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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
一章 夜会は血と怨嗟に塗れる
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ガンダルヴ公爵家

 中央大陸・アルミッガに多数存在する人類国家の一つ、グラム王国。ガンダルヴ公爵家は代々この国の宰相を務めており、王国の政治を支えてきた大貴族である。

 王都フロトにあるガンダルヴ邸の執務室にて、現当主にしてアリスの父、ハーヴェス・クラウ・ガンダルヴは執事からある報告を聞いていた。

 ——公爵家の忌み子、アリスが死亡したことを。


「......そうか、アレが死んだか」

 

 様子を見に行った侍女がアリスの死体を発見したのが、数十分前の事。そろそろ死ぬだろうと噂になっていたこともありこの話はすぐに屋敷中に広まり、屋敷の主たるハーヴェスの耳にもすぐに入ることとなった。


「それで、いかが致しますか。遺体の処理等、手間が掛かりますが......」

 

 執事の言葉に、アリスを敬う意思は無い。呪いを持って生まれてきた彼女は家族として認められなかった。それはガンダルヴ一族だけでなく従者達にとっても同じであり、残った遺体などゴミとさして扱いは変わらない。なので、面倒ごとには成らない様に燃やし、都の外にでも捨てて来いとでも言われるのだと執事は思っていた。

 ところが、ハーヴェスはすぐに答えず、無表情のまま考え込んでいる。今もそうだが、彼は普段から無表情であり、長年仕えているこの執事でも主の考えは読めないときがある。

 しばらく経ってから、ハーヴェスが口を開いた。


「いや、まずは聖典教会の神官を呼べ。遺体と屋敷全体を浄化する」


 ハーヴェスの言葉に執事は困惑する。主の意図が読み切れなかったために。


「......浄化、ですか?」


「ああ、早めにだ。出来れば今日中には行いたい。あれが怨霊にでも成られたら堪らん」


「怨霊など......。あの娘にそんな力、あるはずが在りますまい」


 怨霊とは、死者の霊が自身の怨念で魔物へと変化した存在を言う。ただし、そう簡単になれるものではない、というのが一般的な常識だ。ずっと床に就いていた痩せ細った小娘が成れるとは到底思えない、執事はそう考えていた。だがハーヴェスはそんな執事を咎めるように鋭い視線を向ける。


「あれを甘く見すぎだ。確かにあれは呪いを持って生まれた忌み子。アリアを殺し、自身もその呪いで潰えた小娘だ。だが、我が子たちの中で最も才能に溢れていたのは、間違いなくアレだ。呪いさえ持って生まれなければ、間違いなく私の後継になっていたくらいに。忘れたのか、アレが忌み嫌われ、恐れられるようになった一端を」


 その言葉に執事ははっとした。そうだった。ただ忌み嫌われ、迫害されていただけだった彼女が畏怖され、余計に人が寄り付かなくなった理由。公爵家に眠る膨大な数の書物を読み漁り、水を得た竜のごとく次々と知識を身に着け、十にも至らぬ歳で大人どころかそれ以上の頭脳を持つようになった怪物。

 ——アリス・クラウ・ガンダルヴは、そういう存在だったと。


「アレが怨霊になったところで、私は一切驚かない。むしろそうならない方がおかしい、とすら考える。ならば、早いうちに手を打つべきだ」


 ハーヴェスは、アリスの事を一切侮っていない。どんなに憎く、忌み嫌おうと、その才を過小評価することは決してしない。主の考えを理解した執事は、気を引き締める。


「かしこまりました。すぐに手配します。......そういえば、()()はどうしますか。神官に見られては、少々厄介かと」


「......()()、か。宝物庫に入れる。術式の鍵を渡すから、お前が入れておくように。()()は兵士にでも運ばせろ」


「かしこまりました、すぐにでも。それでは失礼いたします」


 ハーヴェスの命令を聞き、急いで部屋を出ようとすると、再び声が掛かった。


「......浄化した遺体は焼いた後で、アリアと同じ墓に入れろ」


 その言葉に、執事は思わず振り返って主を凝視する。ハーヴェスが口にした言葉があまりにも信じられなかった為に。


「......よろしいのですか?」


「......アリアは、きっとそれを望むだろう」


 主は、こちらに一瞥もくれず、机に向かっている。態度はいつもと変わりなく、静かにそこに座っているが、声の端が微かに震えているいるようにも聞こえた。


「......かしこまりました」


 如何なる考えがあろうとも、私は主に従うのみ。執事はそう考え、一礼してから部屋を出る。

 執務室にはハーヴェスただ一人残る。沈黙が流れる中、彼は首に掛かったペンダントを取り出し、蓋を開ける。中に納められたのは、妙齢の女性の写真。


「......アリア、今の私を見たら、お前は何というだろうな」


 そんなハーヴェスの呟きが、静まり返った部屋に響き渡った。

 



「——気を付けて運べ。絶対に落とすなよ。それ一つでお前達の給料何年分もの価値があるのだからな」


 執事の声に身を強張らせながら、二人の兵士があるものを運んでいた。ゆっくりと、しかし確実に。執事の言葉が本当ならば、これに少しでも傷をつければ物理的に首が飛んでもおかしくないのだから。

 やがて、執事と兵士たちは屋敷の地下にたどり着く。そこには、表面に複雑な模様や術式の彫り込まれた、金属製の扉があった。執事が胸元から赤い宝石を取り出し、掲げる。それに反応するように紋様が輝き、扉が開いていく。

 扉が全開になるのを待ってから、執事は中へと入る。兵士二人もそれに続き、中に入ったところでその光景に絶句した。中にあったのは多数の金銀財宝や武器、様々な書物などの宝の山。彼ら兵士では一生掛かっても手に入れられないものばかりが無造作に置かれている。しかも彼らの視界いっぱいに映る無数の宝物でさえほんの一部でしか無い。

 これこそが大国有数の大貴族の財の結晶。ガンダルヴ家の宝の全てが納められた宝物庫である。


「念の為に言っておくが、宝物に手を出すなよ。その時点で、ガンダルヴ公爵家を敵に回すと理解しておけ」


 そう言って執事は脅すが、もとより兵士たちにそんなつもりはない。王国有数の大貴族に楯突こうなどとは考えてすらいないのだから。

 執事の指示で持ってきた()()を宝物庫の一角に置き、即座に外に出る。共に出てきた執事が再び宝石を掲げると、今度は扉が閉まり始める。


「......ん?」


「おい、どうした?」


 その時、兵士の一人が妙な声を上げる。もう一方の兵士がそれに気付き、声を掛けるが。


「おいお前達、早く仕事に戻れ!」


 執事の声にはっとして、兵士たちはすぐにその場を離れた。


「......いや、気のせいだな。女の子の声なんて聞こえるわけがない」


 ——自分たちが見逃した重大なミスに、ついぞ気付かないまま。


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