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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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立ち込める暗雲

 タナク砂漠は、太古の時代に魔王が生み出したある魔物によって出来たものだ。北の魔大陸から攻めてきた魔王の強力な配下は、かつては自然豊かな平原だった地を三日三晩で死の砂漠へと変貌させたと言われている。


 そしてガズの遺跡は、その魔物の猛攻に耐え、それを討つための最前線基地となった砦の跡地である。

 遺跡を中心とした周辺の地層は太古の魔術師達の手により砂漠化を免れた。永い年月を経てそこも砂に覆われてしまっていたが、アウルーズ商会の手によってそれが掘り出され、遺跡だった地を中心として円状に城壁が建てられ、街が築かれていった。


 そんなガズの都市は、大まかに八つの区画に分けられる。まずは、都市の中心部。五大商家がトップを務める行政機関や、有力な商人や貴族の屋敷が立ち並ぶ、この都市の中枢部分。そして中枢を囲う区画は六分割され、その内南にある区画だけが更に南北で二つに分けられることとなる。


 最も南にあるのは、この都市の玄関口たる港湾区画。ここだけは砂丘船が入れるように砂で覆われ、毎日多くの船が行き来している。港の桟橋には無数の船が停泊し、人々がひっきりなしに行き来している。

 その北にあるのが、中枢区画に向かって伸びる大通り。この都市の看板ともいえる場所だ。その周囲にも商店や宿、酒場が無数に建ち並んでいる。現在、アリスが滞在する宿もこの内の一つになる。また、商店で下働きしている人々の生活区域もこの辺りとなっている。

 

 そして、残りの五区画は、五大商家が管理している場所となる。

 アウルーズ商会が管理する、大工や職人が多く住まう北側の区画。

 ルニル商会が管理する、治療院や薬剤店、さらに聖典教会の建物もある北西~西側の区画。

 イジ―商会が管理する、鍛冶屋やギルド支部、闘技場もある西~南西の区画。

 フェニア商会の管理する、高級店や賭場の建ち並ぶ東~北東の区画。

 そしてスィアーチ商会の管理する、奴隷商店や娼館が並ぶ東~南東の区画。




「......連絡が途絶えた?」


 その中でフェニア商会が管理する区画にて、男——フェニア商会の手下達の内、ガズで始めた新事業・・・を行っている組織の長を勤める男は、自身の執務室でとある報告を聞いていた。

 資材・・の回収作業に行った下っ端たちの内一組が帰ってこず、連絡も入ってないのだと。


「見張りはつけているんだよな?」


「もちろんです。その見張り達もまだ戻ってきてません」


「ってことは下っ端共が獲物をちょろまかした、とかじゃねぇな......」


 回収に行かせた男達自身には教えていないが、彼らは所詮は下っ端。いつ裏切ってもおかしくない為、作業時には数人見張りをつけるようにボスは徹底していた。腕も立つ、彼の信頼も厚い部下を選んで付けているので、裏切りの可能性は低い。

 そんな見張り役達からも報告が無いという事は、想定外の事態が起きた可能性が高い。そう結論付けたボスはすぐに部下へと指示を出す。


「......おい、お前が確認してこい。動かせる部下は出来るだけ連れていけ」


「分かりました、すぐに」


 報告を行っていた彼の腹心の一人は命令を受け、すぐに部屋を出ていく。


「ったく、一体どこの仕業だ?めんどうな真似しやがって......」


 部屋に残ったボスは、執務机に肘をつきながら手を引いている者について考え込む。

 すぐに思いつくのは、他の商会——五大商家のいずれかの手によるもの。特にスィアーチにとって、彼の組織が行っている事業は鬱陶しいに違いないのだから。


 彼が任された新事業とは、人攫いによる()()()()である。資金が豊富なフェニア商会にとって、奴隷は金で簡単に手に入るものである。わざわざ人攫いをする必要など、今まで存在しなかった。

 だが、ここ数年奴隷の値段は上がり続けている。奴隷商売の最大手たるスィアーチなど特にその傾向にあるといっていい。常に多くの奴隷を必要とするファニア商会にとって、すぐにとは言わずとも事態を改善する一手を講じる必要性が生じていた。


 そこで、フェニア商会でもスィアーチのように人を確保する手段に出始めた。とはいえ、本格的にやるには代々奴隷商を続ける商会に敵う訳もない。まずは、あくまでそれが出来るかどうかの試験をするべきと考えた上層部は、始めはガズ内部でそれを試すことにした。傘下に属する幾つかの宿屋を使っての小規模での事業を行い、その結果を元に今後の展開を決めることにしたのだ。

