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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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路地裏の契約

「......では、ワタシはこれで失礼します」


「またお越しください。聖者の加護は、いつでもあなたのそばにありますので」


 そう別れを告げて、教会の扉が閉まる。扉が完全に閉まるのを見届けてから、ワタシはヴェールの奥で誰にも気付かれないように顔を顰めた。

 ......何が聖者の加護か。そんなもの魔物のワタシにあってたまるか。たとえあったとしても即座にクーリングオフしてやる。


 あの後はしばらく司祭と雑談を装いつつ情報を引き出していた。結果から言えば話そのものから得られた情報は少ないけど......。それでも、わざわざ訪れただけの価値はあった。後はそれを確かめるためにも......。


 そんなことを考えながら教会に背を向けて通りに出たワタシの目に、とある建物が目に入る。大きい通りを挟んだ、教会の向かい側にある建物。そこに掲げられたある商会の紋様に、覚えがあったから。


「そっか、ここ業都の西側だったわね」


 ——ルニル商会。ガズの最高権力者の一角たる商会。目の前にあったのは、その本拠地だ。

 来るときには気付いていなかった。紋様が目に入ってなかったのもそうだけど、建物が他と比べて小さかったから。


 レジスタンスと契約した後の数日で、ワタシは獲物であるスィアーチやフェニアの本拠地の確認にも行っている。流石にグラム最高位の貴族であるガンダルヴの屋敷よりは小さかったが、それでもその見た目はガズの権力者に相応しいだけの貫禄があった。......金にものを言わせた悪趣味な場所もあったけど。

 一方のルニル商会は、確かに一般の商会と比べれば圧倒的だが、昨日見た二ヵ所と比べるとこじんまりとしているように感じる。随分と簡素というか、金持ちオーラが無いというか。


 ......まあ、その周囲にある建物——治療院がその二ヵ所と同等の大きさだからかもしれないけど。


 ルニル商会が多額の資金援助を行ってる治療院——いわゆる病院は、ガズでの生命線の一つと言える。なにせ砂漠のど真ん中じゃ周囲に薬草なんて生えていないし、外から薬を手に入れるのだって一苦労。治安の悪さも相まって怪我人だって毎日のように出るし、娼館が多数ある以上性病などへの対策だって必要になる。

 それらの薬等の交易、治療院への支援などの医療関係において最もガズに貢献している商会、それがルニル商会だ。

 なのであの屋敷の小ささもそっちに力を入れすぎた結果、なのかもしれない。


 目を向けていたルニル商会から視線を外し、今度こそその場を後にする。大通りをしばらく歩いた後、横の細道へと逸れ、奥に入っていく。やがて周囲からひと気が無くなったところで足を止める。

 ......そろそろいいかな。


「——いい加減出てきたらどう?」


 そう声を掛ければ、しばらくしてから大柄な男が数人物陰から出てきた。全員が気味の悪い笑顔を浮かべながらこちらに近づいてくる。......下手だけど。


「へぇ、嬢ちゃん鋭いじゃねぇか」


「へっへっへっ......、こんなところで一人で何してんだぁ?」


 ......ああ、めんどくさい。


「ここはな、嬢ちゃんが......」


「だから、そんな大根演技いらないわよ。というか数日前に会ったばかりなのに忘れるとでも?」


 つたない演技を続ける男達にそう一喝すると、彼らは途端に口を閉じ、えらく変わって真剣な表情になる。......いや、これは緊張している?


「「「......」」」


「......何か言ったらどうなの?」


「「「............」」」


 そう声を掛けても無言のまま。というか段々額に汗が浮かんできて、顔色も青くなっている。どうしたのかと首を傾げていると。


「——いや、そりゃ緊張するだろ。元一般人の俺達からしたら、手配された魔物なんて見たこと無いんだからな」


 そう言いながら別の路地から一人の男が姿を現した。その男もワタシは見覚えがあったし、何なら彼らの中で一番会話したのは彼だろう。


「あら、リッキー。元気そうね?」


「よう、悪夢。今日は随分と変わった動きだな?」


 青年——あの日出会った案内人リッキーはワタシに一言掛けてから、未だに立ち尽くしている男達へと手を振る。男達はそこでようやく正気に戻り、リッキーと二言三言話してからそそくさとその場を立ち去っていった。


「......何だったの彼ら」


「だから言っただろう、お前にビビってたんだよ。あんな呪詛を受けて、しかも正体が魔物だって知っちまったからな。というかそれは当然だろう?」


 そういうリッキーだが、彼の目には呆れは浮かんでいてもワタシへの恐れはあまり感じられない。


「あなたは、そうじゃないみたいだけど?」


「......始めに聞いた時は俺も驚いたが、協力者に対してビビっていても仕方ないし。後、俺は他よりも話していたことで少し慣れたのもある。......それに一応個人的に恩もあるからな」


