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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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襲い来るもの

「う゛ぉ、お゛ぇぇぇぇぇぇっ!?」


 目の前の惨劇を見たボスの男は、耐えきれずにその場で嘔吐した。護衛の男も吐きこそしないものの、顔色がかなり悪くなっている。

 それも無理は無い。裏社会に長く所属してきた彼らとて、生きたままあのような悍ましい肉花に変えられる姿など、見たことある訳が無いのだから。


 護衛の男が開いた穴から再び下を覗き込む。そうして目に入ってくる悍ましい人花を観察していると、その内の一つに視線が止まる。他の花より茎のあちこちが折れ曲がった、痛ましい姿。顔は皮膚が無いため確認できないが、その足元に落ちている衣服には見覚えがあった。

 先程まで部屋にいて、護衛の男が吹き飛ばした者。横で嘔吐する男の腹心、だった男の成れの果て。


 それを見て護衛の男の背筋に寒気が走った。もし自身の対応が少しでも遅れていれば、アレの仲間入りしていたかもしれない。それに気付いてしまったから。


「はぁ、はぁ......。悪い、な......」


「......気にするな。気持ちは分かる」


 やがて吐き気が収まったのか、はたまた胃の中身が空になったのか、ようやくボスの男は体を起こした。とはいえ、あの光景を見たくないのか、全力で視線を逸らしている。


「......それで、これからどう逃げるつもりだ?」


 そう問われた護衛の男は、改めて状況を整理する。

 今いる拠点の周囲は、あの悍ましい人花が幾つも咲いている。中には枯れているものもあるが、花の内の七割はその花弁の中心に心臓が輝いている。近づけば赤い呪いの花粉を周囲にまき散らす、あの花々が。

 先程のまき散らしから推測するに、あの花粉の射程はそこまでじゃない。精々数m程度だろう。......とはいえ、それを避けて通れる隙間は見当たらない。


 拠点内に居るはずの者達がどうしているかも気になるが、恐らくだが他に生存者はいない。しばらく前から聞こえていた階下の騒ぎが、今はもう聞こえない。

 当然だ。あの花の欠点は花粉の射程だが、逆にその弱点が意味を為さない室内・密閉空間においてはその凶悪さは増す。一度花が咲けば、もう逃げ場など一切無い。先程飛び出てきた男も、どうしようも無くなって一か八か外に飛び出たのだろう。


 一見すればどうしようもない状況。しかし護衛の男は、既にその突破口を見つけていた。


「......恐らくだがアレ、見た目通りそこまで頑丈じゃない。魔術でぶっ飛ばせば何とかなるだろう」


 その言葉にボスの顔色が若干良くなるが、同時にその目には懐疑的な色も浮かんでいる。


「本当か?確かに見た目は頑丈そうじゃないが......」


 ボスの疑問も当然のものだろう。一度あの花の凶悪さを目の当たりにしてしまえば、そう簡単にアレをどうにか出来るとは思えない。それだけ、部下が変貌する姿はボスにとっても衝撃的だったのだから。

 だが、護衛の男には勝算があった。


「お前の腹心の男を吹き飛ばした時、予想以上に体が脆かった。恐らくだが、あの時点で既に頑丈さが下がっていたんだと考えられる。そこからの予想でしかないが、アレは感染力に特化している分、その代償に他の射程や耐久力が下がってしまうのだと思う。呪詛魔術にはそういったものも多いと聞くしな」


「......本当だろうな?」


 未だに疑問が残るボスの男に対し、護衛の男はそれを証明するために穴の外へと向き直り、魔術を発動させる。現れたのは、先程も使った氷の杭。放たれた杭は眼下に咲く肉華の内一つに命中する。先程は腹心の男を吹き飛ばす事しか出来なかった氷の杭だが、今度は当たると同時に人華を粉々に吹き飛ばした。

 粉砕された花はその肉や骨を周囲へとばら撒く。血の花粉も同様に散布されるが、それもすぐに霧散して消えていった。


「う゛ぶっ!?」


「......やはりな」


 人体だったものが四散する光景にボスは再び吐き気が込み上げるが、何とか堪える。

 一方、護衛の男は自分の考えが正しいことを確信していた。使用した魔術は先程と同じ術。だというのに先程とは違い、花開いた肉華は砕け散る結果となった。つまり、吹き飛ばした腹心の男よりもさらに弱くなっている証拠と言える。これならアレを一掃することも出来るだろうと護衛の男は確信した。

 問題は残った血や肉に呪詛が残っている可能性だが、辺り一帯の地面に氷を張り、その上を歩いていけばどうにかなるだろう、と結論づける。


「道筋は見えたな」


「......助かった。一時はどうなる事かと思ったが......」


 現状打破の糸口が確認できたことで、ようやくボスの男は一息つくことが出来た。そうしてようやくその先の事に考えを向ける事が出来るようになり、男の顔が再び青ざめる。


「......上にはどう報告したものか」


 新事業の最中に部下を全て失ったなど、失態以外のなにものでもない。いくら自身に原因が無いとはいえ、彼の処分は重くなることは間違いないだろう。

 自分の身の振りを考える男とは反対に、護衛の男は今回の犯人について思考していた。派遣されただけの男からすれば、この組織の先行きはあまり関係ない。むしろ、此度の事件の真相を少しでも明らかにし、上に報告するのが仕事と言っていい。

 そして護衛の男には、どうしても気になる点があった。


(......何で、こんな呪術を使った?)


