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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
一章 夜会は血と怨嗟に塗れる
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夜会は血と怨嗟に塗れる——簒奪・後——

 

 さてと、それじゃあ彼女たちの拘束も解かないと。


 これから行う事の為に、夫人と侍女に掛けた拘束を解き、自由の身にする。拘束が解かれたことに気付いた二人は恐る恐る立ち上がり、肩を寄せ合いながら、というより夫人が侍女を盾にしながらこちらを訝し気に見てくる。

 時折体をチラチラ見ているのは、自分達にも何かしらの呪詛が掛けられていると考えているからだろう。先程のヒュンケルや周りに立つ者達のように黒い根が張っていないのを確認し、微かに安堵の表情を浮かべているし。

 

 ......いや、黒い根は所詮相手を恐怖させるための演出でしか無いし、それで呪詛に掛かっているか判断出来るようなものでは無いのだけれど。まあでも、実際二人には呪詛を掛けてはいない。彼女らを襲うのは呪詛ではなく、()()なのだから。

 周囲に立ち尽くすに命令し、二人に向かってゆっくり歩かせる。唸り声を上げ、彼らが動き始めるのを見て、二人は悲鳴を上げながら逃げようとする。とはいえ、ここに逃げ場はない。彼女たちは壁際へと追い詰められ、そこから5m程離れた位置で駒が二人を囲うように待機する。

 っと、あらら。逃げるのに夢中になっていて、肝心な物をお忘れみたい。


「忘れものですよ?」


 取り出した宝飾品の数々を二人の眼前に、山にして積み上げるように転移させる。おっと、少し場所がズレた。修正修正。

 この三カ月で転移も習得できたものの、未だに制御は難しいし、範囲もまだ狭い。まだまだ修練を積み重ねないといけないだろう。


「......何のつもり?」


 夫人は恐怖しつつも、困惑を隠しきれずにこちらに訪ねてきた。まあ、ワタシがこれから何をしようとしているのか、分からないのだろう。ただその顔に恐怖はあっても、まだ言葉の端々や態度から生来の傲慢さがにじみ出ている。まったく、まだ自分の方が上に立っていると思っているらしい。ここまでくると呆れを通り越して感心すら覚える。

 一方の侍女はといえば体を震わせ、顔を恐怖一色で染めながらワタシを凝視している。こちらは自分の身の危険を、命運が尽きていることをよく理解しているらしい。物分かりが良すぎるのもつまらないから、もう少し高圧的でもこちらは構わないのだけど。


「......ちょっとっ!黙ってないで何か答えなさいっ!?」


 ワタシが何も言わないことにとうとうしびれを切らしたらしい。夫人が怒りながらこっちに向かって叫ぶ。いや、なにも起きないことにむしろ恐怖を抱いたのかも?

 まあじらすのはこれくらいでいいか。そろそろ始めるとしよう。


「まず、見れば分かる通り、彼らには呪詛を掛けたわ」


 立ち尽くす使用人たちに目を向ける。まあ、それは見れば分かることだろう。白目を剥きながら、呆然と立ち尽くす人間など、何かされていることは一目瞭然なのだから。


 肝心の呪詛の名称は、狂獣の呪詛。狂化の呪詛——理性を失わせ、暴走させる呪詛——をアレンジしたものだ。

 効果は理性の喪失、身体機能の強化、そして対象の破壊衝動の解放。通常の狂化のように理性を失って暴れ、本能のままに動き、目につくものを片っ端から襲うようにするというもの。

 では、狂化とは何が違うのか。それは、襲う対象を呪詛の発動者が指定し、それのみを狙うように制御できること。狂戦士のようになりながらも、その首輪は飼われている獣の如く繋がれている。ゆえに、狂獣の呪詛。まあアレンジとはいったものの、ぶっちゃけると狂化と隷属の呪詛を掛け合わせただけのものに過ぎない。 


