秘所での対談《中》
目の前で頭を下げるエイル。魔物に強力を乞う事、ワタシへの恐怖、それらを飲み込んででも目的を達しようとする覚悟。そういったものが色々と詰まっているのは分かる......、のだけど。
「はぁ......」
ワタシの口から思わず漏れ出たのは溜息だった。
「......ちょっと、何でそこで溜息?」
予想外の反応だったのかエイルが顔を上げて抗議の視線を向けてくるが、こっちからしたら溜息の一つも付きたくなるというものだ。
「当然でしょう?今さら何言ってるのかしら。ワタシはあなた達と手を組んだ。なら、力を貸すのは当然の事なのだから」
そう、話はもう既についている。というより手を組んだからこそ、この先どうするかを話し合うために彼女の元を訪れたのに、何で話が元に戻るのか?
「あなたにも事情は色々あるし、思うところもあるんでしょう。だけど、ワタシ達の関係は利害の一致で結ばれたもの。それぞれが腹に何か抱えていようと、裏切るつもりが無いのなら気にする必要は無いわ」
「............」
それを聞いたエイルは奇妙なものを見るような視線をワタシに向けてくる。
「何か変な事言ったかしら?」
「......いや、何でもないわ」
エイルは何かを振り払うように首を横に振り、体を起こした。
「分かったわ。それでも、これだけは言わせてちょうだい。——ありがとう」
「どういたしまして」
——これが、後に奇妙な付き合いとなる、ワタシとエイルの出会いだった。
改めて、これから先の予定について話し合う事に。
まずはワタシの目的。オールヴというクソ野郎の居場所についてだ。
「それじゃ、これを見て」
そう言ってエイルが広げたのは複数枚の紙。そこに描かれているのは蟻の巣のような構造をした通路の数々。中には通路というより部屋のように広がっている場所も幾つか見受けられる。それが何なのかは、一目見ただけで理解できた。
「——ガズ地下の地図。本当に実在したのね」
「どうせ予想はしていたのでしょう?私、というよりレジスタンスがこの地図と関係あることに」
「まぁそうね。もしかしたら、とは思っていたわ」
アウルーズが後ろにいると気が付いてから薄々予想してはいた。それを確信したのは、レジスタンスがフューリの資料を見つけてきたから。アレはシアズ商会が管理するもの。つまりそれを盗み出すには奴らの拠点に侵入出来ないといけない。徹底的に隠されたそれを見つけ出すには、それこそ噂の地図でもないと不可能だろう。
「とは言っても、この地図で分かるのは構造だけ。その構造を弄れないから価値が下がることは無いけれど、地図が作られたのが数百年前である以上どこに何があるのか正確な情報は分からない。だから、拠点に関しても地図に描かれた大きな空間を虱潰しに当たるしかないし」
そう言いながらエイルはとある一点、街の南東の一か所を指さす。
「元々その拠点の場所を探っていたおかげで、数日前にやっと拠点の居場所を突きとめることに成功したわ。そこで目的の資料を期日以内に発見できたのは幸いだったわね」
でも、とエイルは顔を曇らせる。
「拠点を突きとめるまでにも犠牲は何人も出ている。ダミーとして用意された空間で襲撃された者、あえて奴隷として潜り込んだけど正体がバレた者、そんな人が何人もね」
だから、と彼女は続ける。
「どうか、彼らの努力を無駄にしないように願っているわ」
「もちろんよ」
彼らのお陰で情報は得られたのだ。この機を無駄にするつもりは無い。
「さて、本題のオールヴの居場所に関してなのだけど......」
そう言うエイルとワタシは、一斉にとある点を指さす。
「......あなたも?」
「ええ、さっきから考えていたけど、地図を見て確信したわ。恐らくここしかありえないでしょう」
情報を掴んでいないとさっき言っていたのは、絶対にそことは言い切れなかったからか。でも、地図を見たワタシ達からすれば、そこしかあり得なかった。
「これのお陰で侵入経路を分かるしね。......感謝するわ」
「構わないわよ。こっちとしても奴はどうにかする必要があったし」
さて、これでワタシの目的を達するための鍵は揃った。ここまで速く情報が手に入ったのは間違いなく彼女達のお陰だ。対価に相応しいだけの義務は果たさないとね。
「それじゃ、次はそちらの番。あなた達が求めるものは?」
とは聞くけれど、それの予想も大体ついている。
「......違法奴隷の解放。それも一か所ではなく出来るならガズ全体での一斉解放を望むわ」
「......また、随分と大胆な手に出るのね」
まあ、予想通りではあるのだけど。
「奴隷の解放を一部分で行えば、成功しようが失敗しようがそれはすぐに噂になって広がる。そうすれば、奴らはそれへの対策を取るし、レジスタンス狩りに本腰を入れ始める。そうなったら戦力が劣る私達は一巻の終わり」
だから、彼らレジスタンスが目的を達成する為の方法は一つ。
「――やるなら一発限りの大博打。危険を承知で、全員の枷を一斉に外し、大混乱を引き起こしつつ彼らを助け出すしかないの。ただ、それを行う為の手段が私達には存在しなかった、のだけれども」
そんな時に現れたのがワタシ、という訳だ。
「そういうわけで質問なのだけど。隷属の呪詛を一斉に解除する手立て、あなたにはあるのかしら」
「......無い、とは言わないわ」
方法そのものはある。けど、それにはいくつか問題がある。
「まず、どうやって業都全体に呪詛を届かせるのか。表の街なら問題はないけど、地下までとなると、今のワタシではその難易度が上がるわ」
エイルはそれを聞いて眉を顰めるが、実はこれは大した問題ではない。彼女が協力してくれれば、それは簡単に解決する。
「それ、いくつ用意できる?」
「それ?......っ!?ああ、そういう事。そうやって呪詛を広げるつもりなのね」
「ええ、それが一番確実な手段だから」
エイルもワタシが取る手段に思い至ったよう。そして、彼女の表情から察するに。
「それくらいなら幾つでも用意できるわ。ガズ最大の商会という肩書きはダテでは無いわよ」
流石はアウルーズ商会というべきか。頼もしいことこの上ない。
「じゃあ、次の問題点。ワタシの呪詛は強力だから、余程の物でなければ解除できないという事は無いわ。だからこそ浮き出てくる問題があるのだけど、それはどうするつもり?」
「——構わないわ。まとめてやってちょうだい」
エイルの答えに淀みは無い。これに関してはあらかじめ予測、いや覚悟していたのだろう。
「......いいのね?」
「それをどうにかするための準備はしているわ。賭けになる部分もあるけれど、その手段を取るメリットはあるもの」
念の為に確認を取るが、そこに動揺は見られない。本当に覚悟を決めているのだと伝わってくる。そうである以上、これ以上ワタシからとやかく言う必要は無い。
その後も意見を交換し合いながら、計画を詰めていく。
「......当日の動きに関しては大体こんなところかしら」
「ええ、そうね。......まぁ、予想外の事態も起きかねないけど」
それは確かに。この計画を実行すれば、間違いなくガズは大混乱に陥る。その中で一体何が起きるかなど、誰にも読めはしないから。
そう考えながら頷くワタシに、エイルは胡乱な視線を向けてくる。
「......あのねぇ、一番の危険因子が何を言っているのよ。正直どの勢力よりもあなた一人の動きの方がよっぽど不安の種なのだけど」
「まぁ、色々と考えてはいるわよ。でも安心なさい。あなた達の行動に迷惑を掛けるつもりは無いから」
「......心配しか無いわ」
エイルはそう言いながら大きな溜息をつくのだった。
次回投稿は10月10日になります。




