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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
36/124

とある男達の末路

 ——日が沈み、夜も更けた頃。他の街ならば多くの者が眠りにつく時間だが、ガズではむしろ夜の方が騒がしくなる。酒を飲みかわし、喧嘩を起こして騒ぎ、賭け事に呑まれ、女に溺れる。

 ただし、ガズの全てがそういう訳ではない。砂丘船の港や昼に営業している商店などは明日に備えて店を閉め、昼とは打って変わって静まり返っている。アリスが宿泊している宿もその一帯に含まれる。


 その宿の前に、複数の人影がやってくる。数にして十。全員が外套を身に纏い、姿ははっきりとは見えない。彼らは周囲を見渡し、他に人がいないのを確認してから宿の扉を叩く。すると、扉に付けられた小窓が開き、そこから眼が覗く。


「......右手には金の果実を」


「......左手には銀の天秤を」


「......入れ」


 事前に取り決めた合言葉を交わし、宿の扉が内から開かれる。彼らは素早く宿の中に入り外套を脱ぐ。現れたのは二十代から四十代の男達。決して身なりはいいとは言えない、いわゆるゴロツキと呼ばれる者達だ。


「旦那、それで今回の獲物は?」


 彼らの中でも一際体格のいい男——彼らの纏め役は、カウンターに立つ彼らの協力者、宿屋の店主へと声を掛ける。店主はその問いに対し、ニヤリと笑う。


「当たりだな。歳はまだ若いが、かなりの上玉だ。フードで顔を隠しちゃいたが、時折顔が見えていた辺り警戒心が低い。同行者もいなく、金も持ってない。恐らく、どっかから逃げてきた没落貴族の令嬢ってところだろ」


 それを聞き、全員の目に欲望が滾る。


「金を持ってないのは残念だが、旦那がそこまで言うなら今回の獲物は当たりだな」


 纏め役が顔に喜色を浮かべる中、手下の一人が手を上げる。


「親方、手ぇ出しちゃダメっすか?折角の上玉、このまま引き渡すのは惜しいっすよ!」


「馬鹿いえ、上玉だからこそ手を出せねぇんだろうが」


「はぁ、ですよねぇ......」


 纏め役に諭され落ち込む手下だったが、その横にいた男が彼の肩を叩いた。


「おいおい、お前ガキが好みなのか?折角なら、報酬で娼婦でも買った方がいいだろ?そんだけ上玉なら、今回の報酬はかなり羽振りがいいだろうしな、ねぇボス?」


 その言葉を聞き、男が顔を上げる。話を振られた纏め役も頷きを返す。


「ああその通りだっ!楽しみにしておけよ!」


 その言葉に全員の気分が高揚する。互いに顔を見合せ、仕事後のお楽しみについて語らいながら、二階へと上がっていく。





 ——この業都において、安全な場所などほぼ存在しない。一見普通の商店でも、裏ではどこかの組織と繋がっているのがほとんどと言える。この業都で、裏がない者など誰もいないと言われるほどに。

 警備の兵がいても、彼らはそういった組織の犬でしかない。ギルド所属者——冒険者もこの街ではならず者でしかない。


 ——常に闇と関わることとなる都市、それが業都である。


 アリスの泊まる宿も、その内の一つ。人目に付きにくく、安い値段で泊まれ、事情を詮索しない宿を装い、その裏では宿泊者を襲う盗賊紛いの悪事を働いている。特に、こういう宿には訳アリの女がやってくることがあり、彼女らは身柄を押さえて売り払うのに格好の獲物と言える。食事に睡眠薬でも盛ってしまえば、これ以上に楽で金が入る仕事は無いだろう。

 今宵の仕事は、店主と十人の男達にとってはまさにそういうものという認識だった。獲物は薬でぐっすり眠っている、か弱い娘。失敗などするはずが無かった。


 ——ただし、彼らは知らなかった。その娘が、いったい何者なのかを。


 そして、気付けなかった。——自分達の命運が、とうに尽きていることに。





 二階に上がった男達は警戒することなく廊下を進み、標的の眠る部屋の前へと辿り着く。


「じゃ、俺が開けますね。こーんばーんわ~」


 先程騒いでいた手下の男が、代表して扉を開く。あまりに気が抜けた態度だが、誰も注意はしない。それほど楽な仕事なのだと、全員がそう思っていたから。

 そして扉を開いて中に入ろうとしたところで、男の足が止まる。扉を開けた正面、部屋の床にとあるものがいるのが目に入ったから。


「......あん?蛇?」


 そこにいたのは、体長20cm程の、小さな白い蛇。鎌首をもたげ、翡翠の瞳で男達をじっと見つめている。予想外の展開に、男達は困惑する。それでも警戒することが無かったのは、その蛇がかなり小さかったからだろう。


