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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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路地裏の潜伏者達

 レジスタンス——いわゆる権力者などへの抵抗運動とは、いつの時代も、そしてどの世界でもあるもので。この業都にもそういう活動組織は存在している。......当然ね。こんな闇の深い都市で反感を持たない人間がいないわけが無いのだから。


 彼らの一番の目的は理不尽に囚われる事となった違法奴隷達の解放。ガズに潜む闇はそれだけじゃないけど、彼らが一番どうにかしたいと考えているのはそれについてだ。

 構成員は身内を違法奴隷として連れ去られた者や、運よく囚われの身から逃げ出すことが出来た者、中には隷属の魔術具で縛られているにも関わらず危険を承知で協力している者もいるのだとか。協力者については明言しなかったものの、同じように違法奴隷商売の被害者となった商会が資金援助しているらしい。


「......思っていたより、規模が大きいわね」


 イング商会からばれないように抜けだした後、以上の説明を拠点に移動しがてら彼——レジスタンス所属の男から聞いて抱いた第一印象はそれだった。

 彼らの活動内容も、そういう行動を起こすに至った経緯も理解できるけど、まさかそこまでの規模を持つとは思っていなかったから。......これは、もしかすると相当の大物が背後にいるのかもしれない。手を貸しそうな心当たりも幾つかあるし。


 それにしても、随分と時間の掛かる事。彼の足取りには戸惑いは無いけど、やたらと遠回りが多いし、やけに入り組んだ道に入っていくこともしばしば。時には地下に潜ったり、これ道じゃないよねとしか思えない場所を通ることも。

 恐らくは、拠点の一つでしかないとはいえまだ協力関係に無いワタシを警戒してのものなのだろう。うん、対応としては間違っていないのだけど......。


「......」


「ん、どうした?」


 ワタシがなんとも言えない気まずい雰囲気を纏っていることに疑問を抱いたのか、男がこちらへと振り向きながら首を傾げる。

 ......でも、言えるわけがない。ワタシは空間魔法が使えて、空間感知能力も高いからその行動が無意味だなんて。......まあ、わざわざこっちの手札を見せる必要も無いし、別にいいか。


「何でも無いわ」


「?そうか?」


 結局ワタシにはそう返すしかない。まあ、もしかしたらワタシ達を尾行している者がいるかもしれないし、それへの対策にはなると考えていいだろう、うん。


 しばらく歩き続け、ようやく目的地に近づいてきたらしい。先程の場所からは、大体北西の方向。となると......。

 そう考えこんでいると、周囲からこちらに近づいてくる気配を幾つも感じた。どうやら、拠点に辿り着く前にお迎えが来たみたいだ。

 少し遅れて男もその気配に気が付いたのか、その足が止まる。


 やがて建物の物陰から、数十人程の集団が現れる。いや、出てきていないだけで周囲の路地裏や屋根にも幾つも潜んでいる気配がある。ワタシは表情には出さないようにしつつ臨戦態勢に移るが、案内役の男の方は緊張してはいるものの敵意は抱いていない。この態度から察するに、やはり彼のお仲間なのだろう。

 対して集団の方はと言うと、警戒心丸出しでこちらを——というか主にワタシを睨みつけている。まあ、こんなドレス着ているのなんて普通は貴族くらいだろうし、彼らがそうなるのも当然だけど。......けど、隠れている連中はもう少し気配を隠した方がいいと思う。いくら何でもバレバレ過ぎる。


 その集団の中から一人の男が進み出てきた。齢は四十くらいだろうか。引き締まった肉体を持ち、腰に剣を刺している。たぶんだけど、ワタシと戦ったあの護衛ともいい戦いが出来るくらいには強そうだ。

 ......まあ、結局はそれくらいでしか無いのだけど。他の者達も彼より強そうなのはいないし、これは単純な戦力としてはいささか頼りないかもしれない。そう内心で彼らの戦力を評価しつつ、彼らの動向を待つことにする。たとえワタシが後手で動いたとしても、彼ら程度ならどうとでも出来るし。


