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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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魂の罪過

 ——わたし(アリス)(有栖)の人生を一言で表すなら。《呪われている》、それしかないだろう。

 



 生まれる前からあのクソ女共によって呪いを受けたわたしは、その呪いに人生を狂わされた。それはわたしだけでなく、母やフューリも不幸にした。

 それを引き起こした原因は、イリナ夫人であり、その侍女エイミーだ。さらにはその裏ではイヴが手を回していたし、そもそもハーヴェスが母を手籠めにしたことこそが全ての始まりなのは事実。

 

 けど、こうも思ってしまう。わたしの——アリス・クラウ・ガンダルヴの生は、本当に母の命を対価にして生まれる価値を持っていたのか、と。

 もし、母があの日わたしの生でなく、自身の生を選んでいたら、もっと違う結末があったのではないか。母は死なずに済み、フューリだって奴隷になる事は無かった。父だって、たとえ結婚できなくとも母と死に別れることは無かっただろう。

 

 それに、もし呪われていなかったとしても、わたしの生は本当に『呪われて』いなかっただろうか。ハーヴェスはともかく、イリナ夫人やイヴ、ヒュンケルの行動が変わっただろうか。彼らはきっと理由は違えども、わたしや母を疎ましく思う事に変わりは無いことは容易に想像がつく。




 ——とどのつまり。呪いがあろうとなかろうと、わたしはその存在そのものが『呪われていた』、ということだろう。

  




 疫病神、両親や祖父の死後、私はそう呼ばれるようになった。大事な人を失ったうえにそんな風に呼ばれ疎まれることに私は耐えられず、荒んでいった。

 ......だけど、こうも思ってもいた。私は本当に、疫病神なのではないかと。全部、私の性じゃないのか、と。


 それでも私には祖母がいた。だからこそ、私は壊れること無く、あの地獄のような日々を耐えることが出来た。そして中学に上がって、あの環境から離れて。ようやく平穏を得られた私は、いつしかそんな考えを捨てることが出来ていた。

 ——いや、捨てられてはいなかった。ただ、忘れようとしただけで。ずっと言われ続けた言葉は、まさに呪いの様に私の奥底にこびりつき続けた。


 召喚された時、目覚めた固有スキル、〈呪詛の御手〉と〈霊魂の導き〉。これらを初めて知った時は思わず自分に対して嘲笑を零した。疫病神、死神、正にその通りのスキルじゃないか。

 ——結局、私はその名から逃れられはしないのだと、そう悟ってしまった。


 そこからの三カ月、かつてよりも激しい仕打ちに耐えられたのは幾つかの要因が重なったからに過ぎない。味方と思い込んでいたあの女や伊織の存在、程度は違えど昔の経験による慣れ、何より私自身が自分などどうなってもいいと抱いてしまっていた諦め。それらがあったから、私の心はギリギリのところで均衡を保っていた。——だけど、その胸の内に溜まっていたものは確実に増え、奥底で煮えたぎっていた。

 そしてあの遠征が行われ、親友は私を裏切り、私の処刑が決まり、——伊織が殺された。


 それが、私が抑え込んでいたものの箍を壊す引き金となった。私だけならまだ許容できた。だが、伊織がそれに巻き込まれ死に至ったことは、到底許せるものでは無かったから。




 ——その反面、私は死の間際、こうも思っていた。やはり、私は疫病神だったのだ、と。





 眼を閉じれば、それはいつでもそこにある。漆黒の闇に沈む、アリス(忌み子)有栖(疫病神)の残滓が。

 母を殺して生まれた呪われた命(アリス)

 周囲に不幸をばら撒く悍ましい者(有栖)


 それはわたしの魂に刻まれた罪。それは私が自身に抱く憎悪。



 ——死んでも消えることの無い、ワタシの業。





《——準備は出来たのかしら?》


 その声で意識が覚醒する。声の発信源は手に握られた通信の魔術具。周囲を見渡せば既に空が白み始めている。どうやら随分と長い間物思いに耽っていたようだ。


「それはこちらの台詞なのだけど。大分ここで待ったのだけど、もう仕込みは終わったのね?」


《ええ。万全——とは言えないにしても、準備は出来たわ。......覚悟も決まっているわよ》


 魔術具の向こうからエイルの声が聞こえてくる。その声は微かに震えてはいるものの、嘘をついている様子はない。

 エイルとの対談から更に数日。ようやく準備は整い、作戦決行の日となった。


《それじゃ、一旦切るわよ。第一段階が終わったら、()()()()()()()()


「分かっているわ。じゃあ、また後で」


 通信を切断し、立ち上がる。眼下に広がるのは、朝を迎えようとする業都の街並み。結界のお陰で緩和されているものの、夜の間に冷えきった風が髪を揺らす。

 ここはガズの中央、中枢区画の中で最も高い建物の屋根の上。業都全体に呪詛を広げるのに、最も向いた場所。端から端まで届けるための仕込みも終えた。


 ——エイルの指摘は正しい。ワタシの心は縛られている。わたしと私、二人の生涯で紡がれた見えない呪いは混ざり溶けあい同調し、より強固なものとなってワタシを縛り付ける。

 けど、それを解くことはワタシには出来ない。——その呪いは当然のものだと、そう思っているから。


 これは、業であり、戒めだ。ワタシという存在が、呪いそのものなど。


 そしてああ、例え皆のの願いだとしても、やはり。





 ——ワタシに幸福な未来は許されていない。





「——さぁ、始めましょうか」


 意識を切り替える。今は余計な考えは脇に置いておき、作戦に全てを掛ける。



 これより奏でるは解放の歌。業都の枷を解き放つ、狂騒の号砲。





 ——悪夢を、とくと味わいなさい。




次回投稿は10月16日となります。

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