「なんで、こんなところに蛇が......」


 ——扉を開けた男にとって、それが最後の言葉となった。


『グシャッ』 


 突如聞こえた妙な音と共に、男達の前を白い影が通り過ぎる。そして気付いた時には、扉の前にいた男の姿はもうそこには無かった。



「......あ?」



 突然の事に他の男達は呆然とする。何が起こったのかまったく理解できなかった。初めから男がいなかったかのような、突然の消失。その場に転がる灯りの魔術具だけが、男が先程までいたことを証明していた。

 混乱する中、彼らの耳にどこからかまた妙な音が聞こえてくる。先程の音に似た——生々しい音が。彼はゆっくりとそれが聞こえる方向——自分達がやってきた廊下の方へと視線を向け、目を見開く。


 そこにいたのは、鎌首をもたげながら男達を睥睨する白い大蛇。頭部は影になっていてよく見えないが、闇の中に二つの翡翠の光が爛々と輝いている。体躯はまるで違うが、その鱗と目の色は先程の小さな蛇を髣髴とさせる。

 突如現れた巨大な蛇に男達は硬直してしまうが、彼らはあることに気が付いてしまった。先程から聞こえる音がその蛇から——不自然に膨らんだ腹から聞こえてくることに。


「......おい、まさか」

 

 彼らが絶句する中、肉を潰し、骨を砕き、それをグチャグチャと混ぜる悍ましい音だけが廊下に響く。その音を発生させているのが何なのか、姿を消した男は何処に行ったのか、目の前の光景は、彼らにその答えを否応なく突き付けた。


 ——自分達の仲間が、食われているのだと。


「......てめぇっ!よくも俺達のなかゲピッ!?」


 蛇の最も近く——先程まで最後尾にいた男が怒りに身を任せて叫ぶ。だがその途中、他の男達の隙間を縫うように黒いナニカ(・・・)が通りすぎ、男の頭部に拳大の穴が開く。

 その光景に、男達の思考が再び停止する。




「——ふむふむ、こんな感じになるのね」




 そんな彼らの後ろから、獲物がいる部屋から声が聞こえてくる。少女のように可憐な、それでいて邪気を孕んだ声が。


「本来、闇魔法は命中した場所だけでなく、その周囲まで消滅させてしまう。だけど、制御すればそれも抑えられる。というより周囲に威力を分散しない分、魔法そのものの力を高めるってところかしら。ああ、実験体の質が低すぎて話にならないわ。検証はまた今度ね」


 目の前に仲間を食べた蛇がいるというのに、彼らは後ろを振り向かずにはいられなかった。後ろにいるのが白蛇よりもよっぽど危険な存在だと、本能的に気付いてしまったために。

 

 ——先程開いた部屋の扉、その奥の闇の中から今晩の獲物であった少女が姿を現す。外套は被っていなかったため、その容姿をはっきりと確認できる。銀の髪、蒼い双眸、白い肌、対比するような黒のワンピース、そして今まで見たこともないような美貌。上玉なんてものでは無い。こんな上物の女など、彼らは今まで見たことが無かった。


「あっ、ああっ......」

 

 ——だが、男達の誰も、それを獲物と認識することは出来なかった。

 

 銀の髪は魔術具の灯りに照らされる度に妖しく輝き、黒で囲われた蒼い眼はぞっとするような視線を男達に向け、纏う赤黒い瘴気は少女の周囲を歪め、顔に浮かべる禍々しい笑みは恐怖を呼び起こす。

