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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
閑話 奈落より這いよる声
32/124

奈落より這いよる声〈前〉

前後編の閑話となります。

同時期の勇者たちの話です。

 ——時折、とある夢を見る。


 光の一切ない、漆黒の空間。汚らわしい、悍ましい、そう表現するしかないモノに満ちた空間を、俺は只墜ちていく。

 怨念が、憎悪が、ありとあらゆる負の感情が、それらを通して流れ込んでくる。


 そして、その一番底。俺の遥か下方に目を向ければ、()()()はいつもそこにいた。

 切られた首と、剣が突き立てられた遺体。——俺が首を切った女と、俺が剣を突き刺して殺した女。

 死んだはずの彼女らの目がこちらをじっと見つめてくる。


 そして、いつもあの声で、夢は唐突に終わる。




『絶対ニ、殺シテヤル』




「はっ!?......ふぅっ」


 飛び起きれば、そこはいつもの寝室。周囲を見回し、異常がない事を確認して息を整える。


 ......何度見ても、慣れることは無い夢。それを見せるのは、俺の——五十嵐武人の中にどこかある、罪の意識なのか。




 ——同郷の者を、自らの手で殺したという事への。




「......ん、ん~。あ、おはよ、武人」


 そこで俺が起きたのに気が付いたのか、横で眠っていた奈緒——俺の恋人が目を覚ます。まだ寝ぼけているらしく、まだぼーっとしている。いつもの元気で快活な姿も好きだが、今の無防備な姿も可愛い。


「とりあえず、顔洗って身支度整えたらどうだ?」


「ん~、そうする~......」


 そう提案すると、彼女はフラフラと部屋の洗面所へと向かう。それを見送りながら、それはそっと息を吐く。どうやら、俺の様子がおかしいことには気が付かれなかったらしい。もし気付かれたら、誤魔化すのが少し面倒だった。

 奈緒の前で、()()()の話をするつもりは無かった。被害者だった彼女にとっては、もう思い出したくない存在であろうから。


 そして、俺は彼女を護る為に、そして彼女らの罪を裁くために、彼らを手に掛けた。仲間を呪い、危機に晒した女と、それを逃がそうとした女。あのまま生かしておけば更なる危険を招いたであろう害悪を、この手で断罪した。


 そう、俺は間違ってなんかいない。あれは正しいことなんだ。改めてそう結論づけ、俺も身支度に取り掛かる。




 ——胸の奥に潜む、彼女らの幻影を無視しながら。







 俺達が召喚されてから、早半年近く経った。訓練も順調に進み、王都外での演習も()()()()以降は、上手く進んでいる。

 それらを鑑みて、いよいよ本格的に俺達が勇者一行として活動していくこととなった。それに伴い、俺達が倒すべき目標に関して、改めて説明が行われることとなり、全員が会議室へと集まった。


 現在、召喚者の総数は32名。最近は訓練や演習を別々に行う事も多いため、全員が揃ったの

は久々だ。皆見る限り、調子は良さそう。初めはホームシックになる者や戦いに怯える者も多かったけど、半年という期間で、俺達はこの世界に順応し、心身を鍛えられた。皆、顔に自信が漲っている。


「それじゃ、始めてください」


 皆が揃っているのを改めて確認し、横に立つ四十代程の人物に声を掛ける。彼、トムさんはこの国の宰相の筆頭補佐官を務めている優秀な方で、今は俺達召喚者達のサポートを行ってくれている。


「——では、まずこれをご覧ください」


 そう言って彼が指したのは会議室の奥の壁に掛けられた、この世界の大まかな世界地図。


 この世界は大きく三つの大陸に分かれている。人類が最も繫栄する中央大陸アルミッガ、人と魔物が激しく争う西方大陸ニールヘル、魔物の支配する北方大陸ムシュフェル。

 そのうち、彼の手が示すのは中央大陸アルミッガ。俺達が今いる大陸でもある。


「まず、皆様にはいくつかの組に分かれて行動してもらいます。一組四、五名で合計七組の予定です。それぞれに騎士をサポートして付け、まずは我が国ビレストや隣国イザール、その向こうのグラムで活動し、経験を積んでいただきます」


 アルミッガの中央部には三つの大国が存在する。中央に位置する、イザール聖教国。その東部、海に面したところにある俺達を召喚した国ビレスト。その反対側、イザール西にある王国グラム。周辺には幾つか小国家はあるけど、この三国が大陸中央部では覇権を握っている。

 大陸内でも最も魔物が少なく、それらの強さもそこまででは無い地域。だからこそ、経験が浅い俺達には最適の活動範囲といえる、のだけど。


「はぁ?俺達にチマチマ小物討伐しろってか?ふざけてんの?」


 そう声を上げたのは、神楽坂冬弥。俺達の中でも上位の実力者だが、素行の悪さも目立つ男。国が決めた地道な方針は相当不満らしい。それに同調するように、彼の取り巻き立ちもそうだそうだ、と声を上げ始める始末。


「......あなた達、静かにしてくれない?うるさくて敵わないわ、まったく」


 騒ぎ始めた彼らの声を塞ぐように、凛とした声が響き渡る。視線の先にいるのは、一名の女子。望月加奈子。女子グループのリーダー格で、神楽坂と同レベルの実力者。神楽坂のことが余程鬱陶しかったのか、面倒だという雰囲気を隠そうともしない。


