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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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牢獄に潜む男

 ——認識阻害の呪詛。ワタシが最近多用している呪詛の一つで、相手の五感に作用して正しい認識を持たせないというもの。見た目を誤魔化して魔物と気付かせないようにしたり、偽物の割符を正しい物と勘違いさせたり、そして自分の存在を居ないようにすることも出来る。


 ——だから、こういう時には非常に便利。


 今ワタシがいるのは先程案内されたイング商会の地下。周りにはもちろんこの場を管理する者達が何人も巡回しているけど、誰もワタシに気付きはしない。認識阻害によって、ワタシがここにいることを認識できないようになっているから。

 ちなみに、街中で使う時は『人はいるけど、気に止まることは無い』という風に自身の存在を周囲に溶け込ませるようにしている。対してこういった場所では『その場の一部と誤認させる』といった風にその効果を高めている。道端に転がる石を誰も気にも留めないように、ワタシの存在を認識出来ないようにしている訳だ。

 こういう風に応用が利くため、ワタシも街中(魔物になってから入った街なんて殆どないけど)では重宝している。

 

 この商会の正体——シアズ商会に繋がっている盗賊の隠れ蓑だということに気付けたのは、本当にただの偶然だった。例の組織の拠点で見つけた書類が無ければまず気付けなかったに違いない。

 数日前、フェニアの倉庫区画で抱いた違和感の正体。それはこの商会の紋を以前に見たことがあったから。——装飾品を扱っているはずの商会の紋を、ガズに来る際に乗った砂丘船の内部で。あの時見つけた奴隷の資料には、確かにこの商会の紋が押されていた。

 ——それこそがイング商会が奴隷商売に深く関わっている証拠であり、しかもその事実を隠匿しないといけない程スィアーチにとって重要な者達である証でもあった。

 

 いや、まさかそんな偶然があるなんて思っても見なかった。要はあの船に乗ってればシアズ商会の手掛かりを得られたのだから、灯台下暗しとはこういうことを言うのだろう。だからと言って、今までのガズでの行動が無駄無意味とは全く思ってはいないけど。

 この事実に気付くきっかけをくれた大活躍のイオには、ガズに流れてくる各地の名産品をたらふく御馳走してあげた。

 

 そういう訳でこうしてイング商会に客として潜入したワタシは、こうして次の手掛かりを掴むことに成功した。あの商会長には面会時にこっそり呪詛を掛けて、気付かれないようにその心の内を聞き出していた。それによって、ここが間違いなくシアズと繋がっているという事を聞きだすことも出来た。

 ただし、まだ辿り着いたわけじゃない。あくまで本命はシアズ商会、そしてもしもう売られてしまっていればその取引相手の情報も必要になる。シアズの拠点の位置まではあの男も知らされていないようで聞き出せなかったし。

 ここまで徹底しているかあたり、シアズがスィアーチにとってどれだけ重要視されているかがよく分かる。見つけられないこちらからすれば腹立たしいのだが。


 強引な手に出る事も出来たけど、未だその拠点位置が掴めていない状態で騒動を起こせば、彼らに余計な警戒心を抱かせてしまうことになる。だからこそ、こうして潜入という手段を取ることにしたわけ。一度客として入ったことで、地下の警備の厳重さも確かめられた。この程度の人員なら、仮にバレたとしても対処は可能だ。

 ......まあ、気になる事はあったけど。

 

 ちなみに呪詛で色々誤魔化してはいたけれど、払ったお金だけは本物。白金貨は日本円で換算するなら一枚約五十万くらいするから結構な出費なのだけど、後で金が無いと違和感を抱かせるわけにはいかないし、後はワタシに対して油断を誘うためにもあれくらいは支払っておいた。お金なら宝物庫から散々持ち出してきたから問題は無い。......そもそも、ワタシ魔物だけど。

 



 さて、改めて地下に来たわけだけど、どこから調べようか。さっきの案内で地下の一部は見せてもらった。後見ていないのはワタシが入ってきた入り口付近の大扉、奥にある扉の向こう側、それと警備の男達の待機所くらいかな。

 入り口付近の扉は港に繋がるものだろう。ここが秘密裏な奴隷商である以上、港からここに奴隷を運ぶのは地下通路を使うはずだし。奥の扉の方には、恐らくワタシに見せられなかった奴隷——シアズに渡される予定の者達がいると思う。待機所は......、期待するだけ無駄かな。どうせあの商会長以上の情報を知りはしないだろう。