「......リッキー、これはどういう事だ?」


「ボス、これには訳が......」


 進み出てきた彼らの代表らしい男は、ワタシを案内した男へと詰問し始める。それとこの案内役の人、リッキーというのか。名前聞き忘れてから知らなかった。


「部外者、それも貴族の小娘を連れてくるとは、どういうつもりだ。まさか、奴らの側に回ったわけじゃあるまいな?」


「そんなわけないでしょう!?俺が何故この活動に従事しているか、貴方だってご存じのはずです!」


「なら、納得のいく説明を求める。でなければ......」


 代表の男は声すら荒げていないけど、今にも剣を抜きそうな雰囲気だ。案内役の青年、リッキーは事情を話そうとしているものの、彼と周囲の者達の殺気や視線に気圧されている。

 ......仕方ない。ワタシも介入するとしよう。


「まずはその殺気を納めたらどうかしら?それじゃ話に......」


 ワタシがそう口にした瞬間、代表の男が私へと殺気を放ってきた。


「黙れ小娘。貴様なんぞに付き合うつもりは......」


『——まったく。話を聞けって言っているでしょう?』


 なのでこちらも殺気で返す。男よりも何十倍も濃密なモノを、彼ら全員に向けて。


「ヒィィィッ!?」


「ウグゥゥゥッ!?」


 殺気を受けた彼らはそれに耐えきれず、一斉に地に倒れこむ。ああ、呪詛は使っていない。これに使う必要性は今のところ感じないし、隷属の呪詛という彼らにとって忌まわしい物を想像させてより面倒な事になったら敵わないし。


「ぐっ、まさか、ここまで......」


 唯一倒れていないのは代表の男を入れて数人くらい。それも立ったまま耐えているのは代表の男だけで、それ以外は何とか膝が崩れそうになるのを防ぐしかない有様。代表の男も目の前の光景が信じられないのか、こちらに対し畏怖の視線を向けてくる。

 それにしても、この反応はもしかすると......。


「おい、お前何をっ!?」


 唯一殺気の影響を受けていない、というかワタシが対象としなかったリッキーが抗議の声を上げるが、そんなの知ったことでは無い。


「仕方無いじゃない。話をまともに聞こうともしないんだから。いいから、早く説明なさい。これでようやく聞く姿勢にはなったんだし」


「あ、ああ......」


 ワタシにそう言われて目的を思い出したのか、リッキーは戸惑いつつも説明を始めた。ワタシと出会った経緯、そしてワタシの目的とその為に協力したいという提案を。

 案の定、周りの者達は警戒を崩そうとはしない。むしろ、ワタシが呪術を扱えると聞いてより一層警戒を強めた者も何人もいる。......正しくは呪詛魔法なんだけど、それ言ったら余計に混乱するだけだし口は挟まないでおく。

 そんな態度を取りつつも彼らが何も口に出さないのは、先程のワタシの影響だろう。殺気を放ったのは少しの間だけとはいえ、あれに気圧されてしまったからか何も口を出せなくなったいるみたい。


 話を聞き終えたのだが、しばらくは誰もが黙りこくってしまい、場に静寂が広がる。緊張に包まれる中、ようやく代表の男がその口を開いた。


「......話は分かった。だがそれを信用できる保証はどこにもないだろう?なのに、何故いきなりこいつをここに連れてきた?それにこいつが敵である可能性は考えなかったか?考えが浅すぎる」


 その言葉に同調するように、周囲の者達の視線の圧が高まる。それでも何も言って来ないのは、先程のワタシの殺気があったからだろう。

 一方のリッキーはそんな圧に屈することなく、彼の意見を主張し始めた。


「これしか、方法が無かったんですよ」


「......何?」


 彼の言葉に、首を傾げる代表の男。リッキーの言葉がその路地裏に響く。


「......今まで存在すら知らなかった、凄腕の呪術師。こいつと会って、話して、ピンと来たんです。——数日前に起きたフェニア商会の傘下を襲撃。それの犯人と目される謎の呪術師は、こいつなんじゃないかと」


