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Nightmare Alice  作者: 雀原夕稀
一章 夜会は血と怨嗟に塗れる
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ガンダルヴ公爵家・母と娘 —そして、舞台の幕は上がる—

 公爵邸の一室。屋敷でも最も豪華な部屋の一つ。公爵夫人イリナ・クラウ・ガンダルヴの私室である。

 豪華絢爛というより、目が痛くなるような財の山で覆われた部屋。その部屋の中心で、主のイリナは侍女と話をしていた。


「——ついに、三日後にはイヴの十五歳の誕生日。やっと、社交界へのデビューね」


「ええそうですね、奥様。おめでとうございます」


 イリナはご機嫌であった。ここ最近、万事が上手くいっている。特にあの娘が死んだのはここ数年で最高の知らせだった。正に我が世の春である。


「これもあなたのお陰よ。あなたが呪詛魔術を使えたおかげで、ここまで上手くいったのだから」


「恐縮です」


 ——アリスに掛けられた呪いの元凶、それはイリナである。実行犯はその侍女なのだが。


 イリナにとって、アリスの母アリアは忌まわしい存在だった。一侍女でありながら妾となり、公爵家の一員となった。美貌でもイリナに勝り、あまつさえ図々しく子さえ授かった。

 特に忌々しかったのは家族に、そして正妻である自分自身にも愛を示すことの無かった夫の、ハーヴェスの寵愛を一心に受けていたこと。それが何よりも憎くて仕方がなかった。


 だから、侍女が呪詛魔術を扱えるのを知った時、これは自身に訪れた奇跡、いや、神からの天啓だとすら思った。あの女をどん底まで貶めてやると、そう誓った。


 侍女は、呪詛魔術の扱いに長けていたわけでは無かった。だからアリアではなくその腹の中の胎児に呪いをかけた。そして子は呪いを宿し、それは母体をも蝕み、あの女を死へと追い込んだ。

 娘が死ななかったのは予想外だったが、より苦しめて殺せばいいとイリナは考えた。屋敷内に噂を広げ、孤立させた。執事や侍女たちに命じ、悪質な嫌がらせも行った。幸いなことにハーヴェスは娘には愛を向けなかったため、それらの工作は容易だった。


 それでも、娘は十年以上生き続けた。更に、その才能は私の子供たちよりも優れていた。まるで夫の、公爵家の後継は自身とばかりに言わんばかりに。...あの女が受けていた寵愛を、引き継いだかのように。

 

 ——ああ、なんて、憎たらしい。あの女は死んだというのに、まだ、私を苦しめるというのか。——なんて、なんて、忌々しいことか。イリナの怨嗟は留まることを知らなかった。

 

 だが、イリナがそれに悩まされる日々も終わりを告げる事となる。最近になり、アレの食事に少しずつ毒が盛られるようになった。誰が指示したのかまでは分からない、もしかしたら侍女たち自身の判断かもしれない。だがその結果、あの娘もようやっと死に至った。あの女と同じように、いや、それ以上に惨めに。


 これで、我が家の憂いは無くなった。そして遂に娘、イヴの十五歳の誕生日になる。娘はとても綺麗で、性格は天真爛漫。社交界に出れば一気に注目を集めることは間違いない。上手くいけば、王家に嫁ぐ事さえ可能だろう。


「ついに、ついによ...。これで、あの女を完全に超えられるのよ、ふふふっ......」


「......」


 一人呟くイリナ。部屋にいた侍女はそれを静かに見つめていた。





「——そう、報告ご苦労様。下がっていいわよ」


「はい、失礼します」


 女——先程までイリナの部屋にいた侍女が出ていく。そこに残った部屋の主、イヴ・クラウ・ガンダルヴは、一人静かにほくそ笑んでいた。


「ふふっ、まったく、可愛くて単純で、...愚かなお母さま」


 席を立ち、机の引き出しを開ける。二重底になっているそれを開け、その奥に仕舞ってあったもの、一冊の日記を取り出した。


「...随分と、長かったわね」


 ——そこに記されているのは、誰にも見られてはならない彼女の軌跡。彼女の努力の結晶である。




 ——全ては十年前に遡る。ある日、当時五歳だったイヴは偶然、屋敷の外れで自身の腹違いの妹を見かけた。そしてまだ赤ん坊だった彼女を見て、本能的に悟ったのだ。


 ——あれは自身の障害となる、と。


 一歳とは言え、そこに母親譲りの美貌の片鱗を見た。呪いを持っていたとしても、普通の環境で育てば私など足元にも及ばない、絶世の美人になるだろうと。

 そして何より、彼女の瞳に、知性を見た。彼女は、()()()()なのだと。


 アリス自身は気が付いていなかったが、彼女は自我の芽生えとその発達が非常に速かった。常に隔離されていたため、それに気が付くことは無かったが。

 そして、アリスだけではなく、イヴもその才能を持って生まれた。いや、持って生まれたからこそ、彼女だけはアリスが自身と同じだと気付くことが出来た。


 故に彼女は他の誰よりもアリスの事を警戒し、嫌悪し、危険視した。




 ——そこから、彼女の計画は始まった。



 

