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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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業都に渦巻く欲望

 ——業都ガズは、五つの商家の手によって統治されている。


 砂漠に埋もれた古代遺跡を見つけ、ガズの基盤を築き上げた始まりの商家。そしてそれを支え、ガズの発展に尽力した四家。

 彼らはガズの支配者であり、他の商会も殆どがいずれかの傘下に所属している。

 

 ガズの遺跡を発見した業都最大の商家——アウルーズ商会。遺跡から発見された資料や遺産を様々な魔術具を生み出し、それらを元に都市としての基盤を創り上げた商会。

 砂丘船の開発とそれによる砂漠での交易路の確立。積み上げた人脈やゴーレムによる建築を始めとした都市開発とそれらの整備。そして()()()()()

 それらを一手に担うアウルーズ商会はこの都市の土台そのもの。ガズの商家の約三割を傘下に持つ、名実共に業都最大の商家と言っていい。

 

 それ以外のイジ―商会、ルニル商会、フェニア商会、スィアーチ商会の四家。


 都市の防衛を担うイジ―商会。業都の冒険者ギルドに多大な影響力があり、ガズで最も武力を持っている商会。武具の販売等も請け負っていて、ガズの鍛冶屋の多くはこの商会の傘下にある。また、魔物に対抗するためのそれらの研究などにも手を掛けていて、更にはそれらを利用した闘技場の運営も行っている。


 医療関連を中心に扱っているルニル商会。薬等の販売においてはガズ一の商会。また、ガズの治療院の多額の支援を行っている、ガズの医療に最も貢献している商会。その一方、裏で麻薬の販売事業にも手を掛けているという噂もあるらしい。......まあ、この都市で裏の無い商家なんて殆どないけど。


 フェニア商会は資産においてはアウルーズに並ぶと言っても過言ではない。高価な衣服や宝飾品の販売等に手を掛けている商会だが、その裏では賭場の運営や金貸しを行っており、商会というよりマフィアに近いかもしれない。金に物を言わせて多くの傭兵も雇っており、イジ―商会には及ばないものの多くの戦力を保有している。


 奴隷商を成り立ちとするスィアーチ商会。人身売買、人攫い、奴隷交易を主に、更に娼館の運営も手掛けている。また、砂漠を拠点に活動する盗賊とも繋がりがあり、砂丘船の横流しも行っているとか。ワタシが乗った砂丘船もこの商会の息が掛かった船だったみたい。




 ——以上の五つの商会、通称五大商家について親方と呼ばれた男から聞き出した事を簡単にまとめるとこんな感じ。宿屋の主人から聞き出せた話もこんな所だった。

 それらを聞きながら、ワタシは頭の中で整理していく。ガンダルヴ公爵家と取引していたのは、一体どこの商会、もしくはどこの傘下のところなのか?

 一番あやしいのはもちろんスィアーチ商会。だけどその他の商会だって可能性は十分にある。大きな商会なら、大なり小なり様々な方面に手を伸ばしているものだから。


 流石に話だけでは分からないので、例の書類を取り出し、それを男の前へと突き出す。


「これ、どこの商会のものか分かるかしら?」


「......あ?」


 男は急な質問に戸惑っていたものの、そのマークに見覚えがあったのか、考え込み始める。しばらくしてから思い至ったのか、恐る恐る口を開いた。


「......ああ、そうだ。確か、スィアーチの傘下にこんなの掲げた商会があった気が......」


「......なるほどね。ちなみに、これもスィアーチの?」


 そう言いながら取り出したのは、屋敷の宝物庫にあった隷属の首輪。何かの手掛かりになるかもしれないと思い、念の為に持ってきたもの。

 それを見た彼は、今度はすぐさま首を縦に振った。


「ああ、確かにそれに刻まれているのはスィアーチの紋章だ。それにこの都市でも隷属の首輪を作っているのはそこぐらいしかない。職人だけじゃなくて腕の立つ呪術師も必要になるしな」


「......そう」


 事実は判明していくものの、あまり大きな手掛かりを得られたとは言い切れない。首輪を制作しているのがスィアーチでも、その首輪を公爵邸に持ってきたのがそうとは限らないし。それに、この男が知らないだけで他の商会も作れる可能性は十分にある。紋章に関しては、何かあった時に全部をスィアーチに押し付ける為の偽装とも考えられるし。

 それでも、この契約書がそこの傘下の商家の物だと分かっただけ良かった、というところかな。——この男が嘘を言っていなければ、だけど。


 親方と呼ばれていた男に視線を向ければ、顔を青白くしながらこちらを凝視していた。この様子からすれば、嘘ということは無いだろう。もしそんな事をすれば、無惨な姿になった手下たちに仲間入りすることは、十分理解しているだろうし。


 ......そういえば、この男達。


「貴方達は、ちなみにどこ所属なのかしら?」


「っ!?......」


 そう問いかけると、男は一度体を震わせたものの、すぐにだんまりを決め込んだ。どうやら、最低限の義理立てをするぐらいの忠誠心はあるらしい。


 ——まあ、こっちにとっては知った事では無いのだけど。


 廊下に漂う瘴気が濃くなる。それと同時にどこからともなく不気味な笑い声が響き、スケルトンが骨を鳴らす。一気におどろおどろしくなった事に男の顔色は更に悪くなり、店主に至っては気絶している。

