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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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幕間 四商会・金の亡者

 ——ガズ北東区画の中央。数々の賭博場や酒場、高級品店などが立ち並ぶそこの一角にひと際目立つ屋敷がある。

 

 外は堅固な柵で覆われ、何人もの屈強な警備が巡回している。広々とした庭は美しく整えられ、大貴族のそれと比べても遜色ない。屋敷そのものもガズで一、二を争う大豪邸であり、屋敷の主がいかに大富豪であるかをありありと示していた。

 屋敷内も外部に恥じぬ豪華絢爛さを誇っている。壁に掛けられた絵画、棚に並べられた置物、敷かれたカーペット、置かれた机や椅子を始めとしたありとあらゆる調度品。どれ一つとっても、平民どころかガズにいる商人の内大半は一生かかっても手の届かない一品ではあるが、この屋敷の主にとって、これらを買い集めることなど造作もない。


 ——何故ならこの屋敷はガズ屈指の大富豪、フェニア商会の本邸なのだから。


「それで?まだ相手は分かってねぇのか、あぁ?」


 その屋敷の最上階の一室——屋敷の主の執務室の床に、一人の男が跪いていた。後ろから屈強な男が彼を押さえつけ、彼に出来るのは僅かに頭を持ち上げる事だけだった。

 そんな男の眼前には、一本の剣が突きつけられていた。剣を持ちながら男を恫喝するのは細身の男——彼の上司。抑えつけている男より一回りは小柄ではあるが、その身から放たれる殺気だけで男がただ者でないことは明らかだった。


「今は、まだ......。ですが、すぐに......」


「それが遅ぇと言ってんだろうが、無能がっ!」


「アギッ、ギィヤァァァァァァ!?!?」


 最後まで口にする前に剣が男の眼に突き刺さり、釈明が絶叫へと変わる。剣はすぐに引き抜かれ、そこに着いた肉片を、突き刺した男が舐めとる。


「ペッ、まっず。ってうるせぇぞ!」


「おごぅっ!?あ、がぁ......」


 悲鳴を上げる男に向かって口に含んでいた肉片を吐きつけた細身の男は、その五月蠅さに顔を顰め、その顔面を蹴りつける。その一撃で男の鼻は真横に曲がり、血と歯が周囲に飛び散った。蹲る男の顔はもう原形を留めないほどに腫れあがり、潰れた片目や鼻、口からは止めどなく血が流れている。


「——グロット。いい加減にしなさい。そいつがどうなろうと知った事じゃないけど、そんな奴の血で部屋が汚されるのは我慢ならないわ」


 そんな彼らに対して、部屋の奥から声が掛けられる。

 声の主は、最奥にある執務机の横に立つ二十代半ばの女性。この街の娼婦達にも後れを取らない美人だが、蹲る男を見る視線は冷え切っている。その女にとって、男は路傍の小石程度の価値しか無いのだから、当然なのだが。

 ——ミュゼ・フェニア。フェニア商会会長の一人娘であり、その補佐を務める商会の幹部。


「すみません、お嬢。こいつがいい加減な事ばかり言うもんですか、らっ!」


「————ッ!?!?」


 グロットと呼ばれた男——フェニア商会の中でも古参かつ最も腕が立つ傭兵——は、血を舐めとった剣を腰に戻しながら男の頭を思い切り踏みつける。その勢いで男の舌が噛み千切られ、肉が飛ぶとともに再び血が噴き出る。


「おい、だからテメェの汚ぇ血で汚すなって言ってんだろうがっ!」


「いいわ、もうそれ()()()捨てるから。そんなの取っておいても仕方ないし」


 あまりの痛みに声にならない叫びを上げる男だったが、二人の会話から不穏な言葉を聞き取ってしまう。何とか弁明——命乞いをすべく口を開こうとするが、舌が無くなったせいかまともな声も出ない。


