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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
一章 夜会は血と怨嗟に塗れる
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門出の朝日

 空が白み始めた、王都フロト。その外壁の上で、ワタシはじっとその街並みを見下ろしていた。


「......ここともお別れね」


 眼下に見えるのは、グラム王国首都の街並み。中央に王城を持ち、幾つもの邸宅が構えられ、大通りに多くの商店が並び、平民の家が無数に建ち並ぶ。この時間帯でも多くの人が忙しなく動き、すでに活気だっている。......まあ、貴族街が騒がしいのは、ワタシのせいだけど。


 そこは、わたしが十年以上住んでいた都市。そして、今まで一度も見る事が無かった景色。

 自分の暮らした都市が、こんなに広く、こんなに多くの人々が生活を営んでいるなんて知らなかった。いや、知識としては知っていても、見ると聞くとでは大違いとはよく言ったもの。

 その景色をしばらく見続けてから、ワタシはそれに背を向ける。


 ——別に、ワタシは彼らを害するつもりは無い。彼らを殺したり呪ったりしたのは、あくまで復讐のため。王都に必要以上に混乱を齎すつもりは無いから。とはいえ、今日のワタシの行動で、十分大混乱しているだろうけど。


 この先の事を考えたら、本当なら何か対応を取っておくべきかもしれない。けれど、これ以上何かしたら、宰相閣下に更に負担を強いることとなってしまう。ただでさえ今回の一件で迷惑をかけてしまっているし、これ以上は止めておくことにしよう。


 ——ただし、イヴを殺せるときが来たら、ワタシは手段を選びはしない。たとえ、それが多くの人々を殺すことになろうとも、——そして実の父を敵に回すとしても。


 ......けど、それは大分先の話。今は力をつけるのが最優先。——それに、大事な用も出来たことだし。


 改めて、王都の外に視線を向ける。そこに広がるのは草原。更に向こうには森や山々が見える。見える自然は見たことが無いもので、日本とはまるで違うのだと実感する。

 この先に広がるのは、わたしも、そして私も見たことのない景色。自然と魔境が広がり、魔物が跋扈する、未知の世界。心に宿るのは、見たことの無い世界への興味と好奇心。......そして、奴らへの殺意と憎悪。


「——さあ、いこうか」


 そう口にし、一歩踏み出す。外壁上に半球型に展開された結界に干渉し、その外に出る。そこから際に足を掛け、飛び降りようと力を込めた時だった。





『———キュッ?』





 そんな鳴き声が耳に入る。まさか結界のすぐ外に何かがいるとは思っていなかったので、警戒しながらそちらに視線を向け。


「......え?」


 ——ワタシは、言葉を失った。


 そこにいたのは体長10cm程の小さな白い蛇。体をくねらせながら、こちらへと近づいてくる。その翡翠の瞳には恐怖は無く、興味深そうにこちらを見つめている。


 ——その姿を一目見て、分かってしまった。鑑定したわけじゃない、根拠がある訳でもない。でも、本能がそうだと、告げていた。


 ——この蛇が、一体()なのかを。


「あ、ああ、ああぁ......」


 予想外の出来事に、呆然としながらその場に崩れ落ちる。蛇は急に座り込んだワタシを見て、心配そうに近寄り、投げ出された手に巻き付く。


「キュッ、キュウ?キュ?」


「どう、して......」


 ()()はワタシとは違う。この子にはきっと、かつての記憶はないだろう。ただ、その魂に残った微かな残滓が、ワタシに親近感を覚える原因なだけで、何かを覚えているわけではない。

 それでも、思わずにはいられなかった。


 ——何故、恨んでくれない?


 彼女は、そんな事をする人では無いと知っている。でも恨んでほしかった。憎んでほしかった。それくらいでしか、ワタシが彼女に出来る償いは無いから。もし、彼女の霊に会う事があったなら、復讐を捨てて殺されようと、そう思っていたのだから。


 ——何故、そんなに優しくする?


