表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
二章 狂想曲は業都に響く
34/124

砂漠の都市

今話より、二章「狂想曲は業都に響く」が始まります。

 中央大陸アルミッガにおいて、大国と呼ばれる国は五つある。中央の三国、グラム、イザール、ビレスト。そして北西の帝国ハイダルと南の海洋国家ヴィゴーである。


 北西のハイダル帝国は実力主義の軍事国家。軍事力に於いてはアルミッガ最高と言っていいだろう。その軍事力を持って北部を統率しており、周辺の小国家は全て帝国の属国となっている。

 今も中央に攻め込む機会を狙っており、中央三国とは明確な敵対関係では無いものの、関係が良好とは決して言えない。


 南の海洋国家ヴィゴーは、南の海岸線、海上、果ては海中に領土が広がる、漁業を主とする国家。国としても相当の規模を誇るが、中央三国の内イザール聖教国からは敵対視されている。

 

 ——なぜならば、ヴィゴーは海人——魚人族や人魚族といった亜人が治める国家だからだ。

 


 亜人——純人とは違う人種の総称。この内、エルフやドワーフは太古から存在する種族だが、それ以外の種はある時より世界に現れる事となる。

 ——魔王による侵略。かの者が生み出し、或いは変異させた魔物の血が人と混ざり合った種族、亜人の多くはそうして生まれたものである。

 獣の特徴を持つ獣人、鳥の特徴を持つ鳥人、魚の特徴を持つ魚人や人魚、鬼の血を引く鬼人、悪魔の血を引く魔人。そのいずれもが、イザールから、そして聖典教会から敵視されている。


 その理由は、彼らの掲げる教義にある。

 聖典教会の最大の教義は、『聖者の意思を継ぎ、この世界を魔王の侵略以前の正しい世界に戻す』。

 ゆえに、魔物の血が入る彼らは人でなく、彼らにとっては魔物と同列に扱われている。


 これらの事情が相まって、北と南の両国は、中央の国々と関係は良くない。

 


 なのに、その国々が大きな争いを起こさないのは何故か。それは中央と南北を分断する、二つの秘境によるものである。


 まず、北部には大陸をほぼ完全に分断する大山脈、ギラール山脈がある。標高数千メートルはある山々が大陸の東端から西部に向かって伸びている。そこは中央屈指の魔物の巣窟。この山を越えることなど、相当の猛者でなくては不可能なのだ。

 次に、南部から南東部にかけては世界最大の森林地帯、アストルム大森林が存在する。こちらは魔物の数は多くないものの、人族では通り抜けることが不可能と言われる程複雑な内部構造をしている。更に、この地に住まうエルフ族は人族と国交を断っており、彼らが森に入ることを好まない。ゆえに、イザールはヴィゴーに攻め入ることが出来ず、そのおかげもありヴィゴーは大国へと成長したともいえる。

 

 ならば、海はどうなのか。それも相当に厳しいと言える。この世界に於いて、海は大まかに五つに分けられる。三大陸に接する海を内海、逆にその外に広がる海を、それぞれ東海、西海、南海、北海と呼ぶ。その内南海は()()()()()により、最も穏やかな海と言われているが、それ以外の外海は災位の魔物が無数に生息する危険な海。内海にも災位の魔物が何体も確認されており、もし船団など容易に動かそうものなら、それらに襲われるのは必然だろう。

 

 ——なによりも、外海には怪物が巣食っている。四つの外海を回遊する海の天災——《昏冥》と、東海沖のヴァナイ諸島に座する大地の天災——《泰山》の二柱という、世界最強の存在達が。


 ゆえに、海から他国へ侵攻するのは、ほぼ不可能と言われている。



 ただ、この話において、触れられていない地域が一か所ある。——アルミッガ西部は、どうなっているのか。

 ギラール山脈も、そしてアストルム大森林も、西部には広がっていない。ただし、そこから攻め入ろうと考える者は誰もいない。何故ならそこは、一面が砂で覆われているから。

 

