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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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秘所での対談《後》

 一通り話し合いを終えて、今は二人でお茶をしている。流石大商会、この紅茶の質もかなり良い。あまり飲んだ記憶はないけれど、公爵邸の物と遜色ないレベルだと思う。

 そんな風に感心しているワタシに、エイルは怪訝な目を向けてくる。


「......人形なのに飲めるの?」


「ええ、問題無いわよ?」


 この人形の躰、というより霊体系の魔物は眠りだけで無く食事も必要としない。周囲の空間から魔力を吸収するだけで十分。更にいうなら、嘗て強大な魔物が暴れたタナク砂漠のような魔境は、周囲に漂う魔力の質も高いので他の場所より過ごしやすかったりする。

 ただ、嗜好品として食事を取ることは出来るし、更にこの躰の場合は摂取した物を直接魔力へと分解することも可能なので問題は無い。しかも何故か味が分かるようにもなっている。理由は分からないけど、まぁ便利だから気にしていない。ちなみに人形なので人なら効くような毒でも意味を為さない。

 そう伝えると、エイルは心底羨ましそうな顔を浮かべた。


「......便利なものね。特に不眠と毒無効とか羨ましすぎる......」


「そんなにかしら?」


「ええ。寝なくてもいいなら、仕事がどれだけ進むことか......。最近は特に忙しいから羨ましいわ、ホント。毒を気にしなくていいのも楽で良さそうよね......。ああ、羨ましい......」


 そう言いながら乾いた笑みを浮かべるエイル。どうやらここ数カ月の潜伏しながらの仕事兼レジスタンス活動はかなりキツイようだ。

 ......それにしてもそこまでキツイ仕事、か。エイルの仕事——恐らくは先代当主が彼女に託したもので、しかも彼女が表に出ないようにしてまでその存在を秘匿しなくてはいけないもの。それこそアウルーズの根幹に関わり、二人の後継ぎが若いためにエイルが代わりに管理しているだろうもの。


「......砂丘船製造の統括、それと水源の管理って言ったところかしら?」


「......はぁ、なんでそこまで分かるのかしら?というか、この都市に来て少ししか経ってないのに、よくそこまで情報を掴んだわね」


 エイルの反応からして、どうやら間違ってはいないみたい。

 アウルーズの持つ切り札、それは地下の地図だけではない。むしろこちらこそがガズの発展とアウルーズの権力を支えてきたもの。つまり、この都市における二大生命線——砂丘船と水の供給だ。


 ガズの交易の要たる砂丘船の製造はアウルーズ商会が独占している。とはいえ、船そのものは他の商会でも問題なく造れる。彼らが秘匿しているのは、ガズの遺跡から見つけた砂丘船を魔術具として成り立たせるための術式の全貌、そしてその術具核の製造方法の方だ。

 そしてもう一つ、遺跡から見つかったもの。砂漠で生きていくために太古の人類が生み出したとある魔術具——水を生み出し、それをガズ全体に広げるための仕組み。

 砦として建設されたガズの遺跡で水を確保するために作られた物。現代では再現不可能な、霊体系の魔物のように周囲の空間から魔力を吸収しそれを水へと変化させる魔術具。タナク砂漠のような魔力が満ちる魔境だからこそ運用可能な代物。それによって都市全体に水を供給している、ガズを支えるもう一つの生命線。


 この二つが、他の四商会がアウルーズ商会を超えることが出来なかった理由。この都市で生きるための生命線を握られているからに他ならない。

 ワタシは視線を机の上に向ける。そこに広げられているのは、四商会が欲している地下の全貌が記された地図。彼らがこれを欲した本当の理由、恐らくそれはその生命線を奪うためだ。

 砂丘船の造船所も水源の魔術具も、実はその存在は意外と知られている。あくまで都市伝説のような形でだけど、ここ数日でワタシは噂を何度も耳にした。しかし反対にその場所は徹底的に、それこそシアズの拠点以上に隠されてきた。噂を広げたのも恐らくは四商会で、その手掛かりを掴むための手段だったに違いない。


