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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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咲き誇る血肉の徒花

 時は彼ら調査隊が拠点についたころに戻る。調査隊を率いていた男は、一連の事態に関して報告をするために、自分達のボスの執務室を訪れていた。

 現在部屋にいるのは彼自身と自分達を纏めるボス、そして上が寄越した護衛兼監視役の男のみ。


「......それ、本当だろうな?」


 自身の腹心の話を一通り聞き終え、ボスがまず発したのはその一言だった。

 そう言うのも当然だろう。もし男がボスと同じ立場なら、間違いなくそう疑ってかかっただろうから。 


「ええ、間違いなく。この目で確かめましたので」


 だが、事実は変わらない。男は確かにそれらを見たのだから。

 男の答えを聞き、ボスは再び顎に手を当てて考え込む。

 一方、護衛の男は壁に寄り掛かったまま、静かにこちらを見ているだけ。まあ、この男は護衛だが、その本来の役割はあくまで監視だ。こちらの問題解決に積極的に関与はしてくれないだろう。むしろここでこちらが対応を間違えれば、この男から上に報告が行く事になり、別の意味で致命的な事になりかねない。


 こちらを観察する護衛の男をよそに、ボスが男に質問を投げかねてくる。


「建物の老朽化に関しては、呪詛属性の残滓があったんだったな?」


「ええ、魔術師達の調べによれば、ですが」


「......呪術、か。それだけの術を扱える使い手に心当たりはあるか?」


 そう言われた腹心の男は記憶を漁る。

 アルミッガ大陸東部、イザールやビレストにおいて呪術は禁忌の術とされているが、ウートやハイダルといった大陸西部では使い手がいないわけではない。むしろ奴隷の管理に関係する隷属の呪詛を扱える者は、貴重な人材のため重宝されることが多い。

 そんなガズにおいて、呪術を扱える腕利きはどれだけいるか。男はしばらく考え込んでから、それを口にする。


「......間違いなく、スィアーチの元には何人かは居るかと。他にも、イジ―商会傘下の研究者の中にいてもおかしくないかも知れません。アウルーズやルニルの元にも隠れた実力者はいるでしょうし、......言いにくいですが上の手元にいても......」


「......ほう。まさかお前らの飼い主を疑うのか?」


 意見を述べている最中に、横から護衛の男が口を挟んできた。飼い主——つまりはフェニア商会を疑っているのは、監視役としては見逃せない事案だろうから。

 男の顔に緊張が走るが、ボスはそれを気にした素振りも見せない。


「あくまで可能性があるってだけだ。それに、上も一枚岩じゃねぇだろうが。過剰に反応してんじゃねぇよ」


「......まあいいだろう」


 ボスの言葉に一応納得したのか、男は再び黙り込む。とりあえずは様子を見る事にしたのだろうと内心でほっとしながら、男は話を続ける。


「どこの傘下にも所属していない者に関してそこまで情報は無いですが、何人かは知っています。......ですが」


「......分かってる。こんな風に仕掛けてくる奴に心当たりはない、だろ?」


 どうやらボスも、男と同じ考えに至っていたらしい。

 ガズにおいて五大商会の権力は絶大と言える。下手すればその商会そのものを敵に回すような真似をする愚か者など、男は心当たりが無かった。

 なら、どこかの商会の傘下の者かなのか。それも違和感がある。普段でさえ各商会が貴重な人材である呪術師にこんなことをさせることは無いだろう。ましてや今の緊張状態でそんな危険な橋を渡らせるとは、とてもだが男にはそう思えなかった。


「そうなると、やはり怪しいのは例の女、か」


 ボスも同じ意見らしい。となれば、残る一番の可能性は五大商会の力を過小評価した、外からやってきた呪術師。中でも最も疑わしいのは、宿から姿を消した獲物の女だろう。


「そいつに関しての情報は?」


「大したものは何も。店主からの情報では、かなりの上玉で、相当若いって事しか分かりません。宿屋の部屋にも、その女の正体に繋がるような痕跡はありませんでした」


 所詮は只の獲物。どうせ捕えれば変わらない、と高を括っていたのが仇となった。店主からは最低限の情報しか入っておらず、その容姿や出自に関しても殆ど情報がない。宿の部屋にも髪一本すら残っていなかったので、後始末も完璧と言えるだろう。

 それを聞いたボスの口からちっ、と舌打ちが漏れる。


「少しでも分かれば足取りが負えたんだが、......仕方ねぇ。おい、まずはここ数日の入港記録と周囲の目撃情報を洗え。そこから奴の素性を探り出す」


「分かりました、すぐに手配を」


「で、だ。そいつの目的に心当たりは?」


 そう問われた男の脳内に浮かぶのは、あの宿泊記帳と残された頭蓋骨。


「......復讐、ってところでしょうか。それがあの下っ端共や俺達に対してなのか、はたまた上に対してなのかまでは分からないですが。あるいは、愉快犯の可能性もありますが」


 だが恐怖を煽るように残された頭蓋骨と、女の存在を匂わせるあの記帳。間違いなくこちらに対しての警告だろうと男は考えていた。覚悟しておけ、という警告だと。ボスも同じ結論に至ったのか、男の言葉に頷き返す。


