表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
52/124

契約と対価

 宵の口の路地裏。夜でも騒がしいガズの中では珍しく静まり返ったその場所で、ワタシとレジスタンスのオーナーとの会話が始まった。


「ええ、こちらこそよろしく。......それにしても、通信の魔術具なんて初めて見た」


 それの存在自体は知っていた。——通信の魔術具。対となる術具核を空間魔術でリンクさせ、それを通じて空間を超えて声のやり取りを可能にするというもの。まあ、いわゆる携帯電話に近い。希少性も相当高いと聞くけど、まさかレジスタンスが持っているとは思ってなかった。


《あらそう?()()()()()なら、持っててもおかしくは無いでしょう?》


「——へぇ」


 代表の男の反応から予測はしていたけど、レジスタンスにまでワタシの正体を知られているなんて。もうそこまで手配書が広まっているのとは。けど他の者達の表情から察するに、それを知っているのはこの場にはもういなそう。あくまで上の人間だけが知っていることなのかもしれない。


《一つアドバイスよ。せめて変装するなら顔もどうにかしなさい。その美貌で目立たないわけないでしょう?》 


「そう、忠告どうも。考慮しておくわ」


 一応礼は言っておく。......あの地下でも考えていたことだけど、やっぱりそっちも誤魔化した方がいいみたい。正直、美貌云々は良く分からないんだけど。いや、まあ整っているのは分からなくはないんだけど、自分自身のだとあまりそこら辺の自覚が薄いというか何というか......。

 まあ、今はそんな事よりも。


「それで、そのオーナーさんは一体どうしたいのかしら?」


 先程までならともかく、既に魔物と知られてしまっているのでは厳しいかな、なんて考えていたのだけど。


《......そうね、貴方を試させてもらえないかしら?》


「......試す?」


《そうよ。貴方にはこちらの依頼を一つこなしてほしいの。それを見てから、手を組むか判断させてもらえないかしら》


 ......本気なのか、この声の主は。ワタシがいうのもなんだけど、よりにもよって魔物と手を組むつもりとは。周囲の者達もオーナーの答えに驚愕の表情を浮かべている。彼らはワタシを魔物と知らないが、だとしても得体のしれない相手と協力関係を結ぼうとすることが信じられないのだろう。


「......ワタシが何なのか知った上で、手を組むつもり?」


《ええ、もちろん。貴方が何者であろうと、少なくとも奴らよりはよっぽど信用できると思ってるわ。後は、貴方が噂通りの力があるのかどうか。それさえ知れれば問題無いの》


 ......なるほど。確かに、彼らからすれば戦力になり、かつ裏切らないなら魔物でも問題無いと。むしろ魔物であるからこそ信用できる、というのもあるのかも。

 魔物と知っているわけではないけど、得体のしれない相手と手を組むことに納得のいかない表情を浮かべている者は多い。けど、オーナーの決定に声を上げて反対する者は一人もいない。どうやら、その人物は彼らにとって相当重要な人物みたい。まあ、彼らの後ろ盾そのものらしいし当然か。


 うん、事情は理解した。——けどね。


『——随分と舐められたものね、まったく』


 先程以上の殺気と、今度は呪詛も乗せた声を放つ。周囲の者達もそれを受けて崩れ落ちるが、今度は声を発する事すら出来ない。かろうじて耐えているのはガルジくらいか。けどその彼も膝をつき、額に大粒の汗を浮かべている。

 そして、それは通信の魔術具の向こうにいる声だろうと変わらない。


《なん、ですって......》


『へえ、話せるの。実力、もしくは高性能な解呪の魔術具かしら?』


 恐らくは後者だろう。彼らの上にいるのは商人だろうし、そこまで実力があるとは考えにくい。


「っ言霊、か......。それに、魔術具越しでも、だと......」


『そんなに驚くこと?むしろ、その危険性に気づいていなかったの?』


 この世界での通信技術は電話に似てはいても、仕組みが全く違う。空間属性を用いて、対の術具にパスを繋いで声を遠くに届けるもの。言うなれば、対象を声に限定して、魔術で転移させているということ。ならば、それは電話のように機械で再現した声では無く、れっきとした本人の声そのもの。声に乗せた呪詛だって、向こうに届くのは当然なのだ。


《......何が、気に喰わないのかしら。先程までは、話を、聞いていたじゃない......》


「ええ、そうね。でもそれは『ワタシと手を組むかどうか』という話だったから。それは貴方達が決める事だったから口を挟まなかっただけ」


 偶然あの場でリッキーと遭遇して、彼らが使えそうだから提案をしただけ。協力関係になるなら進んでそうなってもらった方がやり易いと思いはしたけど、どちらでも良かったから判断は彼らに任せた。彼らが断ったとしてもワタシのやることに変わりは無いのだから。