 無論ワタシが仕掛けている脅しなのだけど、その変化に親方と呼ばれた男は耐えきれなかったみたい。


「わっ、分かったからっ!?フェニア、フェニア商会だっ!?」


「......ふぅん、そっちなの」


 必死に叫ぶ男の様子からして、これも嘘ではないだろう。周囲の様子を元に戻しながら、考えを整理する。


 結局のところワタシが次に取る行動は決まっている。まずは例の契約書を作成した、公爵家と取引した商会を調べるしかない。彼女の行方を知るにはそれしかないから。あれから数年経っている以上まだその商会の元にいる可能性は低いけど、取引相手の情報くらいは残っているだろう。

 問題は、それがこの街の五大商家の一角に喧嘩を売ることになるという事か。それに、この宿での事が露見すればフェニア商会も敵に回るかもしれない。少なくとも、その傘下の商会、この男達に指示を出していた奴らとは間違いなく敵対することとなる。人員の差は歴然だし、地の利は完全に向こうにある。彼らの戦力の底が分からない以上、下手すると一つのミスが致命傷になりかねない。


 ......まあ、だからと言って行動を制限するつもりは無いのだけど。事態が大きくなる前に彼女を見つけて、とっととここから逃げ出せばいいのだし。




「......おい」


 すると、何故か男の方からこちらに話しかけてきた。


「お前、......まさか五大商家に喧嘩売るつもりじゃねえよな?」


「さぁ、どうかしら?」


 こちらから情報を抜き出すつもりらしいが、生憎だが素直に答えてやるつもりは無い。

 だが、男が次に発した言葉が、ワタシのとある記憶を刺激した。


「......止めといた方がいい。俺達下っ端はこんなだが、上の戦力は比べ物にならねえ。......それに、今の状況じゃ......」


「......今の状況?」


 忠告はどうでもいい。そんなの、所詮は命乞いの一種でしかないから。

 それよりも最後の台詞だ。それを聞いて思い出したのはひと月前の事。あの日、ガンダルヴ家の晩餐会に宰相——お父様がいなかった理由。屋敷内の執事や侍女たちから聞き出した話では急用による欠席であり、それにガズが関わっているらしいという内容だった。


 今までは商会との取引に関して何かトラブルがあったのか程度にしか思っていなかったが、それが違ったら?大国の宰相が直々に動かないといけないほど大事が起きているのだとしたら?



 ——今、このガズで何が起きている?



「話しなさい。今の状況ってどういう事?」


 男がきょとんとした顔をしてから、ようやくその意味が分かったのか驚きの表情を浮かべる。


「......おい、まさか。知らないのか?」


「——いいからさっさと話しなさい」


 男の態度にイラつき、威圧を掛けてしまう。男は顔を真っ白にさせ、顔中に汗を浮かべながらも、それを話し始めた。


「こっ、後継者問題だっ!?ガズ最大の商会、アウルーズ商会の!」


 ——男がしどろもどろに話した内容を整理すると。


 アウルーズの先代当主は優秀な人物だったが元々体が弱かったらしい。度々体調を崩していたみたいだが、それでも若くして立派に業都最大の商会のトップとして働いていた。

 だが数カ月前にとある事件が起きる。街の視察をしていた彼はそこでとある事故——暴走する馬車による轢かれてしまい、意識不明の重体となってしまう。体が弱かったのも災いし、体調が回復することが無いまま一カ月ほど前に亡くなってしまった。


 ——そこからアウルーズにとっての苦難が始まった。当主には子がいたもののその二人はまだ十一歳と七歳。とてもではないが商会のトップなど出来るはずもない。

 そしてアウルーズは業都最大の商会だけあり、その内部は複数の派閥に分かれている。そしてその派閥ごとの仲も決していいとは言えない。今まではアウルーズ家がトップに立つことで仲裁し何とかまとまっていた彼らだったが、この状況になったことで派閥ごとの対立が激しくなる。


 そしてそれはついに権力闘争になる。将来跡取りになる二人の子供を掌中に収め、実質的に業都最大の商会を動かす立場に至るための、内部抗争に。


「......その状況を、他が黙って見ている訳がなかった」 


 そう、この状況で他の四家も動き出すこととなる。五大商家とは呼ばれていても、この都市最大の権力者はアウルーズなのは違いない。特にこの街の要——砂丘船の開発はかの商会が独占しており、いくら実物を調べてもそれを再現することは不可能だった。

 そんな彼らがこの状況を逃すはずが無い。弱体化していくアウルーズから利権を奪い、自分達が次のガズの頂点に立つべく各々が動き始めたのだ。幸いというべきかアウルーズ商会での内部争いはそれを境に下火とはなったが、時遅く既に四商会の手はアウルーズの盤石な地盤を崩し始めていた。


 ——そしてその抗争は今なお止まず、加速していくばかりだという。





「......つまり、今ガズは権力抗争の真っ最中なのさ。業都の覇権を掛けた、未だかつてない規模でのな」






次回投稿は8月5日となります。

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