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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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狂想曲は、業都に響く――前奏・宣告——

 ——ガズ中央部の中枢区画。貴族や有力な商人の屋敷などが立ち並ぶ、他の都市での貴族街に当たる場所。その中心にある、ガズの行政機関。業都では半ば名ばかりな部分もあるが、一応はガズの行政を管理するもので、街では最も高い建物である。

 その最上階に存在する会議場。街の最高権力者である五大商会による会合が行われるときにのみ使われる場所。今、その場に複数の人物が集まろうとしていた。

 

 ——集合を掛けられた、五大商会の長達が。


「......それにしても、一体どういうつもりだぁ、アウルーズは?」


 その内の一人、アルヴィン・スィアーチは恰幅の良い体を揺らしながらそう呟いた。屈強な体を持つ二人の男を配下に従え、指輪についた大粒の宝石を磨いている。


「大方、この現状に追い詰められているのでしょう」


 答えたのは六十代過ぎの老人。齢を感じさせない良い姿勢を保ち、背後に細身ながら腕の立つであろう男を連れている。

 ——イジ―商会の現会頭、ガングル・イジ―。後ろにいるのはガズでも腕の立つ冒険者である。柔らかい笑みを浮かべ温厚そうにも見えるガングルだが、一時は冒険者として活動していたこともある彼の体に衰えは一切見られず、この場にいる者達は彼の目の奥に宿る鋭い光を見逃しはしない。


「あれはそんなタマじゃないだろう。何か企んでいるんだろうが......、さてな」


「まぁ、何にしろ楽しみでさぁ、なぁ?」


 ガングルの言葉にそう返したのは強面の壮年男性、フロズ・フェニア。続いて護衛としてついてきた細身の男グロットが、残った一人へと話をふる。


「......」


「ったく、だんまりとはぁ、つまんねぇなぁ......」


 だが残った一人、ルニル商会の代表者はそう言われても声すら発しない。護衛も連れず一人壁に寄り掛かり、一言も喋ろうとしない。何故なら、彼はあくまで代理人。ルニル商会の寄越した使いでしかないのだから。




 現在、権力闘争真っ最中の彼らが一堂に会する、そんなことは本来あり得ない。通常時ならともかく、今は各勢力があちこちで小競り合いを起こしている。フェニアに至っては傘下が謎の存在に襲撃されたのだ。そしてそのきっかけとなったのはアウルーズ当主の事故。である以上、この状況で長を危険に晒す可能性がある会合に参加するメリットはない。


 ——その会合の声掛けをしたのが、アウルーズ商会でなければだが。


「それより、いつまで待たされるんだ。いい加減待ちくたびれたんだが、こっちは」


 アルヴィンの口から愚痴が漏れる。彼らがいるのは会議場に入るための扉の前。会議場の鍵が開いておらず、最後に来たフロズでも既に十分、一番に来たアルヴィンはもう三十分もこの場で待たされていた。


『ガシャンッ』


 そんな彼の愚痴を聞いていたのか、タイミングよく鍵の開く音が響く。場が一瞬静まり返るが、アルヴィンが指で指示を出し、配下の二人に扉を開けさせる。そして会議場に足を踏み入れた一行は、驚きの光景を目にすることとなった。


「......グフフッ、これは驚いたぞ!」


「ええ、まさかあなたが出てくるとは......」


「......何を企んでやがる」


「............」


 彼らの視界に入ってきたのは、前回入った時と変わりのない会議場。ただし、その中央に置かれた円卓の北側、入り口から見て正面奥の位置に座していた位置に人物は、彼らをしても予想だにしなかった。


 ——アウルーズ商会幹部にして次代当主の義姉、エイル・アウルーズ。決して表に出てこない存在が彼らを待ち構えていた。


「......いいから座ってちょうだい。会合を始めるわよ」


 彼女の言葉に、疑問を抱きながらも話を進めるために各々が席につく。円卓を中心にエイルの右側にルニルの代表、その向こうにガングルが。反対の左側にフロズが、その向こうにアルヴィンが座る。......まるで彼らの支配区画を示すかのように。


