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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
閑話 奈落より這いよる声
33/124

奈落より這いよる声〈後〉

閑話後編となります。

 その後、トムさんの話のお陰で文句も上がることなく、無事組み分けが行われた。四人の組が三つと、五人の組が四つ。連携等確認しないといけないことも多いので、実際には約一月後から各組活動開始となる。

 会議が終わった後、トムさんと打ち合わせをしてから俺は鍛錬場へと向かっていた。同じ組になった奈緒や他のメンバーには先に向かって貰った。


「急がないとな......」


 そう速足で移動していると、視界の先に誰かが立っていた。態度から察するに、俺を待っていたらしい。


「少しいいかしら、五十嵐君」


「雨宮さん......」

 

 そこで待っていたのは、雨宮桜。元々は俺のクラスの委員長をしていた人で、先程助けを求めても動いてくれなかった人物でもある。


「......いや別にいいけどさ、さっきのあれ、止めてくれても良かったんじゃない?」


「面倒。あなたがこの集団のトップである以上、出しゃばるつもりは無いわ」


 俺が文句を言っても、にべもなく返された。前はもう少し仲が良かったのだが、()()()()()からこんな素っ気ない態度を取るようになり、他の人とも積極的に接することが大幅に減っていた。

 その原因も分かっている。何せ彼女は最後まで、あの二人——橘有栖と梶取伊織を殺すことに、反対していたんだから。


「まだ、あの時の事が納得いっていないのか?」


「......当たり前でしょ」


 途端に雨宮の視線が鋭くなる。彼女にとって、二人を殺した俺は特に嫌われているのだろう。


「あの場で呪術が使われた証拠なんてどこにもない。ただ皆が魔物という存在にパニックになっただけ。それを満足に調べもせずに処刑、しかも逃がそうとした梶取さんまで手に掛けるなんて、正気じゃないわ」


「......そんなパニックに急に陥ることがおかしいだろ?力を持つ俺達なら、全く問題なく終えられたはずだった。なのにああなったのは、外的要因があったからに決まっているだろ」


 雨宮さんの指摘に俺はすぐさま返答するが、彼女の口は止まらない。


「そう?訓練と本番の戦闘が違うなんて当然じゃない。実際に生物を殺すんだから。それに、あれだけ散々な目に遭っていた橘さんが、自分の立場がより危うくなる可能性が高いのにそんなことをするとでも?」


「......あの女なら、してもおかしくないだろう。裏でいろんなことをやって、奈緒に酷いことまでしていた女だ。むしろ死んで当然。それを逃がそうとしたあの後輩女も同罪だっ!」


 あの女を庇う言葉に、つい感情が荒ぶる。あいつが奈緒にしていたことは、もう皆が知っている。だというのに、まだそんなことを言える彼女の神経が信じられなかった。

 雨宮さんはそんな俺を見ても顔色を変えず、むしろ呆れたようにため息をつく始末。それに思わずカッとなった俺は、彼女に対しつい叫んでしまっていた。


「何がおかしいっ!」


「おかしいに決まっているでしょ。()()()()の目に遭っていた橘さんが、一体どこでどんな悪事を働けたっていうのよ?その証拠は?」


「......それ、は」


 彼女の問いに一瞬言葉を詰まらせる。だが、こちらもすぐに反論する。


「そんなのいくらでも出来ただろう!現に奈緒は脅されていた。証拠は、上手く隠していたに決まって......」


「鍛錬ではボロボロになるまで虐められ、自分で最低限の治療をするしか出来ない。食事も最悪、いやそれ以下のゴミ。あの演習の時には、立って歩くことさえ辛そうだった。そんな人が、自分の体を休められる数少ない時間を使って、証拠の一つも残さず、裏で色々やる?本気で言ってるの?」


「ぐっ......」


 その反論は、確かに的を射ていた。それでも、それは俺には到底認められる話じゃない。頭を必死に働かせ、何とか言葉を紡ぐ。


「それは、そうだ、あの後輩の女だ。あいつが協力していたに......」


「なら、なんであなたの彼女はそれを言わなかったの?知らなかった、って都合が良い事言うつもり?それに、もし橘さんが本当に梶取さんとそんなことをしていたなら、彼女に関して何も言わなかったのは?」