「了解しました。おい、こいつ処分だ。後、他の奴らにも伝えておけ。——まともな仕事も出来ねぇ無能は、同じ目に遭う事になるってよぉ」


「後でこの敷物の片付けもよろしく。廊下も汚さないように頼むわ」


「......はっ」


 指示を受けたグロット直属の部下は、血を流す男の顔をどこからともなく取り出した袋で覆い、体を縄で縛り上げて担ぎ上げ、部屋を後にする。処分されそうになる男はそれでも必死に声を上げようとするが、二人がソレに意識を向けることは無かった。


「——それで、だ。進展は無いのか」


 ()()を担いだ男が去り静かになった部屋に、重い声が響く。声の主は、部屋にいながら先程の騒動に目もくれていなかった最後の一人。執務机に多くの書類を並べ、豪勢な椅子に腰かける五十過ぎの厳つい男。その爛々たる眼光が二人を睨みつける。

 ——フロズ・フェニア。フェニア商会の現会長を務める、ガズの権力者の一人の問いかけに対し、グロットは頭を掻きながら答える。


「ええ、さっぱりでさぁ。——フェニアに喧嘩を売ってきた、愚か者の情報は」




 数日前に起きた、彼らの傘下が何者かに壊滅させられた事件。それが発覚してからすぐに、フェニア商会は事件の解明に動き出した。

 実際のところ、傘下の一組織が潰れた程度の事はフェニア商会にとって少しは痛手ではあっても致命的な損失ではない。組織そのものも小さかったし、その仕事の後任くらいはいくらでも用意が出来る。幸い関わっていた者の内何人かはまだ生きているし、貢ぎ物の()()()も用意は出来ている。


 だが、フェニア商会の看板に泥を塗られた以上、然るべき報復をすべく彼らは動き出した。先程の男も、その情報収集に動いていた一人だ。......成果は芳しくなかったが。

 今のところ判明しているのは、相手が相当の呪術師である事くらいだ。それがどこの手のものなのか、何故フェニアを狙ったのかなど、その出自も目的も分かっていない。その組織に攫われた者の遺族の可能性はあるが、その中にそこまでの使い手がいるとは思えない。一番あり得るのはどこぞの商会、特に今争っている四つの商会の手の者の可能性だが、そちらにも全く情報が無かった。


「うちの傭兵の中じゃ中堅クラスの実力はあった監視役も殺られ、その場の生き残りは無し。残っていた痕跡はあの趣味の良い肉花くらいでさぁ」


「趣味がいい?アレのどこが良いって言うのよ」


 グロットの言葉に、ミュゼは顔を顰める。それに対し、グロットは興奮した笑みを浮かべる。


「あの容赦のなさ、人を甚振る才能には目を見張るものがありまさぁ。もし敵じゃなければ、今すぐにでも部下に引き入れてんですがねぇ......」


 そう言いながら恍惚した表情を浮かべるグロットの姿に、ミュゼは呆れたようにため息をつく。一方のフロズは笑みの一つも浮かべずに話を続ける。


「無駄話は良い、一刻も早く見つけろ。この時期だ、不安要素は出来るだけ潰しておきたいしな」


「了解でさぁ。......フェニアに喧嘩を売ったことを、後悔させてやりますよ」


 フロズの命令を受け、今度は凄みのある笑みを浮かべ、やる気を滾らせる。それを確認したフロズは、次に自身の娘へと顔を向ける。その視線の意図を読み取ったミュゼは次の報告を始めた。


「アウルーズの()()()()も、()()()()()含め捕まってないわ。ただ、他の商会が確保したわけでは無いみたいだけど」


「それだけは幸い、か」


 今のガズでの最重要指名手配人物たる、アウルーズの跡取り二人。先代会長が亡くなったことをきっかけに内部で抗争を始めたアウルーズ商会。徐々に弱体化していく姿を虎視眈々と狙っていた他の四商会だったが、跡取りが姿を消すのは想定外だった。

 しかも姿を消してから発覚した、ガズの地下道の地図の存在。配下の間では噂程度にしか思われていないが、実のところそれは真実である。跡取りが姿を消した後にアウルーズ古参の幹部がうっかり、地図が消えていると漏らしたことで、その存在は明らかとなった。商会に潜ませていた配下からそれを知った四商会は、一斉にそれを得るべく動き出した。