 男がボスを務める組織もそういったものの一つに当たる。......彼の組織の場合、仕入れる資材には()()()()()()()が与えられていたのだが。


 ——そんなフェニア商会の奴隷事業に変化が起きたのは、数カ月前。アウルーズの危機を皮切りに勃発した、この都市の覇権争いが始まったことにより話は急展開する。


 各商会での対立が激化し始め、それと比例するようにガズ内部における物価が桁違いに跳ね上がったのだ。そしてそれは奴隷売買においても同じだった。いやそれどころか、人という最高の資材の取引額は何よりも、今現在も跳ね上がり続けている。

 この奴隷売買の値上がりで一番の痛手を喰らったのがフェニア商会だった。いくら資金が潤沢であっても、決して無限ではない。上がり続ける値を素直に支払っていては、いつか限界を迎えてしまう。それに、覇権争いが起きている中で必要以上に資金を失っていくことは、商会にとって大きな痛手となる事は目に見えていた。


 そこで商会上層部はある事業に——試験的に行われていた資材確保事業に目を付け、これが本格的に始動することが決定した。とはいえこれはあくまで繋ぎ。外からの仕入れを確立するまでの時間稼ぎと言うのが正しいだろう。

 だが実際のところ、この事業は順調な滑り出しを見せることとなる。外部からの仕入れを確立した後でも、残しておいてほうがいいと思われる程には。

 上層部は最終的にはスィアーチの事業を一部でも乗っ取ることも視野に入れているらしいが、ボスからすればそんな上手くいくわけがない、というのが本音だ。上からも結果をせっつかれているが、長年その分野で活動してきたスィアーチに簡単に敵う訳が無いのだから。


 ——そんな中での今回の不穏な事態。正直、仕事を投げ出したいとすらボスは思っていた。


「......分かっているんだろうな?」


 ——それも土台無理な話なのだが。声を掛けてきたのは、長の後ろに立つガタイの良い男。壁に寄り掛かりながら、彼へと鋭い目線を向けてくる。


 この男はフェニア商会本家が寄越した、組織の護衛にして監視役。ボスが商会を裏切らないか見張り、——最悪の場合は組織丸ごと始末するための。

 かなりの腕利きらしいが、それを寄越すあたり上層部は彼に期待しているのか——あるいは逃げ出すか、裏切る可能性が高いと思われているのか。現場ではきな臭いことが起きているようだが、長からしたらこの護衛も目障りな存在であるのに変わりない。


「......心配いらない。お前は本家に問題ないと報告してればいい」


 ボスにはそう答えるしかない。何かあれば、未来には破滅しか無いのだから。


「......いいだろう。ただ、もし何かがあったら......」


「分かっているっ!」


 問い詰める護衛に対して、つい彼の口調が荒くなる。護衛の男はそれを見て納得したのか、そこで話題を別の事へと変えた。


「そういえば、()()()に関して情報は手に入ったか?」


「......ああ。()()、ねぇ......」


 そう言われて思い出すのは、数日前に出されたとある指令。あるブツに関して情報を掴め、というものだ。どうやらほとんどの配下に指示を出しているらしいが、未だに満足な情報を得られていないらしい。


 とはいえ、彼からすれば正直そんなもの本当にあるのか、としか思えない。

 確かにそれがあれば、商会の力は大きく増す。もし長が手に入れれば、今の立場を捨ててでもそれを独占しようという考えが頭をよぎる程に。


 だが、ボスはそもそもそれが存在することを端から信じていなかった。——そんなもの存在するはずがない、と。

 そんな考えを呼んだわけでもないだろうが、護衛の男が彼に釘を刺す。


「いいから、情報を集めろ。どんなものであれ、全て報告しろ。これが他の商会の手に渡ればどれだけの損失になるか、分からないわけでもあるまい?......それとも、俺の裏を掻こうなどと無駄なことを考えているわけじゃないだろうな?」


「分かっている、心配するな」


 それが不可能であることはボスも重々承知している。配下にも腕が立つのは何人かいるが、この男はレベルが違う。本家の雇う者の中でも上位の実力者、そんなのに当てられる戦力は彼の元にはいないのだ。仮に部下全員で挑んでも、返り討ちにされるのがオチだろう。

 それに、もしうまくいったとしても、それはこのガズの最高権力者の一角を敵に回すことに他ならない。そんな愚を犯すつもりは長だって無い。


(ちっ......、めんどうばかり起きやがる。ああ、腹立たしいっ)


  そんなことを内心で愚痴りながら、ボスは部下の帰りを待つしかなかった。


次回更新は8月14日となります。

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