「あ?うるせぇよ望月。俺に意見するな、雑魚が」


「フッ、どの口が言うの?この前、私に惨敗したのは一体誰だったかしら?」


「......誰が惨敗したって?勘違いも程々にしろ。驕りは身を亡ぼすぞ、花狂い」


「......その言葉、そのままそっくり返すわ、野良猫」


 そして分かり切ったことだが、この二人は相性が本当に悪い。一応仲間なんだから、少しは仲良くしてもらいたいんだけど......。


 この状況になると、止められるのは二人しかいない。俺は期待を込めてそっとある人物を見る。が、彼女は俺の視線に気づいているだろうに、動こうとはしない。

 となると、だ。俺が動くしかない。


「はぁ......、お前達、止めろ」


「「っ!?」」


 殺気を込めて声を発すれば、二人がさっ、とこちらを向く。


「喧嘩なら後にしろ。それと神楽坂、方針に変わりはない。思うところはあるだろうけど、今は従え」


「......ちっ、うるせぇよ」


「......はぁ、いいわ。続けてちょうだい」


 俺の言葉に神楽坂は苛立たし気に返すが、場が白けたのを感じたのかこちらを睨みながらも大人しく座り直した。それを見ていた望月もつまらなそうに椅子に座る。とりあえずは収まったと言っていいだろう。

 まったく、勘弁してほしい。内心で溜息をつきながら、トムさんに続きを促す。


「では、話を戻す前に、神楽坂様の問いに答える必要がありますね」


「あぁ?」


 トムさんがもう一枚、透明なシートを取り出して世界地図に重ねて貼り付ける。すると、世界地図に幾つもの点が現れる。白、灰、黒の点。

 中央大陸には白い点が二つに灰の点が一つ。西方大陸には白の点が数十、灰の点も十以上。

 そして、北方大陸。大陸そのものが白く塗りつぶされ、灰の点が幾つも並んでいる。

 その他にも、海のあちこちに白と灰の点が幾つか散らばっている。


「これは魔物の内、特に危険な個体と聖典教会が認定したもの——災位の魔物の生息域を表わすものです」


 それを聞き、場に緊張が走る。


 ——魔物にはその強さにより格付けがされている。下位、中位、上位と分けられるのだけど、それらとは一線を画すのが、『災位』と呼ばれる魔物。

 災いの名の通り、魔物の頂点に立つそれらは一体一体がとんでも無い力を持つ怪物。俺達がこの世界に呼ばれたのも、この災位魔物をどうにかするためだ。

 

......詳しくは聞いていなかったけれど、まさかここまで多いとは思っていなかった。


「皆様はこの半年で強くなられました。王国の上位騎士とも渡り合える方もすでにいらっしゃいます。中位までなら問題なく、力を合わせれば上位の魔物も相手できるでしょう」


 確かに、俺達はこの半年で本当に強くなった。すでに、この国でも腕利きクラスと言ってもいいかもしれない。


「......ですが、災位の魔物は上位とは比べ物になりません。今奴らの討伐に向かうのは、自殺行為に等しいです」




 ——だからこそ、トムさんは俺達を甘やかすことはしない。大事な戦力を、無駄にしないために。


「ここに表示しているのは、現存確認されている個体のみ。未だ確認されていない個体は数知れませんし、彼らの中には中位や上位の魔物を配下として従えるものだっています。特に、ムシュフェル大陸は災位の魔物しか生息しないとまで言われている、......地獄そのものですから」


 そう言って彼が示すのは、北方大陸の地図。


 ——点では無く、白と灰の斜線で塗りつぶされた大陸のそれが、かの地がいかに恐ろしい地であるのかを表していた。


「......まあそれらの何よりも、かの存在らの方がよほど恐ろしいのですが」


 トムさんがとある三枚の資料を取り出し、地図の横に貼り付け、黒い点を指さした。


「——現在三柱しか存在しない、天災級の魔物。これらは人類が総力を尽くしても討伐不可能な、文字通りの天災なのですから」


 一口に災位と呼ばれる魔物だが、それだって実力により、天と地ほど差がある。災位の中でも最も下に当たる——それでも上位とは隔絶した力を持つ、災害級。それらを従える程の力を有する、厄災級の魔物。地図上では災害級を白の点、厄災級を灰の点で示している。


 そして残された三つの点。北方大陸北部、中央大陸北東沖の島、三つの大陸の外海部。

 そこにある三つの黒い点が示す存在こそ、この世界における頂点中の頂点の怪物——天災級の魔物。


「「「............」」」


 天災級の魔物は遥か昔より——それこそ魔王が生みだした原初の魔物とも呼ばれる、この世界に君臨する絶対王者。先程トムさんが貼り付けたのは、その三体......いや三柱の簡易的な資料だけど、それを見るだけでも存在としての格が違うのだと理解するしかない。何せ、彼らが動けば()()()()()()()()()()()()()、そういう次元の存在なのだから。


 これには誰もが、それこそ不満を漏らしていた神楽坂すら何も言えなくなっている。


 静まり返った会議室に、再びトムさんの声が響く。



「——我々は、この天災には不可侵を貫きます。第一目標はアルミッガにおける災位撲滅、そして西方大陸の人類による支配です。ですから、今はこの大陸で力をつけてください。これはあくまで前哨戦。本番はその先、アルミッガの災いを討ち、ニールヘルを人類の手に取り戻す事こそが私たちの目的です」



閑話後編、次回投稿は明日7月21日となります。

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