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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
一章 夜会は血と怨嗟に塗れる
28/124

宴は終われども——惨劇——

 

「——状況を説明しろ」


 公爵邸に到着したグラム王国現宰相、トヴァル・クラウ・ガンダルヴの第一声はそれだった。


 この日は、彼の姪の十五歳の誕生日で、王都の屋敷ではそれを祝う宴を、内々で行っていた。トヴァル本人は急な仕事が入ったため、兄に断りの連絡だけ付けていたが、時間があれば()()()()顔を出すくらいはしよう、と考えていた。


 ——ところが、夜も更けてきた頃、まだ仕事をしていた彼の元にとある連絡が入った。

 それを聞き、急いで公爵邸へと向かい、——彼はこの惨状を目にすることとなる。


「旦那様、しっかりしてください、旦那様ぁっ!?」


「警備は何をしていたっ!?こんなことになっているのに気が付かなかったのかっ!」


「誰か、次は彼を頼む!怪我はほぼないようだが、様子がおかしい!」


「うっ、うぼぉぉうぅぇぇぇぇ......!」


「お前、気持ちは分からなくも無いが、こんなところで吐くなっ!」


「一体何の仕業だぁ!?犯人の痕跡は無いのかっ!?」


 公爵邸の入り口は多くの騎士や兵士が走り回り、怒号が飛び交っている。中から気絶した使用人を連れ出す者、辺りを調べる者、今日の警備担当者を問い詰める者、中で()()を見たのか隅で嘔吐する者。

 ——まさに阿鼻叫喚。今の公爵邸は混沌と化していた。


 現に、今のトヴァルの問いかけを聞いていた者は殆どいない。唯一はっきり聞いていたのは彼専属の従者だが、その従者も彼とともに今来た以上、詳しい説明が出来るはずもない。


「......仕方ない、行くぞ」


 このままでは埒が明かない。そう判断したトヴァルは従者を付き従え、屋敷内へと入っていく。


 内部の廊下は、この騒ぎっぷりに反して一切の変化が無い。血に濡れているわけでもなく、荒らされてもいない。時折倒れている使用人もいるが、彼らを介護する者達の様子から見るに、どうやら気絶しているだけの者がほとんどらしい。ただ、外で吐いている者もいたのだ。それほど悲惨な場所がどこかにあるのだろう。......恐らくは、宴の行われていた、食堂。

 そう考え食堂へと向かうと、案の定そちらから怒声や悲鳴が聞こえてくる。すぐに着いた食堂前では、騎士達が慌ただしく動き、場は大混乱に陥っていた。


「......お前達、少しは落ち着け」


 そこに、トヴァルの声が響く。さして大きな声では無かったが、その声は不思議と響き渡り、その場を静める。その声を聞いて、騎士達はようやくトヴァルの存在に気付いたらしく、一斉に敬礼の姿勢を取る。


「ト、トヴァル様っ!?申し訳ありま......」


「良い、気にするな。一人、状況の説明を頼む。後の者は仕事に戻れ」


 謝罪する騎士の言葉を切り、命令を下す。それを受け、騎士達は一斉に動き出す。とはいえ、そこに先程までの混乱は見られない。先程の言を受け、冷静さを取り戻したのだろう。......あくまで表面上は、だが。

 後に残ったのは、一番先頭で礼を取っていた騎士。王都での屋敷の警備を務める責任者でもある。彼は素早く立ち上がり、トヴァルに歩み寄る。


「まずは、警備責任者でありながらこのような事態を招いてしまったことを謝罪いたします。トヴァル様の許しがいただけるのでしたら、今すぐにでもこの命を差し出す所存でございます」


 そう告げる騎士の顔は、一見無表情なものの、目の奥には激しい憎悪が渦巻いていた。それは此度の原因に対するものか、はたまたこの事態を見過ごしてしまった自分自身へ向けたものか。

 とはいえ、彼の処断をすぐに決めるつもりはトヴァルには無かった。まずは、現状の確認をしてからで無いと、何も始まらないからだ。


「それは後で決めることだ。現状の説明を」


「......それなのですが」


 そう言われた騎士は説明に移ろうとし、すぐに言葉を濁した。その態度に違和感を覚えたトヴァルと従者は眉を顰める。自身の態度のおかしさに気付かれただろうと判断した騎士は、口を重そうにしながらも言葉を続けた。


