みになっている。アウルーズから彼らに贈られた物だが、製作者は無論彼(・)女(・)である。


 それがどういう結果を為すのか、おおよその検討が付いてしまう二人。彼らは逃げ出そうと、或いは楔を取り出そうと藻掻くが......、それは徒労でしかない。

 

「とくと味わえ。お前達に喰い物にされてきた者達の、——積もりに積もった怨念を」


 男が杭を起動する。杭が妖しい輝きを灯し、呪詛の吸収を開始し。


「「————!?!?」」


 ——長年蓄積されてきた呪詛が、怨念が、それを受けるべき相手へと流れ込み始めた。


 声にならない絶叫が上がる。彼らの四肢が拘束されたまま捩れ、折れ曲がる。赤黒く濁った血涙が止めどなく流れ、耳から血の蒸気が噴き出し、口からは悍ましい色合いの泡を吹く。

 精神が侵される。積もりに積もった死者達の憎悪、嘆き、狂気、諦観、ありとあらゆる負の感情が怒涛の如く押し寄せる。


 ニールの体はそれに耐えられず、その場で爆発四散した。しかし、アルヴィンにはそれすら——死に逃げることすら許されない。アリスによって苦悶の呪詛を知らぬうちに施されていた為に。  

 彼の肉体が、精神が侵され、限界を迎える。だが、それでも呪いは止まらない。積み重なった呪詛は留まるところを知らず、アルヴィンへと流れ込み続けた。



 ——彼らへとその積年の恨みを晴らすように。濁流となって、永遠に、永遠に。



 


 それからどれくらい経っただろうか。呪詛を吸収し続けていた杭の輝きが明滅し、少ししてから完全に消える。パキッ、という音と共に役目を終えた杭の表面に一筋の亀裂が走り、そこから粉々に砕け散る。

 そこに居た者達は、一斉に廃棄場に目を向ける。長い年月をかけ溜まりに溜まっていた呪詛は消え去り、その場の空気は清く澄んだものへと変化している。


 そして遺された無数の骨や遺骸は淡い光を放ち始め、やがてそっと崩れて光の粒子となる。

 無数に溢れる光の粒子は、ゆっくりと立ち昇ってゆき、静かに消えていく。そして先程まで骨が積まれていた空間には、もう何も残っていなかった。


 その光景を目にしていた者達は、喜びに声を上げることも、悲しみに泣き叫ぶことも無く、ただ静かに涙した。ようやくこの地獄から解放された彼らを、安らかに送るように。



 ——その者達の後方。そこに転がるのは、元が何だったのかさえ分からない、黒く染まった肉塊が一つ。それは徐々に汚泥へと変わり、少しずつ地面に染みていく。

 その汚泥も、誰にも見られることなく完全に消え去り、——後には何も残らなかった。




次回投稿は明日10月27日になります。

 苦悶の呪詛に関しては〈簒奪・後〉にも軽く載せましたが、要は痛みを感じるままにした〈延命の呪詛〉になります。

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