 それは、決してか弱い獲物などではない。——未知の怪物が、そこにはいた。


「にっ、逃げっ、グガッ!?」


 いち早く逃げようとした男を、床から生えてきた黒い杭が貫き、串刺しにする。


「逃がすわけないでしょう?イオ、通しちゃだめよ」


『シュルルルル......』


 少女の声に答えるように、蛇がその体を更に大きくさせて廊下を塞ぐ。

 男達は急に巨大化した蛇に驚愕し、そこから離れようとする。しかし反対側には少女がおり、その足が止まる。逃げ場が無くなった彼らは互いに背を合わせ、廊下の中央で立ち往生してしまう。


「どうすんですか、親方ぁ!?このままじゃ、俺らっ!?」


「うるせぇっ、んなこと分かってらぁ!」


 行き場を失った男達の怒号が飛び交う。親方と呼ばれた纏め役の男も打開策を必死に考えるものの、焦るばかりでいい案が浮かばない。


 男達にとって不幸だったのは、ここが獲物を誘い込むための宿だったことだろう。万一にも獲物を逃がさないよう、この宿には様々な細工が施されている。廊下には窓が無く、壁は普通より頑丈に作られている。各部屋にある窓も嵌め殺しで、さらに外に格子をつけている。これらは本来獲物を逃がさないための仕掛けなのだが、今は逆に彼らの逃げ場を奪う檻となってしまっていた。

 しかも、楽な仕事と油断していた彼らには手持ちの武器がない。手元にあるのは灯りの魔術具と、せいぜい護身用に持っているナイフくらいしかない。


 これらの状況が、彼らを窮地に追い詰めていた。


 それでも諦めきれずに考え続ける親方の目に、とあるものが入る。今は誰もいない他の部屋の扉と、蛇の後ろにある階段。

 急いで考えを纏め上げ、親方が他の男達に小さな声で告げる。


「......いいか、よく聞け。合図をしたら、一斉にそこの部屋に飛び込め。そこに籠城しつつ、何とか窓をぶち破って脱出口を作る」


 親方の出した意見に、全員が難色を示す。ここの窓や格子の頑丈さは、彼らも良く知っていたから。


「親方っ!?でもっ!」


「静かにしろっ!......考えはある」


 騒ぎ始める男達を、親方は一喝する。確かに無茶かもしれないが、彼には勝機があった。


「......この異常事態、店主が気付かない訳ねぇ。もう逃げだして、きっと組織に連絡が入ってる。部屋から出られなくても、組織の援軍が来るまで耐えられれば、俺らの勝ちだ」


 その言葉に男達の顔に喜色が宿る。だが、親方はこの作戦の穴に気付いていた。もし店主がそのまま雲隠れしたら、はたまた組織からの援軍が来なかったら、この作戦は成立しない事に。つまり、これは一種の賭けなのだ。それも、分が悪いと言わざるとえないほどの。

 男達の何人かも気付いているようだったが、誰もそのことは口にしない。今はそれしか手が無いと理解していたために。


「さて、そろそろいいかしら?」


 覚悟を決めた男達へと、声が掛けられる。少女がそろそろしびれを切らしたらしい。

 そんな少女と、その反対側にいる蛇へ彼らは睨みつけ、そして親方の合図を聞き逃さないように耳をそばだてる。


「ああ、そうだった。一つ言っておくけど......」


「......今だっ!」


 未だに何かを話し始める少女だったが、親方はもうその話に付き合う気は無かった。少女が話しながら目線を自分達から離した瞬間を見逃さず、合図を出す。

 その合図とともに、男達は部屋の扉へと一斉に走り出す。生き延びるための可能性を掴むために、一心不乱に足を動かす。親方もそれに続きながら、だが唯一人少女から目が離すことが出来ずにいた。


