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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
一章 夜会は血と怨嗟に塗れる
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夜会は血と怨嗟に塗れる——盲愛・後——

 ワタシの言葉を聞いたハーヴェスは少し呆けてから、呆れたように嘲笑を浮かべた。


「はっ、何を言い出すのかと思えば......。随分と雑な嘘を吐くものだ、今までのやり口とはまるで違うではないか」


 そう言い放つ彼の表情に、疑念は一切ない。どうやら、ワタシが嘘をついて彼の動揺を誘おうとしている、そういう手口に変えたのだと思ったようだ。

 まあ、この反応も当然だろう。彼にとって母アリアと過ごした日々は最も幸福な時間であり、それに疑いの余地など一切ないのだから。


 ——彼にとっては、だけど。


「......嘘だと、そう言い切れるのね」


「......ふっ」


 ワタシの問いに、ハーヴェスは鼻で笑うだけだった。まだ続けるつもりか、そう言いたいのがありありと伝わってくる。


「貴様が生まれた時に亡くなったアリアの事を、お前が知るはずがないだろう。それとも何か?宝物庫で何か証拠でも見つけたとでもいうのか?」


 呆れた口調でそう続けるハーヴェス。だが、彼は大きな勘違いをしている。


「いいえ、調べただけよ。——生前にね」


「......何だと?」


 ここで初めて、彼の顔が少し歪む。どうやら、ワタシの答えは彼の想定外だったらしい。


「......馬鹿な。貴様は寝たきりだった。それに使用人たちが貴様に従うはずが......、っ!?」


 ああ、流石に気付いたようね。ワタシがどうやって調べたのかを。まあ、生前に調べる方法何て、一つに決まっているけど。


「そうか、あの侍女かっ!?」


 そう、生前のわたしは彼女の——わたしの味方でいてくれた、たった一人の侍女の手を借りて、母の事を調べることにした。母がどんな人なのか、それを知りたかったから。


「あの子、色々調べてくれたのよ。お母様の実家とか、ここに来る前の知り合いとかを色々周ってもらってね」


 本当に、彼女には何度助けられたことだろう。屋敷での仕事の合間を縫って、周囲にばれないように身長に動いてくれた。彼女には感謝してもしきれない。その献身のお陰で、あの時にわたしは知ることが出来たのだから。


 ——調査を進める中で判明した、とある変化に。


「その中で気付いたのよ。公爵家に嫁ぐ前と後で、周囲の人達の、お母様に対する印象が大きく違うって事に」


 元々母は普段から明るく元気な人だったという。働き者で、しっかりもので、自然と周囲を引っ張るような人だったと。男相手にも物おじせずに言い返す姿は女でも惚れてしまいそうだったと、母の昔の知り合いは言っていた。


 ——だが、公爵家に嫁いでからの母はその話とは大きく違っていた。よく働き、しっかり者であったことに変わりはない。ただ、顔はいつも悲し気に微笑し、喋ることは殆どない。常に誰かの一歩後ろに立ち、出来るだけ影に徹する。そんな性格に変わったのだ、と。

 屋敷の使用人の中にもあまりの変化に違和感を覚えた者もある程度いた。まるで別人だ、一体何があったのかと、そう噂していたらしい。


 ワタシも最初は、貴族に嫁いだからそれらしい振る舞いをするようにしたのか、もしくは公爵家の人々に良からぬ扱いを受けたから変わってしまったのかとか、そういった仮説を立てた。だが、どちらも違うと結論付けた。仮にそうだとしても、そこまで変化することがおかしいと感じたから。

 ——というか、それ以前の問題だけど。


「......何、だ、と?」


 ハーヴェスは絶句している。どうやら、自分の知る母との違いに言葉を失っていると見える。ワタシからすれば、分かり切ったことだったけれど。彼は、母の元々の性格を知らない。常に憂いを帯びた表情をして、静かに佇む母にしか会ったことが無く、そんな彼女に一目ぼれしたのだから。

