秘所での対談《前》
「......アウルーズ、ね」
転移した先にいた女——レジスタンスの支援を行っているオーナーの名を聞き、ワタシは納得しつつも疑問を抱いていた。
先程まで彼らと会っていた場所が都市北部——アウルーズ商会の管理する区域だったこともあって、裏にアウルーズ商会がいるだろうと予想はしていたし、オーナーの正体がその幹部だったことも問題ない。
......ただ、亡くなった先代当主の子は確か十一歳と七歳。それに後を継げるような親戚もいるとは聞いていない。もしそんな人物がいるならば、他の四商会に良いようにされる事も無かっただろうし。
なら、この女は一体何者なのか。
「言いたいことは分かるわ。けど、まずはこっちをどうにかしてからよ」
エイルはそう言いながら手に持った宝石——先程から騒々しい声が漏れ出てくる通信の魔術具を口元に当てる。
《オーナー、オーナーッ!?返事をしてください、おじょ......》
「ガルジ、聞こえているわよ」
魔術具から聞こえる声はガルジのもの。ワタシがここに来たことが想定外だったのか、声がかなり焦りを帯びている。......というか、正体を隠しているのにお嬢様って呼びそうになってたし。
《オーナー、ご無事ですかっ!?すぐにそちらに向かいますので......》
「大丈夫、来なくていいわ。こっちで話をつけるから」
《なりませんっ!?すぐに私が行きますので!》
エイルの言葉に耳を貸そうとしないガルジの態度に、彼女は聞かれないようにそっと溜息をつく。あの様子からして、普段から心配症というか過保護なのだろう。それでも迷惑そうにはしてないあたり、ガルジとの仲は悪くないのが見て取れる。
「問題無いわ。彼女と手を組む以上、話をつけておかないといけない事もあるし」
《......本当に大丈夫なのですか?》
なおも心配するガルジに対し、苦笑いが零れるエイル。
「ええ。それよりもあなたは準備を進めておきなさい。時間はもう無いわよ」
《......畏まりました。どうかご無事で》
「抜かりないようにね」
それを最後に通信が切れる。魔術具を横の机に置き、ふぅー、と息を吐く。
「随分と慕われているのね」
「......ありがたいことにね。うち所属の大工の出なのだけど、親子共々昔から世話になっているのよ」
そう郷愁に浸っていたエイルだったが、すぐに真剣な表情に戻り、ワタシに向き直る。
「改めて名乗らせてもらうわ。私はエイル・アウルーズ。先代アウルーズ商会当主の養子にして、後継ぎ二人の義姉。そしてアウルーズ商会の幹部でもあり、レジスタンスの支援者も行ってるわ」
「......養子?」
今の自己紹介でまず気になったのがそこ。ガズに来て十日は立つが、養子がいるなんて話は誰からも聞いたことが無かった。それに養子とはいえアウルーズの名を継いでいるなら、彼女が後継ぎになってもおかしくないだろうに。
そんな疑問から口に出た呟きに、エイルは顔を少し顰めた。
「アウルーズと名乗ってはいるけど、表に出る事が無いから幹部とはいえあまり知られてはいないの。それに商会を継ぐつもりは無いわ。義父さんに継いで欲しいと言われたことはあったし、亡くなった後は他の幹部にも代理でいいからアウルーズの名を継ぐ者が上に立つべきだとお願いもされた。けど、アウルーズ商会は歴代当主が紡いできた信頼があってここまで大きくなったの。それを拾われただけの私が継ぐのは違うでしょう。今の私の仕事は商会とあの子達——バルとゲルダを護ることよ」
その言葉に嘘は見られない。彼女にとって商会と先代当主への恩はそこまで大きいものなのだろう。バルとゲルダ——恐らくは後継ぎの二人も、彼女にとって大切なのだとその言葉から伝わってくる。
では、そんなエイルがこの状況でレジスタンスに支援をしているのは何故か。
「あなたの目的はアウルーズの復権、いや正しくは他の四商会の弱体化ないし倒産させ、アウルーズ一強の状態にする、と言ったところかしら」
「ええ、その通り。その為に数年前にレジスタンスを立ち上げさせたの」
ワタシの問いをエイルは肯定する。それも、ただ支援しているどころか彼女自身も発足に関わっているみたい。この状況を打破するために支援をした、って訳じゃないようだ。
その疑問に答えるように、エイルが話し始める。
「私にはね目的があるの。......ガズを本来の姿に戻す、というね」
——ガズの本来あるべき姿。その成り立ちからして、少しは予想がつく。
「ガズを介して各国を結ぶ、交易都市の役割。でも、その役割は失われてはいないわよね?」
ガズは業都と呼ばれ、あらゆる犯罪の温床となっている。だけど、それは本来の役割である各国の交易を結ぶ拠点としての役割が失われている、というわけでは決してない。むしろ、犯罪組織があったから交易はより盛んとなり、ここまでガズが発展したと言ってもおかしくはない。
ただ、エイルからしたらそれは違うのだろう。
「ガズはね、元々交易の都市、交都と呼ばれていたそうよ。人々が商いを介して交わる都市。それが、アウルーズ商会が目指した、ガズの形」