 で、だ。ワタシは今回対象と指定したものは何か。そこまで話が進んだところで二人の顔が青ざめる。


「その対象が、私達なのねっ!?私達を彼らに襲わせるつもりぃっ!」


 夫人が半狂乱になって叫ぶが、それは正しくはない。まあ、間違ってもいないけど。


「......だったら、この宝石は?」


 侍女エイミーの問いに、夫人がハッとする。そう、それだけなら、わざわざ宝石を持ってきた意味がない。


「彼らが狙う対象は二つ。第一にそこにある夫人の宝石を狙い、それが尽きれば貴方達二人。......これがどういう意味か、分かるかしら?」


 そう問いかけるが、二人は理解が出来ていないようだ。まあ、わざわざ宝石を狙わせる必要なんて本来は無い。これは、夫人の心をよりへし折る、ただそのための仕掛け。


「夫人、貴方は選ばなければいけない。自身の富の象徴たるその宝石たちを犠牲にし、僅かでも生き延びるのか。はたまたそれらを守り、自らの命をあっさり諦めるのかを」


 そう、この宝石は唯の宝石ではない。夫人の公爵家夫人という地位を周囲に知らしめるステータスであり、彼女の誇りを支える柱。言うなれば、ヒュンケルにとっての血と同じもの。

 だからこそ、夫人の復讐にはこれを使う事とした。彼女の誇りを——自らの手で無意味に帰させるために。


 そう告げれば、彼女は唖然としながらこちらを見る。ようやく、ワタシの言いたいことが理解できたのだろう。


「......私から、奪うつもり?息子だけでなく、私の命も、私の大事な宝石たちまで......」


「ええ、そうよ。それも、貴方が常日頃から手足のように使ってきた、貴方の下僕達の手によって」


「......ふざけるなぁぁぁっ!!」


 夫人が怒りのままに咆哮を上げ、ワタシを憎々し気に睨みつける。


「忌み子の分際で、これまで育ててやった恩すら忘れたかっ、小娘ぇっ!?私からこれ以上何かを奪おうなど、許されるはずが......」


「——許されるはずが、......何?」


 夫人の叫びを遮り、ワタシは告げる。何を言うのかと。


「確かにここまで育ててもらった恩はあれど、それは()()()()()()では決してない。それに、元はと言えば貴方がワタシに呪詛を掛けたのが始まりでしょう?」


「それはっ、あの忌々しい女がっ、先に、あの人の愛を奪ったからっ!?」


「......それに関しては、色々と言いたいことがあるのだけど」


 そう、それに関して言いたいことは山ほどある。けど、それは()()()()()()()。だからその思いは一旦しまい込み、夫人へと告げる。


 ——貴方が何を言おうと。ワタシは決して。


「——今まで多くのものを奪ってきた貴方も、許されるはずがない。奪われる側になるのは当然でしょう?」


 ——この復讐を、止めるつもりは無い。


「行きなさい」


『『『グラアァァァァァァァァァァ!!!』』』


 ワタシの命令と共に、狂獣と化した使用人たちがゆっくりと二人に向かって歩き出す。


「ひぃっ!?こら、来ないで、来ないでぇっ!?」


 夫人は積み上げられた宝石に体を寄せながら叫んでいるが、普段なら夫人の命令に従う彼らも、今はワタシの駒でしかない。

 近寄る彼らに恐怖して、夫人はただ縮こまってしまっている。これで終わりでは少しつまらない。そう思っていると、侍女の方が動いた。恐怖に震えていたはずの彼女だが、死にたくないという本能が、彼女を突き動かした。宝石を鷲掴みにし、それを使用人たちへと投げつけ始めたのだ。