 ——ただ、そこから先は話が別だ。


『確かに協力関係とは言ったわよ。けど、ワタシは貴方達の下についたわけじゃないの。勘違いしない事ね。——貴方達程度、いつでもどうにでも出来るのだから』


 彼らがワタシを利用しようと思う事は別に構わない。元々こっちだってそのつもりだし。だけど、こちらを試すという言葉からして、このオーナーは明らかにこっちを下に見ていた。利用は許すが、一方的に使い潰されるつもりは毛頭ない。


『こちらも忠告しておくわよ。あくまでワタシと貴方達の関係は利害関係。何かしてほしいなら、それにふさわしい態度と対価を示しなさい。例えそう言う事を気にしなくてもいい程の()()だろうと、商人ならそれは当然の事でしょう?』


《っ!?くっ......》


 うん、今の反応でオーナーの正体は大体分かった。聞いていた()()との差は気になるけど、たぶん間違ってはいないだろう。


《......分かったわ。奴隷解放運動の支援者を代表して、貴方に協力を求めます。対価に関しては、貴方の欲しいものを支払う。これでいいかしら》


『ええ、それでいいわ。ああ、いい加減このままという訳にはいかないわね』


 これで協力関係は成立したし、そろそろ解いてあげましょうか。ああ、折角だしサービスはしておこうかな。声を元に戻し、それと同時に周囲の呪詛を()()()()


「体が、動く......」


「何なんだ、アイツは......」


 そんな声を上げながら、呪詛を受けて倒れていた者達が立ち上がり始める。その目には警戒心以上に恐怖が宿って見える。......やりすぎたかな?まあ、下に見られるよりはいいか。


「......お前、本当に何者だよ」


 隣で倒れていたリッキーが、他よりも少し遅れて立ち上がりながらこちらを睨み付けてくる。彼はワタシにかなり近かったことで呪詛の影響が大きかった為か、まだ体がふらついている。今更ワタシの正体をただの呪術師で無いと訝しんているようだけど、それに素直に答える義理は無い。


「貴方達の上に聞きなさい。それよりも......」


「あ、あああああぁっ!?嘘だろっ!?」


 ワタシの言葉を遮るように、後ろから叫び声が響き渡る。ああ、ようやく気が付いたらしい。叫び声に反応して一斉にそちらを振り向いた者達の目に、その光景が映る。

 驚きのあまり叫ぶ男と、——その両手に握られた、外れた隷属の魔術具が。


「うそ、だろ。本当に、あれを外せるのかよ......」


「こんな、事が、ありえるのか......」


 彼らの中には隷属の魔術具を付けていた者達が何人かいたので、拘束を解くついでにそちらも解除したのだ。彼らにとって奴隷を縛り付ける魔術があっさり外された、その光景が信じられないのか皆呆然としている。リッキーも口をあんぐりと開けているし、彼らの中で一番の実力者であるガルジでさえ目を見開いている。

 彼らにとって隷属の魔術具というのはそれだけ忌々しく、そして厄介な存在だったのだろう。


「あれくらいでそこまで驚かれても、ねぇ......」


 まあワタシからしたら当たり前の事。あれらを作った術師に後れを取るつもりは無いし、そもそも魔法と魔術ではその出力が違うから、これぐらい出来て当然なのだけど。


《本当に、あの魔術具を......》


 オーナーもこれには驚いたみたいで、魔術具越しに呆然とした声が聞こえてくる。


「どうせ、さっき言ってた試しは()()だったんでしょう?こんなの訳ないわ」


 この声の主は最初からワタシと手を組むつもりだった。なら、その試しもあの場で出来て、他の者達にその能力と有用性が伝わるものを行うつもりだったはず。その中でも一番わかりやすいのは、間違いなくあの魔術具の解呪だろうと予想はつく。

 とはいえ、オーナーにしても本当にそれを解呪できるかは半信半疑だったから、このような反応をしているんだろうけど。


《......ええ、感謝するわ。それで、対価は何かしら?》


 オーナーは未だに解呪の衝撃が残っているようだけど、呆然としながらもさっきの話は忘れてはいなかったらしい。ただし周囲の者達は違ったらしく、その言葉に一斉にハッとなってこちらに視線を向けてくる。何を対価に支払わされるか、途端に不安になったのだろう。

 けど、そこまで心配することは無い。ワタシが求める対価は最初から決まっている。その為に、彼らと手を組んだのだから。


「——シアズ商会に買われたある人物の情報。まだシアズの手元にいるのか、それともどこかの商会に買われたのか。買われたなら、その先でどう扱いを受けているか。それらの情報を探しなさい」