けど、と唇をきつく噛みしめながら彼女は続ける。
「あの四商会が来てから、ガズは大きく変わったそうよ。どんな都市でも犯罪は大なり小なり起きるものだし、それを全て防ぐ事なんて元から不可能なのは分かっている。けれど、あの四商会はそれを加速させ、ガズが犯罪の温床となる地盤を作り上げた。ガズは発展したけど、同時に業都なんて忌み名が付けられ、大陸随一の危険都市となったの」
それは、この都市を生み出したアウルーズ商会からしたら到底許せることでは無いだろう。
「それを義父さんから聞いて、私は決意したの。必ずこの都市を交都と呼ばれた頃の姿に戻して見せるって。ただ、表から動いただけじゃあの商会は揺るがない。だから......」
「その一歩目として違法に奴隷となってしまった人達を救う活動を始めた。彼らを救いつつ、四商会の力を少しでも弱め、かつ彼らの弱点を見つけるために」
エイルは私の言葉に首を縦に振る。
「とは言っても、始めの頃は細々としたことしか出来なかったけどね。彼らの権力はこのガズでは絶大で、私程度じゃどうにも出来なかったし。......だけど」
その状況が動いたのが数カ月前。——エイルの義父、アウルーズ当主の事故。
「事故というのは建前。それを起こした馬車は暴走していたというけれど、実際に目撃した者達の証言では違った。......あの馬車は明らかに義父を狙っていたの」
「御者からは話は聞けなかったのかしら?」
そう問えば、エイルの顔が憎悪で歪んだ。
「そいつは事故を起こした時に死んでるわ。しかも、その遺体からは即効性の猛毒が検出されてるの」
「......最初から、自らが死ぬを前提で貴方の義父を狙ったわけね」
「......ええ。遺体から得られた情報も無し。使われた植物性の毒は危険なものではあるけれど、希少なわけでは無い。......だけど、これだけは分かる。ここまで情報が掴めない以上、あれは御者が引き起こしたものだけど、その裏には絶対に黒幕が——恐らくは四商会のいずれかがいるとね」
淡々と語るエイルだけど、内に滾る憎悪を隠し切れてはいない。きつく握られたその拳から血が滲み、地面に滴り落ちる。
「だから私はその黒幕を見つけるために、レジスタンスを利用することにしたの。ガルジを始めとした信頼できる部下を何人も送り込み、奴隷犯罪の被害者やその遺族に声を掛けて集めて勢力を大きくした。アウルーズが傾く以上、より四商会の動きが活発になる。それと同時に抗争が起きてつけ入る隙も出来る。ならここで動くしかない、と発破を掛け彼らを動かして、その裏で義父殺しを命じた者を明らかにするために」
そう話すエイルの顔に自虐的な笑みが浮かぶ。
「違法奴隷を助けたいのは本当。その被害者家族の願いを叶えたいのも嘘では無いわ。......けど、私はどうしても義父さんを殺した奴を許せなかった。だから、私は復讐を誓った。それが彼らへの裏切りになるとしても、彼らを利用してでも目的を果たすと」
だが、その目に宿るのは強烈な光。憎悪を糧として妖しく燃える——ワタシも良く知る、復讐の焔が。
「......まぁ、好きにしたらいいと思うわ。ワタシがどうこう言えることじゃないし」
覚悟は伝わってくるけど、それをワタシに話されても。ワタシだって自分の為に動いているし、彼女の行動を批判するつもりは一切ない。自らの目的の為に他を犠牲にする、その犠牲に大小はあれど人は皆そういうものだろうに。
その言葉を聞いたエイルは小さく苦笑する。
「......そうね。まあ、少し誰かに吐き出したい気分だったのよ。こういうことを言える人は中々いないしね」
......その気持ちは分からなくはない。ワタシだって胸の内に抱える、誰にも言えない事があるから。
「それにしても......、随分と大胆なことをするわね、暗殺なんて」
それもガズ最大の商会の長を白昼堂々狙うとは、正直驚きだ。だけど、エイルからしたらそうでもないらしい。
「......ガズが発展したことで他の商会の力がます一方、アウルーズの力は少しずつ弱まっていたから。後継ぎの二人も幼いし、他の親族も数年前に亡くなってしまってもう誰もいないもの。......後関係するのは、勇者の存在かしら」
最後の言葉に躰が一瞬固まる。......まさかここでその名を聞くとは。いや、当然といえば当然なのだけど。ワタシの変化に気付いた様子は無いまま、エイルは話を続ける。
「まだ正式に発表された訳ではないけど、その筋にはその存在は知れ渡っている。勇者が召喚された以上、各国は大きく動く。それは商人だって変わらない。だからこそ、この機を狙ってガズの覇権を握る為に義父さんを殺した。それが私の考えよ」
そう言うとエイルは椅子から立ち上がって姿勢を正し、ワタシに頭を下げた。
「お願いするわ。対価は幾らでも支払う。彼らを助けるために、そして義父さんの仇をとる為にも、力を貸してほしいの。――悪夢と呼ばれる、あなたの力を」
次回投稿は10月7日となります。