「まずは現状......、いえ、()()を見ていただいてからの方が早い、とも思ったのですが......。あまりに凄惨な現場の為、見せても良いものかと思いまして......」


 そう言いながら、騎士は食堂の扉へと目を向けた。ここからでは見えないが、中は相当酷いのだろう。現に、中は見えなくとも扉の隙間から、濃密な死臭が漂ってきている。

 トヴァルは一度息を吐き、腹を括る。騎士の言葉を聞く限り、言葉では説明しきれないような惨状なのだろう。


「......見ない事には始まらない。まずはそちらを見よう」


「......畏まりました。......どうか、気をお確かに」


 騎士は躊躇いながらもそれだけ告げて、食堂へと向かう。トヴァルもすぐそれに続き、従者も躊躇いつつも後を追う。

 そして辿り着いた食堂の中を見て、二人は言葉を失った。




 ——その場の、あまりの惨劇に。




 普段は豪華絢爛な公爵邸の食堂は、今はさながら地獄の様相と化していた。


 床一面は血で赤黒く染まり、異様なまでの死臭が辺りに立ち込めていた。

 部屋の一角では他の場所と同じように使用人たちが介抱されているが、彼らは他の者とは様子が違った。彼らの衣服や手足は床と同じように血で染まっており、ところどころ()()()()がこびり付いている者もいる。半数以上は未だ気絶したままだが、何人かは意識を取り戻していた。その彼らだが、皆一様に恐怖の表情を浮かべ、隅に縮こまっている。中には自分の手足を見て泣き叫ぶ者や、頭を抱えて叫び続ける者もおり、何人かの騎士達がその介護に当たっている。


 そこから少し外れたところには、最も多くの人が集まり、慌ただしくしていた。その中心にいるのは、二人の人物——トヴァルの兄ハーヴェスと、姪のイヴ。二人とも生きているらしいが、様子がおかしい。 

 ハーヴェスはその場に崩れ落ちたまま、ピクリともしない。意識はあるようなので、騎士や侍女達が懸命に呼びかけているようだが、目を半分開けたまま、まったく反応を返さない。外傷は見当たらないので、そのおかしさが余計に際立っていた。

 一方のイヴはというと、横たえられた状態で治療を受けていた。ハーヴェスと違い、かなり負傷が激しいらしく、魔術師達が懸命に治療に当たっている。本人は気絶しているらしく、反応が無い。その左頬に何かおかしな模様が見えるが、トヴァルの立つ位置からはっきりとまでは見えなかった。


 ——そして食堂の中心。最も床が血で染まったその場所に、トヴァルはゆっくりと近づく。


 そこにあったのは、見ただけで吐き気を覚えるような、三つのオブジェ。


 一つ目は、血溜まりに浮かぶ、男性物の衣服。その衣服の隙間から赤く染まった泥のようなものが飛び出ている。よく見れば、少し崩れているもののそれは人の形をしており、元が()()()()のかを容易に想像させた。

 二つ目は、所々が赤黒く染まった白い欠片——骨片らしきものの上に寝させられている、人型の肉塊。かろうじて人の形を保つそれは表面をズタズタに引き裂かれ、グチャグチャに乱れている。ところどころ肉が裏返っているような部分もあり、まるで何かを——骨を抉りだした跡だと分かる。

 最後のは、二つ目とは真逆のもの。真っ赤な拭き肉の絨毯が敷かれ、その上に人一人分の骨がきれいに並べられている。この骨も一部が血で濡れており、それが()()()()なのだとありありと伝えてくる。


 その悍ましい残骸の前で、トヴァルと従者は言葉を失った。想像していたものの何倍も冒涜的なソレは、見ているだけで二人の心を抉っていく。

 それでも顔色を微かにしか変えなかったトヴァルは、流石といえよう。従者の方は顔色を青くして、吐くのを堪えていたが、それを責める者など誰もいない。戦いを経験したことのある騎士たちでさえ、このような物は見たことが無いのだから。


「......詳細を聞こう」


「はっ、はいっ!」


 トヴァルに促されて、騎士が現状分かっていることの報告を始める。


 亡くなった人物は、公爵家当主夫人イリナ、公爵家長男ヒュンケル、イリナ専属侍女エイミー、公爵家執事長の四人。目の前にあるのはイリナ、ヒュンケル、エイミーの遺体であり、執事長は地下宝物庫前で亡くなっているのが確認された。