 それでも掴めなかったそれらの場所に辿り着くための鍵となり得る地図の実在を知り、それを欲して部下たちに探させたのだろう。

 そして、それを管理してきたのが歴代のアウルーズ商会当主やその側近たち。当代においては、それをエイルが務めている、というわけか。そのせいで表に出ずに、その存在を自ら隠している。——彼女が何かしたわけでもないのに。


 そんな考えが頭をよぎり、エイルの方をじっと見てしまう。そんなワタシに対して、エイルは困ったように苦笑する。


「気にする必要は無いわよ。この生活にも慣れたし、私を拾ってくれたアウルーズ商会の、そして義父の為だもの」


「......口に出していたかしら」


「視線が義父と似ていたのよ。言いたいことは何となく分かるわ」


 そう言うと今度は彼女がワタシに質問してきた。


「それにしても、公爵家の令嬢様がたった一人の侍女にここまで気を掛けるなんて、正直意外だったわ」


 その疑問は当然だろう。普通はそこまで侍女の一人に気を掛けるものでは無い。使用人なんてそれこそいくらでもいるのだから。——普通、ならだけど。


「......わたし(アリス)にはその《たった一人》しかいなかったもの」


 そうしてワタシはざっくりとだが、アリス(わたし)の生涯を話す。普段ならこんなことを話そうとは思わなかっただろうけど、彼女の事情を聞いたからか意外とすんなり口にすることが出来た。

 話を聞き終えたエイルは、頷きながらもどこか首を傾げている。何かおかしな話をしただろうか?


「いや、事情は分かったし、あなたにとってその侍女が大事なのも理解できたのだけど......。そもそもの話、あのオールヴが彼女を何故買ったのかしら?いくら侍女として優秀だとしても、それだけであれが彼女を買うとは思えなくて......」


 ああ、そういうこと。そういえば説明してなかったわね。


「フューリは元叔父様お抱えの密偵だもの。そこに目を付けたんじゃないかしら?」


「へぇ、密偵......。って、密偵だったの、その子!?」


 そう、フューリは叔父様——いやお父様トヴァルに仕えていた密偵だ。でなければ、誰にも見つからずにハーヴェスの部屋に忍び込み、隠されたあの日記を見つけ出すなど出来る訳がない。


「......どういう関係だったのよ、あなた達」


「それはワタシと彼女の秘密」


 そう、それはアリス(わたし)の人生において最も輝ける日々。あの灰色の人生で僅かな間鮮やかな色彩を帯びていた、二人だけの大切な日々だから。


 ——そう、だからこそ。


「ワタシはフューリを絶対に助け出さないといけないの。それが、ワタシの義務だから」


 ワタシのせいで彼女は今もこんな地で奴隷として囚われ、苦しい目に遭っている。だから、必ず助け出す。ワタシの命を掛けてでも。

 すると、エイルがやけに真剣な目つきでこちらを見つめてきた。


「......さっきから思っていたのだけど。——あなた、()()()()()()()?」


「......はい?」


 いきなり何を言うのか。ワタシのこの躰は人形の物。どこからどう見ても魔物だろうに。

 困惑するワタシに、エイルは視線をじっと向けたまま話を続ける。


「言い方が悪かったわね。確かにあなたは魔物よ——その躰は、ね。私が言っているのはその精神性に関して。霊体系の魔物はその多くが自我を失う。中にはあなたのように自我や記憶を保つものもいるみたいだけど、それも殆どが怨念や生前の妄執に囚われている」


「......それがどうかしたかしら」


 言い方に少し棘は感じたが、彼女の言葉に間違いはない。霊体系、つまり死者の成れの果てであるワタシ達はそういう存在だ。だから、ワタシは復讐を果たそうと行動としているし、生前の後悔をどうにかしたいと考えているのだから。