「......ん?恩?」


 ワタシの疑問に対して、リッキーは肩をすくめながらそう答えた。いや前半はともかく、個人的な恩に心当たりがないんだけど。

 彼もそれを口にするつもりは無かったのか、目があちこちに泳いでいる。


「そ、そんな事よりっ!」


「......話逸らしたわね」


「そんな事よりっ!おまえ、教会に行くなんて一体何があった?」


 先程の失言に関しては何も言うつもりは無いのか、リッキーは何とか話題を逸らそうとする。......まぁ、今はいいか。後でじっくり聞き出せば良いだけだし。

 リッキーはそんなワタシの内心を読んだかのように急に肩を抱えて震え出したが、気にしない気にしない。


「教会にはちょっとした偵察に行っただけよ。あなたたちの計画と直接関係はまだないわ」


「本当か?わざわざ俺達に尾行させておいてか?」


 ああ、流石にワタシがわざとそうしていたのには気付いていたのか。けどそれも、念の為にでしかない。


「あれは、あなたたちの気配を読ませることで護衛がいるとあの司祭に誤認させただけよ」


 おかげで、ワタシの身分が護衛のつくくらいのものではあると勘違いしてくれて、スムーズに話も進んだし。


「......教会の司祭だろ?あいつらは確かに素人で気配丸出しだけど、そこまで分かるか?」


「......うそ、知らないの?」


 ワタシがそう聞き返しても、リッキーは眉を顰めるのみ。これ、常識じゃないのかしら。


「教会のいう司祭という職には二種類の人間がいるわ。ただの司祭であるものと——教会騎士でもある者のね」


「......はぁっ!?」


 今のリッキーの話からして、もしかしなくてもこれは一般には知られていないのかもしれない。


 聖典教会には大別して二種の役職に分けることが出来る。神官職である者と、戦闘職——教会が保有する戦力である教会騎士団に所属する者に。彼らの教義が《魔物の殲滅》であるためか、はたまた聖者が魔物と戦った者であったからか、聖典教会において騎士団に所属する者は只の神官職よりも優遇され、騎士職には位に応じて神官職と同等の権限が与えられる。

 教会騎士であれば司祭と同等の、その上になる聖騎士であれば司教と同等の職権を持つことになる。騎士職の最下位——騎士見習いであっても助祭長と同格扱いされる。只の神官職が助祭長になるのに最低でも五年はかかるのに、騎士職なら騎士団の見習いになるだけでそれと同等なのだと比較すれば、その差が良く分かると思う。......まあ、騎士団に入るには別の厳しさがあるのだけど。


 ——ちなみに聖人は別格。彼らは聖痕を持つだけで現在の教会における最高位——教皇と同等の権限を持つのだから。まあ、あくまで()()()()()()()()()()、の話だが。


 話が逸れたけど、あの司祭は明らかに戦闘の心得があった。その所作や目つきからして、只の神官職というのはあり得ない。

 その情報が驚きだったのかしばらく考え込んでいたリッキーだったけど、ふと何か思い至ったのか顔をワタシに向けた。


「それより、本当にそれは俺達と関係ないのか?あの司祭が教会騎士だと知って、なお長居する危険を冒してでも話を聞いてきたんだろ?」


「それ、ねぇ......」


 ......正直なところ、関係はあるかも知れない。ただ、それには確証がない。それにワタシの目的とは重ならないから、わざわざ調べる必要もない。どうなっても構わない。


 ——だけど、もしあの場で浮かんできたとある仮説が正しいとしたら。そうなら、本当にそれをそのままにしておいても良いものかな、という思いもある。この都市でこれから起きることかもしれない事への同情、というよりはワタシにとって将来的に面倒な事になるという意味で。

 だけど、今は何としてもあの子を助け出すのが先決だし、そっちに時間を割くのもなんだしなぁ......。レジスタンスに頼んでもいいけど、関係ないかも知れないあやふやなことを頼んでも素直に呑むかどうか......。


 そんな風に考えている時だった。


「——なぁ、悪夢。俺と個人的に取引しないか?」


 リッキーが突然そんなことを口にしたのは。


「今言い淀んでたのは、俺達と関係があるか確証が持てないから。なら俺がお前の手足となって、必要な情報を集めてやる。——その代わり、俺の願いを一つ叶えて欲しい。どうだ?」


「へぇ......、あなたからそんなことを言ってくるなんてね」


 リッキーと正面から向き直る。ワタシに射すくめられて彼の顔が強張るが、それでもその目は

逸らされない。


「まさか、レジスタンスを裏切れとかいうつもりじゃないでしょうね?」


「それこそまさかだ。俺はボス達を裏切るつもりは無い。だけど、俺には何としてでも果たさないといけないことがあるんだよ。その為になら悪魔に、......いや悪夢にだって魂を売ってやるさ」


 そう宣言するリッキーの目に嘘偽りはない。どうやら、腹は決まっているらしい。



「——いいでしょう。契約成立よ。さあ言ってみなさい。あなたが、一体何を果たしたいのかを」


次回投稿は10月1日となります。


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