 宝物庫前には警護の兵士二人が倒れていたものの、意識はまだ戻らないので話は聞けていない。ただし傷の様子から、執事長は自殺の可能性が濃厚。

 ヒュンケルに何が起こってああなったのかは不明。何かしらの魔術が使われた痕跡があるため、現在はそれを解析中。

 イリナ、エイミーに関しても何が起こったのか詳細は未だ不明。ただし血痕から見るに、使用人達が何かを行った可能性がある。食堂で倒れていた使用人たちの何人かは目覚めているが、とても話を聞ける状態ではない。


 ハーヴェスは死んではいないものの、一切の反応を返さない。目が薄っすらだが開いており、口から聞き取れないほどの声で何かを呟いているので意識はあると思われるが、その状態から変化が全くない。試しにトヴァルも肩を揺すり、大声を掛けても、まったく反応しなかった。恐らくは何かしらの精神干渉を受けたものと思われるが、詳細は未だ不明。


 そして次の報告に、トヴァルは度肝を抜かれることとなる。


「聖痕......、だと?イヴが?」


「ええ、間違いないかと。異変に気付いた我々が駆けつけた時、イヴお嬢様の体から金の燐光が

立ち上っていましたので。すぐにそれは消えてしまいましたが、頬の紋章を見るに......」


 あまりの出来事に、トヴァルは眩暈を感じて思わず額に手を当てた。この惨劇だけでも大問題なのに、それに加えて聖痕まで絡むとは思っても見なかったからだ。


 ——聖痕継承者、聖人の扱いはとても厄介だ。間違いなく聖典教会、ひいてはその総本山たるイザール聖教国が彼女の確保に動いてくる。彼らはどういう手段かまでは分からないが、聖人の覚醒を感知することが出来る。既に知られていたとしても、なんらおかしくはない。 

 そしてグラム王国としても、彼女を手放すつもりは毛頭ないだろう。となれば教会との衝突は免れない。それどころか更に周辺の国家が手を出してくる可能性すらある。

 ——聖人とは様々な意味で、それだけの価値を秘めた存在なのだから。


 トヴァルはそこまで考え、一旦この問題を置いておくことにする。この後その問題に掛かり切りになるのはもう決定したも同然。今はそれよりこの惨劇の方だと、頭を切り替える。


 一通り報告を聞いたところで、今度はトヴァルが騎士に問いかける。今回の騒動での大きな疑問点の一つを。


「なぜ、ここまでの事になっているのに気が付けなかった?警備は行っていたのだろう?」


「え、ええ、そうなの、ですが......」


 騎士は言葉を詰まらせながらもそれに答える。

 食堂以外の屋敷内の警備や使用人に関しては、全員が気絶していたのを確認。まだ目を覚ました者が多くないのではっきりした証言が得られたわけではないらしいが、どうやら急に体が動かなくなり、魔力が奪われて、意識を失ったらしい。

 そして、屋敷の外にいた者は、そもそもこの騒動にまったく気が付いていなかった。中で惨劇が起きているであろう時に屋敷に入ろうとしたものは一人もいなく、いつも通りの警備を行っていた。そうしたら突然屋敷内から金の光があふれ出し、それが止んでからようやく屋敷の様子がおかしいことに気付いて突入したら。


「この惨状だった、と......」


「は、はい......」


 その後、調査を進める内におかしな点も幾つか見つかったという。本来なら屋敷の内部と外部で、定期的に警備の交代を行うはずなのに、何故かそれが行われなかったこと。そして誰も、あの金の光を見るまでは、その異常に気が付いていなかった。


 トヴァルはそれらの情報を聞きながら、起きたことに大体の当たりをつけていく。


「......精神干渉。となれば、呪詛魔術か」


「ですが、この屋敷全体にそれを行うなど可能なのですか?それに、いくら干渉を受けていても、屋敷内から悲鳴の一つでも聞けば、誰かしらは異常に気付くことが出来たのではないかと」


