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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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散りゆく者達への誓い

「権力争い、ねぇ......」


 男から聞き出した、今の街で起きている出来事。五大商家による、権力争い。


 ......実のところ、この話そのものはワタシにとってそこまで問題になるものじゃない。むしろ混乱していてくれた方がこちらの動きも補足され難く、そして相手側の動きにも綻びが生じているものだ。

 考えるべきは、そちらに介入する事にメリットがあるかどうか。混乱を助長させるために少し派手に動くか、それとも慎重を期して影で動くべきか。どっちにも利点があるから、......悩ましい。


「......おい!もう十分話しただろうが!いい加減俺達を解放してくれっ!」


 そんな風に今後の方針を考えている時に、横から声を掛けられる。

 声を発したのは、親方と呼ばれていた男。額に大粒の汗を滲ませ、必死の形相を浮かべながらこちらへと懇願してくる。その奥で縮こまっている宿屋の店主も、体を震わせながら男に同調するように首を何度も縦に振っていた。


 ......どうやら、情報を話したのだから逃がしてほしいと言いたいようだけど。


「貴方達は、今までそう懇願してきた相手を助けたことがあるの?」


「っ......」


 そう問いかければ、彼らは途端に口を噤む。まあ、最初から分かっていたことだけど。でなければ、そこにいるスケルトンをワタシが生み出せるはずが無い。


 ——この宿にいた、怨霊になることが出来なかった、怨念を宿した無数の霊魂。こいつらにここで殺された者達の成れの果て。それにワタシが魔力を与えて、死霊魔法を使って生み出したのが『彼』だ。

 そして、ワタシは彼を生み出した時に約束をしている。彼らを殺した者達を、決して逃がしはしないことを。

 それにその約束が無くても、情報漏洩という意味でも見逃す理由は一切ない。


 ——つまり、彼らの命運はワタシがこの宿に来た時に、すでに決まっていたのだ。


「......おっ、俺はっ!?」


「——うるさいわよ」


 それでもまだ何か言おうとする男に対し視線を向け、眼に魔力を込める。

 すると男は口を開けたまま動きを止める。ピタリと、まるで時が止まったかのように。突然の変化に、横にいた店主は何が起きたのか理解が出来ていない。


「......なるほど。こうなるのね」


 そしてワタシはと言えば、男に起きた現象を考察すべく、それをつぶさに観察していた。

 今使ったのは、ずっと死蔵していた『凍の魔眼』。最近までワタシも存在をすっかり忘れていた、可愛そうなスキルの一角。元々鑑定石の色に合わせて選んで組み込んだ物で、使う機会も無かったから、今まで一切活躍してなかった。


 という訳で使ってみたのだけど、なるほど、こんな感じになるのか。男は動きを止め、肌の一部には霜が降りている。ただ死んだという訳では無いらしく、眼球は微かに動いているし、口からは白い息も漏れている。生きたまま凍らせた、というのが正しいのかな。もっと氷とかで覆われるのかと思っていた。

 というかこれ、氷の属性だけじゃなくて呪詛も混じっているようにも見えるんだけど。......ワタシのせいですね、はい。


 うん、これからはもう少し重宝しよう。発動速度も速いし、相手を拘束するのにはもってこいだ。


 一通り観察を終えたワタシは、顔を店主の方へと向ける。それに気付いた彼は逃げようとするが、イオがいる以上それも不可能。前後を挟まれて、彼は絶望したようにその場に崩れ落ちる。


「さてと、今度はこっちを試すとしましょうか」


 そう言いながらワタシは店主へと近寄っていく。恐怖に体を震わせながらも必死に床を這いずって逃げようとする彼の足を掴み、力を籠める。

 すると腕が黒い獣のソレへと変化し、いつもよりも体に力が漲る。そのまま足を握れば、勢い余って足を握り潰し、引き千切ってしまう。


「あぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


「あら、これは想定以上」


 叫びを上げる店主を尻目に、ワタシは足を投げ捨てて自身の腕を観察する。


 死にスキルその2、獣化。近接戦をカバーするためのものだけど、そもそもその近接戦をする機会が無くて使っていなかった。

 けど、予想以上に出力が高い。一度宝物庫に居た時に試してはいたけど、ここまで力が上がりはしなかったと思う。これは進化の影響なのか、それとも他に要因があるのか。まあ、使っていけば分かるだろう。この先強敵と戦う際には役に立ってくれるだろうし。


 ——なら、最後の仕上げといこう。


 ワタシは獣化を解き、そこにじっと佇んでいるスケルトンへと目を向ける。


「もう、ワタシの用事はすんだわ。好きになさい」


「......カタカタッ!」


 彼はワタシの言葉に反応するように体を揺らし、歯を打ち鳴らして、標的の二人の元に向かう。


「あ、あっ......。助け、たす......け、て......」


 店主は命乞いをするが、スケルトンは動きを一切止めない。まあ、それも当然の事だろう。生前彼らも口にしただろうその言葉に、男達は耳を貸さなかったのだから。


「あ、がっ、があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 尻尾となっている頭蓋骨が分離し、宙を飛ぶ。それは店主の手足に噛みつき、そのまま浮かび上がって空中に磔状態にする。店主は逃れようとするが、そのたびに噛みつかれた場所に歯が食い込んでいく。