 そう言いながら手元に彼女が売られた際の契約書類を取り出す。幾つかの呪詛を掛けた後で、それをガルジへと渡す。


「詳細はこれを。言っておくけど、無くしたらただじゃ置かないわよ?」


「......了解した」


 ガルジは恐る恐る書類を受け取り、それを確認していく。こちらに聞き取られないようにオーナーと通信越しに相談し、しばらくして結論づいたらしく顔が上がった。


《......この資料があっても、流石にすぐにとはいかないわ。一週間、時間を頂いてもいいかしら》


「......はぁ、仕方ないわね」


 本当はもう少し早く調べて欲しいところだけど、シアズの情報が徹底して隠されている以上、背に腹は代えられない。


「それじゃ一週間後、この時間にまたここに来るわ。よろしく頼んだわよ」


《......ええ、もちろん。けどその間あなたはどうするつもりなの?》


 そう聞かれるのも当然か。依頼は果たすにしても、ワタシみたいないつ爆発するか分からない爆弾のような存在を野放しにしておくのも怖いのだろう。けど、ワタシだって下手に騒ぎを起こすつもりは無い。


「安心なさいな。少し他に調べておきたいことがあるのと——その日の為に牙を研いでおくだけよ」


 ひとまず、これで用事は済んだ。今日のところはこれで去るとしよう。ああ、最後に一言だけ言っておこう。


「それじゃ、しっかりやりなさいな、——()()()()


 それだけ告げて、ワタシはその場を立ち去った。





《まったく、とんでもないものを引き寄せたわね、あなた》


「......すみません」


 アリスが去った路地裏。彼女がいなくなったことでようやく一息つけた一行だったが、すぐに非難の視線が事の発端——彼女を連れてきたリッキーへと向けられる。それでも彼を睨むだけに留まっているのは、アリスという存在の異質さゆえだろう。


《構わないわ。アレ——悪夢と手配される魔物相手じゃ仕方無い。むしろ、ここで手を組めたのは

大きいわ。......まぁ、同じくらいリスクもあるのだけど》


「はい......、はいっ!?魔物って言いました、今!?」


 あっさり告げられた事実にリッキーは驚愕の声を上げる。アリスの正体に気付いていなかった他の者達も、あまりの事に驚きすぎて二の句が継げずにいた。


「......これを見ろ」


 ガルジが懐からアリスの手配書を取り出し、一堂に見せる。彼らは一斉にそれに群がり、そこに書かれた文章に頬を引きつらせる。アリスが一体何なのかを、ようやく理解したために。


「......良かったんですか。魔物と手を組むなんて......」


《それでも、私達の敵よりはよっぽど信用できるわ。......色々危険なのは承知している。けど今は戦力が足りない。それに彼女の能力は、私達にとって有益すぎる。リスクを呑んででも、手を組むだけの価値はあるわ》


「......分かりました。今はオーナーを信じます」


 各々思う事はあれど、彼らはオーナーの決定に従う。それだけ彼らにとって、オーナーという人物とそれへの信頼は大きいモノであるから。

 ただ、自分の連れてきた者の正体を知ったリッキーは、未だに顔を曇らせている。そんな彼の肩を、ガルジは気合を入れるように力一杯叩く。


「あだっ!?ガ、ガルジさん......」


「......リッキー。引き続きイングの方を頼む。それと、負い目を感じてるなら後は仕事で返

せ。いいな」


「っは、はいっ!」


 リッキーはその言葉にはっと顔を上げ、失態を挽回すべく決意を新たにする。


《さて、皆手間を取らせたわね。今日は解散としましょう》


 オーナーのその一言で、ようやく終わったとほっと一息ついて彼らはそれぞれの持ち場に帰っていく。残ったのはガルジと彼直属の部下——アリスへの対価となる情報収集を行う者が数人。


「お前達は急ぎ、情報収集を任せる。出来るだけ早く頼むぞ。くれぐれも手は抜くなよ」


 指示を受けた者達は無言で頷き、素早くその場を去ってゆく。最後に一人残されたガルジは、周囲に誰もいないのを確認したうえで、魔術具越しに話しかけた。


「......()()()


《分かっているわ。最後の一言。間違いなく()()()()()()()()


「くれぐれもお気を付けください。アレは......」


《ええ、理解はしている。けど彼女の存在はこの状況に風穴を開けてくれる。そうすれば、()()()()も......》


「......どうか無茶だけは為さらぬように」


《それはこちらの台詞よ、ガルジ。ここからが正念場。気を引き締めなさい》


「......もちろんです、オーナー」


 二人にしか分からない会話を終えたガルジは通信の魔術具を仕舞い、路地裏から立ち去っていった。




 ——こうして、悪夢とレジスタンスとの間に契約が結ばれる事となった。——だがこれが、()()()()()()()()()を引き起こすきっかけとなる事を、今は誰も知りはしないのだった。


次回投稿は9月19日となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