「......まあ、これで終わり、ってのは無いだろうな。急いだほうがいいか」


「速やかに準備を整えて、可能な限り早く奴の正体を掴みます」


 男はボスにそれだけ告げ、踵を返して部屋の外へと向かう。一刻も早く動き出さないと手遅れになると、そう認識していたために。




 ——だが、もう遅い。彼らは、既に悪夢の掌の上なのだから。




 部屋を出ようとした男の足がピタリと止まる。それを疑問に思ったボスだが、彼はすぐに別の事に気が付いた。——下が妙に騒がしい事に。


「何だ、一体?おい、様子を見て来い」


「......」


 そう腹心の男に声を掛けるも、返事がない。黙りこくったまま、その場で静止している。


「おい、どうした?そんなところで立ち止まって......」


 そう続けて声を掛けるボスの前に、護衛の男が歩み出る。その視線は警戒するように腹心の男を捕えており、決して視線を離さない。


「......下がっていろ。妙な気配がする」


「あ?何を......」


 何を言っている。そう続けようとしたボスだったが、彼はそれを口にすることが出来なかった。


「あべっ」


 突然、腹心の男がこちらに向き直った。——首だけ真後ろに回転させて。そこからさらに首の角度も回転し、顎と額の位置が逆転する。その目はボスの方を凝視しているが、とても生気は宿っていなかった。


 あまりに突然の変貌に、ボスは絶句する。そして護衛の男は、既に危険物の排除に動いてた。


「疾っ!」


 ()()()()()()が次の行動を移す前に素早く近寄り、腹と頭に拳を当て、部屋の扉の方へと吹き飛ばす。轟音と共に腹心の男は扉にめり込むが、やはり悲鳴の一つも上げない。

 さらに護衛の男は何事かを唱え、空中に青い魔術陣が展開される。出現したのは人程の大きさはあろう、氷の杭。護衛の合図とともにそれは放たれ、腹心の男を貫き部屋の扉を破壊する。その後響いた轟音から察するに、外まで貫通したのかもしれない。


「......っておい!?お前、何をして......」


 そこでようやくボスは正気を取り戻した。ただし、まだ現状を把握しきれておらず、護衛の突然の行動を問い詰めようとする。が、それは護衛の男の言葉によって遮られた。


「まだ分からないか?敵の第二の攻撃は、もう既に行われていたってことだ。どうやってかは知らないが、お前の部下たちに何か仕込んだんだろう。対応を誤る訳にはいかない、だな?」


 そう言われ、ボスは冷静になる。確かに、ああなった人間が助かるとは思えなかった。首がああなった時点で既に死んでいると判断するべきだ。

 この状況、自分達は後手に回ってしまっている。ならまずは、ここを何とか切り抜けなくてはいけない。

 心を切り替え、護衛の男と向き直る。たとえ監視目的であろうと、今はこの男に頼るのが最善手だと分かっているから。


「......助かった。それで、どうする?」


「下の階が騒がしいのも、敵の攻撃が原因だろう。確認したいところだが、狭い空間で襲われるのは勘弁だ。さっきの魔術で、恐らくだが外までの穴が開いただろうから、そこから状況を確認するべきだ」


「分かった、お前の判断に任せる」


 状況を把握するために、二人は腹心の男だったものが吹き飛んだ穴へと歩み寄る。途中で、階下からこちらに攻め入ってこれないように氷の壁で通路を塞ぎ、外と通じた穴を進む。

 すぐに外との境——拠点の壁があったところへと辿り着いた二人は、恐る恐る外を覗き見る。


「......は?」


「......何なんだ、これは」


 ——そして二人は言葉を失った。眼下に広がる、異常な光景を目にしたことで。


 拠点の外は、他の倉庫との間に広場のような空間が広がっている。普段は警備の姿がちらほら見えるそこに、人影は一切なかった。

 変わりに並ぶのは、真っ赤な花々。地面から茎が生え、天に向かって咲く、百合のような形をした真紅の花弁。暗く薄汚れた裏通りを彩るその花々は、見る者の心を掴んで離さないに違いない。


 ——なにせそれは、人の体で出来ているのだから。

 

 針金のようにすら見える細い茎は、人の体が痩せ細ったもの。生々しい肌色の茎のところどころから、棘のように白い骨が突き出している。

 左右に広がる葉のような部分は、肥大化して潰れた手だろう。浮き出て脈動する血管が、まるで葉脈のようにも見える。その中には、黒色の線も幾つか走っている。

 最も特徴的なのは、その中心に咲き誇る、真っ赤な花弁だろう。熟れた柘榴のような色をしたそれは、人の顔の肉がパカッと開き、裏返った人肉の花弁。茎や葉は干からびたようにシワシワなのに対し、花の方はとても艶があり、みずみずしい。

 その花弁の中心には、肉を剥がれた異様なまでに純白な頭蓋骨が天を仰いでいた。そしてその口にはある物が咥えられている。拍動しながら血を流し続ける、——心臓が。

 

 二人が呆然とその肉華を見下ろす中、一人の男が拠点から飛び出してきた。それは未だに生き残っていた、組織の一員。この状況から逃げようとしたのだろう、必死に走っており、二人の視線には気がついていない。


 そして必死に逃げようとする男が咲き誇る花の近くを通った瞬間だった。その花が、咥える心臓を噛り潰した。そしてそこから噴き出した真紅の血が、まるで花粉のように辺りへと飛び散る。

 逃げていた男はそれを避けられずにその花粉を吸ってしまう。直後男は苦しみだし、その場に倒れ伏す。そして段々とその体は脈動し、悍ましい音を上げながら変貌していく。

 やがてその場に現れたのは、周囲に咲く肉華と同じ物。対して心臓の潰れた花はといえば、急速に枯れて萎れていく。心臓を潰したことで、その命の輝きを使い果たしたかのように。




 二人は否応なしに理解させられた。あれは、人の成れの果てであると。

 命を燃やして美しく咲き誇り、命と引き換えにその種を撒く、——悍ましき呪いの徒花なのだと。



次回投稿は8月23日となります。

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