「怨念や妄執、憎悪......。それらはつまり、彼らが為したいこと。いわば本能、欲望とも言うべきもの。それらを解き放ち、身を任せているのが霊体。理性があっても、その奥にはそういった願望を抱えているもの。それこそ、理性を完全に維持して魔物に転生する死霊術士でもなければね」


 だけど、とエイルは言葉を続ける。


「あなたはどうなの?確かにそう言ったものを感じないとは言わないわ。だけど、利害の一致や確実性の為に機を待つことが出来るのは何でかしら?偶然生まれただけのあなたが」


「っ......」


 エイルの言葉に躰が固まる。彼女の仮説には誤りがある。ワタシは偶然生まれたとは言えない。二つの魂が出会ったのは偶然とはいえ、その融合は二人で決め、狙ってやったことだから。

 ......その筈なのに、何も言い返せない。フューリを今にすぐに助け出しに行かないのはそれが理由だと、口にしようとも言葉にならない。

 そんなワタシの変化にお構いなく、エイルの言葉は紡がれる。


「それはまだいいわ。理性が残っている以上、慎重な性格をしていると判断も出来る。・・・だけどね、私が一番気になったのはそこじゃないの」


 そこで彼女は一息つき、その言葉を口にした。


「——何で『()()()()』じゃなくて、『()()()()()()()()()』なのよ。それは『義務』じゃなくて『願望』であるべきものでしょう。それが私には自分の罪とか為すべき贖罪として刻み込んで、心を殺しているようにしか見えないのよ。——ねぇ、一体何なの。あなたをそんなに縛っているのは」


「............」


 場が沈黙に支配される。ワタシには何も言い返せなかった。エイルの言葉には、心当たりがあったから。


「......流石商人、というべきかしら。でも、商人なら取引が中止になるようなことは言わない方がいいと思うのだけど?」


 精々そう皮肉を返す事しか出来ないが、今の彼女には通じない。


「そうなのだけどね。私を心配してくれたあなたがそれ以上に何かに縛られているのを見て、黙ってられなかったのよ」


「......そう」


 まったく、お人好しなこと。これじゃ、ワタシの鎖に触れた相手なのに怒ろうにも怒れない。


「......そうね。確かにワタシは雁字搦めよ。業、とでも言うべきもののね」


 ——そう、それはワタシの、いやアリス(わたし)有栖()()。ずっとワタシを縛り続ける、決して解けぬ魂の枷。


 エイルに背を向け、その場を去るために転移の発動に入る。


「っ!?あなた......」


「安心なさい。取引を反故にしたりはしないわ」


 彼女の心配を取り除くためにそれだけ告げて、その場を去ろうとしたところで。


「——()()()


 思わず後ろを振り向きそうになる。名を呼ばれたのは初めてだったから。


「年上として一つだけアドバイス。——子供はもっと、我儘を言うものよ」


「............」


 その言葉を背に受けながら、ワタシはその場を後にした。





「......さて、アレはどこまで届いたかしら」


 一人になった部屋でエイルはそう零す。脳裏に浮かぶのは先程の少女の顔。彼女から時折垣間見える、覚悟を決めたような、それでいて苦しそうにも見える表情を。


「私じゃ、足りないかな」


 所詮知り立って日が浅い彼女では、その言葉も届きにくい。それでも彼女はアリスにそれを自覚させ、伝えるべきことを最低限は伝えた。たとえそれで作戦が破綻するとしても、あのアリスは見ていられなかったから。


「だから、後は任せましたよ」


 そこから先は、()()()の仕事。アリスの懐から感じていた不思議な気配の主と、彼女が大事に想う侍女。

 恐らくは鍵はその二つだろうと、根拠は無いがエイルは確信していた。


 今はただそれを信じるしかない。そう意識を切り替えて、彼女は仕事に戻るのだった。



次回投稿は10月13日となります。

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