「あなたが出てくるなど実に珍しい。後を継ぐつもりが無いのではなかったのですか?」


 ガングルの疑問も当然といえよう。エイル・アウルーズは基本的に表に顔を出さない。後継者の権利は放棄していると公言し、更に彼女の請け負う仕事の重要性も相まって公の場に姿を現すことはほぼ無いし、ましてや会合の場に代表として現れたことなど皆無だ。彼らが顔を知っているのも、アウルーズ主催のパーティーで二人の後継の付き添いとして数回だけ見かけたことがあったからでしかない。

 その彼女がこうして五商会議の場に姿を現すのは彼らからしても想定外だった。しかも何故か護衛の一人も連れていない。現在のガズにおける、権力闘争の鍵ともいえる人物にしてはあまりに不用心すぎる。ゆえに何かあるのではないかと警戒し、彼らは静観という行動を取った。

 ......場合によってはここで他の商会との全面戦争の引き金を引いてでも、彼女を手に入れる準備だけはしておきながら。


「継ぐつもりは無いわよ。あくまで私は二人が継ぐまでの繋ぎ。それと、表に出ないのは()()()にこそ言うべきじゃないの?」


 ガングルの問いを否定しつつ、エイルが目を向けたのは彼女の右隣。そこにいるのはルニル商会から寄越された代理人だ。


 五商会の中でその全貌が最も見えないと言われるのがルニルだ。スィアーチ商会傘下のシアズなどはその拠点などは一切掴めていなくとも、その存在と仕事に関しては噂として広がっている。対してルニルはその商売には不鮮明ではっきりしない部分がある。医薬品販売や治療院の管理等を行っているのは分かっているが、どこか実態が掴めず、他の四商会と比べて目立たないのだ。

 何より、歴代の商会長はその顔を一切表に出さない。契約書類などがある以上、そいつは確かに存在している。だが誰も彼に会ったことが無い。常に代理人を寄越し、彼らを介して事を行う。それがルニルの在り方なのだ。


「............」


 その問いに対してやはりルニルの代理人は口を噤んだままだ。あくまで自身は代理である、という立場を貫き通すらしい。


「そんなことはどうでもいい。俺達が聞きたいのはそんな下らない事では無いからな」


 そうフロズが声を上げる。そう、先のガングルの質問の真意はそこではない。

 この状況で、今まで出てこなかったエイルが彼ら商会の長達を集めて、一体何のつもりなのか、ようはそう言いたいのだ。

 その問いを境に長達の纏う気配が変わり、空気が張り詰める。数多あるガズの商会の中でも頂点に立つ五商会、そのトップの座は伊達ではない。その身に宿すのは、戦士の武威とも違う圧。その指先一つ、僅かな言葉で多くの者を操る、商人としての格とでも言うべきものに他ならない。


(......やはり、今の私では彼らに敵いはしない)


 それを前に、エイルは内心でそう零す。エイルは確かに優秀だが、現段階では彼らには遠く及ばない。後十年あれば彼らと対等に渡り合えるようになるだろうが、今はその力量も経験も足りていない。

 分かってはいたことだが、それでも彼らの圧はエイルを削りにかかる。荒くなりそうになる呼吸を必死に抑える。噴き出そうな汗を留める。思い浮かべるのは二人の弟妹。アウルーズの職人たちにレジスタンスの部下たち。彼らの存在が、エイルに戦う勇気を与える。


 ——何よりも。


(......アレと比べれば、こんなの大したことないわね)


 少女の姿をしながらも、恐ろしい程の力を秘めた者。味方になればとても頼もしく、密かに友のようにすら思っている彼女の姿が脳裏に浮かび、エイルの緊張と恐怖を吹き飛ばす。