 だからまずは奥の扉の調査。それと、例の気になる点の確認といこう。


 奥の扉へと向かいつつ、横に並ぶ牢屋に目を向ける。それにしても、よくここまで人を攫って来れたものだ。人数もそうだけど、驚くべきはその種族の多さ。どうやって人里にほとんど姿を現さないエルフなんか攫って来れたのか、その手腕には正直驚かされる。


 そうやって観察しているとある牢屋が目に入る。先程商会長に目を付けられそうになっていた奴隷の少女——あの砂丘船で話した女の子が囚われている場所が。

 あの子が声を上げた時には、正直少し焦った。あの様子からしてワタシの事を覚えていたのだろうけど、服装があれだけ違うのに気付かれるとは全く想定してなかったから。いや、あの様子からして気付いたというより既視感を抱いた程度なのかもしれないけど、どちらにしろあれは自分の油断が招いた事。これから身分を偽るときは、顔も認識阻害で別物に見えるようにした方がいいかもしれない。どうやらワタシの容姿は目立つみたいだし。


 今はワタシに気付くことの出来ない彼女の牢屋前をそのまま通り過ぎ、奥へと向かう。今度会った時には助けてあげてもいい、と考えていたけど今は無理だ。ここから逃がしたところでこの都市にいる内は本当に助かったとは言えないのだから。ワタシが護り続けるという手もあるけど、それではワタシにとって枷となるし。

 ......でも、せめてこれくらいはしておこうかな。見張りの男達の位置を魔力感知で把握しながら、彼らに呪詛を掛けておく。掛けたのは認識阻害に似た効果を持つ呪詛で、彼らが奴隷達へ注意を向けにくくなるというもの。要は彼らが不振に思うであっても見逃されやすくなったり、目を付けられにくくなるという訳。

 ここに足を運ぶ者が今いる見張りだけじゃないから、あまり効果の高い呪詛は掛けてあげられないけど、これだけでも少しは過ごしやすくはなると思う。


 ......ん?呪詛が弾かれた?全員、じゃない。恐らくは一人だけ。弱めのものとはワタシの呪詛を無効化した者がいる。

 その者がいる方に視線を向ければ、その周辺にいる見張りの中に一人だけ怪しい男がいた。服装は他と大差ないけど、明らかに挙動不審。他の警備にはバレていないようだけど、ワタシからすればそのおかしな態度を——突然掛けられた呪詛への警戒心をまるで隠しきれてない。


 男は目線を素早く周囲に向けてから、そっとその場を離れていく。あの様子からして、ワタシには気付いてはいないみたい。まあ、彼らに掛けた呪詛とは込めた魔力も違うし、当然か。

 男が物陰に隠れたのを確認してからそこへと向かう。ああ、服装はあっちに変えておいた方が分かりやすいかな。

 ワタシの意思に呼応して、ワンピースが先程のドレスに変貌する。これはつい先日気が付いたんだけど、この服は既にワタシという魔物の一部らしく、自由自在に色形を変えられるようになっていた。

 これが出来るようになったことで、衣替えというスキルが増えていた。......正直、もう少しマシな名前が良かった。


 物陰に隠れた男は、近づくワタシには気付いていない。念の為に周囲に認識阻害と人払いの呪詛を掛け、男へと漆黒の茨の形をした魔法を放つ。公爵邸の結界を参考に作った、身体能力低下と魔力吸収により相手を拘束する効果を持つ、闇と呪詛の複合魔法だ。


「なっ!?」


 男が魔法に気づき咄嗟に何かを出す。ワタシの魔法を防ごうとしたのだろうが、そんな物でどうにか出来ると思われるとは心外だ。手に持った魔術具らしきものが放つ光はワタシの魔法に呑まれて消滅し、そのまま男を締め上げた。


「がっ!?解呪の魔術具が、なんでっ......」


「ああ、あれ解呪特化だったの。残念だけど、これ闇属性との複合なの。それに仮に呪詛だけだとしても、そんなのでワタシのを防げるわけないでしょう?」


 拘束されたことに驚きの声を上げる男へと声を掛け、自分に掛けた認識阻害を解除する。周囲に張ってある呪詛があるからこれを解いても問題は無い。ああでも、魔物に見られないようにする偽装は維持しとかないとね。