 アリスはその才能を血のにじむような努力を積んだことで、多くの知識と思考力を身に着けた。

 ならば、イヴはどうか?彼女は、アリスのような天才を超えた怪物ではない。思考力も、発想力も、知識も、イヴはアリスに到底及ばない。

 だが、彼女の才能はある分野に特化し、成長してきた。それこそ、その分野においてはアリスすら敵わないほどに。

 


 ——それは、人を観察し、見極め、誑かし、操る手管。人心操作の才能である。

 


 まず、彼女は一番近い母に働きかけた。アリアへの恨みを増長させ、それをアリスへと向けさせた。母は面白いくらいに誘導され、アリスの孤立をより顕著にさせていった。

 執事や侍女もそれとなくそそのかし、いやがらせを行わせるようにした。彼らの普段から持つ恨みつらみや不満、それを全てアリスに向けるように誑かした。アリスが成長し、その才能が明らかになってきた時には、それへの恐怖をより高める方向に扇動した。


 途中でアリスに寄り添う侍女が現れたが、計画に支障は無かった。その侍女が周囲の反感を買っているかのように演出し、父の心証を悪い方へと誘導した。結果、その侍女は無事()()された。


 毒を盛らせたのも、イヴの計画の内。ただし、彼女は指示を出してはいない。それを実行させたのは、兄のヒュンケルである。

 元々妾の子と嫌っていたアリスに、父に出された課題で兄は完全敗北した。兄の愚痴を聞きながら、その憎悪をより搔きたてるように誘導した。兄はプライドが高いため、これも容易い事だった。結果、兄は侍女に毒を盛るように命令した。——イヴの思惑通りに。

 

 誰も、その背景にイヴがいるとは気づいていない。何せ彼女は何も指示はしていない。そっと複数の情報を小出しにし、話し方や目線、仕草で相手を誘導し、望む結果を導き出したのだから。毒に関しても、彼女はその単語を口に出してすらいない。

 彼女は自らの才能を磨き上げ、この計画を成し遂げた。誰にも気付かれること無く、完璧に。それを成した才能は、アリスとは別方面で怪物と言っても遜色はない。


 ただし、計画にもいくつかの誤算があった。最大の誤算は、その期間。まさか死ぬまでに十年もかかるとは思ってもいなかった。だがアリスの死の一報を聞いた時は、達成感と充足感が胸の内に溢れた。今までにない程の目的を達成する爽快感を味わった。その点だけは、アリスに感謝してもいいと思うくらいに。

 

 そして、遂にイヴの計画は更に先へと進む。三日後には十五歳になり、社交界に出ることとなる。

 母を介して、繋がりは既にできている。誕生日の翌日に多くの貴族を呼び、誕生日パーティーを開くこととなっている。そしてそこには他の公爵家などの大貴族、更には王家の後継者達も来ることとなっている。

 舞台さえあれば、後はもう決まったようなもの。彼らを篭絡し、より高みへと昇ることが出来る。王妃の座とて決して夢ではない。今までの十五年で積み上げた経験が、イヴの自信となり、彼女を支えていた。



 後は、最後の始末をつければいい。取り出した日記帳——彼女の犯行記録そのものを火魔術で燃やす。日記は一瞬で燃え、やがてわずかな灰を残して消えた。その灰も、開いた窓から吹いてきた風に流され、跡にはもう何も無くなった。


「ふふっ、ふふふっ、ふふふふふふふふっ......」


 自室の中心で、イヴは静かに微笑んでいた。その背中の後ろを一瞬舞った、()()()()に気付かずに。




 ——実際、イヴの計画は完璧に等しい。誰一人、父のハーヴェスでさえ彼女の企みに気付かなかった。王家に取り入り、ゆくゆくは王妃の座を狙う事も、彼女の能力を持ってすれば、十分にあり得ることだ。


 ——ただし、イヴは致命的なミスを犯していた。誰にも知られていないはずの本性、それを知られている可能性に至らなかった。自分が気付いたのなら、相手もまた気付いている可能性に行きつかなかった。

 イヴの才能は、確かに恐ろしい。ただしそれは先天性的な才能と、彼女が公爵家で普通に生活していく中で身に着けたものでしかない。


 ——彼女は甘く見ていた。自分は警戒していると思っていた自身の腹違いの妹を、無意識の内で下に見ていることに気が付けなかった。その妹が血反吐を吐くような努力で身に着けたものが、彼女のそれと同程度の筈は無いのに。

 

 ——彼女は気が付けなかった。その妹の異常性が、自身の想定をはるかに上回っていることに。

 



 ——その相手を終わらせるには、殺すくらいでは意味が無いことに。




「準備は万端。仕掛けも万全。調子も良好。・・・時間ね」




 ————悪夢が、すぐそこにまで、迫っていることに。




「——さあ、それでは、宴を始めましょう。血と恐怖と死に塗れた、狂宴を!」






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