プロローグ 悪夢の誕生 side AliCe
——気が付くと、わたしは漆黒の空間に漂っていた。どこまでも広く、昏いその空間。その場にわたしの他にいるのはもう一人。体格はわたしよりもずっと大きい、見覚えのない女性。
——あ、あ~、そういう事か——
女性はそう言いながら、頭を掻く仕草をする。その瞬間流れ込んでくる、膨大な記憶と怨念。それでわたしも理解した。彼女が何者なのかも、なぜこんなことになっているのかも。
——ああ、どうやらそっちも分かったみたいだね。何でこんなことになったのか——
——ええ、これはあなたの力、なんですね?——
それは、彼女が召喚されたときに目覚めた固有スキル。そのスキルには死ぬことをトリガーとして発動するものがあった。それは死後にその魂が、波長の合う魂の持ち主の所へと向かう、という能力。
——本来なら、生前で一番仲の良かった人のところに背後霊として現れ、ひっそりとその人を守り続ける能力、のはずなんだけど——
——あなたにはそういう人がおらず、その波長が合う人が、わたしだったと——
——そうみたいだね——
どちらも周りから疎まれ、迫害され、大事な人を失い、死ぬに至り、名前も死んだ日も同じ。波長が合うのも当然かもしれない。
——で、どうするの。このままだと私もあなたも消えちゃうけど——
——そうですね。上手くいけば、と思っていたんですが。このままだと無理ですよね——
そう、わたしも彼女も、死んだくらいで諦めるつもりは無かった。怨霊にでもなって復讐を果たしてやる、と考えていた。けれどそれぞれの理由で、それが厳しい状況にあった。
今、わたしの体には黒い泥が纏わりついている。それは、生前からわたしを蝕んできた、呪いそのもの。どうやらこれはわたしの魂そのものに掛けられた呪いらしく、死んだくらいでは解呪されることは無かった。更に、十一年生きてきた間に呪いは強まり、今もわたしを蝕んでくる。
彼女の場合は、勇者に殺されたことが影響している。勇者の力は、どれであろうとも、強い浄化の力を持つ。幸いまだ勇者の力が成長していなかったから弱体化で済んでいるけど、そんな彼女が今の状態を維持できる時間はそう長くない。
基本的に魂は、死後人格も記憶もすべてが消され、輪廻の輪へと戻され、またどこかの世界に転生するとされている。もしその通りなら、このままでは全てが終わり。かといって、現状を打破できる手なんて......。
——ねぇ、一つ提案があるんだけど——
——?何ですか?——
——この状況、何とかする方法思いついたよ——
そうして、彼女の考えが流れ込んでくる。あまりに突拍子もない、それでも笑い飛ばすことは出来ない可能性。
——面白いですね。やってみましょう——
——いいの?どうなるか、まるでわからないけど——
——死なば諸共、ですよ——
そして、わたし達は互いの正面に立つ。手を少し動かせば届く、そんな距離に。
——最後に一つ、いいですか——
——ん、なんだい?——
——あの人達の願いについてです——
わたし達は互いに思い出す。最後まで味方でいてくれた彼女やあの子、母や両親、祖母の事を、そしてその人達の、願いを。
彼女らはわたし達に言った。健やかに生きてほしいと、一緒に逃げようと、そして幸せになってくれと。その思いをわたし達は忘れていない、ならば、だ。
——復讐は絶対に果たします。あいつらを許すつもりは一切ありません。でも......——
——......そうだね。それだけを目的に生きることは、その願いに反する。だから——
そう、復讐は目的ではあっても、最優先ではなく、最終地点でもない。
——私達は、満足の行く生を送ることを、悔い無き最後を迎えることを最終目標とする。復讐はそのための通過地点でしかない——
——互いに短い生を、悔いしかない人生を送ってきたわたし達が、至るべき終着点はそこじゃなければいけない。それが、彼女達に報いる唯一の方法だから——
そう誓い合い、わたし達は、互いの体を抱きしめた。
わたし達の行った賭け。それは、魂の同化。それぞれでは無理ならば、二人が合わさり一つになれば、きっと可能となる。わたしの呪いも、彼女に残る力があれば、対処することは出来る。彼女の弱体化も、魂が混ざり合い、力が上昇すれば関係ない。
普通は魂の同化など、上手くいくはずがない。けれど、魂の波長が合うからこそここで出会えたわたし達なら、勝算は十分にある。
わたしと私が混ざっていく。記憶も、知識も、人格も、何もかもが合わさり、溶けて、重なりあう。わたしの呪いも変質し、私に取り込まれて力に変わる。
——そう、私はわたしで、わたしは私。さあ、行こう——
そうして混ざり合った果てに、わたしと私は、ワタシになった。
目を開ければ、そこはとても懐かしく、けど初めて見る部屋だった。すぐそこにあるオンボロベッドの上はやせ細った女の子―――わたしの遺体が寝ている。それを見下ろしながら、宙に浮いている自身の体を確認する。背格好としては私よりもわたしに近いと思う。体は半透明で、向こうが透けて見える。うん、問題なく怨霊—レイスと呼ばれる魔物になれたみたい。
次に、自身の内に目を向ける。......記憶に欠落は無く、思考は明瞭、意識は一つ。自身の事をわたしと私であったもの、ワタシとしっかり認識できている。
『どうやら、成功したみたいね』
そう呟いて、ワタシはそっと微笑んだ。
さあ、今度こそ悔い無き生を送ろう。今まで見たことのない世界を旅し、様々なものに触れよう。奴らに復讐し、立ちふさがるものを根こそぎ排除しよう。
『もう誰にも、ワタシの生を邪魔させはしない』
——後世において語られる、■■■■■■■■■。それは、誰にも知られること無く、ある令嬢の部屋で誕生した。
人々は未だ知らない。自分たちが原因で生まれたたった一体の魔物こそが、全ての発端であったことを。
——全ての悪夢は、ここから始まったのだという事を。