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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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手遅れ

 ——魔法と魔術には、幾つかの違いがある。


 魔法とは、魔物が扱う力。体内の魔石を媒介し、魔力を異なる現象へと変化させ、操るもの。魔術と違い、複雑な仕組みはない。イメージしたものとそれに見合うだけの魔力、そしてそれを扱える技量さえあれば自由自在にできる。

 ただし、その分魔術と比べてその魔力消費量や制御難易度が難しいとも言われている。あくまで魔物が扱うものの為正確に判明しているわけでは無いのだが、長年の研究よりそうでは無いかと人類の間では推察されている。

 そして魔法を扱える魔物は、本能のままにそれらを扱う。故に彼ら魔物は、シンプルかつ強力な形で魔法を行使することが多い。


 一方、魔術は魔法と比べて複雑な仕組みをしている。魔力量や制御技術は言わずもがな。加えて魔石の代わりとなる発動に必要な魔術触媒、正しい魔術式の知識、それに対する適切なイメージ。

 そして発動に関しても、魔法とはその手順が大きく異なる。魔術式の構築と触媒を通しての外界への展開、そこから魔力の充填を経ての発動。更に、発動する魔術ごとにその形は決まっているもの。決して魔法のように自由自在に扱える、とはいかない。

 ただ、その操縦性、魔力消費量等に関しては、魔法よりも優れていると言われている。もちろん高度な魔術は例外であるし、知識など必要とされるものも幾つかあるが、元は魔法に対抗するために作られた魔術は、少しでも多くの人間が使えるようになるための工夫が施されている。


 そして魔術と魔法の最大の違いは、その多様性だろう。永い時を掛けて、人間は非常に多くの魔術を生み出してきた。本能でそれを扱う魔物と違い、高い知性を持つ人間だからこそ生み出せる、狡猾な魔術なども存在し、その魔術の幅広さこそが、多くにおいて上をいく魔法に対抗するための鍵の一つと言ってもいい。



 こうした違いを持つ魔法と魔術だが、ここには大きな落とし穴が一つある。——高い知性を持つ魔物の場合、通常の魔法の常識は通用しない、ということが。


 高い位階に属する魔物は、生物としての強さもそうだが、その知性においても人間と同等、中にはそれ以上の知性を持つものもいる。これらに関しては、その魔法の脅威度は桁違いに跳ね上がる。出力もそうだが、その複雑性も本能のままに扱う下位の魔物とは別物と言っていい。

 代表的なのは『龍』だろう。生まれながらに上位の魔物以上の力を持ち、成体は全てが災位とされる最強種の魔物の一角。彼らの扱う魔法は非常に高度な物であり、種族特性に合わせて精錬されてきた魔法は、『龍魔法』という彼ら独自の魔法形態を生み出している程だ。


 また、下位の魔物の中にも一定以上の知性を持つ種も存在する。

 例えばゴブリン。知性と評すると正しくないかもしれないが、彼らの持つ狡猾さは、時には人間を追い詰める事もある程だ。決して舐めていい相手とは言えない。

 他にも知性を持つ下位・中位の魔物は存在するのだが、それらの中でも魔法に長けた種として危険視されるものが幾つか存在する。


 霊体系の魔物——アンデッド。怨念に取り憑かれた、死者の成れの果て。本来なら、これらの多くは怨念に呑まれており、知性と呼べるものを宿してはいない。

 だが、中には高い知性を持つ個体が存在する。本人の才覚や偶然性により知性を保ったもの、死霊魔術によって生み出されたもの、はたまた死霊魔術師が自身をアンデッドへと変じさせたもの。


 ——そして、今護衛の男が相対する少女の姿をした魔物も、まさにその一体なのだろう。


「チィッ......!?」


 飛んでくる闇色の球体に対し、男も氷の槍を放つ。放たれた氷の槍は球体に対して大きな魔術であったが、衝突した魔術と魔法は相殺され、その場で消滅する。

 男は油断なく、少女から目を離さない。一方少女はと言えば男に視線を向けることも無く、何か考え込んでいるのか小声で呟くばかり。

 明らかに護衛の男を舐めているような態度。だが、それも当然であると彼はこの戦闘が始まってからの数分で思い知っていた。


 護衛の男の戦闘方法は、体術による近接と氷の魔術による遠距離の使い分けが主。どちらの練度も高く、戦闘経験も豊富。その実力はフェニア商会が抱える傭兵の中でも中堅、場合によっては上位に入ると言ってもいい。


 ——だが、眼前の魔物を相手取るには、彼では相性が悪すぎた。


 魔術を放てば、相手の魔法で相殺されるどころか逆に呑まれる。相殺するにはより威力の高い魔術を放つしかないが、それと比例するように魔力の消費が激しくなってしまう。

 なら近接に移ろうとするが、的確に放たれる魔法がそれを許さない。


(クソッ、どうする......?)


 そう内心で考える男へと再び魔法が放たれ、足元の床が漆黒に染まる。咄嗟に魔術を唱えつつ避ける体勢へと移行する。床から放たれたのは、人ほどの大きさを持つ闇の杭。何本も突き出てくるそれは只無作為に放たれたのではなく、男の逃げ場を奪いながら、追いつめるように突き出てくる。

 ここでようやく男の魔術の準備が整い、周囲の床を氷で覆う。だが男はそこで慢心せず、急いでその場から飛び退く。そんな男をあざ笑うかのように、床を覆った氷をあっさり突き破りながら漆黒の杭が幾つも出現する。

