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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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底知れぬ不安

 ——暗い街の中をとある集団が駆けていく。数十人はいる男達は各々が武装し、周囲を警戒しながら進んでいく。

 その集団——フェニア商会傘下の組織から寄越された集者達が向かうのは、大通り裏のとある宿屋。その目的は、連絡の途絶えた資材回収現場の確認である。


 状況の確認へと向かう男達の先頭に立つ男——先程彼の所属する組織のボスから指示を直接受けた腹心の部下——は、目的地へと近づくにつれ、言い知れ様のない不安に襲われていた。


 今までも、下っ端達がこちらに逆らうことは何度かあった。女に一目惚れした者、他の商会に鞍替えした者、そんな裏切りはこの都市ではよくある出来事でしかない。

 ただし、それはあくまで下っ端だけ。それより上の立場になれば簡単に裏切るような事はない。特に大きな商家の傘下にいる者なら、そこを迂闊に敵に回すような愚は犯さないものだ。仮にそれでも裏切るような者がいるなら、余程の事情かあるか、或いは最初から内通者であるかのどちらかがほとんどだろう。

 

 だからこそ、腹心の男は連絡の途絶えたことに今までにない不安を覚えていた。下っ端の見張りの任に就いていた男達はボスからの信頼も厚い者ばかり。そんな者達があっさり組織を、牽いてはフェニア商会を裏切るとは到底思えなかったのだ。

 それに、仮に彼らが内通者ならこのタイミングで裏切ることにメリットは少ない。もし裏切るなら、もっと取り返しのつかない状況に追い込んでからのほうがよっぽど効果的だろう。

 そんな理由がすぐに思いつく程度には、腹心の男は部下の能力を認めていたし、信用もしていた。


 ならやはり他の商会の手によるものか、と思うもののそれもどこか納得がいかない。見張りの男達は十分腕が立つ。もしもの時も考え、逃げ足が速い者もいる。それなのにそんな部下たちが全員、何の情報も伝えることも出来ずに討たれる。そんなことが起きるとは彼には到底考えられなかった。

 それに、今のところ目的地周囲で戦闘音を聞いたという報告も受けていない。なら見張りの部下たちに何か起きたとは思えないのだが、だとしたら連絡が無いのは何故か、という問題が再び浮上してくる。


 その奇妙な状況が、彼の心に不安を抱かせていた。そんな男の雰囲気を察してか、彼が率いる男たちも心なしか不安げな表情をしている。


「えっと、そろそろ目的の宿ですが、......どうします?」


 男の部下の一人が、彼に恐る恐る訪ねてくる。そう問われても、男達の選択肢は元々一つしかないのだが。


「......行くしかないだろう」


 不安があろうと、確かめない訳にはいかない。そう腹を括りながら歩を進める男と、それに付き従う集団の視界に、目的地の宿が入ってくる。


「よし、人手を二つに分ける。お前が指揮をとれ。そっちは周囲の索敵と見張りの捜索を。こっちは宿の方、を......?」


「......どうしました?一体何を......、は?」


 宿に到着し、早速部下に指示を出し始めた男だったが、突如彼の声が止まったのだ。それに気づいた部下達は声を掛けても、男は口を半開きにして呆然としている。そんな男の視線の先に何があるのか、気になった部下たちも彼と同じように目を向け——全員が言葉を失った。


 目の前にあるのは、目的地である件の宿。——その筈なのに、その外観は男達が知るものとはまるで別物であった。


 そこにあるのは周囲の景観とそぐわない、まさに廃墟そのものというべき建物の残骸。壁はあちこちが剥がれ落ち、何か所も穴が開いている。窓につけていた鉄格子もボロボロに錆び、外れかかってぶらぶらと揺れている物もある。

 場所は間違えていない。何度も訪れたものも男達の中にはいるし、間違えようがない。なのに、そこにある光景は、男達が全く知らない、未知のものに他ならなかった。


「......予定変更だ。お前たちは宿の周囲を囲って、最大限に警戒しろ。それと周囲の建物の奴らを叩き起こして、いつからああなのか、何も気づかなかったのか確認してこい」


 一早く正気に戻った腹心の男は、素早く指示を出しなおす。この異常事態がどうやって起きたのかを、正しく把握するために。

 その指示を受け、呆然としていた部下たちもそれどころでは無いと気を引き締め直す。何人かが周囲への聞き込みへと向かうために走り出す。


「......行くぞ」


 腹心の男は部下の内、本来の予定よりもだいぶ多い半数以上を引き連れて宿屋の入り口に向かう。途中、壁に空いた穴などから中の様子を確認するが、中に何かがいるような気配は誰も感じなかった。

 十分に警戒してから、男達は入り口や大きな穴から一斉に宿の中へと突入した。


「っ!?げほっ、ごほっ!?」


 入った男達は、内部のあまりの埃っぽさに、思わず咳きこんでしまう。周囲に舞う埃を振り払い、ようやく彼らの視界にその惨状が写る。


 宿の様相は、知っているものとはまるで違っていた。壁や床には無数の穴が開き、あちこちが朽ちてしまっている。さらに何年も人が入っていないかのように埃が積り、男達が入ったせいで周囲にも舞ってしまっている。