「それは......」


「ちなみに、梶取さんに逃がしてもらうため、というのは却下させてもらうわ」


 勢いで反論しようとしたが、今度はその前に雨宮さんに言葉を奪われる。


「彼女はあの牢に二回忍びこんでいる。二回目に彼女は捕まった訳だけど、一回目に侵入したのが発覚したのは、次の日になってからの事よ。もし本当に梶取さんと結託していたならその時にもう逃げているわよ」


「......」


 今度こそ言葉を失う。彼女の意見に、どう反論すればいいか分からなかったから。だけど同時に、何であの二人を庇うのかが俺には分からなかった。いくら証拠は無くてもあの事件は起きたのだし、何より奈緒の証言がある。なのに、何故そんなことを言うのか、信じられなかった。


「......なんで、あんな女を庇う。あいつは、禁忌持ちで、それで......」


「そう、そこ。まずそこなのよ」


 俺の口からついて出た言葉に、雨宮さんが反応する。


「そもそも、何で橘さんがあんな目に遭わなければいけなかったの?その力を授かっただけの、その前まで何も悪いことなんてしていない、ただの女子高生だった彼女が。王国側からしたら、禁忌持ちは確かに目障りだったんでしょう。だからあの演習後、それを消せる絶好の機会と考えてろくに調べもせずに犯罪者に仕立て上げた。でも、私達は違うでしょう?何で?」


「何で、って......」


 答えようとしても、言葉が出てこない。一方、彼女の口は止まらない。


「同じ世界から召喚されて、同じ高校で勉学に励んで、日常を過ごしてきた仲間の一人に、何であそこまで出来たの?何であんな目に遭わせたの?自分達は優秀な力を得て、彼女は違ったから、その時点でもう自分達よりも下の奴隷扱いって訳?そんな相手には何してもいいって事?」


「............」


 彼女の言葉に対し、何も返すことが出来なかった。思うところはあれど、そういう理由であの女を迫害したことは事実だったから。


「......雨宮さんも、その一人だろうに」


 俺が出来たのは、そんな彼女に嫌味を返すことぐらい。


「......そうね。言い訳するなら、私は彼女に手を出したりしてないわ。まあ、下手に関わってこちらに矛が向くのを避けたかったから、極論離れて行動していたけど。......けどそれも、橘さんからしたら見捨てたのと同じなのよね」


 それに対し、雨宮さんは自虐的な笑みを浮かべて、打って変わった弱々しい声で、そう呟くだけだった。


 しばらく沈黙が続き、やがて雨宮さんは俺がやってきた方向へと歩を進める。


「......ま、いいわ。ここで何を言っても不毛なだけだしね」


 そう言ってこの場を去ろうとする彼女。だけどまだ肝心の話が済んでない事を思い出し、俺はその背に向けて声を掛けた。


「そういえば、用件は?」


「——あ、忘れてたわ」


 雨宮さんも俺の言葉で本来の用事を思い出したのか、その歩みが止まる。


「まあ、さっきの話にも関係あるんだけどね。......古倉さんには注意しなさい」


「......何だと?」


 その言葉に、怒りが再燃する。いくら雨宮さんでも、奈緒を侮辱されて黙っているつもりは無い。


「あのなぁ......」


「——私の固有スキル、アレにはとある能力があるのよ」


 俺が意見しようとしたところで、彼女の言葉がそれを遮る。ただ、突然の言葉に話の繋がりが見えない。彼女の固有スキルは覚えているけど、それが一体何だというのか。

 俺の内心の疑問に答えるように、雨宮さんは続ける。


「——真偽判定。真と嘘を見抜く能力。()()を使うのだから、当然ともいえるけど」


「なっ!?」


 彼女の言葉に驚愕する。それはその能力そのものへの驚きではない。彼女が何を言いたいのか、分かってしまったからだ。


「......つまり、奈緒は嘘吐きだと、そう言いたい訳か」


 俺の問いに対し、彼女は肩を竦めるのみ。

 でも雨宮さんの意図は分かった。最初から、彼女はこれが言いたかったのだろう。先程の会話にしてもそう。直接口では言わなかったが、それに関しても奈緒を疑っている。そう言いたのは丸わかりだった。