 母の変化に気付いた使用人も、どちらかと言えば位の低い者達ばかり。ハーヴェスとは関わることはあまりないから、そんな事実は知りもしなかったのだろう。


 ——普段は優秀なくせして、こういう面に関しては盲目だったのだと、よく分かる。


 っと、話を戻そう。それからも調べる内に、母に関する情報は少しずつ揃っていき、おかしな点がどんどん露わになっていく。

 そこで、当時のわたしは、一つの仮説を立てた。あまり信じたくはない、胸糞悪くなるような仮説を。


 ——そして、遂に見つけたのだ。その仮説を裏付けるどころか、その奥に眠る真実を示唆する、とある物品を。


 事前に回収していたそれら空間収納から取り出すと、ハーヴェスの顔が驚愕に歪む。まあ、そう言う反応にもなるだろう。それの存在は、ハーヴェス以外誰も知るはずは無いのだから。


「それは、私とアリアのっ!?なぜ貴様がそれをっ!?」


「そう、貴方が昔使っていた物と、お母様が公爵家に嫁いでから死ぬまでの間に使っていた物、——あの頃の軌跡が綴られた、日記よ。さっき、貴方の寝室から持ってきたの」


「なぜ、隠し場所を貴様が知って......」


「あの子が偶然見つけたのよ。その時に隠し場所に関しても聞いていたのよ」


 これを見つけられたのは、本当に偶然だったらしい。ハーヴェスの寝室に何かあるのではないか、そう考えた彼女がこっそり忍び込み、そこで偶然見つけた、二冊の日記。

 当時は無茶をしたことに彼女に苦言を呈したのを覚えている。けれど、それを読んだおかげで、あの日わたしは真実を知ることが出来た。


 ——母の、胸の内に抱えていたものを。


「......その日記は何回も読んだ。何回も何回も、穴が開くほど読み返した。それにおかしいところはどこにも無かったはずだ。それに、もう片方は私が書いた物だ。その二冊に、一体何があるというのだ!」


 ハーヴェスは疑念を浮かべながらも、ワタシへと告げる。ワタシの話に聞き入ってしまいながらも、それを否定したい、そうせざるを得ないというように。


「......そうね、それは確かに。この二冊におかしなところは無かったわよ。至って普通の日記。——お母様の変化を、知らなければ、だけど」


 そう、ハーヴェスの言う通り、この日記は唯の日記に過ぎない。昔の母の話を聞いてなければ、違和感すら抱くことは出来なかっただろう、彼と同じように。

 ——だけど、わたしは知っていた。だから、気付いてしまった。ただ、それだけの話なのだ。

 直接そう書かれているわけではない。間接的にも、僅かにしか書かれていない。けれど、あの日、二冊の日記がはっきりと、そうなのだと告げていた。——母の本当の想いを。


「貴方は自身の周囲にお母様を妻として娶ると宣言し、僅か一週間で結婚した。そうね?」


「?そうだが、それが一体——」


 ハーヴェスが首を傾げる。何がおかしいのか、分からなかったのだろう。わたしも当時は貴族の常識に捉われていてすぐに気付けなかった。()()を理解した後では、そして私が混ざった今では、そのおかしさがはっきりと分かるのだけど。


「......自身が務める屋敷の頂点に立つ者が突然求婚してくる。それもほとんど話したことも無い相手、その上自分の知らぬ間に根回しがされ、逃げ場が無い。そんな状況、普通あっさりと受け入れられると思う?」


「っ!?」


 ハーヴェスがハッとする。そう、それはハーヴェスが行ったことそのもの。

 貴族からすると、気まぐれや興味、理由は何であれ、気に入った女性を側室や妾として娶ることは少し珍しいものの、特別なことでは無い。


 ——だけど、相手からすれば堪ったものでは無いだろう。今まで平穏に生きてきたのに、突然見知らぬ貴族に求婚される。幸運に感じる者もいるだろうが、戸惑う者が大半だろう。

 母の場合、余計に状況が悪かった。代々仕えている公爵家という大恩ある一族の御曹司から求婚されたのだ。家族や昔から付き合いのある使用人仲間達には先に根回しが済まされ、受け入れていないのに祝福される。断るのは不敬に当たり、逃げることも出来ない。


 ——結果、母に残された選択肢は一つしか無かった。


「——違う」


 そのことをようやく理解したのだろうハーヴェスだが、自身の被を認めたくないのか、そう小さく呟くだけだった。だが声が微かに震えている。自身に母がどういう感情を抱いていたのか、それを無意識の内に考えてしまっているのだろう。