 それを予測して回避行動に移っていた男だったが、それでも避けきれずに杭の一本が左腕を貫き、肘から先が消滅した。


「ガァァァァァッ!?くっ、そがっ!?」


 失血死を防ぐため、魔術で患部を凍らせる。戦闘に支障は出るものの、今はこうするしかない。


「あら?ようやくまともに当たったわね。ワタシもまだまだね」


 そう微笑む少女を睨みつけながら、男は激痛と悪寒による冷汗が止まらなかった。

 二人の表情が、彼我の実力差を如実に表していた。


(......突破口が見えない)


 少女の魔法は、全てが男の魔術の上を行く。発動速度も、威力も、範囲も、そしておそらく魔力量も。魔術・魔法戦では通じないとすぐに思い至り、張り合う事を止めて回避に専念しながら隙を伺おうとした。

 だが、それは魔法には通じない。あらかじめある程度進み方などの型が決まった魔術と違い、魔法は使用者の思いのままに動く。それに対し、狭い室内で体捌きだけで避けきるなど無理難題に等しい。

 ならば弱い魔術で相殺は出来ずとも、逸らすだけなら。そう考えた男だが、元より威力にて劣る魔術で魔法を防ぐのに、弱い魔術ではすぐに限界が来てしまう。

 

 結果、彼は攻撃を回避しつつ、避け切れない魔法を強力な魔術で対処する事しか出来なくなっていた。......それが無駄に体力と魔力を消費していくだけだと分かっていながらも。


 それに加え、先程見たある光景が、一か八かの接近戦を仕掛けることを彼に躊躇わせていた。

 

 ——下に咲き誇る、悍ましい花々。そしてそれを生み出したであろう、少女の呪詛魔法。もし不要に近づくことで、それらの呪詛を仕込まれてしまえば一巻の終わり。その考えが頭をちらつき、彼の動きを鈍らせる要因となってしまっていた。


 そして、少女はそんな考えを全て見透かしているかのように動く。決して一機果敢には攻めず、ゆっくりと、しかし確実に護衛の男の体力と魔力、精神を削っていく。


 だが、男に逃げ場はない。何故なら、男は護衛。後ろの部屋に隠れる護衛対象を()()()()()()()()()()()()()()


「......?」


 途端に何かが男の頭をよぎる。何かおかしい、そんな違和感が彼の思考に浮かび上がるが。


「——もう、十分ね」


 聞こえてきた声に彼の思考が途切れる。視線の先にいる少女は、どこか納得したような表情を浮かべて彼を見つめてくる。


「......何がだ」


 護衛の男がそう問い返すと、少女は彼に対してニコリと微笑んだ。


「対人戦について、少しは学べたわ。だから、——これで終わりにしましょう」


 少女の宣言に、ゾワリッと全身に寒気が走る。それは、自身に迫る死の予感。


 護衛の男は急いで魔術を発動する。展開された男の背丈ほどある魔術式から現れたのは、大人数人分はあるであろう氷塊。

 男は最後の賭けに出ることを決めた。これも恐らく防がれるだろうと想定し、魔術を放つとともに、危険を承知で近接戦を仕掛ける。たとえ呪詛が仕込まれて知るとしても、それに侵される前に、なんとしても仕留める。

 そう覚悟を決め、男は魔術を放とうとし。


「——だから、これで決着だと言ったでしょう?——■■■」


 ——何も出来ずに敗北することとなる。

 

 少女の声と共に視界が暗転し、気が付いた時には男は血だらけでその場に伏していた。体には幾つも穴が開き、四肢は消し飛んでいる。氷塊も跡形もなく砕け散り、見る影もない。

 何が起きたか、理解が出来なかった。思考が追い付かない。ただ、目の前にやってきた少女を見て、自分が敗北したことは理解できた。

 そこでようやく、彼は自身が感じていた違和感の正体に思い至った。


「思考、誘導......、か......」


「そうよ、ようやく気が付いたの?」


 そう、男自身は気付いていなかったが、戦い始めた時点で、いや少女と話していた時には彼は呪詛を受けていたのだ。彼はこの組織に派遣された護衛ではあるが、本来の仕事は護衛では無く監視。この状況なら、本当なら真っ先に逃げ出し、情報を上層部に伝えることが最優先となる、......はずだったのだ。

 そうしなかったのは、少女の呪詛魔法によって逃げるという考えを失っていたから。つまり、彼は最初の時点で詰んでいたのだ。


「完敗......か。ハハッ......」


 まさに清々しい程の負けっぷり。グウの音も出ない。なにせ、護衛の男とは少女は傷の一つも負っていないのだ。あまりの差に、男の口から笑いが零れる。


「......攫った女達の、生き残りはいない」


 なら、勝者には報酬を払うのが筋だろう。雇われているだけのフェニアにも、そしてこの組織にも、ここまでして庇うほどの義理は男には無かった。


「......何故?」


 少女は話を促す。もういつ死んでもおかしくない以上、男が話し始めた理由よりも、今は情報を優先べきと判断したのだろう。


「目的が、違う。あいつらは、上が、甚ぶり殺す、為に......」


 そこまで言ったところで、男が喀血する。もう、時間は残されていなかった。


「詳しくは、あいつに、聞け。後は、そうだ、シアズ......」


「シアズ?」 


 聞き覚えのない名に、少女が聞き返してくる。


「シアズ商会、お前の、書類の......。スィアーチで、最も実態の、掴めない、奴隷商......」


 そこまで言ったところで、護衛の男の声が止まる。もう、限界が訪れていた。


「......感謝するわ」


 少女が男へと最期の言葉を掛ける。その顔に浮かぶ笑みを見て、男はそれを思い出した。先日見た、とある魔物の手配書を。その魔物に、つけられた名を。


 ——なるほど、確かにこれに相応しい名前だ。


「悪、夢......」 


 その言葉を最後に、男の意識は途絶えた。

 

次回投稿は8月29日となります。

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