 俺は怒りを込めて睨みつけるが、彼女はどこ吹く風と気にもしない。

 だけど、俺がそういう反応をすると分かっていて、それでも口にしたのだろうことは伝わってきた。


「まぁ、好きに捉えなさい。私が何か言ったところで意味はないでしょう。ただ、一応忠告だけでもしておくべきかと思っただけよ」


「......意味の無い忠告、どうも」


 怒りをどうにか抑え込んで答える俺に、雨宮さんは気にした素振りもなく返すのみ。

 そうして再び去り始めた彼女だったが、再び足を止めてこちらに視線を向けずに声を掛けてきた。


「——最後に、二つだけ言っておくわ」

 

 俺の返事も待たず、彼女は続ける。


「あの日、自分は何もしていないと釈明する橘さんの言葉に、嘘は一つも無かった。そして、そんな彼女を梶取さんと違って助けようともしなかった私は、もし彼女達が霊になってでも殺しに来るなら、それを受け入れるわ。それが、私に出来るただ一つの贖罪だもの」


 それだけ言うと、今度こそ彼女はその場を立ち去った。その背中を見送ってから、鍛錬場に行こうとしていたことを思い出し、そちらへと向かう。


「......くだらない」


 雨宮さんとの会話を思い出し、ついそう呟いていた。——だけど、いくら忘れようとしても、彼女の数々の言葉が頭から離れなかった。





 深夜になって眠りについた俺は、気付いたら暗闇の中に居た。

 どうせまた同じ夢。そう考えてすぐに違うと気付く。


 ——なんだ、これは。


 俺は、漆黒の水に沈んでいた。上を見ても水面は見えない、まるで深海のような場所。

 今までの夢と同じように、水を通して負の感情が流れ込む。

 それに耐えながら周囲を見渡し、再び知らぬものが目に入る。


 ——それは、いびつな腕。海の底から、水よりも黒い無数の腕が上へと伸びている。


 その内何本かが、俺へも手を伸ばす。避けようとするが、水の中では身動きが全く取れず、すぐに掴まってしまう。

 掴まれた瞬間、俺は流れ込んできたソレに気が狂いそうになる。


 ——流れ込んでくる感情は水よりも何倍も濃密なモノ。まさに、呪いとしか言い表せない何か。

 幾つもの腕は俺の体に絡みつくと、そのまま体の向きを下へとひっくり返す。


 見たくない、と俺は抗う。いつもなら底にいるそれらが、今どうなっているか想像つかなかったから。

 だが、そんな抗いもこの腕の前では無駄に終わる。せめて閉じようとした瞼も無理やり開かされ、俺の目に()()が映る。

 


 ——直後、それがあまりに予想外すぎて、俺はその目を見開いた。


 

 そこにいたのは、十歳くらいの少女。どこか禍々しい輝きを帯びた銀の髪に、人とは思えない真っ白で美しい肌。身に纏うの黒のワンピースが、その肌の白さを強調させる。

 何よりもその美貌。今まで見たことも無いような、絶世の美少女。人を堕落に誘う、悪魔にすら思える。


 ......そう、悪魔。それだけの美貌を持っていても、俺にはそれが天使とは到底思えなかった。

 彼女はこちらに微笑んでいるものの、その笑みは冷えきり、親愛の情は一切感じない。

 そしてその蒼い双眸は、隠しきれないほどの怨念を秘めていた。


 彼女が、ゆっくりと口を開く。何も音が無い水の中で、その声は俺の耳にはっきりと届いた。





『待っていなさい。必ず、貴方達を、殺してあげる』





「はぁっ!はっ、はっ......、はぁっ、はぁっ、はぁっ......」


 飛び起きれば、それはいつもの寝室。だけど、夢で見たソレが、目に焼き付いている。


 ——いつものとは違う、さらに異質な夢。そしてその最後に見た、あの少女のことが。


 息を整えようとしても、中々上手くいかない。いつもの数倍時間を掛け、ゆっくりと呼吸を落ち着かせる。

 そうして、ようやく周囲の状況が目に入る。いつもより早い時間に起きたらしく、外はまだ暗い。横で寝ている奈緒も起きる気配が無い。昨日の会話を思い出しかけるが、すぐにそれを振り払い、彼女を起こさないようにそっとベッドを抜け出す。

