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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
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人形がこの地で求める者は

「さて、潜入成功ね。上手くいって良かったわ」


(キュッ!)


 砂丘船から降りたワタシは、船団から離れて一人街中へと向かう。あの少女達には悪いけど、助けることは出来ない。一時的にあの場から逃がすことは出来ても、この都市は陸の、いえ砂漠の孤島。彼女らを連れたまま都市の中を逃げ続けることなど、不可能なのだから。


 だから、助けるのはあの場でだけ。とは言いつつ、もし今後どこかで会う事があるなら、力を貸すことくらいはあるかもしれないけど。

 今はそれよりも......。


(キュッ、キュ~)


「こら、ちょっと静かにしてて。バレたらどうするの?」


(キュ......)


 見慣れぬ都市の光景に興奮した白蛇——イオに軽く注意を促す。いくら()()()()()()()とは言え、魔物の鳴き声が聞こえれば気付かれるかもしれない。


「ほら、怒っているわけではないから。後で遊んであげるから、ね?」


(キュウ!キュ~!)


 さっきまでは落ち込んでいたのに、途端に元気になるイオの姿に、思わず苦笑が漏れる。まあ、ちゃんと声量を押えてくれるなら言うことは無い。


 そう考えながらワタシは都市の南側、港区域を抜けて中央部へと出る。

 途端に耳に入るのは、活気にあふれた喧騒。目に入るのは、街を行き交う無数の人々と、建ち並ぶ数々の商店。時間帯が違うとはいえ、グラムの王都とは比べ物にならない。


「これが、大陸最大の交易都市、ね」


 予想を遥かに超える賑わい。さすがとしか言いようがない。フードの中に隠れているイオもあまりの光景に唖然としているし。

 おっと、いつまでもこうしているわけにはいかないか。念の為にフードを深く被り直す。


「さ、まずは宿を見つけないとね。......()()()()があるといいのだけど」


 そう呟き、ワタシは街の中へと一歩踏み出した。





 ワタシがガズに来たのには、幾つか理由がある。


 まずは、このまま王国に留まるのはまずいと考えたから。ワタシの存在を知った王国は、血まなこになってでも探し出して殺そうとするのは目に見えていた。国に所属した貴族の娘が魔物に変じ、国に害を成したのだ。そんな王国の看板に泥を塗るような行為を、国の上層部が見逃せるはずがない。すでに聖典教会に手を回し、手配書を発行していてもおかしくはない。


 そして、王国には厄介な連中もいる。正しくは、どの国にもいるけど王国のはその中でも厄介、というのが正しいのだけど。

 ——ギルド。魔物の討伐や物資の採取、各地にある魔物の住処や遺跡の調査、他にも様々な業務を行う、民間の組織。元は大昔の勇者に創設された組織らしい。国からの援助は受けていないものの、長年活動してきた実績があり、各地で活躍している。魔術具と同様に、生活を支える基盤の一部と言っても過言ではない。


 ギルドは各都市に支部を持つのだが、問題はグラム王国にその総本部があること。幸いそれは王都じゃなくグラム第二の都市と呼ばれるアハラだが、どちらにしても問題なのには変わりがない。

 総本部がある以上、王国には特に腕利きが集まりやすい傾向にある。今のワタシには、そんな強者たちと戦えるほどの力はない。だから、ワタシはすぐに王国を抜け出した。


 なら、次に向かうべきは何処か。東の聖教国は論外。あんな敵地に踏み込むなんて自殺行為に等しい。北のギラール山脈はまだ力不足、南のアストルム大森林も()()()()から除外。

 となれば、残るのは西のタナク砂漠しかない。特にガズは潜伏するのには最適な地。そう考え、ワタシはこっそりとガズ行きの砂丘船に乗り込み、無事潜入することに成功した......、という訳。おかげで、王都を出てから二週間弱でガズに到着することができた。



 ——まあ、ワタシがここにきた最大の理由は、別にあるのだけど。





 しばらくして、大通りから少し外れた裏通りの一つに、宿を一軒見つけた。見た目は目立たない、どこにでもあるような宿。周囲の人通りも少ない。......うん、ここにしよう。


「......いらっしゃい」


 中に入れば、正面のカウンターにいるのは五十代程の男性。こちらを見てピクリと眉を動かすものの、余計なことは聞こうとはしない。うん、そういうところも()()()()

 宿泊料を払い、部屋へと案内される。場所は二階の一番奥、広さも十分で意外と綺麗、()()()()といっていいだろう。


 部屋に入り、一人になったところでフードからイオを出し、羽織っていた外套を脱ぐ。


「イオ、窓辺だけにはあまり近づかないでね」


「キュ~」


 一応注意だけして、ワタシはベッドに腰掛ける。そして、空間収納の中からとあるものを取り出す。

 それは、あの日執務室で見つけた書類。とある取引に関する、ハーヴェスと奴隷商が結んだ契約書。



 ——あの日姿を消した、わたしの侍女の売買契約書だ。





 この事に気が付いたのは、宝物庫で色々と探していたある日の事。ワタシはその日、宝物庫でとある魔術具——隷属の首輪という、奴隷に従えるのに使用される物を発見した。

 最初は、何でこんなものが宝物庫にあるか分からなかった。隷属の首輪は奴隷商が奴隷たちを従えるのに使う、着けた対象に隷属の呪詛を掛けるための魔術具。公爵家で奴隷を所持しているという話は聞いたことが無かったし、そんなものがあるのが謎だった。


 何だかそれが気になって、調べてみた。すると、それが作られてまだ新しい事、そして未だ使われたことのない物だと判明する。ますます謎が深まる中、ある疑念が浮かび上がる。


 ——これを、どうやって手に入れたのか。


 未使用のものを宝物庫にしまっていることから、これを必要として手に入れたものでは無いのは分かる。隷属の首輪は表立って売られているようなものじゃないし、下手に処分して面倒なことになるくらいなら封印しておいた方がよっぽど安全だから。


 なら、どういった経緯でこれが公爵家に来たのか?一番考えられるのは、奴隷商と何かしらの取引をした際に手に入ったものだという事。けど、奴隷を買ったなんて話は聞いたことが無かったから。

 そこまで考えたところでようやく気が付いた。買ったのでないなら、逆に売るしかないと。そしてここ数年、公爵家で奴隷にされそうな人物など、ワタシには一人しか心当たりが無かった。


 

 彼女——わたしに仕えた、あの侍女しかいないではないか、と。

 


 だからワタシはあの日食堂を去った後、執務室でその証拠を探した。奴隷にされたなら売られたのはウート、特にガズが妖しいとは思っていたものの、確信が持てなかったから。結果、お父様のお陰で書類は見つかり、そこには彼女が売られた商家の本拠地がガズだと、はっきり記載されていた。





 書類をしまい、そのまま寝そべる。

 考えるのは、これから先の事。......まさか、彼女が生きているとは思っていなかった。とっくに殺されているものと思っていた。でも、この事実を知った以上、ワタシは彼女を放ってはおけない。

 売られてからもう数年経つ。今もガズにいるかは分からないし、もしかしたら今度こそ死んでいるかもしれない。

 


 ——でも、もしまだ生きているのなら、ワタシは彼女を絶対に助け出す。

 


 そのために、ワタシが最初にとるべき行動は。




「......何をするにしろ、まずは情報収集、ね」



次回投稿は7月30日となります。

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