「公爵家に嫁いでから、お母様の顔から楽し気な笑みが消えた。悲し気な微笑を顔に貼り付けて、常に憂いを湛えていた。——誰のせいだと思う?」


「——違う、違う」


 —-望まぬ結婚は、母の人生を大きく狂わせた。


「あげくの果てに子を呪われ、その呪いを自身の身に背負って、若くして命を落とした。——ねえ、何でかしら?」


「——違う、違う、違うっ!?」


 ハーヴェスが声を荒げる。だけど、先程と込められた感情がまるで違う。妻の知らなかった姿に困惑し、恐怖している。唯一人、心から愛した人にその愛は届いておらず、むしろ彼女の人生を歪めたのが自分なのだと、そう突き付けられたのだから。


 ......うん、()()()()になってきた。これなら、後少しだろう。


「ああ、そうだ、なら、なんで、アリアの、あれは......」


 ハーヴェスが突然何か気付いたのか、ぶつぶつと呟き始める。いや、何かじゃないか。彼も気付いたのだろう、当時のわたしも疑問に思った、()()()()()()()()に。


 なら——今ここで告げよう。今まで挙げたのは、あくまで母の真相の半分でしかない。母をそこまで変えてしまった理由はもう一つある。いや、正しく言うなら、それこそが母を最も変えてしまった理由と言ってもいいかもしれない。

 その『真実』を、この愚かな男に教えてやるとしよう。


 ——二冊の日記から読み取ることが出来た、母の最大の秘密。誰にも告げなかった、母の心の内を。


「——ねえ、貴方に聞きたいんだけど」


「......あ?」


 ハーヴェスは呆然としながらも、声を掛けられたことでゆっくりとこちらに視線を向けた。その彼の耳元に口を寄せ、そっと呟く。


 ——彼への、終わりの一言を。





「——■■■■■■■■■■『■■■』■■■■■■■■■?■■■、■■■■■■■■『■■■』■■■■■■■■■■■■■■■?」





 ——ハーヴェスの顔から、感情が抜け落ちる。


 真っ白に染まった顔は呆然としたまま、何事かを呟き始めた。


「いや、まさか、だって、たしか、そうか、あれの意味は、いや、うそだ、そんな......」


 ああ、この様子だとすぐに気が付いたのだろう。彼が分かっていなかった、真実・・に。


 やはり、この人は優秀だ。公爵家の当主として相応しい才覚を持ち、この国の宰相を務めた傑物。ただし母に関しては、彼はその目を盲目的な愛で曇らせ、判断を誤った。




 ——その結果、母は命を落とし。




「嘘だ、噓だ、噓だ噓だ噓だ噓だ、噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダ............」





 ——ハーヴェス・クラウ・ガンダルヴは、心を喪った。






 ワタシは壊れたように何かをひたすらに呟くハーヴェスをじっと見つめる。うん、予定通りとはいえ、ここまで上手くいくとは思っていなかった。


 実は、ワタシはハーヴェスにある呪詛を掛けていた。名は『奈落の呪詛』、精神干渉系の呪詛だ。効果は対象の精神状態を不安定にし、負の感情に引っ張られやすくするというもの。

 そして、一度そちらに強く引っ張られてしまえば、負の感情に支配され、抜け出すことは叶わない。後は思考の奈落をひたすら堕ちていき、心が壊れて、廃人と化す。

 完全に精神が壊れるまではまだ時間が掛かるもの、すでに廃人といってもいいだろう。堕ちるまでもう少し時間が掛かるものと思っていたけど、想像以上に進行が速かった。それだけ母の存在がハーヴェスにとって大きかったのだろう。——腹立たしいことだけど。


 これが、真実を知ったあの日からずっと決めていた、ワタシから彼への復讐。肉体を殺しはしない。母の真実を突き付けて、彼の愛を全否定し、苦しめて、その心を壊して——殺してやろう、と。

 ——母が、——が散々苦しんだように。


 別に、望まぬ結婚に苦しんだ母への弔いという訳ではない。なんだかんだ母は最期に願いを()()()()()()()()()()()のだから。




 ——ただ、ワタシは許さない。母を無理やり妻とした行動、それによって母から未来を奪い、ワタシを地獄に突き落とすきっかけを生み出すこととなった、この男を。

 





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