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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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次なる標的は

遅くなりましたが、総PVが10000を超えました。これもひとえに今作を愛読してくださっている皆様のおかげでございます。本当にありがとうございます。

これからも「Nightmare Alice」をよろしくお願いいたします。

 ——目を瞑れば、視えるものがある。闇より暗い、漆黒の空間に漂う、二つの影。痩せ細った少女(わたし)と心臓を剣で貫かれた()の、残滓とも言うべきもの。


わたし()は、助けられなかった』


(わたし)のせいで、大事な人達を不幸にした』


 ——そして、それは彼女達(ワタシ)の罪の意識。ワタシ(彼女達)の中に宿る、後悔の念。


『あの子を犠牲にしてしまったわたし()が、一緒にいていいのか』


『何も出来なかった(わたし)に、彼女を友と、家族と呼べるわけが無い』


 ——頭に、魂に刻み込まれた、ワタシの本音。


『幸せにならなければいけない。それが、大事な人達の願いだから。......けど、その資格がワタシにあるのか』


『彼女達を救いたい。......でも、ワタシの存在を、彼女達は受け入れられるのか』


 ——決して消えることのないであろう、ワタシの中に宿る、■■の■■。


『——だって、今のワタシは、〈(わたし)〉では無いのだから』





 瞼を開けば、眼の端に朝日が映る。横たえていた体を起こせば、体に掛けていた布団がずり落ちていく。

 魔物になってから、ワタシに眠る必要性は無くなった。寝なくても体が疲れることは無く、あの宝物庫に居た頃などは一切眠らずひたすらに鍛錬に明け暮れていたぐらい。

 ただ、それは一切寝ることが出来なくなったというわけではない。意識が完全に眠りに落ちることは無いけど、その一部を意図的に休めるという事はやろうと思えばできる。半分起きたままもう半分は寝る、そんな状態。一種の気分転換に近い。むろん、意識の半分は起きている以上、夢など見ることは無い。


「......その筈なんだけど、ね」


 先程まで見ていたものを、忘れることは無い。むしろ、それは魔物に転生してから、ずっと頭の片隅にあった。決して消えない、消してはいけないもの。


 ——ワタシの■にして、内に眠る■■。


「......きゅ~」


 横から聞こえてきたイオの声に、意識が引き戻される。うん、忘れることは出来ないけど、今は置いておかなくちゃ。——せめて、彼女を助け出すまでは。


 ——たとえどう思われるとしても、それだけは果たさないといけないから。




 男達から情報を一通り引き出したワタシは、後始末を急いで済ませてあの場を後にした。いくらあの場所が倉庫街で人通りがほとんどないとはいえ、周辺には同じような組織だってあるし、無関係の人間だって通らないわけじゃあない。あの騒ぎではいつ人がやってきてもおかしくは無いし、流石のワタシも無差別に徒花の呪詛——あの男達を肉花へと変貌させた呪詛を広げるつもりは無い。

 副産物・・・だけはしっかり収穫し、残った枯れ花達は全てイオの毒で溶かして処分。屋敷に残っていた資料などは根こそぎ頂き、撤収した。

 ......昨日はイオに大分活躍してもらったわね。あの男達が宿近くに潜伏させていた見張りを処分してもらい、宿の建物を廃墟のようにするのも手伝って貰った。それに加えての肉花の処理。うん、後でしっかりお礼しないと。


 ちなみに、あの宿を廃墟へとリフォームしたのには、幾つか理由がある。恐怖を煽る為、危機感を抱かせてすぐに拠点へと引き換えさせるため、という理由もある。

 けど最大の理由は、徒花の呪詛を仕込むためだ。あれは人に限らず、呪詛に感染した生物をあの肉の花へと変貌させるもの。最初に生み出した呪詛の《種》は、体内に取り込まれてから対象の情報を取得し、その生物に特化した能力へと進化する。そして進化後には、その生物に対して特化した呪詛へと変貌を遂げるという訳。