 トヴァルと従者が考察を進める中、別の騎士から新たな報告が上がった。それを聞いた彼らは眉をしかめることとなる。


「......宝物庫の扉が開いているだと?結界はどうした?」


「それが、どうやら結界が機能していないらしく......」


「......すぐに、屋敷の結界を調べろ」


 トヴァルの指示を受けた魔術師達がすぐに調べた結果、なんと現在屋敷の結界は全て停止していると判明した。更には、屋敷に刻まれた結界から本来あり得ないはずの反応が確認された。


「闇属性と、呪詛属性、か......」


「一体、どういう事でしょう......。貴方達はどう思います?」


「いや、私に言われましても......」


 従者が騎士や魔術師や騎士達と意見を交わす中、トヴァルは一人思考に耽る。


(......おかしな点は、他にもある)


 トヴァルが気になったある点。惨劇が起きた食堂でなく、何故か宝物庫の前で死んでいた執事長。最初はあの惨劇の精神的ショックで自殺したのかとも思ったが、血の乾き具合等からして、彼の方が先に死んだものと判断された。

 何故執事長が宝物庫に向かったのか。トヴァルが考える限り、その理由は一つ。


 ——イヴの誕生日に送られるはずの物を、取りに行く事。


(なら、彼は宝物庫を開け、中に入った。そこで()()が起きて、此度の惨劇となった?)


 そうならば、一体何が起きたのか。そう考えこむ彼の耳に、とある言葉が入った。


「そういえば、食堂にいた使用人の内、目を覚ました使用人がずっと同じ言葉を呟いていたんですよね」


「同じ言葉、ですか?」


「ええ、『許してください』って何度も。こっちが聞き返しても返事をしないので、誰に対してかは分からないですけど。たぶん旦那様や奥様方に対してなのでしょうけど」


 そう話す騎士の言葉に、トヴァルは違和感を抱く。本当にそうなのか、と。

 騎士達のいう事におかしな点は無い。普通に捉えればそうだろう。だが、彼には何故かそれが納得いかなかった。この国の宰相として敏腕を振るう彼だからこその経験からくる直感が、それは違うと告げていた。

 だが、答えを出すには情報が足りていない。少しでも状況を整理するために、彼は騎士達に問いかける。


「最後に宝物庫を開けたのがいつか、知っている者はいないか?」


 トヴァルが気になるのはやはり執事が最初に死んでいたという点。そこから、宝物庫から此度の騒動が始まったのではないかと推測できる。ならその宝物庫が最後に開けられたのかがいつか、彼はそこから確かめ始める事にした。


 問われた騎士達が考え込む中、一人の兵士が恐る恐る口を開いた。


「最後かは分からないですけど、確か三カ月ほど前に一度開いていたかと......」


「その時、何かを持ち出したか、あるいは運び入れたか、分かるか?」


 続けて問われた兵士は考え込み、やがてそれを口にした。


「えっと、遠目だったので良くは見えませんでしたが......、何か運び入れていました。結構大きな、そう、人位の大きさの、人形みたいな......」


「っ!?人形、だと?」


 それを聞いたトヴァルの脳内に、突如としてとある突拍子もない『考察』が浮かび上がる。

 あまりにも馬鹿げているが、全ての辻褄が合うであろう——とある答えに。


(惨劇に巻き込まれた対象、結界の異常、呪詛属性、ここまでの仕打ち、三カ月前に運び込まれた『人形』、——『許してください』)





「——()()()()()()





 トヴァルの口から呟きが漏れる。それは、疑問の氷解。何があったのか、凡そを理解したために漏れたもの。


「トヴァル様?何かお気づきになられて......、トヴァル様?」


 その変化に気付いた従者が声を掛けるが、トヴァルはそれに応えない。突然の行動に周囲の騎士達が疑問を抱くが、彼はそれを気にも留めずに部屋の一角、そこに座り込む血塗れの使用人達の方へと歩み寄る。

 現状での最高責任者であるトヴァルが近づいてきても、使用人達は一切反応しない。ブツブツと何かを呟くか、虚空を見つめるのみ。

 一見正気を失っているようにも見えるが、彼は見抜いていた。それが、現実から目を反らそうとしているだけど逃避行動であることに。


 そしてそんな彼らへと、トヴァルはそっと問いかけた。——自身の導き出した答えを、確かめるために。




「——アリス、なのだな。この惨劇の犯人は」




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