 ——タナク砂漠。北をハイダル国境からギラール西部、中央をグラム西側、南部はアストルム大森林を過ぎヴィゴーとも接する、大陸西部から南西部を覆う大砂漠。大陸を分断するもう一つの秘境である。

 砂漠は吹き荒れる砂嵐や大型の魔物の移動で絶えず変化し続け、そこで生き残る魔物は中位から上位以上のもの。それどころか、アルミッガでは二体しか確認されていない災害級の魔物の姿さえ見つかっている、一級危険地帯。


 そんなタナク砂漠には、とある国家が存在する。ウート国、大昔に商人たちが立ち上げた、交易を主とした国家。存在する街は僅か五つ。西の海岸線、西部大陸と行き来するための玄関口ともいわれる、中央大陸最大の港湾都市、商都トロキ。ハイダル帝国、グラム王国、ヴィゴー国との境に出来た街。

 そして残りの一つの都市こそが、ウートの発展の礎となり、今も支え続ける国の最重要地点。


 ——ガズ。タナク砂漠の中央、唯一環境の変化を受けない地にて発見された、太古の巨大遺跡を元に作られた、大陸最大の交易都市にして、ウートの交易を支える拠点でもある。





 そのガズに向かって、砂漠を進む巨大な影があった。それは、砂漠ではあまりに不自然なモノでありながら、嵐や砂の変遷を物ともせずに突き進んでいた。


 ——それは、船。それも三隻からなる小船団。通常ならあり得ない光景だが、これこそがガズを発展させてきたキーアイテムである。

 砂丘船。砂漠を移動するために造られた、魔術具の船。ガズの遺跡より発見された設計図より生み出されたこれによって、ウートは砂漠での交易を確立させ、ガズは大陸最大の交易都市として発展していったのだ。


 そんな砂漠を進む船の中には、多くの人が乗っている。いや、正しくは、鎖で繋がれて、乗せられている。何故なら、彼らは奴隷だからだ。


 この世界では、奴隷は各国ごとに扱いが大きく異なる。まず、イザールには人族の奴隷制度がない。監獄や厚生施設はある者の、奴隷としてこき使われる者はいないのだ。ただし、亜人族は例外とされている。彼らの亜人弾圧は凄まじく、国に亜人がいるだけで奴隷とされてしまうほどである。

 ビフレトとグラムにおいては、犯罪者の処罰として奴隷制度が存在している。とはいえ、聖典教会が目を光らせているため、数はそこまで多いわけではない。

 帝国には、人族亜人族関係なく存在する。彼らの多くも罪人奴隷であり、鉱山での仕事や、内海から攻め入ってくる魔物と戦う戦奴として扱われる。


 こういったように国ごとに違いはある者の、教会の亜人弾圧をのぞいたら、基本は犯罪者が奴隷となるのが基本である。


 ただし、この船に乗る者は違う。彼らは不当な手段によって奴隷にされた、いわゆる違法奴隷の類いである。


 ガズの地理は、あまりに特殊と言える。他国どころか同国の商都トロキでさえ、砂丘船が無ければ満足に行き来することが出来ない。

 周囲の国々と遮断され、権力の影響を受けにくい交易都市。それは、犯罪組織にとっては絶好の拠点となり得る。更に、彼らはガズの商家とも繋がりを持ち、発展の裏側でその根を着実に張り続けた。


 その結果、ガズは大陸最大の交易都市にして、大陸最大の犯罪都市とまで言われるようになっていた。



 そんな奴隷船の中には、若い少女だけが集められた部屋があった。齢は十代中頃から二十代前半。ここまで散々な扱いを受けてきたため衣服はボロボロ、顔や手足にも擦り傷が目立つ。だが、皆が美人と言って差し支えない見た目をしている。