 気合を入れ直し、エイルは目の前の敵を見据える。彼女の纏う空気の変化に気付き、四人は驚きを抱きつつもその圧は緩めない。


「今回の召集の理由は二つ。まず一つ、あなた達に問いただすわ。——一体、()()()()やるつもりなの?」





 エイルの問いにより、僅かな間だが静寂が場を支配した。商会の長達も、まさかここまでド直球で来るとは思ってもおらず呆けてしまったのだ。


「——グフフッ、ガハハハハハハハハッ!!」


 それを打ち破ったのは、野太い笑い声。アルヴィン・スィアーチの高笑いであった。


「まさか、まさかここまで真正面からくるとはっ!これは意外だったわ、ガハハハハッ!!」


 彼の哄笑はしばらく続き、それが治まってからようやくエイルの方へと向き直った。


「どこまでだと?決まっておろう、()()()()()()!お前ら全てを支配下に置き、ガズをこの手に納めても俺は止まらんっ!当然の事だろうが?」


 そう高らかに話すアルヴィンの口元はいびつに歪み、目には隠しきれない欲望が宿っている。


「......その争いの中で、ガズがどうなったとしても?」


「——それこそ愚問だな」


 エイルから零れた疑問に、今度はフロズが答える。


「街など壊れてもいくらでも直しが効く。金も尽きることは無い。()ごときは駄目になれば捨ててしまえば問題は無い。奴らはフェニアが大きくなるための餌でしかない」


 そう、彼らにとっては街も資源も、そして人もその程度の物でしかない。強者の立場に生まれ、他者を踏みにじって育ってきた彼らにとっては、それは常識でしかないのだ。

 彼らを無言で睨みつけるエイルに、別方向から声が掛けられる。


「——それに、もう十分なのでは?」


 そう告げるのはガングルだ。彼は穏やかな表情で、だがその目に侮蔑の感情を隠そうともしない。


「元々は数百年前、偶然ここの遺跡を見つけただけの弱小商会でしかないアウルーズ。この数百年で甘い汁は吸って来たでしょう。なら、後はこちらに明け渡しなさい。精々有効活用してあげますから」


「............」


 ただ一人、ルニルの代理人は言葉を発しないが、考えは彼らと同じなのだろう。そんな彼らを前に、エイルは唇をきつく嚙みしめる。


 ——分かってはいた。分かってはいたことではあるのだ。彼らにとってガズは所詮大陸における一拠点、砂上船といった利益を得るための道具でしかなく、——この街を愛してはいないのだと。


「そもそも、今の状況を生み出した全ての元凶は貴様らの先達が、下手を打って俺達のような輩に付け込まれた失態を侵したからだろうが」


 そう告げるフロズに対して、どの口が言うのかと睨みつける。


 ——だが、彼の言葉は決して間違ってはいない。


 数百年前、アウルーズ商会はガズの遺跡と、そこに隠された砂上船の設計図を見つけ出した。そして、それらを駆使すればこの地を都市として発展させ、莫大な利益を生み出せることに気が付いた。

 砂上船の存在を広め、その有用性を示しつつ、それの製造法を完全に独占する。さらに船の整備や修理、改装に関しても情報は一切流さず、砂丘船を売ろうともガズに人々が経由する下地を作り上げた。彼らの狙いは当たり、古代の遺産の複製が上手くいかない以上、人々はガズへと足を運ぶようになった。そしてその地が大陸の交易の中継点となり得る事に気が付き、利益を求めて更に人が集まる。これが、アウルーズが比較的短期間で大陸最大の交易都市とまで呼ばれるまでに発展した経緯だ。


 ......だが、アウルーズの先達は見逃していた。その特殊な地形ゆえに、大国の目が届かず犯罪の温床となり得る可能性を。そしてそれにいち早く気が付き乗り込んできた者達が抱えていた、果てしない欲望を。

 都市として発展させる過程で、もっと慎重に動いていれば違っただろう。例え時間は数倍掛かったとしても、完璧には遠く及ばなくとも、今のように業都と呼ばれるまでに至りはしなかっただろうのは確かだから。


 ——だが、それは決して、今の状況に陥れた者達が言っていい台詞ではない。


 内から沸々と湧き上がる怒りを何とか抑え込みながら、エイルはもう一度問う。


「......つまり、あなたたちは何も変えるつもりは無いのね?」


「二度も言わせる気か?」


 代表してアルヴィンが答えるが、他も同じだ。彼らの欲望はこれからも拡大し続ける。——多くのものを犠牲にしながら。


(......そう、初めから分かっていた)


 エイルとて、覚悟は決めていた。だが、彼らは想像以上のクズなのだと、改めて突き付けられる形となった。彼らへの嫌悪感は際限なく湧き上がり、もう抑えるのが難しくなっていた。


(......それに、私にどうこう言える義理は無いかも知れないわね)


 これから彼女がやろうとしていることは、ある意味では彼らの所業より質が悪い。この街の膿を出すために、都市そのもの全てを巻き込んでの大騒動を起こすのだから。そして、その被害は果たしてどうなるか。対応はとっても、少なくとも都市一部の壊滅は避けられないだろう。


