変幻自在の白き毒蛇
鎮まりかえった宿屋の廊下。辺りに無惨に転がる男達の亡骸。そんな中で散りゆく魔力残滓をじっと見つめていたワタシだったが、やがてそこから視線を外し、廊下の向こうで唯一蠢く影へと声を掛ける。
「......イオ、それを食べるのは止めておきなさい」
「シャッ!?」
動いていた影——イオはワタシの言葉が予想外だったらしく、驚くように鳴き声を上げ、先程から口に咥えていたそれ——男の死体をボトッと落とした。
「シュ、シュ~」
そして体のサイズを少し縮め、男達の死体を上手く避けながら、こちらへと向かってくる。どこか目を潤わせて、懇願するような鳴き声を上げて、すり寄ってくる。
......うん、正直かわいい。一瞬許してしまいそうになるけど、でも許可は出来ない。
「それ、質良くないんだから、お腹壊しても知らないわよ、ってそれは無いか。でも美味しくな
いかったでしょ、さっきのも?」
「......シャ~」
イオはしばらく迷っていたものの、やっぱりあの男も美味しくなかったらしく、渋々とではあるが頷いてくれた。
「それじゃ、まずそいつらから消しておきましょうか。イオ、お願い。幾つか骨だけ残して、後は溶かしちゃっていいわよ」
「シュー!」
イオの鳴き声と共に、口から紫色の液体が球体となって幾つか放たれる。ひとつひとつが僅か1cm程しかないそれは、男達の死体に触れた途端にそれらをもの凄い速さで溶解させていく。
「......それにしても」
「シュ~?」
その光景を見て、ワタシは目の前のイオへと視線を向ける。
「本当にこの一カ月で強くなったわね、イオ」
思い起こされるのは今のイオのステータス。
名:イオ 種族:ベノムサーペント 年齢:0
スキル:魔力制御、魔力感知、熱源感知、魔力回復、猛毒生成
固有スキル:伸縮自在、回生癒法
適性:土、水
——種族:ベノムサーペント。毒を主体に戦う蛇の魔物、というところかな。
特徴はやはり、その名前とも合致する猛毒生成という能力。強力な毒を生み出し、それを使って様々な攻撃が可能になるという能力。先程みたいに毒を飛ばすことも出来るし、毒牙として使う事も可能。無論、それらの猛毒への耐性も獲得している。それと、胃酸なんかも強化されているらしく、消化速度なんかも大幅に上がっている。さっき食べた男もものの数分で消化したようだし。
イオがなんでこんな能力を持っているのか、そもそも何でこんな種族に進化したのかと言えば。実はワタシが原因だったりする。
旅の途中、屋敷から持ち出し、様々な物を整理中の事。その中にあった物の内、幾つかの毒の瓶にイオがえらく興味を持ってしまったのだ。最初はワタシも駄目だと言っていたものの、断り切れず、それを上げることにした。
とはいえ最初は薄めて、少しずつだけ。大丈夫そうなら、ちょっと増やして。
......そんなことを一カ月続けた結果、見事イオは猛毒生成能力を獲得し進化も果たした。しかも、この種族は内に秘める毒の種類によって強さが変化するため、イオのそれは通常種とはレベルが違う。神経毒、出血毒、筋肉毒、更には溶解毒まで、実に多種多様。
......ワタシが持つ毒の中でも特に危険なヒュドラ——猛毒を持つ蛇の魔物——の溶解毒まで獲得しているから、正直なところもうベノムサーペントと呼んでいいのかすら分からないし。ちなみに、今使っているのはそれを弱めたもの。全力で使ったら、この周辺が危険地帯になりかねない。
何故たった一ヶ月でこんなことになったのか。それを可能としたのが、イオの持っていた四つの能力。
自己治癒——ワタシの持つ再生の生物版といえる、魔力を使って肉体を治癒する能力。そしてそれに使用された魔力の回復を高める、ワタシも有している魔力回復。
そしてそれらの効果を引き上げたのが、固有スキル:大地の癒し。効果は『地面に触れている間、自身の持つ回復能力を大幅に上昇させる』というもの。これによって前述した二つの能力が大幅に引き上げられて、毒のダメージを受けても短時間で回復する、というサイクルを繰り返すことが出来たという訳。
そして最大の要因とも言える能力——脱皮。自らの意思で脱皮を行うことが出来、その際一時的に全能力が低下するが、その後それ以上に自身を強化するという、結構な優れもの。そしてこれ、肉体の耐性なんかも成長させるらしく、イオはこれのお陰で毒への耐性をあり得ない速度で獲得することが出来、強力な毒を身に着けることが出来たのだ。
本来なら全能力の低下というのは危険を伴うものだけど、ワタシと共にいるイオの場合は問題ない。
とはいえ無尽蔵に行うことが出来る訳ではない。最短で五日に一回、といったところかな。それでも、この一カ月それを繰り返した結果、イオはめでたく進化を果たし、ベノムサーペントとなった訳だ。......遥かに上位種のヒュドラの猛毒を使える時点で、詐欺と言われかねないけど。
しかも、その結果とんでもない固有スキルまで獲得しているし。
——回生癒法。自身の回復能力を大きく高める能力。しかも、一定以上の傷を負った時には脱皮の要領で即座にその傷を癒す事まで出来るようになった。その上、直後は一時的に弱体化はするものの、その後は能力が以前よりも上昇する。
簡単に纏めるなら、小さな傷は勝手に癒え、大きな傷は弱体化を伴うとしても即時治癒、しかも治癒するたびに強くなるおまけつき。
つまりは大地の癒し、自己治癒、脱皮が統合したうえでより良くなった能力。......とんでもないわね、これ。
あとは、蛇らしい熱源感知の能力に、ワタシも持っている魔力の制御と感知。魔法の習得は、まだこれから。
それともう一つの固有スキル:伸縮自在。肉体を大小最大十倍にサイズ変更できるというもの。実は本来のイオのサイズは1m50m程で、普段は移動しやすいように十数cmぐらいにまで縮んでいる。そして戦闘時は通常サイズ、時には巨大化することもある。
ワタシからすると、このスキルも結構羨ましい。この一カ月で良く分かったことだけど、幼女の姿は色々と目立つのだ。これがあれば、大人サイズになることも出来るので、少しは動きやすくなるだろうから。
......うん、ヤバくない?今のイオ、猛毒や再生能力の点を見ればもう小さなヒュドラと言っても過言じゃない。しかも体のサイズは変更可能だから隠密行動だって可能だし、言うなれば都市にも簡単に忍び込める猛毒を持つ蛇。
......方向性は違えど、ワタシと同等以上に危険な存在だよね。......どうしてこうなった。
当のイオはと言えば、ワタシがそんな事を考えているとは露ほども思っていないのか、褒められたことに気を良くして頭を機嫌良さそうに揺らしている。
......まったく、可愛いんだから。
そんな彼女の頭を撫でながら、これからの事について考える。
現状、目的地は二ヵ所。奴隷販売に関わっている。スィアーチ傘下の商会に向かうべきか、それともフェニア商会の手下どものところに向かうか。
「......でもまあ、まずは義理を果たすとしましょうか」
そうと決まれば、まずは始末と偽装といきましょう。
次回投稿は8月11日となります。