「あああっ!?私の、私の宝石がぁっ!?」


 夫人が悲鳴を上げるが、彼らが止まることは無い。宝石が投げつけられた彼らはそれらに目を向け、手を伸ばす。そして、それらを掴むと。


『『『ガアァァァァァァァッ!!』』』


 雄たけびを上げながらそれらを破壊し始める。あるものは宝石を地面に叩きつけて足で粉々に踏み砕き、または手でぐしゃぐしゃに握りつぶし、或いは歯で噛み砕いて咀嚼する。本来なら不可能であろう行為を、高められた身体機能が可能とする。

 砕かれる宝石を目にした夫人が絶叫するが、彼らにその声は届かない。とはいえ、宝石そのものの大きさは小さい。すぐに破壊行為は終わり、再び二人を目指して歩み始める。

 そのタイミングですかさずエイミ—が宝石を投げつけて彼らの動きを止める。しかもただ投げるのではない。何回か投げる内にコツを掴んだのか、彼らを止めるのにちょうど良い量の宝石を、彼らが再び歩き始める直前を狙って的確に投げ入れて、彼女達に辿り着かないように上手く行動を阻害していた。


 ......存外、良い動きするじゃない。エイミーの手腕にちょっと感心していると、宝石が砕かれることに呆然としていた夫人が、はっと正気を取り戻す。そして何を思ったか、エイミーへと掴みかかった。

 いや、理由は明白。自身の財を投げ入れる彼女の行いを止めるために決まっている。


「エイミー、止めなさいっ!?あれが、一体どれだけの価値があると思っているのっ!?今投げた宝石だけでも貴方の給料何年分だと......」


「死にたいんですかっ!?」


 案の定怒りの声を上げる夫人。だがその怒声をエイミーの叫びが遮った。普段は従順な侍女の反撃に面食らったのか、夫人が硬直する。


「貴方、私に対してなんて口を......」


 自分の手足でしかないエイミーに怒鳴られたことを理解し、イリナ夫人の顔が徐々に真っ赤に染まっていく。こんな事態でありながら、よくそんな事に目くじらを立てることができるものだと呆れてしまう。そして、それは彼女も同じだったみたい。


「宝石が何ですかっ!?このままではイリナ様も私も死んでしまいます!今生き延びるためには、宝石で出来るだけ長く彼らを足止めして、救援が来るまで耐えるしかないんですよっ!?いくら宝石があっても、死んでしまったら意味がないんですっ!?」


 エイミーはそう叫ぶと、再び彼らに宝石を投げつけ始めた。自身が生き残るために、そして夫人の命を救うために。


 ——彼女の対応は、極めて正しい。夫人と自分の命を守るためには、それが最善なのは言うまでもない。確かにこのまま宝石を少量ずつ投げて時間を稼げば、時間を稼ぐことが出来る。ワタシがそれを許すかは兎も角、もしかしたら救援が来るまでの時間を稼ぐことも不可能では無いかも知れない。