 ガズの地下道。太古の魔術師達の手で創られたそれは、まさに迷宮の如く入り組みんでいる。さらに、砂漠化に対抗するための魔術の効果で崩れることは無いものの、逆に言えばそのせいで開拓することも出来ない。複雑さや道の多さも相まって詳細は明らかになっておらず、各商会が管理している道はあれど、それはほんの一角にしか過ぎない。まさに蟻の巣のごとく広がる地下道、その全貌は霧につつまれていた。


 ——そこに突如として明らかとなった、地下道の地図という爆弾。

 それを手に入れた際のメリットは計り知れない。それを活用できれば、他の商会の裏を掻きながら自由に動ける。シアズ商会の本拠のように、各商会が隠している地下拠点すら全て知ることが出来る。

 それは実質、ガズの裏を掌握したといってもいいだろう。


 それが明らかになっていなかったのは、歴代のアウルーズの会頭がそれを隠していたから。

 一体どういう意図があって隠していたかは分からないが、恐らくは他の商会が強くなりすぎた時のための切り札だったのだろう。四商会の力は既に強かったが、ガズの創始者たるアウルーズ商会には及びはしない。かの商会が長い年月で積み上げてきたコネクションとそれの基盤ともいえる砂丘船の存在は、それだけの力を齎したのだ。


 上層部が荒れて弱体化しているとはいえ、未だにその力は大きい。一番厄介なのは彼らの傘下のうち、砂丘船の製造にかかわる船大工や街の基盤を創り上げた職人たちの存在だ。彼らは長年アウルーズ商会に仕え、それを支えてきた土台そのもの。商人のように利害でなく、長い年月をかけて積み上げたアウルーズへの忠義と信頼、恩義で動く者達。

 その結束は固く、上が内部抗争をしていようとその強固な砦はビクともしない。砂丘船の製造法は完全に秘匿され、造船所の扉はよそ者どころかアウルーズ商会の者でも信頼が無ければ開きはしない。

 武力でどうにかしようにも、船大工というだけあって鍛えられているので、チンピラ程度ではどうにもならない。それ以上の戦力を動かそうとすれば、今度はアウルーズの上層部が動くため手を出せない。内部抗争で忙しいはずなのだが、自分達の力の源が砂丘船とそれを作る職人達であると分かっているからか、彼らに介入する者達に対しては一致団結して対処してくるのだ。むしろ、その力が失われないように権力抗争には巻き込まないようにしている節すらある。


 ゆえにアウルーズの頭は揺らいでいても、その土台は未だに健全。四商会がアウルーズの権力を奪いきれない理由の一つは、その土台の堅牢さにあった。

 だからこそ切り札となり得る地図、そして後継者という弱みを求めて、今四商会は躍起になっている。


 だが、その足取りは未だに掴めない。まるで煙のように姿を消し、目撃情報すらない。


「......跡取りどもと言い、襲撃犯と言い、隠れるのが上手い奴らだ」


 フロズは忌々し気にそう吐き捨てる。


「最近じゃ、奴隷を解放しようとコソコソ動いている連中もいるみたいだしね」


「ゴミ共は放っておけ。どうせ大したことなど出来はしない」


 レジスタンスなどと名乗っているが、フロズは彼らを気にも留めていなかった。所詮は力なき者共の寄せ集め。警戒する価値すらないと、そう見切りをつけていた。


「いいか、なんとしても襲撃者と跡取り、どちらも見つけ出せ。俺は敵対者に容赦はしない。そして、ガズは俺のものだ。分かってるな?」


「当たり前でさぁ」


「私達のもの、でしょ?当然に決まっているじゃない」


 その場に響くフロズの言葉に、グロットは狂気を宿した笑みを浮かべ、ミュゼは文句を垂れながらも妖しい微笑を浮かべるのだった。




次回投稿は9月22日となります。

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