 確かにこの呪詛魔術は凶悪だ。人に感染し、強制的に肉体を作り替える魔術なんて、護衛の男は聞いたことが無い。だが、それの感染を逃れてしまえばどうにかしようはある。花の頑丈さが低いなど、この状況では悪手でしかない。

 術者は組織の事を甘く見たのか、それとも。


「......まだ、何かあるのか?」


 彼らを逃がさない為の、一手が。





「——正解」





「っ!?」


 その声が聞こえた瞬間に、護衛はボスの首根っこを掴み、壁の穴からばっと飛び退く。そしてそのまま掴んだボスを執務室の方へ放り投げる。


「ぐぇっ!?」


 そんな声が聞こえてくるが、それに反応している余裕は無い。目の前にいる存在から目を離してはいけないと、彼の本能が告げていた。

 そこには、一人の女が宙に浮いていた。美しい少女の姿をした——怪物が。


「......ああ、そう言う事か。道理で素性が掴めない訳だ」


 護衛の男は気付いた。自分達の大きな思い違いに。

 目の前にいるのは、例の獲物の女なのに違いない。確かに上玉だ。少女とはいえ、こんな美貌の女など男は見たことが無かった。

 だが、同時に理解した。それの纏う瘴気が、放つ禍々しい気配が告げていた。目の前にいるのが人ではなく、魔物なのだということを。


「......お前は、獲物達の霊魂が、魔物と化したものか?」


 真っ先に思い浮かぶのは、目の前の存在が彼らの事業の被害者である可能性。それを確かめるために護衛の男が問いかけるが、少女の姿をした怪物は静かに微笑みながら首を横に振る。


「違うわよ。ワタシは()()()()への義理を果たすだけ」


 その言葉の意味は分からないが、その怪物の目は雄弁に語っていた。

 

 ——彼らを逃がすつもりは、一切ない事を。


 「......下がっていろ」

 

 護衛の男は女から目を離さず、後ろに告げる。ただし、それへの返事は無かった。どうやらボスは既に避難していたらしく、返事は無かった。階下に逃げるのは不可能であり、物音から察すると執務室の奥まで行ったのであろう。逃げ足の速いことだと、彼は思わず感心してしまう。


「......目的はなんだ?俺達をわざわざ生かす理由はないだろう?」


 油断なく視線を向けながら、護衛の男は目の前の女へとそう問いかける。安全を期すなら、最初の一手で仕留めてしまえばいい。腹心の男という罠はあったが、あれぐらいでどうにか出来ると思われたのだろうか。だとしたら、護衛の男からしたら腹立たしい事この上ない。

 だが、どうやら女にも事情があるらしい。

 

「いくつかあるわよ。皆死んでもいいとは思っていたけど、護衛がいることも想定していたし。まあ、いうなら情報収集ね。()()()()の心残りを確かめないといけないし。それに......」


 そう言いながら、女がある紙を取り出した。詳細は見えなかったが、そこに刻まれた紋章を見て、男の目が見開かれる。その紋章には見覚えがあったから。


「やっぱ知ってるのね、これ。宿の男達ははっきりとは覚えていなかったけど、貴方達からは詳しく話を聞けそうね?」


「......話すと思っているのか?」


 そう答えながらも、男は冷や汗が止まらない事を自覚していた。

 本来なら少しでも会話を続けて情報を引き出すべきなのだろうが、止まらない悪寒がそれを拒絶していた。こいつは危険だと、彼の本能が告げていた。情報云々よりも、一刻も早くこいつを殺さなくてはいけないと。


 ——こいつは決して野放しにしていい存在では無いと。


 殺意を高める護衛に反応するように、女も笑みを浮かべる。その顔に何処か既視感を覚えるが、それは女の言葉ですぐに霧散してしまう。


「いいわね、実に良いわ」


 女の周囲に黒い球体が幾つか浮かび上がる。その体から噴き出る瘴気が激しくなり、瞳が爛々と輝く。


「言い忘れたわね。最後の目的は、戦闘経験を積むこと。——貴方には、ワタシの実験台になってもらうわよ」


「......はっ、やれるもんならやってみろ!」


 そう言い放つとともに、護衛の男は怪物へと駆けだした。


次回投稿は8月26日となります。

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