 突如現れたドレス姿のワタシを視認した男の目が見開かれる。


「っ!?お前はさっきの......」


「やっぱり貴方ね。他と違うとは思っていたけど」


 実はこの男には、先程訪れた時から目を付けていた。一見すると仕事はしっかり行っていたし、特に目立っていたわけではない。ただその目の奥に宿るワタシや商会長、同僚達へと向ける殺気、憎悪を隠しきれていなかった。彼ら相手ならともかく、元が怨霊であるワタシはそういうのにかなり敏感なのだ。


「安心なさい。ワタシもここに忍び込んだ身。周りにばれないようにはしてるわ」


「......の、ようだな」


 男は周囲を見回し、一先ず人が来ないのを確認して一息つく。ただ、彼が拘束されていることに変わりは無いため、すぐにワタシを睨みつけてきたけど。


「......何が目的だ?俺はただの従業員でしかないぞ」


「人がやってこないのを確認しておいてそれは、流石に無理があるわよ?それに上手く隠しているようだけど、その憎悪は隠し切れていないわよ」


「ぐっ......」


 ワタシに指摘されたことで観念したわけでは無いだろうけど、彼の目線が鋭くなった。まあ、貴族としてやってきた相手に好感を持つわけないか。

 彼の正体には、少しだけ心当たりがある。というより、こういう場所ならいてもおかしくは無いだろうと予測はしていたから。......ここは、ワタシの目的を少しは明かすべきかな。


「まず、ワタシは貴族では無いわ。呪術で上手く騙してここに入っただけよ」


「っ、誰がそれを信じる......」


「——目的は、シアズ商会。そこに、ワタシの大事な人が捕まっているの」


「っ!?なん、だと......」


 頑なな態度を取っていた男の態度が、その一言で一変する。目を見開き、こちらを凝視してくる。どうやら少しは話を聞く気になったくれたみたいだ。


「......それが本当か、こちらに判断する術はない」


 それでも未だに警戒を解かない男。確かに迂闊に相手を信じないのは間違っていない。彼からすれば、自分を嵌めるための罠である可能性だってあるのだから。だけど、どうやら彼はまだ現状を把握しきれていないらしい。


「でしょうね。けど知っての通り、ワタシは呪術を扱える。やろうと思えば貴方に隷属の呪詛を掛けて何でも聞き出せるの。何なら、口封じをしてから貴方の正体だけをバラしてもいいのよ。それをしないで話を持ち掛けている辺り、少しは話を聞いてくれてもいいでしょう?」


「ぐっ、それは......」


 ワタシの言葉に男が唸り、しばらく考えこみ始めた。少しは頭が冷えたのか、男の表情の硬さも徐々に取れていく。


「......なら、何故そうしない?」


「決まってるでしょ。ここで余計な騒ぎを起こして、警戒されたら堪ったものじゃないのよ」


 後はまあ、無理やり従わせたりしてしないという点で少しでも信用を得られれば、とか考えてはいるけど。まあ、それは向こうも気づいているだろう。

 彼の目的がワタシの予想通りなら、協力してもいいと思っている。というより、流石に情報が足りない。あまり派手に動きすぎては街全てを敵に回しかねないので、それは避けたい。だけどワタシとイオだけではシアズに辿り着くのに時間が掛かりすぎる。

 なら、ここはリスクを承知で協力者を得る。この街にある程度詳しく、恐らくは似た目的を持つ者を。

 ——それに、こちらには彼らが欲しがるであろう手札もあるしね。


「後、ワタシなら隷属の呪詛を解呪出来るわよ」


「っ!?まさか......」


 その一言に、男が表情を変える。そこからまたしばらく考え込む男だったが、やがて顔を上げ、こちらをじっと見つめてきた。どうやら、覚悟を決めたらしい。


「......いいだろう。俺達の拠点の一つに案内しよう」


「......それより、貴方は何者か、話してくれてもいいんじゃない?」


 そう言うと、男はワタシの予想通りの答えを口にした。




「——俺、いや俺達は奴隷解放運動を行っている、いわゆるレジスタンスってやつさ」




次回投稿は9月13日となります。

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