 夢のせいで再び寝る気も起きず、そのまま部屋を出て鍛錬でもしようと考え、鍛錬場へと向かう。



「......なんだ?」



 歩いていると、どこからか騒がしい声が聞こえてくる。何かあったのかと気になってそちらに向かうと、トムさんが部下の人に何か指示しているのが見えた。指示を受けた部下の人が、廊下を走ってどこかに向かうの見届けてから、彼に近寄る。


「おはようございます。何かあったんですか?」


「ああ、おはようございます、五十嵐様。いえ、問題と言えば問題なのですが......。い

え、これからの事を考えると、説明しておくべきでしょうね」


 トムさんはどういうべきか言い淀んでいたが、やがてそれを話し始めた。


「実は、一週間ほど前にグラム王国の王都にて、ガンダルヴ公爵家という大貴族の一家が殺害されるという事件が起きまして。......それも、魔物によって」


 その報告に、俺は驚かれずにはいられなかった。この半年、この世界で生きてきたからこそ、それがどれだけおかしいことかが分かる。


「魔物って、都市内に一体どうやって......」


「どうやら、数カ月前に死んだ妾の子がいたらしく、それが霊体系の魔物となり犯行を行ったのだと」


「ああ、なるほど。内部で生まれたってことですか。じゃあ、公爵家の護衛はそれに気付けずに?」


 事情に納得がいったので確認の為にそう聞くと、トムさんは首を横に振る。


「......そう単純な話は無いのです。その魔物は、生前の知識と人格を完全に残してたと。しかも生前は冷遇されていたものの、その能力は十代前半とは思えぬほど優れていたとのことでして。なんとその屋敷の結界に干渉し、更には高度な呪詛も扱ったのだとか」


「なっ......」 


 それは、魔物としてはあまりに異質。人格を保つ霊体系なんて聞いたことが無いし、結界に干渉可能な魔物など異常にも程がある。

 そこで、何でトムさんが深刻そうな顔をしていたのか、俺もようやく思い至った。


「その魔物、もしかして......」


「ええ、未だに討伐されていません。結界に干渉可能なら、すでに王都を出ていてもおかしくないと」


 それは、高度な魔法を扱い、街に自由に侵入出来る魔物が世に解き放たれたことに他ならない。


「生まれて僅か三カ月しか経っていないのに、これだけの事が出来る魔物です。この先成長したら、どれだけの脅威になることか......。それで、聖典教会からこれが」


 そういうと、トムさんは一枚の紙を差し出してきた。


「これは?」


「その魔物、『悪夢』と称されることとなった個体の手配書です。霊体系の魔物ですが、どうやら今は人形に憑依しているらしく、それの人相書きも描かれています。教会も、この魔物を危険視しているのでしょう。皆様もこの先出会う可能性があるので、一度目を通しておいていただけると」


「成程、そういう事ですか。分かりました。俺から皆に伝えておきます」


 そして、俺は何気なく受け取った手配書に目を向けて。


「......え」




 ——言葉を、失った。




「......ああ、その名前ですか。どうやら、その魔物の生前の名がそれだったらしく。思うところはあるでしょうが、ご容赦ください。......ん?五十嵐様?」


 トムさんが声を掛けてくるが、俺は答えることが出来なかった。


 手配された魔物、通称『悪夢のアリス』。

 その名前は確かに引っかかるものがあるけど、俺が目を離せなかったのはそこではない。


「なん、で。この、顔、は......」


 手配書の人相書き。

 そこに描かれているのは、十代前半くらいの女の子の顔であり。




 ——俺が見た、あの夢の少女と寸分違わぬものだった。



次回投稿は7月24日となります。

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