 逆に言えば、進化前ではその能力は低いと言わざるを得ない。無理やり芽吹かせることも可能だけど、やっぱり進化完了前とでは性能が段違いだし。

 

 話を戻すと、徒花の呪詛を発動するにはその《種》を——呪詛の花粉を経口摂取させる必要がある。そしてそれを気付かれないように摂取させるために、あの宿を埃っぽくしたのだ。それに紛れて《種》を仕込むために。結果上手くいって、ああやって呪詛が発動したという訳。

 ......うん、もう少し扱いやすい呪詛にしても良かったかも。うっかり呪詛を掛けてしまわないように《種》という制限を付けたり、無差別に感染が拡大しないように情報取得のプロセスを組み込んだんだけど、随分と使い方に癖のある呪詛になったなあ、これ。




 そうして後片付けを済ませたワタシとイオは、そこから適度に離れた倉庫にあった無人の部屋、恐らく見張りが使うのであろう場所をお借りして一晩を過ごした、という訳。

 お借りした場所を片付けて、倉庫の外へと出る。今のところ人通りは無いけど、遠くからは喧騒が聞こえてくる。......十中八九あの拠点の残骸が原因なんだろうけど。

 騒ぎが大きくなるにつれて人通りも多くなってきそうだし、流石にワタシのような小柄な体躯の女がこんな場所を歩いていれば目立つこと間違いない。なので目を付けられないように、倉庫の屋根の上へと移動する。


 今頃フェニア商会も大慌てだろう。奴隷事業を本格化させようとしている中で、その内の組織の一つ、それもお得意様に融通するための奴隷を手に入れる為の配下が謎の壊滅を遂げたんだから。まあ、それに関しては他の組織もあるだろうから、大きな痛手とはならないだろうけど。

 ただし、彼らにとってその面子を潰されたことは何よりも屈辱的だろう。傘下の組織を失った上にその犯人すら捕まえられないのでは、ガズ有数の大商家の名折れだしね。

 

 だからこそ、奴らはワタシを見つけようと躍起になるだろう。それこそ、今起きている抗争をより加速させることになったとしても。

 そうすれば他の商会もそれに対応せざるを得なくなり、......付け入る隙も大きくなる。そうすれば、あの子の手掛かりを——シアズ商会への糸口を掴めるかもしれないから。

 

 ......ああ、ちなみにだけど。今は手を出さないだけで、フェニア商会は後で必ず潰す。あの組織を壊滅させただけじゃ、流石に彼らの仇討ちを為したとは言えないし。


 という訳で、次はシアズについて調べないと。あの子を買ったであろう、スィアーチ傘下の中でも大きな商会にして、ヤバイところに売りつけるのを専門とする奴隷商。

 ......そんな奴らにあの子を売りつけたハーヴェスには殺意しか湧かないけど。本当にわたしの事憎んでたのね、あの男。......まあ、それはワタシもか。


 ともかく、次に狙うべき場所と標的は明らかになったのだけど、肝心のそいつらの居場所が分からない。スィアーチ商会の傘下である以上、都市の南東部の区画に拠点を構えているのは間違いないんだろうけど、情報は徹底的に隠匿されているみたいだし。

 先程の男は幾つか噂話を話していたが、そんなのどこまで当てになるか。たとえ本当に地下にあるとしても、複雑に入り組んだそこから目的地を見つけるのには時間が掛かりすぎる。地図を手に入れるという手段もあるけど、そっちに関しては話が眉唾物だし。


 ......まずは他の傘下、表に出ているところから情報を引き出すしかないかな。そこから少しずつ手がかりを手繰り寄せ、あの子の元へ辿り着く。地道な作業だけど、今はそれが確実な手段であるのには違いない。

 ただ、あまり時間は掛けていられない。あの子が売られてから二年近く経つ。既にシアズ商会の元から売られている可能性だって十分ある。そうなると、今度はそっちを追わないといけなくなる。そしてシアズ商会の取引相手である以上、それはロクな相手ではない。人体実験などをする奴らの元で、あの子が生きていられる保証はどこにもない。