 ワタシに優しくしないで。ワタシにそんな資格はない。彼女の手を振り払い、殺される原因を作ったのは、他でもないワタシ自身なのだから。


 ——ワタシから、離れて。


 彼女にワタシが触れていいはずがない。そんなことは、決して許されないのだから。

 でも、蛇はワタシから離れない。手から体を登り、首から顔に移り、目元をペロペロ舐め始めた。

 この躰は、人形。涙が流れることはない。なのに、舐めるのを止めることはない。

 

 ——まるで、ワタシが泣き続けていると、そう言わんばかりに。


「ああ、ごめん、な......さい......」


 それは、どうしようもなく記憶を思い起こし、重なっていく。言葉は無くとも、その行動の一つ一つに優しさがあった彼女の姿を。


「ああ、なんで、どうして、ワタシが、貴方が......」


 謝罪が零れる。弱音が溢れる。生前の恐怖が、悔しさが、心の中に溜まった感情が、少しずつ吐き出される。そんなワタシの横で、彼女は何も言わずに寄り添い続けていてくれた。





「ふぅ......」


 しばらくして、ようやく落ち着くことが出来た。むしろ、内に抱えていたものを吐き出すことが出来ただけ、良かったのだろう。

 首元にいる蛇を手に乗せ、正面に持ってくる。蛇は掌の上で、静かにこちらを見つめている。


「......ありがとう。ワタシの弱音を聞いてくれて」


 礼を告げ、その手を地面につける。


「さあ、行きなさい。......気を付けてね」


 そう、ここでお別れ。この子を、復讐の旅に付き合わせる気はない。これは、ワタシの我儘なのだから。


「......キュッ!」


 なのに、蛇はワタシの手から降りず、むしろ手首に尾を巻きつけながら、鋭く鳴く。まるで、ワタシと一緒に行く、というかのように。


「......あのね、ワタシの旅は、とても危険なの。いつ死ぬかも分からないし、目的は復讐。そんな旅路に、ワタシは貴方を連れて行く気は......」


「キュッ、キュウ、キュー!!」


 ワタシの声を、抗議するかのような鳴き声が阻む。手に乗り、じっとこちらを見つめる蛇。その目を見て、思い起こされるのは、召喚された国の、あの城の牢屋での出来事。

 私に、一緒に逃げようと提案した、彼女の覚語を宿した目を、どこまでも思い起こさせた。


「......はぁ、仕方ないわね。一緒に行きましょうか」


「キュウッ!」


 結局、根負けしたのはワタシだった。嬉しそうに鳴く白蛇を見て、思わず苦笑いが零れる。最初から、ワタシに勝ち目など無かった。......だって。


 ——あの目を二度も裏切ることなんて、ワタシには出来ないのだから。


「——だけど」


 顔を引き締め、蛇に向き直る。これだけは言っておかないと。


「この旅路は危険なものになるわ。だから、貴方にも自分自身を護れるくらいには強くなってもらう。決して楽しいだけの道のりじゃないし、むしろ困難が多くあるでしょう。......覚悟は良いわね?」


「キュッ、キュウッ!」


 蛇は当然と言わんばかりに声を上げる。うん、覚悟はしっかり決まってるみたい。


「ならいいわ。じゃ、行きましょうか」


 そう言いながら立ち上がり、外を向く。蛇が落ちないように胸元に入れながら、最後にもう一度だけ王都に目線を向ける。


 王都を挟んだ更に向こう、東の空がひと際明るくなり、太陽が上がる。その光が街並みを照らし、朝を告げる。そして、ワタシには旅立ちを祝う光にも見えた。


「......いってきます。お父様、お母様」


 最後にそう告げ、今度こそ王都に背を向ける。


「さて、行くわよ!しっかり掴まってなさい!」


「キュー!」


 ——そうしてワタシは外壁の上から、外の世界へと飛び出した。


 



 ——さあ、ここから始めよう。

 

 ——ワタシの復讐の旅を、そしてその先で幸せを掴む物語を。


 



 ——ガンダルヴ公爵家の惨劇。グラム王国の中でも最高位の一族に襲い掛かった悲劇は、とある魔物の誕生を明らかにした。元公爵家令嬢、アリスが変貌した、人形に宿る霊体系魔物。

 起こした事から推察される、その魔物の知識の深さと狡猾さ。ゆえに、聖典教会は生まれて僅か三カ月のこの魔物に対し、特殊個体として手配書を出す。

 

 それに付けられた名は『悪夢のアリス』。後世に於いて彼女の代名詞ともなる号は、こうして名付けられることとなった。

 

 そして人々は未だ知らない。『悪夢』がこの先、一体何を成すのかを。

 



 

 ——今はまだ、誰も。




 

これで一章、「夜会は怨嗟と血に塗れる」は完結となります。

次回投稿は7月20となります。


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