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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
一章 夜会は血と怨嗟に塗れる
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夜会は血と怨嗟に塗れる——高慢・前——

 改めて、食堂を見渡す。かなりの広さを持つ食堂には、使用人を合わせて、二十人ほどが集まっていた。彼らについては、食堂にいた見知らぬ使用人たちは既に食堂から出し、ここに残っているのはワタシが見覚えのある——わたしだった頃に色々してくれた人のみ。


 ——そして、殺すと決めた5人。


 イリナ夫人は後ろに仕える侍女と共に、こちらに憎々しげな視線を向けてくる。いや、侍女の方はどちらかと言えば怯えの色が濃いように見える。まあ、これだけでも()()()()()()()わよね。

 ハーヴェスはこちらを警戒し、決して目を離さない。

 今日の()()()()()イヴは、一見怯えて縮こまっているように見える。が、その目の奥に強い意志を感じる。ああ、やっぱりこの娘は賢くて、演技が上手い。彼女の母や兄と違って。

 そして、その兄であるヒュンケルはと言えば。


「ふ、ふざけるな!?さっさとこの拘束を解け!」


 ワタシに対して、真っ先にそう言い放った。顔を真っ赤に染め、体を震わせ、こちらを睨み付けている。どうやらこの予想外の宴に、そしてそれを開いたワタシに大層怒り心頭らしい。

 腕に力を籠め、何とか立ち上がろうとしているが、その体はピクリとも動かない。


「クソッ、動けないっ!?忌々しいっ!」


「ああ、無理はなさらぬ様に。どうせ、お兄様はその程度なのですから」


「っ貴様ごときがっ、この俺を見下すなっ!?」


 あらら、見かねて声を掛けたら、むしろ彼の怒りを買ったらしい。顔はますます赤く染まり、青筋が浮き上がっている。どうやら、ワタシの言葉が余程癇に障ったらしいけど、何かおかしいことを言っただろうか?


「事実でしょう?お兄様は文官、兵士達みたいに体を鍛えているわけでは無いのですから。無力なお兄様にこの結界の効果をどうにか出来るわけが無いのですから、大人しくしていたほうがいいと、そう言っているのです」


「っ、きっさまぁぁぁぁぁぁ!!!」


 まあ、理由は分かり切ったことだけど。この人にとって、ワタシに見下されることは、何よりも腹立たしい事だろうから。

 ヒュンケルは、決して無能という訳ではない。文官としては、優秀な部類に入るだろう。

 ただし、それはあくまで一般的な範囲では、という注釈が付く。過去多くの宰相を輩出してきたガンダルヴ公爵家においては、彼は劣等と評価せざるを得ない。

 そんな彼にとって、ワタシは目の上のたんこぶだったに違いない。妾の子でありながら、呪われていながら、自身より優秀な妹の存在は。


「妾の子が、調子に乗るなっ!俺は、ガンダルヴ公爵家の次期当主、グラム王国の次期宰相だ!呪いで惨めに死んだ貴様では、決して敵わない存在......」


「はぁっ?あは、ははははははっ!!」


 ワタシの言葉を否定するように怒鳴るヒュンケル。だけどその台詞があまりに可笑しくて、思わず笑ってしまう。思い込みが激しい一面があるとは思っていたけれど、自分を客観的に見る事すらできない男だとは思っていなかった。ああ、本当に笑えてくる。

 いや、無意識の内では気付いているのだろう。だからこそ、ワタシに毒を盛るように()()()()はめになったんだろうし。ただ、そこから必死に目を反らしているだけで。それもそれで滑稽だけど。

  本人は突然笑い出したワタシに唖然としている。どうやら、ワタシが何で笑っているか、理解できていないらしい。


「貴様、何を笑って......」


「あははっ、これが笑わずにいられる!?」


 ああ、笑い過ぎて最低限の礼儀として変えていた口調すら元に戻ってしまったけど、これは仕方がない。敬語を使うのもめんどくさくなってきたし、この男には使う必要はもう感じないしね。


「次期公爵はともかく、宰相!?貴方が宰相なんて勤まる訳ないでしょうに!」


「っ何だと!?」


 ヒュンケルの顔が再び怒りで真っ赤になる。


「当然でしょ?今代や先代の宰相どころか彼らの補佐官にも到底及ばないのに、宰相の地位に着けるわけないでしょうに。もし貴方が宰相になれるのなら、その歳で未だ補佐官の末席にいるはずが無いのに......、まさかそんなことを理解していないとは思わなかったわ」