 —-だけど、彼女は忘れている。イリナ夫人の性格を、その愚かさを。




 必死に宝石を投げるエイミーの背後に夫人が迫る。それに気付き振り返ろうとする彼女だったが、ドンッ、と背中を押されて宝石の山の前に転がり出てしまった。


「......え?」


 彼女は呆然としながら後ろを見る。誰が自身の背を押したのかと。——まあ、そんなのは一人しか居ないけど。


 —-そこにいるのは、もちろんイリナ夫人。


「イリナ......、様?」


 呆然としている彼女に対し、夫人は冷徹に告げる。


「私の宝石が犠牲になるくらいなら、いっそ貴方がその身を張って私と宝石を守りなさい。宝石よりも大きい貴方なら、時間は十分に稼げるでしょう?」


「......え、あ、あああああああァァァァァッ!?!?」


 夫人に切り捨てられたのだと、ようやく気付いた彼女に、魔の手が迫る。周囲にいた使用人達が彼女に近寄り、その手足を掴み。


「グギッ、イギャァァァァァァァァァァァッ!?!?!?!?」


 その肉をはぎ取り始める。爪をたて、皮膚を裂き、肉を抉る。その激痛に耐えかねて、エイミーは叫びを上げるが、彼らがそれに気を掛けることは決してない。

 そうだ、折角だし簡単に死なない様に呪詛を掛けておくとしよう。苦悶の呪詛——痛みを感じる延命の呪詛——を侍女と夫人の二人にそっと掛ける。


 ——何故、夫人も呪詛の対象にしたのか?それは簡単な話。


「な、何で、何でこっちに来るのよぉぉぉっ!?」


 使用人は全部で20人弱。内半数はエイミーを襲っている。そして、残り半数は、未だ夫人と宝石に近寄っているからだ。


 なんでこうなっているのか。これも簡単なこと。彼らは近くにあるものを狙う。エイミーを狙ったのは、宝石より彼女が近かったから。そして、残りは宝石の方が近かった。ただそれだけの事。

 エイミーの対処法は実に上手かった。投げる宝石の量、タイミングを計りながら彼ら全員を上手く足止めしていた。思わずワタシも素で感心してしまったし。

 ただし、夫人はエイミーよりも自身の宝石を大切に思い、愚かにも彼女を切り捨てた。——そして同時に、自身の命運をも完全に断ち切ってしまった。


「来ないで、来ないでちょうだいぃぃぃぃっ!?」


 いくら夫人が叫んでも、彼らの足が止まることは無い。ゆっくりと、しかし確実に、彼らは歩み寄ってくる。その内一人が目前まで来たところでその恐怖に耐えかねたのか、夫人はとんでもない行動に出た。


「あ、あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「......うわぁ。なにそれ」


 なんと、残った宝石を全てその一人に投げつけたのだ。目の前まで迫っていた使用人は途端にそれに夢中になり、次々と宝石を破壊していく。一瞬だけ安堵したイリナ夫人、だがその顔はすぐに絶望に染まることとなる。

 ......まったく、愚かにも程がある。夫人の呆れた行動に思わずため息が零れる。目の前の使用人は、確かに宝石に夢中。しばらく動くことは無いだろう。では、他の使用人はどう動く?そして、もう宝石は手元に無いのに、どうするのか?


「止め、止めなさっ、アギィィィィィィィィィィッ!?!?!?」



 ——その結果が、これだ。



 使用人たちが一斉に夫人へと襲い掛かる。自らの行為で死期を早めるなんて、なんて愚かなんだろうか。せっかくの侍女の献身を自らの手で無駄にして、結局こうなる。

 予想通りとはいえ、思った以上にあっけなく、つまらない結末。


 ああ折角だ。侍女とは違うように痛めつけて上げよう。夫人の肉を剝ごうとする彼らへの指示を変更する。彼らは爪をたてるのをやめ、一度手を引く。


「っ、なに、を、あがががががががががががががががががっ!?!?!?」


 そして、勢いよく手を傷口に突き立て、それを広げる。やがてそこから白い骨が露わになるとそれを無理やり掴み。


「グゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ、イギギギギギギギィィィィィィィッ!?!?」


 それを引き抜こうとする。途中で引っかかる腱などは丁寧に剥ぎ、やがて左足から骨を引き抜いた。そしてそのまま、次の骨へと移る。

  侍女は生きたまま肉を剥がれ、夫人は生きたまま骨を抜かれる。自分が駒として扱ってきた使用人たちによって、ゴミを処理するように、解体されていく。


 ——砕かれて価値の無くなった宝石のように。無価値な、肉片として。


 もはや意味の無い叫声しか上げられなくなった彼女たちから目を離し、背を向ける。ここでまだ恨み言を上げるようならまだ見ごたえはあるだろうが、そんな事起きはしない。ならこのまま見ててもつまらないし、ワタシはさっさと次に移るとしよう。




 ——もう彼女たちに価値は無い。後でその結末だけ見届ければ、十分だ。







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