(それでも、私はそれを成さないといけない)


 例え恨まれてでも、この業都を生み出した元凶の一角として。——彼らに対し、ケリをつける責任が。


「さて、それでどうするのです?ここに一人で来た以上、まさか自らを犠牲にでもするおつもりですかな?」


 エイルにそう問い掛けるガングルだったが、内心疑問を抱いていた。それは、他の三人や護衛達も同じだ。護衛も連れに一人で来るなど、彼女の立場からしたら愚の骨頂。なのにその目に諦観は無く、それどころかさらに戦意を燃やしているようにしか見えない。

 だが護衛達が他の気配を感じない以上、一人なのは間違いない。ならば、その表情は何なのか。


 ——彼らは、甘く見ていた。エイルの覚悟が、どれほどのものなのかを。


「......決まっているわ」


 静かにそう告げたエイルは、胸元からある物を取り出した。咄嗟に警戒する一同だったが、すぐにそれが危険な物でなく、通信の魔術具だと気付く。

 どこかと連絡を取るつもりか。警戒を緩めないまま成り行きを見守る彼らの目の前で、通信が繋がった。


「準備は出来たのかしら?」


 そうエイルが向こうへと話しかけ。


《——それはこちらの台詞なのだけど?》


 聞こえてきた声に、その場の全員が言いようのない悪寒に襲われた。理由は分からない。だが、その声の主は尋常の存在では無いと、彼らの本能が告げていた。


 ——それは、自分達に破滅を齎す者であると。


「—————!」


 すぐに動いたのは、なんとルニル商会の代理人。どこに隠し持っていたのか短剣を引き抜き、一息で距離を詰めてエイルにその凶刃を振るった。他の者が止める暇もなく、エイルの命は風前の灯火かと思われた。


 ——キィンッ、という高い音と共に、何もない空間に短剣が弾かれるまでは。


「——っ!」


「結界だとっ!?」


 突如現れたソレに、全員が驚きの声を上げる。この状況でエイルが何も準備もせずに姿を現すとは思っていなかったが、流石に結界があるとは思いもしていなかったのだ。代理人も驚きつつも更に複数回斬りつけるが、結界はびくともしない。

 一方のエイルは結界を余程信頼しているのか、振るわれる短剣には目もくれずに通信相手と話を続けている。


「——迎えはよろしくね」


 やがて話を終えたのか、エイルが通信の魔術具を仕舞い、結界越しにルニルの代理人へと目を向ける。


「凄いでしょう、この結界。あなたじゃ一生かかっても破れないわよ。——例え、()()を使ってもね」


「——っ!?」


 代理人は予想外の言葉に驚愕し、ばっと彼女から距離を取った。他の者達も今の言葉は気にはなったが、今はそれよりも大事なことがあるとそれを脇に避け、全員がエイルに視線を集中させる。


「......貴様、一体何をするつもりだ?」


 代表してフロズが口を開く。それは、この場の全員が思う事。何かを企んでいるのは間違いないが、何をするつもりかが見えてこない。

 エイルは椅子から立ち上がり、彼らを睥睨する。その目に宿るのは、覚悟の光。何かを為すと決めた者のみが浮かべる、皓々とした輝き。




「——ぶち壊すのよ。この業都の膿全てをね」




「「「っ!?」」」


 その言葉の詳細は掴めなくとも、とんでもない事をしようとしているのは一目瞭然で。それを止めるために彼らは動き出そうとするが。


 ——もう、手遅れなのだ。


『————————♪』


 周囲に突如響き渡る音。耳に入った瞬間に、彼らは先程以上の寒気に襲われた。それを抑え込みながら、一同はようやくそれの正体に思い至る。


 ——それは、歌。

 

 女、それも少女のように高い声で唄いあげられる、未だ嘗て聞いたことの無いくらいに美しく、しかし聞く内にまるで心臓を握られているようにすら錯覚してしまうほどに悍ましい歌だ。


「——これが、私の選択」


 エイルがその顔に決意を宿して、高らかに叫ぶ。





「私は、決してあなた達を野放しにはしない。——例え、悪夢に呑まれようとも!」






次回投稿は、10月19日となります。

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