 ワタシの言葉に、ヒュンケルは思わず先代宰相たる彼の父を見る。その視線を受けたハーヴェスは何も喋らずに目線を反らしたが、それは答えを言ったのと同じだろう。それを見たヒュンケルの表情が凍り付く。本人も無意識では分かっていた事だろうけど、それでもこうハッキリと突き付けられるのは相当ショックだったらしい。


 因みに、イリナ夫人は目を見開いて二人の方を見ている。彼女も、息子と同じ考えだったのだろう。いや、彼女の場合は本気でそう信じていたに違いない。親馬鹿と言うかなんというか......。

 一方イヴはというと、驚きの表情を顔に()()()()()()()。うん、やはりヒュンケルとこの娘では器が違う。今は動けないようにしているけど、警戒しておくことに越したことはない。


 と、そうだった。楽しみは後に取っておかないと。今は、ヒュンケルの方。

 ヒュンケルの傍に近寄り、動きを止めた彼の耳に囁く。


「父や叔父様は、貴方と同じ年頃にはすでに補佐官の中でも上位の位置にいた。貴方とは、格が違うの」


 ブリキ人形のように、彼の首がぎこちなく、ゆっくりとこちらを向く。そんな彼に、言葉を掛け続ける。彼の怒りを誘うように、挑発的に。


「それに、あの問題・・・・をあの程度でしか解けない貴方じゃ、宰相なんてなれるわけ無い、そんなことにも気付けないほど愚かだったとは思わなかったわ」


 ヒュンケルの表情が、憤怒に染まっていく。思い出したのだろう。過去の、生前のわたしに自身との能力の差を見せつけられることとなった、あの時のことを。その時の屈辱を、劣等感を。

 血でも、育った環境でも、多くが劣るはずの妾の子。それに自分が敵わないことは、人一倍高い彼のプライドをズタズタにした。誰か(・・)に唆されたのに気付かぬまま、毒を盛るように命令を下すくらいには。

 なら、彼のその誇りを更にボロボロにしてやろう。自身がどうやってもワタシに敵わないのだと、その身に刻み付けてやる。


 そう考えながら次の言葉を紡ごうとしたところで、ヒュンケルに変化が起きる。


「さっきから、黙って聞いていれば、この俺に随分と舐めた口を利けるものだな、妾の子である、お前がっ!」


 ヒュンケルは怒りに体を震わせながら、全身に力を入れ、なんとゆっくりではあるが体を起こし始めた。何回も体勢を崩しながらも、遂には立ち上がることに成功する。


「ははっ、貴様の拘束など、どうとでもなる。どうせ動けないと高を括っていたのだろうが、思い通りにさせるものか!」


 足をガクガク震わせ、汗を全身に浮かべながら、それでも勝ち誇った表情をヒュンケルが浮かべる。そのままゆっくりと壁の方に歩み寄り、壁に掛けられた剣を手に取り、こちらに向き直る。


「......ええ、本当に驚いたわ。それで、どうするの?貴方では、その剣をまともに扱う事すらできないのに」


 ヒュンケルに剣術の心得は無い。まあ、文官になるために英才教育を受けてきた彼が剣を扱えないのは当然だが。

 だが、彼は表情を変えずに言葉を続ける。まるで、ワタシにもう勝ち目は無いのだと告げるように。


「ふん、上手く誤魔化しているようだが、俺の眼を誤魔化せると思うなよ」


「......え?」


「貴様の能力は結界の書き換えに特化したものなのだろう。僅か三カ月で屋敷の結界をどうにか出来るようになるなど、それぐらいしか思いつかないからな。そして、それに特化しているなら、貴様の他の能力は低いに決まっている。その傲慢な態度で誤魔化しているみたいだが、この俺を欺けると思うな!」


 彼の叫びの気迫に、思わず足が下がる。それを見て、周囲に倒れている者達の表情が変わる。彼らの顔に歓喜、驚き、疑念、感動、様々な感情が浮かび上がる。それに気を良くしたヒュンケルが、哄笑を上げながらワタシに近寄ってくる。


「......来ない方が、身の為よ」


「ふはははははははっ!!まだそんな口が利けるとは思わなかったぞ!最後くらい殊勝な態度を見せればいいのに、本当に気に喰わない奴だ。まあ......」


 ヒュンケルが、手に持った剣を、頭上に振り上げる。


「貴様の下らない宴も、これで終わりだ!」


 そう言い放ち、振り下ろされた剣は、ワタシの首を切り飛ばした。


「父上、母上、イヴ!安心してください、我が家の害悪は、この俺が滅ぼしました!」


 そう宣言する彼の声を聞きながら。





 ——本当に、扱いやすくて、愚かな人。





 ——ワタシは、笑みを浮かべていた。





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