 一階だけでなく、二階も同じ様相へと変化している。階段も半分が崩れ、廊下に空いた穴は下の階からでも確認ができる。各部屋にある布団も虫に食われたかのようにボロボロになっており、とても最近——それも今日まで経営していたとは思えなかった。


「......これは、一体どうなっている?」


 腹心の男の口から、思わずそんな言葉が零れ落ちる。初めは自分達が幻でも見せられているのではないかとも疑ったが、魔術を得意とするもの達が調べた限りではその痕跡はない。ただし、呪詛属性に似た魔力の痕跡がかすかにあるらしく、それが原因なのではないか、というのが彼らの見解だった。

 それともう一つ、明らかにおかしい痕跡がとある場所——宿一階のカウンター上に残されていた。一目見ただけで異常とわかる()()が。あまりの怪しさに誰も触れようとしなかったが、いつまでもそうしているわけにはいかないと覚悟を決めた腹心の男が代表し、魔術師と共にそれへと歩みよる。


 ——それは、血らしきもので真っ赤に染まった宿屋の宿泊記帳の上に置かれた、一つの頭蓋骨。しかも一見するとただひび割れているだけにも見えるそれは、よく観察すれば各パーツの大きさや色合いがかなり違っており、酷くいびつな形をしていた。

 ——まるで、複数人の骨を砕いてから一つの物に組み直したかのように。


「......魔術の痕跡は、ありません。妙な魔術が仕掛けられていることはないかと」


 その報告を聞いた腹心の男は、大胆にもその禍々しいオブジェクトを手に取った。周囲の者達はそれに慌てるが、彼の身に何かが起こることは無かった。

 どうやら本当に、これには何も仕込みはないらしい。そう考える男の視界に、頭骸骨の下敷きとなっていた宿泊記帳が目に入る。書かれているページの一番端、今日の獲物の名が書かれているはずの部分が、血で塗りつぶされていることに。


「......まさか」


 そこで腹心の男はようやく気付いた。下っ端や見張りだけでなく、獲物であったはずの女の姿も消えていることに。そして今回の元凶が、自分達の予想とはまるで違うものである可能性にも。

 すぐに獲物が泊っているはずの部屋を確認させるが、そこにあるはずの痕跡は一切発見できなかった。

 そこに、周囲で聞き込みを行っていた部下達からも報告が来る。宿がこうなったことにはまるで気づいていなかったこと、周囲で戦闘音や騒ぎ声は一切聞いていないこと、そして獲物を引き取りに来た男達が宿屋に入るところを数件離れたところで偶々目にしていた者がいた、という情報が。


 この時点で、腹心の男は確信した。下っ端の裏切りじゃない、他の商会の回し者でもない。獲物であった女こそが、今回の騒動を引き起こしたのだと。

 そしてその女が周りに一切に事を気づかせないままこれだけのことができる、少なくともそれだけの力を持つ存在であることにも。


「俺達は急いでこのことをボスに報告する。お前達は引き続きここらの警戒を頼む。現状での唯一の手掛かりだ、ほかの奴らに荒らされることのないよう、全力でここを守れ」


 外を警戒していた者達にそう指示を残し、彼は残りの全員を引き連れて彼らの本拠地へと引き返す。

 帰り道を走る彼の中にある不安は、ひたすら膨らむばかりだった。


 これは、本当にこれだけで終わりなのか?まだ、何かがあるのではないか?むしろ、あれは始まりでしかないのではないか?そんな考えが、彼の頭にこびりついて離れない。


 だがまずは、一刻も早くこのことを知らせなくてはいけない。その思いが、彼の足をひたすらに走らせていた。


 ——全ては、もう徒労でしかないのだが。




 残された男達は、まだしばらく同じことを繰り返さないといけないことにため息をつきながらも、真剣に仕事に従事していた。彼らもこの事態の異常さには気づいていたし、何よりここで仕事をさぼって上に目を付けられるわけにはいかなかったからだ。

 ただ、彼らは甘く見ていた。此度の犯人も、幾ら何でもガズの五大商家の一角に正面から喧嘩を売ることはないだろうと、高を括っていた。


 ——それが、いかに的外れであるかに気付かぬままに。


「っ!?グがっ!?」


 彼らの足元から、一斉に漆黒の棘が天に向かって伸びる。それ——闇魔法の杭は、彼らの体を貫通し、一人も逃すことなく絶命させる。

 そして、誰もそれに気づかない。男達の叫び声も、彼らが倒れる音も周囲に響いたはずなのに、誰もそれを疑問に思いもしない。残ったのは、穴の開いた男達の死体のみ。


 そこに、悪夢が舞い降りる。妖しく輝く銀を纏った漆黒の悪夢は、純白の蛇を従え、転がる死体には目も向けずに、先程の男達が去っていった方向をじっと見る。


「......さて、()()()は十分ね。イオ、行くわよ」


「キュッ!」


 彼らは、実に甘く見ていた。彼らを襲ったモノが、自分達の予想を遥かに超えるものだと、最後まで気づけはしなかった。本当に命が惜しいなら、なりふり構わず逃げるなりなんなりするべきだったのだ。

 だが、もう遅い。というより、最初から手遅れだったのだ。まさに因果応報、彼らに逃げ場など、元より存在しない。




 ——悪夢に目をつけられた時点で、彼らの未来は閉ざされていたのだ。





 

次回投稿は8月17日となります。

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