「へぇ......」


「......」


 正直驚いた。まさか、それに思い至っているなんて。それと、あの事件は思ったより知られているらしい。てっきりフェニア商会が徹底して隠すものとばかり思っていたのだけど、それよりも犯人探しに精を出しているのかも知れない。

 一方、それを聞いた彼の仲間達は絶句している。まあ、こんななりの少女がそんな事が出来ると信じられないのも当然かもしれないけど。

 けど、その内何人かは表情を崩さずこちらをじっと見つめてくる。無論、代表の男もその一人。あの様子からすると、少なくとも彼らはその可能性には気付いていたのだろう。


「ならばこいつはあいつらの、少なくともフェニアの敵ではあります。それにイング商会に忍び込んでいたこと、そしてその目的が本当ならスィアーチも敵という事。なら俺らと手を組むという話には、十分に信憑性がある」


「......だからといって、いきなり手を組む必要は無いだろう。まずは返事を保留して、俺達で相談してから手を組む方法もあった。なのに、何故だ?」


 代表の男はそうリッキーに問う。その目には先程まで宿っていた殺気はもう無い。


「......それじゃ、遅いんですよ」


 そう話を続けながらリッキーはワタシに視線を向ける。


「もしあの場で即答していなければ、こいつは俺達と手を組むことを諦めたと思います。そうしたら、こいつはきっと目的を達するために行動を続けて、もっと大きな騒動を起こすでしょう。そしてそれは俺達が予想もしない方法で、下手したら致命的な形で引き起こされかねない。そうなるくらいなら、危険を承知でも手を組む方がよっぽど良い。......それに最悪の場合、下手な答えを返したせいでこいつを敵に回しかねない。それだけは避けたかったので」


 リッキーはそこまで話したところで口を閉じた。これが、彼がワタシをここまで連れてきた理由というわけだ。

 概ね間違ってはいないだろう。確かにもし彼らと手を組まないとしても、ワタシのやることに変わりは無いし、彼らの事情を考慮する理由も無い。あくまで表沙汰にならないように、それでいて素早く動くための駒が手に入るならそれも良いか、と思っただけ。彼らを敵に回そうが、大したことは無いのはもう分かったし。


 でも彼の仲間が言う通り、リッキー青年の行動に問題が無いわけじゃない。いくら手を組むと言っても、いきなり拠点の一つに得体のしれない者を連れてくるのは問題だ。それに、もしワタシの目的が彼ら全員に隷属の呪詛を掛ける事だったら、彼の行動は組織の崩壊を招きかねないのだし。......当の本人であるワタシがそれを言うのもなんなのだけど。


「......うぅむ」


 そこら辺の事も全て分かっているであろう代表の男は、どうすべきか考えこんでしまう。周囲の者達はそれをじっと待つしかない。......本当は、ワタシやリッキーに色々言いたいというのが丸わかりだけど。

 しばらく沈黙が続く中、いい加減待ちくたびれたワタシが口を開こうとした、その時だった。


《——ガルジ、私が話をするわ》


 どこか無機質さというか、人らしくない声がその場に響く。その声の発生源は、代表の男が首から下げている宝石。


「......オーナー。よろしいのですか」


 ガルジと呼ばれた代表の男がその声に問いかける。困惑が見て取れるあたり、どうやら声の主が割って入るとは思っても見なかったようだ。


《ええ、ここは私が話すのが礼儀でしょう》


「......分かりました」


 渋々と言った感じで頷いたガルジは、宝石を首から外し、手の上に乗せた。


《初めまして、呪術師さん。ワタシはこのレジスタンスの支援者の代表を務めている者。皆からはオーナーと呼ばれているわ。よろしくね?》


次回投稿は9月16日となります。

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