 彼女らは、ガズにおいて娼婦として働かせるために集められた者達。ガズで売り払う、大事な商品。

 だから、本来なら軽い暴力ならともかく、船員が性的な意味で手を出すことは許されていない。


 だが、この日は違った。夜になり多くの者が寝静まった頃、部屋に三人の男たちが近寄ってくる。


「おい、いいのか?親方たちにばれたら俺達どんな目に遭うか......」


「なら我慢しろってのか、この状況で!こんな上玉に手ぇ出せる機会そうは無いぞ!折角のチャンスをふいにするってのか?」


 それに、と一人の男が格子の内部を指さす。そこにいる女たちは、男たちが騒いでいても、誰も起きる気配が無かった。


「薬を盛ったから、全員ぐっすりだ。バレはしねぇさ。反応が無いのが残念だがな」


「......それなら大丈夫か。じゃあとっとと......」


「......クシュンッ!」


 牢屋の格子を開けて中に入った男たちは、その小さなくしゃみの音に反応して一斉にそちらを向いた。


 そこにいるのは、一人の少女。体調が悪かったため、配給された食事に手を付けておらず、薬が効いていなかった者だった。


「あ?起きてんじゃねぇか!見られちまったぞ、おい!」


「仕方ねぇ、まずはあいつにするか。散々甚振ってやれば口止めになるだろ?」


「だな。おい、大きい声は出すなよ。じゃねぇと、どうなるか分かってるだろう?ん?」


 下卑た会話を交わしながら、男達は欲望を滾らせて少女に近づく。少女は彼らに怯えて、声を発することも出来ず、縮こまってしまう。その姿はますます彼らの嗜虐心を刺激し、一人がその体に触れようと手を伸ばし——。


「——ねぇ、お兄さんたち?」


 そう横から声が掛かり、彼らと少女はそちらを向いた。そこにいたのは、ここにいる女たちの中でも一際小柄な少女。ただし、顔はフードに覆われて見ることが出来ない。

 三人はガキか、とため息をつき声を上げようとしたところで、フードを下した彼女の顔を見て何も言えなくなってしまった。


 銀の髪と蒼い瞳を持つ、絶世の美少女。今まで見たことのない程の美貌に、男たちも少女も、思わず魅了されてしまう。


「貴方達、このままだと上司に怒られるわよ。黙っててあげるから、()()()()()()()()()()()()()


 その声を聞き、少女はハッとする。そんなことを言えば余計に彼らを刺激してしまう。むしろ、彼女が標的となりかねない。どうしよう、と咄嗟に頭を働かせるが、事態は彼女の予想だにしない方へと向かっていく。

 先程まであんなに下卑た視線を向けてきていた男たちが急に彼女から離れだし、なんと部屋の外へと向かい始めたではないか。


「ああ、そうするか......」


「どうせ明日には着くし、我慢、だな......」


「帰ったら、今回の報酬で、娼館いこう、ぜ......」


 どこかぼんやりとした表情で彼らはそのまま部屋を出て、いなくなってしまった。突然の展開にぽかんとしていると、今度は彼女に声を掛けられた。


「ほら、さっさと寝ちゃいなさい」


 再びフードを被った少女は、すぐに寝転がり、眠りについた。

 訳が分からないままそのまま呆然としていた彼女だったが、考えても仕方が無いと諦め、眠りにつくのだった。





 次の日の昼過ぎ。ずっと動いていた船は数日ぶりに停止し、女たちは外に連れ出される。

 目に入るのは、周囲を覆う外壁と、目の前に停留する多くの砂丘船とその港。そして反対側に建ち並ぶ、無数の建築物。


「おらぁ、とっとと移動するぞ!」


 船団の代表の男の指示を受け、街に向かって歩き始める一行。

 そこで、昨日襲われかけた少女はふと気が付いた。自分達の中に、昨日の少女の姿が見当たらないことに。





 交易都市ガズ。金や欲望、権力や怨念、様々なモノが渦巻く、業深き都市。

 ガズの裏の顔を知る者は、かの都市をこうとも呼ぶ。




 ——業都、と。




次回投稿は7月27日となります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