 ......それに、あの護衛の男が最後に漏らした言葉。間違いなくあの男はワタシの事を『悪夢』と、そう呼んでいた。あれから聖典教会がワタシに名付けた、通り名を。

 つまり、ワタシの情報は既にガズに伝わっている。一度手配書を別の街で見かけたが、顔の絵はワタシにかなり近かった。恐らくは母の顔を参考に描いたのだろう。となれば迂闊に表を歩くのは少々危険。認識を誤魔化す呪詛を使えば顔バレの問題は少なくなるけど、それを見破れる実力者と出会った場合に詰む。ワタシの小柄な姿では、フードを被っていても目立つのだから。


 折角人の姿をしているというのに、それを役立てることが出来ないのはなんか歯がゆい感じ。砂丘船の荷物——奴隷に紛れるのにはちょうど良かったんだけどね。一応は美形に入るから、あの面子に紛れても違和感が無かったし。誰にも気付かれないように密航するという手もあったけど、密閉された船内で三日間隠れるには人の中が一番やり易いもの。

 後は、ガズに入る前に少しでも情報を手に入れられれば、という狙いもあった。まあ幾つか書類は見つかったのだけど、それはあの時運んできた奴隷に関する物だけだった。乗っている男達もあくまで下っ端みたいで大した情報は持ってなかったし。


 結局砂丘船での収穫自体は少なかったけど、乗ってきて損は無かったかな。ガズに来るのにはこれが一番早い手だった上、砂丘船の中には魔物を積むものもある関係なのか都市正門の結界は船が出入りする時だけは一時的に解除するらしく、引っかかる事無く素通りできたから。最悪結界に干渉して誤魔化す予定だったけど、それをしなくて済んだ分楽に入ることが出来た。......砂漠を自力で渡るとか、そんな地獄は勘弁願いたい。


 ......あれ?何か、引っかかるものがあるんだけど。なんだか、こう魚の小骨が喉に刺さったような、そんな違和感があるのだけど、それ何なのか分からない。それについて悩んでいると、心配そうにしたイオに腕を突かれた。


「あ、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」


「キュ~?」


「問題無いわ。何かが引っかかるだけだから。それよりも......」


 違和感は一旦置いておき、ワタシは幾つかの資料を取り出す。それは、あの拠点から持ち出した資料の内、スィアーチ商会とその傘下に関するもの。とは言っても、そこまで詳細なものでは無い。あくまでどんな商会かが記されただけだし、シアズを始めとした裏の面が大きい商会などの情報はほとんど無いに等しいし。

 それでも、今シアズに繋がる手掛かりは現状これしかない。流石に、商会やその傘下の拠点を何度も襲撃するのは危険すぎる。何かしら、これを突破口にシアズへと近づければ......。


「......ん?これ、どこかで」


 そうして資料の内、とある一枚に目が留まる。商会そのものは他とそこまで変わらない、というかスィアーチ傘下の商会だけど別に奴隷商という訳ではない。これ自体は別におかしな話ではない。スィアーチも奴隷商売一本でやっている訳では無いし、他にも同じような商会は幾つも傘下にあるのだから。

 ......でもこの商会、何かが気になる。それはさっき抱いていた違和感と同じもの。それの正体が分からず、一人唸っていると。


「キュッ!」


 そう楽し気に鳴くイオの声が聞こえてきた。声に釣られるように顔をそちらに向けると、イオはガズの玄関口——砂丘船の停泊する港を見ながらはしゃいでいた。今ワタシ達は倉庫の屋根の上にいる為、遠目ではあっても僅かに港は見える。彼女が見ているのは、今ちょうど入ってきた砂丘船なのだろうけど......。

 

 ——砂丘船?


「......あ」


 そこでようやく、ワタシはその違和感の正体に思い至った。


次回投稿は9月4日となります。

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