 ——だからこそ彼だけが、そのことに気が付いた。彼女が反らした目線が最初から自分達が向かっている扉に向いていたことと、——彼女の邪悪な笑みがより一層歪んだことに。


 そして、扉を開けようとした彼らの耳に、それはするりと入り込んでくる。




「——ワタシ、イオ以外には誰もいないなんて言って無いわよ?」




「っ!?待てっ、お前らっ!?」


 いち早く気付いた親方が止めようとするものの、——もう手遅れだった。


「開いたっ、これでグビャッ!?」


「なぁっ、何だよこいつはアガッ!?」


 扉を開けて中に入ろうとした男の顔半分が食いちぎられる。続いて入ろうとした男の喉をナニカが突き破り、首がもげる。


「ヒッ、ヒィィィィィィィ!!」


 異変に気付いた残りの男達の足が止まる。彼らの目線の先で、部屋に潜んでいたモノが男達の死体を踏み潰しながら姿を現す。

 それは、一般的にはスケルトンと呼ばれる魔物によく似ていた。骨の体を持つ、アンデッドと称される魔物の一種。


「......何なんだ、このスケルトンはよぉ!?」


 ——ただし、それは彼らの常識内のスケルトンとは全く違った。


 大きさは体長3m程の人型。腕は通常より長く、さらに指は鞭のように細く伸びている。その先端にはひときわ大きな骨が鋭く尖り、見ている者に鉤縄を連想させる。頭蓋骨は一際大きく、その歯は獣の牙のよう。先程の男の頭を齧り取ったせいか、歯の隙間から血と肉が零れる。足は他の骨よりも重厚、腰からは2m程の頭蓋骨が連なって出来た尾まで生えている。さらには、通常なら白いはずの骨の色が漆黒に染まっている。赤黒い瘴気も薄く纏っており、眼下には蒼い炎が宿っている。


 ——まさに異形。そうとしか言い表せない姿に男達は言葉を失う。


「ぐっ、だがまだ......」


 手下達が絶望する中、それでも親方だけはまだ諦めていなかった。僅かに残った、援軍の可能性を信じていた。後少し耐えれば、きっと来てくれる、と。



 ——だが、それは幻でしかない。



 何かが擦るような音が、彼らの耳に入ってくる。そこでようやく、彼らは白蛇がいなくなっているに気が付いた。しかし、それはすぐに階段を上がって姿を現す。


「はなっ、放せぇっ!?」


 宿屋の主人を、その体で縛り上げながら。


「なっ、んだと......」


 親方の最期の希望は、ここにあっけなく崩れ落ちた。


「イオ、うっかり殺しちゃだめよ?そいつにはまだ聞くことがあるんだから」


 少女は蛇にそう伝えると、今度は異形のスケルトンへと顔を向ける。


「さて、と。ワタシも色々と聞きたいから、あの親方と呼ばれていた男はまだ殺しては駄目。後は、貴方達の仇。好きにしなさい」


『カタカタカタカタッ!』


 全身の骨を震わせ、スケルトンは動き始める。


「や、やめっ、やめろギィアァァァァァァァァァァァァァ!?!?」


「来るなっ、来るなグガガガガガッ!!!!」


 男達は逃げ場も無く、蹂躙されていく。ある者は尻尾に縛り上げられて全身を食い削られ、ある者は指の爪に体を貫かれ、そのまま振り回され全身を殴打される。


「......仇、だと?」

 

 それを呆然と見ていることしか出来ない親方の口から、疑問が零れる。先程少女が口にした、仇という言葉の意味に。

 その答えは、いつの間にか彼の横に来ていた少女の口から明かされる。


「あら、気付いていないのね。その子は、この宿で殺された人達の霊魂や怨念から生み出したのよ」


「なぁっ......」


 その言葉が示す事実——彼女はそれが可能なだけの死霊術も扱える存在だということに親方は絶句する。それと同時にあることに思い至った。麗しい見た目と禍々しい気配。白蛇の存在。異形のアンデッドを生み出せる死霊術。そして先程口にした、闇魔法という言葉。


 それが示すのは、蛇と同様に彼女も人では無いという事。そして、そんな存在がわざわざこんな宿に来たのは。


「......俺達が狙いだった、って事か」


 ——最初から、今宵の獲物は少女ではなく男達の方だったことに。


『カタカタッ!!』


『シュー......』


 血肉を滴らせた異形の骨が彼へと近寄ってくる。彼の手下達は既に全員息絶え、無惨な姿で廊下に散らばっている。白蛇は油断なく退路を塞ぎ、店主は拘束を解かれたものの青ざめたまま動くことが出来ない。

 そして少女の姿をした怪物は、親方へと語りかけてくる。




 ——見惚れる程に美しく、身がすくむ程に禍々しい笑みを浮かべながら。




「——それじゃ、聞かせてもらうわよ。色々と、ね」





次回投稿は8月2日となります。

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