 そこに本体が近寄り、狙いを定め、鞭のようにしなる指を店主へと叩きつける。


「いぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!??」


 それは肉を抉り取る威力を秘めた、骨の鞭による一撃。指一本分の攻撃を受けた店主の腕の肉の一部が、指の太さ分だけごっそりと消えている。

 そして無論、それで終わりではない。スケルトンは十本の指を構えて、じっと店主を見つめる。


「あ、待って、まってくれぇっ!?それは、それだけはっ、あがががががががががががががががががっ!?」


 そうして始まるのは、鞭の連撃。止まることのない、骨の嵐。

 鞭とかした指が止まることなく振るわれ続け、店主の体を少しずつ、しかし確実に削り取っていく。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!?!?」


 店主の叫びはもうまともな声にもならず、聞き取れない音となって、肉が弾け飛ぶ音と共にその場に響く。

 いつまでも続くように思えた嵐は、しばらくしてからピタリと止む。後に残ったのは、砕け散った骨と潰れた内臓で出来た残骸の山と、肉と血で赤黒く染め上げられた廊下のみ。


「......」


 それを、凍らされた男は何も発することが出来ないまま見つめていた。その目に宿るのは、恐怖か後悔か、はたまた懺悔か。どっちにしろ、もう遅い。

 スケルトンは視線を男へと向け、ゆっくりと歩み寄る。動けない男の目から一筋の涙がこぼれ、凍りつく。

 そんな事は気にも留めずに、スケルトンは男をその長い指で拘束して持ち上げる。凍りついて動かないはずの男の顔が、酷く歪んでどこか絶望しているようにも見える。

 その顔の上半分を、骸骨の口が咀嚼する。ガリッ、という人から聞こえたとは思えない音と共に、男の顔が砕け散った。血は噴き出ず、冷凍庫で凍らせたような肉の破片が周囲に散乱する。咀嚼はそのまま続けられ、全身がバラバラにされていく。最後に残るのは、積もった肉と骨の塊。それをスケルトンは全力で踏み潰し、真っ赤な肉の絨毯が完成した。


 そのまましばらく動きを止めていたスケルトンだったが、やがてこちらへと向き直り、膝を突く。


「......もういいのね?」


「......カタカタッ」


 ワタシがそう問いかけると、スケルトンは静かに首肯する。


 死霊系・霊体系とも呼ばれる、アンデッドの魔物。彼らの原動力となるのは、生前の恨みつらみ。それが積み重なり、魔力を一定以上まで持っていることで初めて死者は魔物へと変化できる。死霊術は、それに足りない分の魔力を与えて魔物を生み出し、或いはその魔力で強化して、彼らを従える術。

 この宿にいた霊魂は、恨みを宿してはいても魔物に変わることも出来なかった、弱い者達。それを束ねて、ワタシの魔力を使ってようやく生み出すことが出来たのが、この子。複数の魂を詰め込み、それをワタシの魔力を与えることで一体の魔物として生まれたのだ。


 本来、魂は混ざり合えば拒絶反応を起こすもの。イヴの時はそれをわざと引き起こした訳。けど、それに生者が関わっていなければ話は変わる。だって大抵の死者の魂は、その人格と理性を失っているものだから。ほとんどは生前の後悔、怨嗟に呑まれてしまい漂う存在と化してしまうし、それは魔物となった死霊も同じ。死霊術を扱う者にとってはそうやって集めた魂を元に新たな死霊系魔物を生み出すのは割と定番な手段でもある。

 だからこそ、ワタシの様に人格を保つ死霊なんかは危険視されるのだけど。


 後は、彼らの魂の相性もある。いくら怨嗟に呑まれていようとも、魂にだって混ざりやすいものとそうでないものが存在する。例えば互いに憎しみあっていた者達の魂が同じ体に収まるかと言えば、それは無理な話。

 そしてこのスケルトンを生み出す元となった魂達の場合、その相性という意味ではかなり良いと言えた。なにせ、皆が同じ者達に殺されたのだから。その怨念が同じ方へと向く以上、そういった点で合わないわけが無い。


 そういう訳で生まれたこのスケルトン、なのだけど。——その体は、既に崩れかけていた。男達の攻撃を喰らったからではない。もう、その存在を保てなくなっている。

 彼らは元々、怨念は宿していても魔物にすらなれない程弱い魂でしかない。それをワタシの手によって魔物として再誕させたものの、逆に言えばそうしなければ魔物としての姿を維持できないという事でもある。

 なにより、彼らは既に復讐を果たした——果たしてしまった。裏に男達を動かした者共がいるとしても、彼らを殺した者達はその手で殺されている。そして復讐を遂げた以上、原動力たる怨念も大幅に減ってしまう。これがワタシみたく怨念に関係なく存在を保てているのなら関係ないのだけど、このスケルトンはそうではない。だって、彼らは自力で魔物としての自己を保つことが出来ないのだから。


 ——だから、彼らとはここでお別れ。


「......ワタシの腕がもう少し良ければ、何とかなったのだけどね」


 宝物庫には死霊がいなかったため、そこら辺を鍛えることが出来なかった。それが出来ていれば、存在をもう少しは——せめて黒幕を討つまでは維持することが出来たかも知れない。

 そう呟くワタシに対して、スケルトンは気にしなくていいというかのように首を横に振る。


 ——そんな彼らに、これだけは最後に伝えないといけない。


「......約束するわ。この男達に命令していた奴らをワタシは絶対に許さない。連れ去られた貴方達の仲間がどうなったは分からない。だけどもし生きているなら、彼らを助け出すのに全力を尽くすことを」


 ——そして、もう手遅れだとしても。仇はしっかり討つことを。


「......カタッ」


 それを聞いたスケルトンは、変わらないはずの骨の顔をどこか嬉しそうに綻ばせ——その体は魔力へと還っていった。

 


 ——ありがとう——



 魔力の残滓が散っていく中、どこからかそんな声が聞こえた気がした。




次回投稿は8月8日となります。

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